俺の惚れた女は二重人格
もしかすると失敗作かもしれない。
※この物語には暴力行為を極度に越えたシーンが含まれます。ご注意下さい。
俺の名は長田 直樹。至って普通の高校生である俺には、未だに彼女がいない。周りの友人達には彼氏彼女がいるのに。だが、ある日俺の下に、一人の少女が現れ、俺はそいつに一目惚れをしてしまった。しかもそいつは二重人格。
桜が満開の4月。新学期を迎えた俺は、
「遅刻〜!」
と叫びながら自転車を漕いでいた。
「邪魔だてめえら!」
俺は道行く人々を避けつつ、平らな道を疾走していた。すると、曲がり角から俺の通う高校の女子の制服を着た女子生徒が飛び出してきた。
「退け〜!」
女子生徒は振り向いた。俺は慌てて急ブレーキを掛けるが、時既に遅し。俺は女子生徒を跳ねてしまった。
女子生徒は数メートル程吹っ飛び、地面に落下。
「大丈夫か!?」
俺は自転車から飛び降り、女子生徒に駆け寄った。
「一寸、痛いじゃないの! 何処見て運転してんの!?」
女子生徒は俺を見るなり叱咤し、ピシッと頬を引っぱたいた。
「あんた、名前は?」
「お、長田 直樹です」
「長田 直樹・・・。覚えたわ」
可愛い。俺は背中まである長い髪と、少女の怒った表情とつり目に見惚れてしまった。
「何よその顔?何か言いたい事でもある訳?」
「否、無いよ」
「あっそ。で、あんた何処の学校?」
その問いに俺は、少女と同じ学校だと言う事を教えた。
「丁度良いわ。お詫びに私を学校まで乗せて行きなさい」
「はい?」
俺は首を傾げた。少女はその俺の顔面に拳を放った。顔面が赤く腫れた。
「乗せて行けって言ってんだ」
俺は顔面の痛みを我慢しつつ、自転車を起こして跨り、少女を後ろに乗せた。
「あ、そうそう。言い忘れる所だったわ」
まだ何かあるのか?
「私の名前、神納 美佳。覚えておきなさいよ?」
ああ、覚えておくぜ。俺は可愛い女の子の名前と顔は絶対に忘れない質でね。
「あのさ、早くしてくれない?遅刻しちゃうでしょ?」
暴力少女、神納 美佳はムスッとした顔で言った。俺は後ろに神納 美佳を乗せた自転車のペダルを漕ぎ出した。
「あれ、私何で自転車に乗ってるの?」
突如、加納 美佳が変な事を言い出した。俺は驚いて自転車を止めると、神納 美佳に向かってこう言う。
「お前、今自分で乗せて行けって言ったんだぞ?」
「記憶に無いです。それよりあなた誰ですか?」
うわっ、こいつ重度の記憶喪失か!?俺の事まで忘れてやがる!
「俺は長田 直樹だ。覚えておくって約束したじゃねえか」
俺はそう言って神納 美佳を睨んだ。良く見ると、先程のつり目が円らな瞳と成っている。しかも、少し背が縮んでいる様にも見えるのは気の所為だろうか?
「私、そんな約束してないですよ?」
「お前、大丈夫か?」
神納 美佳は俯いた。
「ごめんなさい。私、偶に記憶を無くすんです」
それは困った。俺は何と言ってやったら良い?
「あっ」
刹那、神納 美佳の背が少しばかり大きくなり、円らな瞳がつり目へと変わった。
「一寸あんたっ、何止まってんのよ!?」
な、何だこの性格の変わり様は?もしかして二重人格って奴か?だとしたら、こいつが記憶を無くす事も頷ける。
「お前、一時的に記憶を無くす事とか無いか?」
「はぁ?何言ってんのあんた?そんな事ある筈無いでしょ。頭大丈夫?」
ムカついた。ムカついたが、此処は我慢しておこう。
「じゃあ、これは覚えてるか?先刻お前が、「ごめんなさい。私、偶に記憶を無くすんです』と言ったの」
「何だ、その事か。それはもう一人の私の方ね」
もう一人・・・やはり二重人格か。
「って、そんな事はどうでも良い。早く出しなさい」
「ヘイヘイ」
俺は素っ気の無い返事をし、再度ペダルを漕ぎ始めた。それから学校に着くまで、俺達は一度も口を聞かなかった。俺としては、<もう一人の私>の事を聞いておきたかったが・・・。
放課後、自転車置き場で神納 美佳が待っていた。俺はそいつを無視して自転車に跨った。
「一寸、人が待ってると言うのに無視しないでよ」
「暴力少女の相手は苦手だ」
俺はそう言ってペダルを漕ごうとしたが、自転車は前に進まなかった。原因は神納 美佳が俺の自転車を後ろに引っ張っているからだった。
「誰が暴力少女よ?いや、そんな事はどうでも良い。それより、あんたの所為で始業式遅れちゃったじゃない。どう責任取ってくれんのよ?」
「急に飛び出してくるお前が悪い」
ピキッ!──神納 美佳は額にムカツキマークを出現させ、俺の顔面に回し蹴りを放った。刹那、神納 美佳のスカートの下が見えた。苺柄のパンツか。良い物を見た。その後、俺の体は自転車から真横に放り出され、壁に激突した。身体中に激痛が走る。
「それが被害者に対する態度かしら!?て言うか今見たでしょ!?最ッ低!」
神納 美佳は持っていた鞄で俺の頭を殴りつけた。
「なっ、テメ先輩に向かって何すんだ!?」
そう、俺はこいつの先輩に当たる。今日の始業式の後に対面式があり、その時に1年の方にいたのが、こいつである。因みに、俺は2年だ。
「関係ないわよバカ!」
神納 美佳そう言って、再度鞄で叩く。
「痛っ、鞄で叩くなって!」
すると今度は俺の顔面を靴をめり込ませた。
「今の私は非常にムシャクシャしてんの。余計な事喋ったら殺すから」
神納 美佳はそう言って殺気を漂わせた直後、背が縮んで円らな瞳の神納 美佳に変わる。
「ごめんなさい!」
神納 美佳は慌てて足を俺の顔面から退けた。
「あの、お怪我はありませんか?」
神納 美佳はしゃがんで俺に顔を近づけた。
「一応大丈夫だけど顔が物凄く痛い」
「私の所為ですね、ごめんなさい」
神納 美佳は申し訳なさそうな顔で言った。
「いや、何も君の所為だとは言ってないよ」
「でも、先刻私の足が長田さんの顔に・・・」
こいつ、酷く自分を追いつめてるな。
「あの、私に出来る事があったら何でも言って下さいね。お詫び、しますから・・・」
「いや、そんな事しなくて良いよ。気持ちだけで十分だから」
神納 美佳は苦笑して、
「長田さんってお優しいのですね」
ああ、俺は基本的に女子には優しい。が、つり目だけは例外だ。
「あ、そうだ。長田さんにお願いがあるんですけど、帰り送って貰えないですか?」
「ああ、構わねえけど別に?」
「ありがとうございます」
と、頭を下げる神納 美佳。
「頭上げろ。恥ずかしい。それと、俺の事は直樹で良いから」
神納 美佳は頭を上げ、
「解りました、直樹さん」
「じゃ、行きますか」
俺は自転車に跨ると、その後ろに神納 美佳も跨った。本当はいけない事なのだが・・・。
俺はペダルを漕ぎ、自転車を出した。
「あの、直樹さん」
「ん?」
「直樹さんは、彼女っていないんですか?」
「何を藪から棒にそんな事?」
「いや、良いんです。答えたくなければ・・・」
「いないよ」
俺は答えた。嘘では無い。本当にいないのだ。
「あっそ。どうでも良いけど降ろせ」
いつの間にか入れ替わっている神納 美佳。俺が自転車を止めると、神納 美佳は自転車から降りた。
「何で私があんたの自転車乗らなきゃいけない訳。それとあんたなんか「あんた』で十分よ」
「じゃあお前は暴力女だ」
ピキッ!──神納 美佳は額にムカツキマークを出現させ、
「何ですってぇ?」
と、笑顔で殺意を醸し出した。
恐ろしい。俺は鳥肌が立った。刹那、神納 美佳の鉄拳が俺の後頭部に飛来。大きなたんこぶが出来た。
「ってえなテメエ!何すんだコノヤロー!」
俺はそう言って神納 美佳を睨み付けてやった。
「ごめんなさい、直樹さん。私、また直樹さんに何かしましたか?」
こいつまた入れ替わりやがった。態とやってんのか?だったらこっちにも考えがある。俺は自転車から降り、スタンドを立てた。
「いや、君は何もしてない。それより、出て来いこの暴力女!聞いてんだろ!?」
刹那、神納 美佳のボディーブローが炸裂した。どうやら、入れ替わったらしい。いや、そんな事より物凄く腹が痛い。
「あんた、私を怒らせたい訳?」
俺は痛みに喘ぎながら答えた。
「否、違う。ただの仕返しだ」
「何の仕返しよ?」
「俺への暴力行為だな」
「それはあんたの行いが悪いからでしょ」
「行いって何だよ?俺お前に何かしたか?」
俺が訊ねると神納 美佳は、
「私を跳ねた、遅刻させた。この責任は何が何でも取って貰うからね!」
「テメエにはとらない」
バフッ!──神納 美佳の鞄が顔に当たる。
「だから何で殴るんだよ!?」
「答えなきゃ駄目かしら?」
「答えろ」
「嫌よ!じゃあね!」
神納 美佳はそう言って、また入れ替わった。
「直樹さん、暴力女だなんて酷いです!」
「あっ、否、それは、君の事じゃなくて、君の中にいるもう一人の君の事と言うか・・・」
俺は必死に弁解した。
「もう一人の私、ですか・・・訳が解りません。直樹さんは何が言いたいのですか?」
「あー、つまりだな、その、君は記憶を失う時があると言ってたけど、実はそれはもう一人の君が現れたからなんだ。君は二重人格なんだよ」
「二重・・・人格?」
神納 美佳は頭上に疑問符を浮かべた。今時こんな演出俺でもしねえけど?
「そう、二重人格。あの発言はもう一人の君に対しての発言だから、気にするな」
「そうですか・・・。あ、所でまだ私の名前言ってませんでしたね」
「加納 美佳、だろ?」
「えっ、何で・・・?」
「もう一人の君が教えてくれた」
「そうですか。でも、自分でしたいからしますね。私は神納 美佳。美佳と呼んで下さい」
神納 美佳はニッコリと笑顔をみせた。それにしてもいきなり下で呼ぶのは一寸抵抗があるな。
「ごめん、下では呼べないわ」
「そうですか。では、神納で良いです」
「そうするよ。それより、送る途中だったな。乗れよ」
俺はそう言ってスタンドを起こして跨った。直後、後ろに神納 美佳が跨る。俺は乗ったのを確認すると、ペダルを漕いで走り出した。
それから暫くして、俺達は例の衝突現場へと辿り着いた。確か此処で神納さんと出会ったんだっけ。結構可愛かったな、つり目のあいつ。
「止めて」
突然、神納 美佳がそう言ったので、俺は慌てて自転車を止めた。こいつまた入れ替わってるよ・・・。
「あんたさ、もう一人の私には優しくして、何で私には優しくしないのよ?」
「さあな」
こいつ降りてくんねえかな。俺苦手だよ。
「ねぇ、あんた家何処?」
「は?」
「家教えてと言ってるのよ!解った!?」
いや、それは解ってる。だが、お前をな、お前の様なタイプをな、家に招待するのはどうかと思うんだ。だって、何時暴力振るわれるか解らないし。
「ねぇ、聞いてんの?」
「えっ、何だっけ?」
「だから、私をあんたの家に招待しなさいと言ったのよ!これは命令よ!因みにあんたに拒否権は無いわよ」
拒否したらどうなるんだろうな。
「嫌だね。お前みたいな奴には絶対入れねえし教えもしねえ」
「拒否権無いって言ったわよね?」
「それがどうした?」
刹那、神納 美佳の拳が俺の頭にたんこぶを作り上げた。
「殴るわよ?」
殴ってから言うな!──俺は内心突っ込んだ。声に出したらまたやられるからだ。
「で、結局どっちなの?」
「解ったよ。連れて行きや良いんだろ?連れて行きや」
そう言って俺は、嫌々ペダルを漕いで走り出した。それから家に着くまでの間、俺は神納 美佳に言いたい放題言われ続け、漸く家に辿り着いた。
「此処が俺の家だ」
俺の家は二階建ての一軒家である。外見はの○太家に似ている思ってくれて結構だ。俺も実際そう思ってるからな。だからと言って、耳の無い真っ青の猫型ロボットがいる訳じゃないので悪しからず。
「何かボロい家ね」
「そう言うお前の家はどうなんだ?」
「気になるの?」
「全然」
俺は鍵を開け、中に入って行った。後から神納 美佳も入って来る。
「お前、何飲む?」
「酒」
「お前何歳だよ?」
俺がそう言いつつ靴を脱いでいると、突然俺の体が前へ吹っ飛んだ。
「女の子に歳なんか聞くんじゃないの!解った!?」
ウゼエ、マジウゼエこいつ。
「返事は!?」
「ヘイヘイ」
「返事は「はい』でしょ!」
「はいはい」
「「はい』は一回!」
「はい」
ホントムカつく野郎だ。しかし不思議と嫌いに為れねえのは何故だ?
「で、何飲むんだ?アルコール以外で」
「そうね、コーヒーでも頂こうかしら。無糖で」
「じゃあ煎れてやるから座って待ってろ」
俺はそう行って、廊下を真っ直ぐ行った所にある部屋へ神納 美佳を通した。その部屋は中央に食事用のテーブルがあり、奥に台所が付いている。俺はその台所に行き、コーヒーを煎れるのであった。
「まさか、外見だけじゃなくて中もの○太の家そっくりだったなんて驚きだわ」
「ふっ、驚くのはまだ早い。この家はな、実際にドラ○もんの撮影で使われた家なんだ。知らなかっただろ?」
「そう言う家ってさ、結構高いんじゃないの?」
「残念だが、この家は建てられた当時から長田家の持ち物だ。つまり、撮影協力で一時的に貸し出したと言う訳だ」
「え、そうなの?」
「コーヒーだ」
俺は神納 美佳の前にコーヒーを置いた。特別サービスで甘ったるくしてやったぜ。
「頂くわ」
神納 美佳は何も知らずに特別甘ったるいコーヒーを口にした。
ブッ!──神納 美佳は思いっ切り吹き出した。
「何よコレ!?お砂糖入ってるじゃない!私は無糖って言った筈よ!?あんた私に何か怨みでもある訳!?」
と、俺を睨み付ける神納 美佳。俺は首を縦に振り、
「先刻の仕返しだ」
「あんたって根に持つタイプなのね。まあ良いわ。コーヒー取り替えなさい」
「飲め」
「太ったらどうしてくれんのよ?」
俺は太った神納 美佳を想像した。ガー○ズ・ザウ○スの冒頭に出て来る女みてえだ。
「それだけは嫌だな」
「だったら早く取り替えなさい!」
俺はコーヒーを下げ、新しく煎れ直して置いた。今度はちゃんと無糖だ。
「大丈夫でしょうね?」
と、神納 美佳はコーヒーを口にする。
「あ、美味しい」
神納 美佳は思わず口にした。
「苦くないのか?」
「別に」
と一口。俺はその神納 美佳を眺めていた。やはり可愛い。俺は恐らく、このつり目に惚れただろう。その証拠に、俺の心臓が高鳴っている。
「何見てんの?」
「あ、いや・・・」
やべえな。これ以上は平常を装えない。俺は今此処で神納 美佳に愛の告白をする。
「神納、俺はお前が好きだ。付き合ってくれ」
今のはストレート過ぎたか?
ビシャッ!──神納 美佳は俺に熱々のコーヒーをぶっ掛けた。
「何バカな事言ってんの?私があんたなんかと付き合う訳無いでしょ」
振られた。
「まぁ、もう一人の私は、あんたに気があるみたいだけどさ」
それはつまり、こう言う事か?神納さんは俺が好きで俺はつり目が好き。三角関係・・・とは言えないな。同一人物だし。て事は、両思い・・・なのか?
「直樹さん?」
神納 美佳はいつの間にか入れ替わっていた。
「あの、此処は一体?て言うか、何で私こんな所に?」
「俺の家。因みに俺が君を連れて来た」
「私がいない間にですか?」
「連れてけって言われたんだ」
「そうですか。それより、何でコーヒーが御顔に?」
「もう一人の君に告白したら掛けられた」
神納 美佳はカーッと顔を赤くした。
「嫌だ、私ったら。自分の事じゃないのに・・・」
「別に構わないよ。そんな事より、先刻聞いたよ」
「何をですか?」
「神納さん、俺の事・・・」
神納 美佳は頷いた。
「これって、両思いと見て良いのでしょうか?」
「解らない。少なくとも、三角関係では無い事は確かだ」
その時、神納 美佳の腹の虫が音を鳴らした。
「あっ」
神納 美佳はお腹を押さえた。
「飯、食うか?遠慮は要らないよ」
「頂いても宜しいのですか?」
「別に構わないよ。炒飯で良いね?」
「はい、構いません」
俺は台所の引き出しから炒飯の素を出すと、フライパンに油を敷き、火をつけてとき卵とご飯を入れて混ぜ、最後に素を入れて混ぜた。これでインスタント炒飯の完成だ。
「インスタントだが、気にするな」
俺はそう言って神納 美佳の前に炒飯を置いた。
「いえ、インスタントでも食べられれば良いです」
神納 美佳は俺からスプーンを受取り、
「頂きます」
と、炒飯を食べ始めた。
「美味しいですね。インスタントのわりには」
「そう言って貰えるのは嬉しい。が、一言余計だ」
刹那、神納 美佳が炒飯の盛られた皿を俺の顔に投げ付けた。
「不味い」
「何だよ?今美味しいって・・・」
俺は顔に張り付いた炒飯を皿ごと剥がし、神納 美佳の顔を見た。つり目・・・入れ替わってやがる。
「こんな不味い物食ったら腹壊すじゃないのよ。もっとちゃんとしたの作りなさい」
「それは構わないが、何故急に入れ替わるんだよ?」
「不味いからよ。因みにもう一人の私が美味しいと言ったのはお世辞。好きな人の手料理で不味いなんて言えないからね」
毒舌だ。
「お前さ、俺をバカにするのもいい加減にしないか?」
「馬鹿をバカにして何が悪いのかしら?」
俺って馬鹿なのか?
「それより私帰るわ。此処にいたら馬鹿が移りそうだから」
「だったら最初から来るなよ暴力女」
「何か言ったかしら?」
と、満面の笑みで俺を見つめる神納 美佳。俺は慌てて両手を顔の前で左右に振った。
「言ってない言ってない。何にも言ってない」
「ホントかなそれは?私の耳は暴力女としっかり聞いてるんだけどなぁ?」
そう言った神納 美佳に、俺はみぞおちをやられた。
「痛い・・・」
我慢我慢。
「あら、怒らないの?」
「怒ったらまた殴られる様な気がしてな」
神納 美佳はアッパーを繰り出した。
「私がそのぐらいの事で殴る訳無いじゃない」
我慢だ。俺はこいつの為にならMになれる気がする・・・。って、何を言ってるんだ俺?怒れ、怒れよ俺!怒りを爆発させろ!しかし怒りは湧いて来ない。どうした物か・・・。
「それよりあんた、家まで送ってくれる?」
「最後まで暴力女の御守りですか」
神納 美佳は俺の腹に連続拳を繰り出した。その連続拳は10秒程続いた。俺は腹を押さえながら蹲り、
「強過ぎる・・・。俺専用のボディーガードにしたいぜ」
「良いわよ、為ってあげても」
えっ、今何と?
「今何と仰有いました?」
「ボディーガードになら為ってあげても良いって言ったのよ。ちゃんと聞いてなさい!」」
驚いたな。こいつの口からまさかこんな言葉が出るなんて。
「どうしたの?」
「いや、お前が俺に承諾したんで素直に驚いているだけだ」
「ふうん。で、いくら払ってくれるの?」
「はい?」
「バカ。ボディーガードしてあげるんだから、私に御金払うのは当然でしょ?」
狙いはそれか!?
「現金は勘弁してくれ。その代わり欲しい物買ってやる」
神納 美佳はニヤニヤしだした。
「メリケンサック買って?」
「そんな危険な物何に使う気だ?」
「それは勿論!」
と、満面の笑みで俺を見つめる神納 美佳。やはり俺を殴る為か。だから俺は、
「嫌だね。そんなの買わねえ」
神納 美佳は俺を無理矢理立たせ、後ろに回って首に腕を掛けた。
「思いっ切り絞めて良いのよ?」
「もう嫌だ。死にたい」
「あっそう、じゃあ殺してあげる」
神納 美佳は思いっ切り首を絞めた。苦しい、マジで死ぬ!俺は神納 美佳の腕の中でもがいた。
「まだ何か言いたい事あるの?」
と、腕を緩める神納 美佳。俺はその隙に脱出し、彼女の方を向く。
「死んだらどうするんですか!?」
数秒間の沈黙。
「否、お前先刻、死にたいって言ったろ・・・」
「だが殺せとは一言も言ってねえ」
「あっそう、じゃあ殺して欲しくなったら言ってよね?好きな殺され方で殺してあげる」
「嫌な事言うな!」
神納 美佳は腹を押さえながら、
「アハハ、冗談よ」
「お前のは冗談に聞こえねえ」
神納 美佳は真剣な表情で俺に近付き、押し倒した。何だこの、男が女をベッドに押し倒す様なシチュエーションは!?
「殺して欲しいのね?解った、殺してあげる」
神納 美佳は俺に乗し掛かり、両手で俺の首を思いっ切り絞めた。待てっ、止めんか!やばい、段々、意識が・・・。俺の意識は完全に失われた。
「・・・・・ですか?」
女の子の声・・・天使の声だな、きっと。俺は死んだんだ、多分。
「大丈夫ですか?」
違う。これは神納さんの声だ。
「直樹さん、しっかりして下さい」
神納 美佳は俺の体を揺すった。俺は目を開け、飛び起きた。生きてる・・・あいつ殺し損ねたな。
「直樹さん、私がいない間にまた何かされたんですか?」
「否、何も?」
「嘘、首の回りに絞められた跡があります。私に首を絞められたんですよね?」
証拠残し過ぎだ!
「直樹さん、私帰ります」
「えっ、何で?」
「だって、私がいたら、直樹さんに迷惑が掛かるから・・・」
俯いて暗くなる神納 美佳。
「そんなの君が気にする事無いよ。悪いのは全部あいつなんだから」
「そうですよね」
と、笑顔を取り戻す神納 美佳。すると彼女はつり目に為り、
「所で、メリケンサックは買ってくれるんでしょうね?」
「その代わり殴るなよ?」
「えっ、買ってくれるの?」
「殴らないと約束したらな」
「するわ」
「そうか。なら後で買っておいてやる。だから今日の所は帰れ」
「家まで送って?」
「解った」
俺は神納 美佳と共に家を出、自転車で彼女の家に向かった。そして今日、最初に会った例の曲がり角に差し掛かった。
「そこ左曲がって!」
俺は左に曲がった。
「この道を真っ直ぐ行った所に私の家がある。ほら、丁度あそこに煙が・・・」
煙!火事か!?俺は急いでペダルを回した。自転車は猛スピードで燃えている家の前に辿り着き、俺はブレーキを掛けて止まった。
「あ、あ、私の、私の家が・・・燃えてる・・・」
俺は携帯を出し、119番通報をした。それから暫くして、消防車が現れ火を鎮火させた。
「おーい、人が死んでるぞ!」
と、燃えた家の中から消防隊員が出てくる。そこへ、パトカーが数台やって来て、警察が中へ入って現場検証と死体運びを行った。
「待って!」
神納 美佳は、死体を警察のディーゼル車に乗せようとしている警官達の所へ走って行った。そして泣きながら戻って来た。
「お母さんが・・・お母さんが・・・!」
と、俺に抱きつく神納 美佳。俺の服が彼女の涙で濡れて行く。俺は神納 美佳を抱き締めた。可哀想な神納 美佳。
俺は神納 美佳を連れて自宅に戻った。
「なぁ、頼むからもう泣くなよ?」
しかし、神納 美佳の涙は止まらなかった。
「ごめん、もう少し、泣かせて」
そう言って、再び俺に抱きつく神納 美佳。
俺はこの状態で半日やり過ごした。
神納 美佳は今、俺に抱きついたまま眠っている。俺は神納 美佳の靴をそっと脱がし、御姫様を抱っこする感じで階段を上り、部屋に入った。その部屋は、入って直ぐ右の所にベッド、奥には勉強机、左には押し入れがある。因みに、机の引き出しにタイムマシーンは無い。俺は神納 美佳をベッドに寝かした。
「お休み・・・」
俺は聞こえるか否かの大きさで囁き、部屋を出ようとしたが、唐突にズボンの裾が引っ張られたので、振り返った。見ると神納 美佳は薄目で俺を見ていた。
「行かないで・・・」
神納 美佳は呟いた。
「何処も行かない。風呂に入るだけだ」
俺はそう残し、部屋を出てドアに寄り掛かった。俺は昔に両親を失った事を思い出した。
「あの時の俺も、同じだったな・・・」
俺はそう呟き、階段を降りて風呂場に行くと、裸になって風呂に入った。
翌朝、俺は一階の居間で目を覚ました。昨日、神納 美佳を俺のベッドに寝かせたからだ。さて、顔でも洗うか。俺は起き上がり、便所で用を足し、洗面所に向かった。中には風呂上がりで裸の神納 美佳がいた。
「わっ、悪い!見るつもりは無かったんだ!てか知らなかったんだ!だから殴るのだけはよしてくれ!」
俺は後退りして顔を反らし、掌で待てをした。
「直樹さん、落ち着いて下さい。私は乱暴者じゃないですよ」
と、頬を赤らめ、裸のまま近寄る神納 美佳。何だ、こいつは神納さんの方か。なら大丈夫だな。そう思ったのも束の間。彼女は人格交代をし、物凄い殺気と恐ろしい形相で、拳をポキポキと鳴らした。更には、体からメラメラと炎が燃え上がる。
「見ーたーなー?」
神納 美佳は俺の胸倉を掴み上げ、反対の拳で俺を殴り付けた。俺の鼻から鼻血が出、ポロッと欠け落ちる前歯。俺の永久歯が!だが、彼女はそんなの御構い無し。俺をキッチンの方へ放り投げ、廊下に落下した直後俺の上に跨り、満面の笑みを浮かべてこう聞く。
「どうして欲しい?」
「取り敢えず服着ろ」
神納 美佳は顔全体を真っ赤に染め上げ、
「お前なんか死ねバカ!」
と、俺の顔面目掛けて拳で殴り掛かった。が、こうなる事を予測していた俺は、予め頭上に出しておいた両手で、女の弱点である胸を掴んだ。途端、神納 美佳は全身の力が一気に抜け、俺に全体重を預けた。
「や、止めてよ?」
「殴らないと約束したら止めてやる」
「それは、無理、かな?」
「そうか、じゃあずっとこの体制だな」
すると、神納 美佳は暗くなった。
「解ったわよ・・・。もう、殴らないから・・・」
しかし、今こいつを放したら確実に俺との距離が0になる訳で・・・。
「はっ、早く放しなさいよ!どうなるかは、私も解ってるから・・・」
俺は神納 美佳を放した。案の定、彼女は俺と合体した。
「殴らないよな?」
「私が嘘言った事ある?」
「昨日初めて会ったので解りませんです」
「兎に角、私は言った事だけは守るから」
彼女はそう言って、立ち上がって洗面所に入って行った。その後の彼女の行動は見てないので分からん。
「一寸あんた、何時までそうしてるつもり?もう動いて良いわよ」
神納 美佳はそう言って、俺の視界に入った。
「それよりお腹空いたから何か作ってくんない?」
「あ、ああ」
俺は徐に立ち上がり、蹌踉めきながら洗面所に入って顔を洗い、神納 美佳と共に台所へと入って行った。
「ねぇ、今日さ、あんた暇?」
神納 美佳は席に着くとそう聞いた。俺は朝食の準備をしながら、
「ああ、暇だけど?」
と、答える。
「じゃあさ、今日は土曜で休みだし、これから何処か遊びに行かない?」
「えっ・・・?」
俺は手を止めた。
「お礼よ?お礼。昨日泊めてくれたお礼」
それって、デートとして誘ってると思って良いのかな?
「言っとくけど、デートじゃないんだからね。勘違いしないでよ?」
「はいはい。で、何処へ連れてってくれるんだ?」
「あんたが行きたい所」
よし、なら思い切って最高のデートプランを立てなければ!
「そうだなぁ・・・。遊園地、なんてのはどうだ?」
「お金無いわよ?」
「良いって、金くらい俺が出してやっから」
「じゃあそうして貰おうかしら?」
「御前には遠慮ってもんが無えのか?」
「殴っても良いのよ?」
俺は背後から殺気と妙な寒気を感じた。
「ちゃんと出すよ」
「あら、何で素直なの?」
「気分、かな。それよりお前、家燃えたから学生服しか無いよな。服とかどうする?」
「買ってくれるの?」
「欲しいなら買ってやる」
「そうね・・・。じゃあお願いしちゃおうかしら?」
「遊園地からの帰り、洋服店行くぞ」
「うん。それよりご飯まだかしら?」
「あっ、悪い。手が止まってた」
俺はそう言って手を動かした。
「そう。所で何作るの?」
「半熟の目玉焼き」
「他は?」
「納豆」
「何よそれ。定番料理?」
「確かにそう言うな。朝は納豆と目玉焼きって」
と、俺は冷蔵庫開けて卵とハムを取り出す。
「あ、悪いんだけど、御皿出してくれない?」
「何で私が!?自分で出しなさいよ」
やれやれ。俺は食器棚から広い御皿を2枚出した。
「夜は、やっぱり外食するの?」
よっ、読まれてる!?
「嫌なのか?」
「べ、別に嫌じゃないけど・・・ただ気になったから聞いてみただけ」
「そうか。夜は外食だ」
「ふうん。何かデートみたいだね」
洋服店が無けりゃね。
「出来たぞ」
俺はそう言って、神納 美佳の前にハムに乗せた目玉焼きが載った皿とご飯と納豆を置き、向かい側に同じ物を置いた。
「普通さ、目玉焼きの下はレタスかキャベツじゃない?」
「両方とも切らしてるんだ」
と、割り箸を置く俺。
「頂きます」
神納 美佳は割り箸を割り、黄身に穴を開けて醤油を垂らし、食べ始めた。また不味いとでも言うのだろうか?俺がそう思ってると、彼女はこう言った。
「美味しい」
「お世辞か?」
「違うわよ!本当に美味しいの!」
「けど昨日は不味いと」
「あれは永○園だからよ」
「お前、炒飯何処の食ってんだ?」
「全部手作り。インスタントなんか食べた事無いわ」
「めんどくねえか?」
「ううん。お母さんが、作ってくれてたから」
神納 美佳は一滴の雫を目から零した。
「あ、ごめん。嫌な事聞いたな。それと今度からは、炒飯は全部手作りな。インスタントは使わない」
「うん。所であんた、誕生日何時?」
「誕生日?5月1日だけど?」
「そう。覚えとくわ」
?──俺は頭に疑問符を浮かべた。
「ごちそうさま」
食べ終わった神納 美佳が、割り箸を置いた。俺も早く食べねば。
午前9時ジャスト、俺は玄関先で靴を履いていた。
「遅いぞ、何やってるんだ?」
と、外から神納 美佳の声が聞こえる。
「ああ、今出るよ」
靴を履き終えた俺は、そう言って外に出てドアに鍵を掛けた。
此処から遊園地までは自転車で行く。幸い、家には自転車とマウンテンバイクが一台ずつ有った。俺は物置から綺麗で格好いいマウンテンバイクを出した。
「自転車で行く」
と、俺は自転車の鍵を神納 美佳に投げ渡した。受け取った彼女は、
「おいおい、自転車でディ○ニー○○ドにでも行くつもりか?」
「阿呆、行くのは富○急ハイ○○ドだ。はぐれるなよ?」
俺はそう言って、富○急ハイ○○ドに向かった。後から加納 美佳も付いて来る。家から富○急ハイ○○ドまでは、自転車で約10分。その間、俺達は何も喋らなかった。当然だ、自転車に乗っていたのだから。
富○急ハイ○○ドに着くと、神納 美佳は言った。
「此処があの富○急ハイ○○ドか。始めて来る所だな」
「始めてなのか?富○急ハイ○○ド」
「家、貧乏だったから一回も来た事が無い」
「そうか。なら思いっ切り楽しもうぜ」
「期待してるぞ?」
「えっ、俺が楽しませるの?」
「楽しませるのは言い出しっぺの役目じゃないのか?」
俺は富○急ハイ○○ドでのシチュエーションを考えた。やはり、山場は廃病院を利用したお化け屋敷だろうか。ビビらせて俺に抱き付かせてやる。
「チケット買って来る。此処で待ってろ」
俺はそう言ってチケットを買いに行き、戻って来た。その間、神納 美佳はちゃんと待っていてくれた。
「遅いっ、待ちくたびれたぞ!」
「しょうがねえだろ。混んでたんだからよ」
「まあ良いわ。行きましょ」
加納 美佳は俺からチケットを一枚奪取して先に入園した。
「おい、待てよ!」
と、俺も後から入園する。
此処、富○急ハイ○○ドには、ええじゃないか(スポンサー日立マクセル)、ワールド・ブッチギリコースター・ドドンパ(スポンサーKDDI)、キング・オブ・コースター・FUJIYAMA、トンデミーナ(スポンサーピザーラ)、グレート・ザブーン、ゾーラ7、マッド・マウス、レッドタワー、パニックロック、ロッキー・スライダー、ウェーブ・スインガー、ムーンレイカー、凄腕、シャイニング・フラワー(大観覧車)、GUNDAM CRISIS、超・戦慄迷宮、ドクロ・ナ・キモチ 棺桶墓場、武田信玄 埋蔵金伝説 風林火山、ゲゲゲの妖怪屋敷、トーマスランド、ハムハムどきどき!おうこく、リカちゃんタウン、アイススケートリンクと言った23のアトラクションがある。俺はこの中から前から乗ってみたかった物を挙げる。ええじゃないか、ドドンパ、FUJIYAMA、グレート・ザブーン、そしてシャイニング・フラワー。戦慄迷宮は観覧車の前にでも入れておくか。俺は今挙げた5つのアトラクションを体験する為、神納 美佳に話しを持ちかけた。
「あんたが言い出しっぺなんだから、あんたの好きにすれば良いんじゃないの?私はそれに付いて行くだけだから」
俺は神納 美佳と共に、5つのアトラクションを回る事にした。先ずは、ええじゃないか。これはこれで面白いと俺は感じた。神納 美佳はどうだろう?
「緊張したけど面白かったわよ」
それは良かった。次はドドンパ。これもそれなりに楽しめた。次、FUJIYAMA。これはかなり怖い。
「怖かったけど楽しかったわ」
次はザブーン。これはずぶ濡れに為ると言う事で、スタッフに渡された合羽を着て乗った。だがそれでも完全には防ぎ切れ無かった。
「レディに何乗せてんのよっ、濡れちゃったじゃない!」
否、そこは濡れるのを楽しむ物じゃないか?さて次、戦慄迷宮。俺達はそこに入る為、廃病院の前にやって来た。
「何か気味悪い」
神納 美佳はそれを見るなりそう言った。彼女の脅えて俺にしがみつく姿が楽しみだ。
「さて、入ろうか」
俺は怖がって入りたがらない神納 美佳を無理矢理引っ張って一緒に入った。そして無事に脱出成功。神納 美佳は案の定、現在進行形で俺に抱きついている。おまけに涙を流している。
「そんなに怖かったか?」
「怖すぎよ。あんたとはぐれた時はどうなるかと思ったわ」
「そうか。けどもう出たから大丈夫だ」
「駄目、まだ怖い」
重症だな。
「じゃあさ、落ち着くまで、観覧車にでも乗ろうか?」
「うん・・・」
俺は神納 美佳を連れてシャイニング・フラワーへ向かった。当然、その途中ではお菓子を買ってある。女の子と手ぶらで乗るのも何かとあれだしな。で、今、俺達は観覧車に乗っている。天辺に着くまでにはまだ随分と時間が掛かる。
「神納、気分は落ち着いたか?」
「ええ、大分落ち着いたわ。それより、何で観覧車なのよ?」
「お、お前と二人きりに為りたかったんだよ。文句あるか?」
「ある。あんたなんかとこんな狭い密閉空間にいると私の吸う酸素が無くなるから呼吸しないでくれるかしら?」
「いや、それは流石に無理かな」
「大丈夫よ、あんたなら。だってあんた、私に殺されても死に損ねるくらいだもん。だから下に着くまで呼吸しないで頂戴」
言うと思った。俺、マジでこいつに嫌われてんのか?「ねえ、所でさ、これの次はどれ乗るの?」
俺は携帯の時計を確認した。時刻はPM:4:50。
「そうだなぁ。あまり遅くなると服屋も閉まるだろうから早めに切り上げようか」
「うん」
その時、俺と神納 美佳の腹の虫が鳴いた。やはり、途中で買ったお菓子じゃ駄目か。
「お腹空いたわね」
「そう言えば、お昼食べて無かったな」
「降りたら何か食べましょ?」
「ああ」
それから天辺に着くまで俺達は口を開かなかった。
「ねえ、このまま、時間が止まると良いのにね?」
「えっ・・・?」
こいつは何を言い出すんだ急に?
「私さ、ホント言うと、あんたの事そんなに嫌いじゃないんだ。昨日、告白してくれた時、一寸嬉しかった。ホントだよ?」
この瞬間、俺は全ての時間が止まった気がした。
「でね、返事はYes。あんたと付き合ってあげても良いわよ?」
ま、マジで良いの!?ヤッター!これで俺は彼女いない歴=年齢卒業だ!「言っとくけど、これはあの娘への宣戦布告でもあるからね」
「宣戦布告?」
「そう。昨日ね、あの娘、一晩中考えてたみたいよ。あんたをデートに誘って、あんたの心を奪おうって・・・。でも、何かそれがイライラして、邪魔しちゃった。酷いよね、人の恋路邪魔する私って」
ああ、いるよなこう言う、人のものを横取りしたがる女って。
「いや、俺は嬉しいよ?お前にオーケー貰えて」
「ありがとう。そう言ってくれて」
神納 美佳そう言って、俺の唇を奪った。
「あの娘には内緒だよ?」
「ああ、解った。内緒にするよ」
「何を内緒にするんですか?」
「ああ?あいつに唇奪われた事」
って、知らぬ間に入れ替わってやがる!しかもそれ聞いてショックを受けてるし!
「ご、ごめん!今のは違うんだ!」
すると、また入れ替わった神納 美佳が、俺の頬を殴った。
「バカッ、何バラしてんのよ!」
「お前が勝手に入れ替わるからだろうが!」
「ごめん・・・一寸試したかったの。あんたが私との約束、守ってくれるかどうかね」
数秒間の沈黙。
「なんて冗談。今日は風呂場での一件以来入れ替わってないよ」
「本当?」
「私は嘘吐かないって言ったでしょ」
「そうだったな」
そう言って俺は、何気無く外を見た。もうそろそろ一周が終わる頃か。
「所で、今日寝る所はどうするんだ?」
「そりゃあんたの家しか無いでしょ?」
「ベッドじゃ寝かせねえぞ?」
「良いわよ、寝れれば何処でも」
そして沈黙。一番下に着くと、俺達は観覧車を降りた。
「何処で飯食う?」
「そうね・・・。そう言えば来る時、ファミレスが有ったわ。そこ行きましょ?」
「ああ」
俺達は富○急ハイ○○ドを出、来る途中に見掛けたファミレスに向かった。
遊園地を跡にした俺達は、途中に有ったファミレスへとやって来た。
「いらっしゃいませ」
と、店員が作り笑顔で言ってくる。
「2名、禁煙席で」
「かしこまりました」
店員は俺達を禁煙席へと案内した。俺達は案内された席に、向かい合って座る。
「では、御注文が決まり次第お申し付け下さい」
店員は会釈をすると、早歩きで何処かへ行った。
「ねえ」
唐突に神納 美佳が声を掛ける。メニューを見ていた俺はメニューを退かして聞いた。
「ん、どうした?」
「美佳・・・今度から私の事そう呼んで。私もあんたの事、直樹って呼ぶから」
「解ったよ美佳」
俺はそう言ってまたメニューに目を向けた。和風、洋風、美味しそうな物が何でも揃ってる。
「美佳、お前は決まったか?」
「そう言う直樹こそ決まったの?」
「カツ丼・・・今無性にカツ丼が食いてえ」
「じゃあ私もそれにしようかしら」
俺は店員はを呼んだ。やって来た店員は、
「御注文はお決まりでしょうか?」
と、電子機器を開きながら聞く。
「カツ丼を2つ」
「かしこまりました。並盛り、大盛り、特盛りがありますがどれに致しますか?」
「特盛りで」
そう言ったのは神納 美佳だった。
「かしこまりました。お客様はどうなされますか?」
と、店員が俺を見つめる。
「並盛りで」
「かしこまりました。カツ丼の並盛りが1つ、特盛りが1つで宜しいですね?お飲み物はどうなさいますか?」
「ホットコーヒー」
と、神納 美佳。
「ホットコーヒーがお1つ」
「じゃあ俺もコーヒーで」
「はい、ホットコーヒーが2つ。以上で宜しいですね?」
「はい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
店員は頭を下げ、厨房へと入って行った。
「特盛りなんか食えるのか?」
少々驚いた俺は神納 美佳に訊ねた。
「ギャル○根に勝つ自信があるわ。その気になればギネスブックにだって載れるかもね」
それはそれで面白い。是非頑張って貰いたい物だ。おや、話している間にカツ丼の特盛りが運ばれて来た。しかし、神納 美佳は手を付けない。
「食べないのか?」
「否、そうじゃないの。直樹のが来るの待ってるだけ」
神納 美佳がそう言うと、並盛りとコーヒーが2つやって来た。店員は会釈して去って行く。
「頂きます」
神納 美佳は割り箸を取り、割ってカツ丼に手を付けた。
「何やってんの?早くしないと全部食べ終わっちゃうよ?」
そう言って丼を見せる神納 美佳。残り並盛りの1/4しか無い。俺は慌てて食べ始めた。が、とてもじゃないが追い付ける筈も無く、俺が完食した時には既に完食していた。この分だと早食い選手権にでも出れそうだな、彼女は。
「さて、コーヒー飲んで落ち着いたら行きますか」
「うん」
俺達はコーヒーを飲み終えると会計を済ませ、一旦自宅に戻って自転車を置き、改めて洋服屋へと向かった。
駅前の商店街には、幾つかの店が並んでいる。その一箇所に、某洋服店はある。俺達はそこへ、徒歩で来ていた。加納 美佳はその店の試着室で気に入った服に着替え、カーテンを開けた。
「直樹、これ似合うかしら?」
と、着ている物を俺に見せ付ける。それにしても地味な服装だな。まぁ、それがつり目の加納 美佳には似合う訳だが。
「結構似合ってるよ」
「そう?じゃあ次」
と、カーテンを閉めて着替えをし、再度カーテンを開ける。今度もまた地味な服。
「似合ってるよ」
「そう?直樹がそう思うならこれにしようかしら」
そう言ってカーテンを閉め、制服に着替えてカーテンを開ける神納 美佳。
「2着で良いのか?」
「その内増やすわよ」
そう言って、服を持ってレジへ行く神納 美佳。俺はそれに付いて行き、支払をした。店員は、中央に店のシンボルが描かれた大きな袋に、買った洋服を詰めた。
「有り難う御座いました」
店員は笑顔でお辞儀をした。俺達は店を跡にし、自宅へと戻って行った。
こうして、俺と美佳と神納さんの三角関係っぽい物語は始まった。