第2話C
朝
目覚ましが鳴るより早く、自然に起きてしまった。
寝心地が良かったとはお世辞にも言えないベッドだったが、ぐっすり眠れた。心地よい寝覚めだ。
二度寝する気にもなれず、そのまま外に出てブラブラする。
日差しが気持ちいい。春か秋の、暑くもなく寒くもない、とてもすごしやすい気温だった。別に桜や紅葉があるわけじゃないけれど。
特に見所もなく、ブラつくのにも飽きて待ち合わせのカフェに行くことにする。まだ待ち合わせ時間には早いが、女性を待つんだしこれくらい早くていいかな、と思った。デートとかの経験は皆無だけど。
カフェに着く。
店の外にある、パラソル付きの円いテーブルに一人の男が腰かけて本を読んでいた。
眼鏡をかけた、見るからに真面目そうな男だった。一目でNPCではないと分かる。どうして分かるのかは分からないが。
本を読みながら、時たま傍らにおいた小さなバスケットに入っているサンドイッチをつまむ。どうやら朝食中らしい。ちなみに僕はコンビニで済ませてきた。
男がふと目を上げた。目が合う。その男はフッと笑い、手招きしてきた。無視することもできず、仕方なく近寄る。
「あの、おはようございます」
戸惑いながらもとりあえず挨拶する。
「うん、初対面の人に挨拶できるとは関心だな。こちらこそおはよう、黒い魔法使いの護衛くん」
さらっと髪をかきあげながら言った。自分が知らない相手が自分を知っていたことに戸惑ってしまう。
いや、と男は微笑を浮かべ、弁解する。
「君を驚かせるつもりはなかったんだ。昨夜、あのとぼけた婦人から君のことを聞いてね」
とぼけた婦人って神井さんのことかな? それにしてもキザったらしい物言いをする人だ。仕草までキザったらしさを感じる。
「はじめまして、だな。私は小泉。小泉俊昭という。君の名前は?」
「……斎田優樹です」
「そうだった、斎田くんと言ったな。いや、突然名前を聞いたりして申し訳ない。君にはいろいろと興味があったものでね」
「はぁ……」
話していてなぜか落ち着かなかった。というか、疲れる。
「君があの黒い魔法使いの護衛をしているという男か……。あの婦人から聞いた話よりずいぶん大人びて見えるな。まあ、彼女の話は最初からどうも信用ならなかったが」
神井さん、どんな風に僕のこと話したんだろ? 少し憂鬱になってしまった。
「聞けば君は記憶を失っているそうじゃないか。するとなぜ自分がここにいるのか、それさえも分かっていないのかい?」
「はい……そうですが」
たしかにその通りだったが、この男に言われるとなぜか気に入らなかった。
「それならばなぜ、君はこうして生きているのかな?」
「は?」
何を言われたのか、しばらく理解できなかった。考えてもやはり分からない。
「あの、何が言いたいんですか?」
不機嫌な声が混ざってしまったかもしれない。しかし実際、僕は少し不愉快な気分になっていた。
「いや、気を悪くしないでもらいたい。別に君を責めている訳じゃないんだ。ただ今君を支えているものが何か、少し気になったものでね」
小泉はまたフッと笑い、続けた。キザったらしい態度がますます気に入らない。
「人には何かしら支えが必要だ。それは目に見えるものである時もあるが、逆に存在すら怪しいものもある。神がそうだ。それは自己を支えるものでありながら、同時に自己を規定する、物差しのような役割もある。倫理と言ってもいい。この世界にいる人の大半にとっては、自分の願いがそれにあたるだろうが、君にはそれがない。それは私にとって大変興味深い事実なんだがね」
「…………」
はっきり言って何言ってるのかこれっぽっちも分からなかったが、どうやらこの男にはそれ以上説明する気がないらしい。仕方なく黙っていると、
「そういうことを考えたことがあまりなかったかな? まあ早急に答えを出さなくてはならない問いではないし、構わないのだが……しかし、なるべく早く答えを用意した方がいい。さもないと、きっといつか後悔するはめになるだろうからね」
そこまで言って、またキザな微笑を浮かべた。
結局何が言いたいのかわからなかったが、どうやら自分に助言しようとしてくれているらしい。どういう意味か詳しく聞く気にもなれず、とりあえず
「はぁ……気をつけます……」
と言っておく。それで満足したのか、フッと笑い、
「いや、少しでも君のためになったのならそれでいい。ところでそこにいるお嬢さんは君の待合人かな? いきなり呼び出して長々としゃべってしまって申し訳ない。早く彼女のもとへ行ってあげるべきだ。レディを待たせるものではないよ」
と、どこかで聞いたようなことを言ってきた。小泉の指す方を見ると千歳が来ている。これ以上この男と話すのは嫌だったから、まさに天恵だった。とっととおさらばすることにする。
「そうですね。失礼します」
「ああ。それではまたどこかで」
そのまま背を向け千歳の方に向かう。結局小泉の話した内容はほとんど頭に残っておらず、小泉の気取った態度だけが印象に残っていた。
(彼女があの黒い魔法使いか……)
小泉は先程まで話していた青年の向かう先にいる少女を注意深く見つめた。
いずれ相まみえることになるであろう、現時点で最悪の敵。
(さて、どうしたものか……)
小泉は考え事をしながら、また一切れサンドイッチを齧った。
「うぅ……気持ち悪い……」
「だ、大丈夫?」
「まぁ動けないほどじゃないけど……調子に乗りすぎた……」
千歳は朝から具合が悪そうだった。ものすごい胃もたれに、気分がすぐれないらしい。
「昨日あんなに食べるから……」
「だってただでピザ食べ放題なのよ!? そりゃ食い意地も張るってもんよ……うぅ……気持ち悪いよぉ……」
本当に体調が悪そうだ。かわいそうだが同情する気にはなれなかった。どう考えたって自業自得だ。
「それで? 今日はどうするの? 今日はお休みにする?」
千歳に尋ねる。すると千歳はフルフルと顔を振り、
「またクエストでもやりましょう。ダンジョンに行ってもいいけど、クエストの方が気楽でしょ? とりあえずまたクエスト屋に行くわよ……」
「う、うん」
あまり無理しない方が……、と言いたかったが千歳が歩き始めてしまったのであわてて後を追った。
クエスト屋に向かう。
町並みは本当に、車道がない点を除けばリアルの街並みにそっくりだった。普通のサラリーマンが、子供連れが、老人が、僕とすれ違っていく。その中に一人泣いている小さな女の子の姿があった。気になって近づいてみる。
「どうしたのよ」
突然道をそれて勝手に歩き出した僕に、千歳が鬱陶しそうに話しかけてきた。
「いや、あの娘が……」
泣いている子供を指さす。そのまま女の子に近づき、話しかけてみる。
「どうしたの?」
女の子は泣きじゃくりながら答えた。
「お、おがあざんが……おがあざんがあああ! うわあああん!」
「え? お母さんがどうしたの?」
もう一度問いかけてみるが、女の子は泣き止まず、何が起きたか問いただせなかった。千歳は面倒臭そうに僕と女の子を眺めている。
「夕菜ちゃん!」
そうしているとどこから叫び声が聞こえてきた。もしかしてこの娘のこと呼んでいるのかな?叫び声が聞こえてきた方を向く。
「ひっ!」
この娘の名を叫んで走ってきていたのは看護師さんだった。僕の顔を見て怖いと思ったのか、小さな悲鳴をあげた。傷ついたが思い出す。そういえば僕の顔はあの老け顔のままだったな。
僕から視線をそらし、看護師はそのまま女の子のもとに向かった。屈んで女の子を抱きしめる。
「もう! 勝手にお家飛び出して……駄目でしょう!」
「うわあああん!」
女の子は看護師に抱かれたまま泣き続けた。看護師は女の子を落ち着かせると、ボケッと見ていた僕をあからさまにビクビクしながら見上げた。
「あ、あの、あなたは?」
「い、いや、この娘が気になったもので……どうかしたんですか?」
僕は努めてやさしいお兄さんを前面に押し出した。
「それが……この娘のお母さんが病気になってしまって……でもその病気を治すお薬はとっても高価なんです……この娘の家庭ではとても……」
だんだん話が見えてきた。お約束のパターンだ。
「南の洞窟の先にある、命の湖の水があれば助かるんですが……」
「なるほど。でもそこまで行くのは危険で、取ってこれずに困っているんですね?」
「え? ええ……そうですが……」
千歳の方を向き目で尋ねる。千歳はさっきから退屈そうに事の成り行きを見守っていた。千歳が僕の意図を察してくれたのか、ブスッとした顔のままうなずく。
「よければその水、取ってきましょうか?」
「え? いいんですか?」
「ええ」
そのままあっけにとられたままの看護師に背を向け、千歳とその場を離れた。
「今のもクエストなんでしょ?」
歩きながら、千歳に尋ねる。
「そう。たまにああいう、無駄に演出を凝ったクエストもあんのよ」
「へぇ~。でもすごいな。あれもNPCでしょ? ちゃんと会話ができるなんて」
「そうね」
千歳はさもどうでもよさそうに答えた。でも本当にすごいと思う。バーチャルワールドを作って、その中で普通に生活できる、というだけで驚きだったが、NPCがまるで本物の人間のように会話できるなんて空恐ろしいほどだった。
「でも町並みとか普通に現代風なのに、クエストの内容はなぜかファンタジー風なんだね……なんかミスマッチというか……世界観統一してほしい……」
そんな僕のボヤキを無視して、千歳は冷ややかに言い放つ。
「下らないこと言ってないで、とっとと行くわよ」
「いや、ちょっと待って」
「なによ」
不満顔で振り向いた千歳に恥ずかしげに笑う。
「大したことじゃないんだけど、ちょっと……床屋に行きたい。」
床屋に行ってさっぱりした後、マップで「命の湖」を検索し、表示された目的地を目指す。
向かう途中、手持無沙汰になり、千歳にさっき会った男、小泉の話をする。
「それがなーんか嫌味な感じでさ……言ってることもよくわかんなかったし、なんていうか、キザったい奴だったんだよね」
「まああたしもチラッと見たわ。なんか秀才って感じのやつだったわね。ああいうのは絡まれるとめんどくさいから、適当にあしらったほうがいいわよ」
「そうだよねぇ」
無駄話をしつつ歩く。たまにボーアルとか翡翠色の雑魚(エレメントという名らしい)が現れたが瞬殺できた。少しずつだが慣れてきている。
「そういえば神井さんがさ、なんかてきとうに僕のこと話して回ってるらしいんだよね」
「ああ、あいつね……あいつは別に嫌いじゃないんだけど……。関わるとめんどくさいわね」
「僕あの人苦手なんだよ……僕のことからかって遊んでるっていうか……」
昨日神井さんに弄ばれた時のことを思い出す。ボッと顔が赤くなった。そういえば神井さん胸大きかったな……。千歳の方を見る。別に小さくはないが、わりと小ぶりな感じだ。あ、それって結局小さいのか。なんて考えていると、
「ひぃ!」
千歳にすごい形相で睨まれた。南無南無。
「ど、どうしたの?」
「別に」
そっけなくそっぽ向かれる。機嫌を取ろうとして慌てていると、
「噂をすれば、ね」
千歳の視線をたどる。神井さんがいた。
どうやら戦闘中らしい。例によって神井さんはほとんど動かず、黄色い弾丸と雷で大きな怪鳥と戦っていた。神井さんが杖を振る。雷がクリーンヒットし、怪鳥が叩きつけられ、のたうちまわる。その隙に神井さんは7thアビリティを発動させた。彼女の周りを螺旋状に取り巻くように数字が出現する。最初は10.000……だった数がだんだん減っていく。怪鳥は起き上がり、再び空に舞い戻ろうとするが、遅い。神井さんの周りの数字が、0.000……になった。
青白い閃光が視界を埋め尽くす。白縹の光線がバチバチという轟音と共に怪鳥を中心として咲き乱れる。まるで巨大な線香花火のようだ。美しく、華麗で、そして凄惨だった。
「ギェェェェェェェェェェェェェェ!」
怪鳥が何度も青白い稲妻に打ち抜かれる。
轟音がやみ、辺りは突然静かになった。怪鳥は青白い粒子に分解されていき、風と共に散って消えた。
初めて他人の7thアビリティを目の当たりにした。その強力さに、背筋が寒くなる。一歩間違えれば昨日、今の魔法に砕かれていたかもしれないのだ。
神井さんが周囲を油断なく見回す。その目は昨日戦闘中に僕を突き刺していた冷たく鋭いものだったが、僕たちに気付くと柔らかいまなざしに変わる。そして、いたずらを思いついた子供の様ににんまりと笑った。あ、これはまずい気が……
神井さんが笑顔でこちらに走ってくる。あ、足がすくんで動かない……
「優樹く~ん! 会いたかったぁ~!」
「うわあああ!」
そのまま抱きつかれて押し倒された。胸を顔に押し付けられる。こ、呼吸ができない……!
いきなりばっと顔を解放された。肩をつかまれる。僕は顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。耳が熱い……
「きゃあ! 髪切ったの? 髭も剃って……さらに可愛らしくなったのね! お姉さん嬉しいわぁ!」
そのまま頭をなでられたり頬を指でつつかれたりして弄ばれる。僕は完全に目を回していた。半ば消えかかっている視界をぐわんぐわん揺すられる。
(た、助けて)
そのうち飽きたのか、神井さんは僕をほっぽり出した。地面に倒れ、真っ赤な顔のまま荒い呼吸をする。なんだか汚された気分だ……
ぶっ倒れたままの僕をよそに神井さんは立ち上がり、あきれて傍観していた千歳に話しかける。
「また会ったわね~。黒い魔法使いさん。どこに向かっているのかしら?」
「……ちょっくらクエストにね。それと黒い魔法使いじゃないわ。改名したのよ。これからは『漆黒の魔女』と呼んで頂戴」
得意げに話す千歳。その名前、気に入ってくれたんだ……
神井さんは楽しそうに笑う。
「へぇ~。なんかノリノリね~。かっこいいじゃない。羨ましいなぁ~。優樹君がつけてくれたの?」
「そうなの。たまにはあいつもいい仕事するわ」
僕をよそに盛り上がる二人。
さっき関わるのメンドイなんて言ってたのに。やっぱり千歳も女の子同士の会話は楽しいらしい。
それで、と神井さんが話を変える。
「クエストに行くんでしょ? お姉さんも連れてってほしいな~」
「はぁ? 冗談でしょ?」
さっきまでの雰囲気が一転。ピリピリした空気が漂ってくる。
「なんでいつ襲いかかってくるかもわからないやつと一緒に行動しないといけないのよ? お断りに決まってんでしょう。」
「え~」
神井さんがわざとらしく肩を落とす。
「いいじゃん。7thアビリティも使っちゃったんだし~。それに優樹くんは良くてお姉さんはダメなの?妬けちゃうな~」
神井さんが流し目を送ってくる。ちなみに彼女が7thアビリティのことを持ち上げたのには訳がある。7thアビリティのリスキーなところは待機時間が10秒ある、という点だけではない。ほかに二点ある。一つは不意打ちができない点だ。7thアビリティの待機時間中は近くにいるすべてのプレーヤーの視界に警告が表示される。さっきも警告画面が表示されていた。そしてもう一つは一度使用すると一時間たつまで使えなくなる点である。
だからさっき7thアビリティを使ってしまった神井さんはしばらく7thアビリティを使えない。これは仮に彼女が僕らを襲おうと考えているのなら、大きな足かせになることだった。
「だから警戒するんでしょうが……」
千歳が嘆息する。
「そんなあからさまに何か企んでますよって状態のやつを連れて行けるもんですか。それにね、こいつはいいのよ」
やっとのことで起き上がった僕を顎でしゃくる。
「こいつ程度が裏切ってきても相手にならないわ。簡単に逃げられるし、逃げられなくても瞬殺できるし」
なんか悔しかったが言い返せない。
「ふ~ん。ざーんねん。まあいいや。それじゃ、二人で楽しんできてね~。ばいばい優樹くん!」
神井さんが手を振ってくる。僕はゲンナリとしながら手を振り返した。
それで満足したのか、彼女は背を向けて去っていった。
ふう……と深いため息をついた。疲れた……。まだ鼻に神井さんのフェロモンたっぷりの匂いが残っている。顔が赤いままだ。胸の動悸も収まらない。
「なに悶々としてんのよ気持ち悪い。ほら、行くわよ。」
フンと鼻を鳴らし千歳が歩き始めた。慌てて後を追う。
しばらく歩くと洞窟の入口が見えてきた。奥の方は闇が濃く、何も見えない。
ゴクッと生唾を飲む。
「行くわよ。」
なんの感慨も見せず、千歳が洞窟に入っていく。僕も覚悟を決め、後を追った。
To be continued ……




