蜂蜜色の髪は揺れる
「君もぼくも、似た者同士だよ」
じゃらり。耳障りな金属音が耳朶に触れる。
美しい蜂蜜色の髪が視界を掠める。
「どういう意味だよ」
その、何の感情も映らない瞳が怖くて――だけど、たまらなく惹かれて。
「だって、君がここに入ってから、何日が経ったか知ってる?」
知っていた。馬鹿みたいに数えていた。期待して、期待して、だけど裏切られて、勝手に傷ついて。
知って、いたのに。期待なんてしても、初めから無駄なんだと。
「そうでしょ? 君もぼくも、必要となんてされてない。誰にも」
「やめろよ!」
叫んだところで、彼女は変わらない。
笑んでいるのに無感情な瞳。楽しげなのに冷たい表情。
「認めなよ、もう」
冷徹な、けれど甘い、声。
近づいてきた顔にぐっと息を呑めば、彼女はさも可笑しそうにくすくすと笑ったのだ。
「分かってるんでしょ?」
人形のように美しい少女は、オレを嘲笑った。でも、彼女はオレを見ているようで見ていなかった。いつだって、自分自身を嘲っていた。
首筋に触れた細く長い指や、重なった柔らかい唇、そして昏い光を湛えた目。それら総てが、オレをおかしくさせていったんだ。
狂った愛情――狂愛。
でも、狂っているのは、どちらだったか。
ひたすら部屋に響いていた音は、ラプソディ・イン・ブルー。『青の狂詩曲』。その情熱的なはずの旋律が、どこか物悲しく感じられて。
青があの異質な空間を満たしていた。
オレも、彼女も、寂しかったのだ。
青く陰った部屋の中、ただ寄り添うように体を寄せ合って、1日1日を食い潰していった。
彼女の腕は折れそうなくらい細くて、手はオレのそれで包み込めてしまうくらいに小さかった。だけどなぜかエネルギーに満ち溢れていて、オレにはそれが怖くてたまらなかった。
「ねえ」
「……ん?」
「何で逃げないの?」
「逃げられねーようにしてるんだろ……お前が。この鎖は何だよ」
そうだった、と惚けたように笑う彼女の表情は、酷く幼い。
その繋がった手を、弱く握ってくる力を、蜂蜜色に輝いて首をくすぐる髪を、手放したくないと思ってしまった。それは確かなんだ。
妙だよな。
オレは監禁『された』側で、彼女は『した』側なのに。
「ストックホルム症候群?」
彼女はそう笑ったけれど。それは違うよ、と、青白く染まる彼女の頬を撫でたくて仕方がなかった。
きっと心まで囚われた。
「君はそれでいいの?」
その笑みはどこか痛々しい。
「いいよ。お前が言ったんだろ? オレは望まれてない、って」
望まれない。誰も必要となんてしない。誰かが悲しむから死んではいけないと言うのなら、その悲しむ誰かとやらを連れてきてみろよ。
オレにも彼女にも、そんな人は初めから存在しなかった。
くだらない幻想を、押し付けないでくれ。ありえないものを望む気持ちなんて分かりもしないくせに。
どうせなら、望んでくれる彼女の傍にいたかった。
彼女は呟く。何かを見ているようで何にも見ていない目を、嵌め殺しの窓の外に向けながら。
「このちっぽけな部屋が、もしも世界の総てだったら。ぼくと君の二人だけで、もしも世界が成立したなら。きっと、もっともっと息がしやすかったのにね? 籠の中の狂った愛情で、全部が片付いたならよかったのに」
――ねぇ君は、このラプソディの中で、わたしのために死んでくれる?――