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第2話B

 夜の街を千歳と二人で歩く。

 疲れ果てていた。一刻も早く暖かいお風呂に入って、ふかふかのベッドに身を投げ出したい。

 でも今はそれ以上に……お腹がすいていた。

 母さんの作る手料理が無性に恋しい。母さんの料理が当たり前だったときは、たまにある外食のたびに喜んでいた。だけど今となっては、店の料理に何の魅力も感じなくなっていた。

(母さん……どうしているかな……)

 今日ね、初対面の人に殺されかけたんだよ。僕も夢中で……知らない人に、刃物で斬りかかったんだよ……

 言いようのない不安が胸中に広がる。わけもなく泣きたくなった。子供の時、迷子になった時の感覚を思い出す。その時の感覚と、どこか重なる気がした。

(千歳と二人で、ファミレスでも行きたいな……)

 一人で食事をしたくなかった。今一人で食事をしていたら、食べている途中で泣いてしまいそうだった。そして、できるだけ安く済ませてしまいたかった。これからは自分でお金の管理をしなくてはならないのだ。とても贅沢する気にはなれない。節約を心がけようと思った。

 前を歩く千歳に声をかける。

「ねぇ……」

 心細い声が出てしまった。んんっ、と喉を鳴らして、今度ははっきり言おうとする。

「どこか、食べに行こうよ」

 やっぱり心細い声になってしまった。千歳の返答をビクビクしながら待つ。

「そうね」

 千歳はぶっきらぼうに、顔だけ振り向いて答えてくれた。

 その返事に、胸の中に温かいものが、凍えた体にお湯が染み渡るように広がる。また泣きそうになってしまった。そばに誰かいる。ただそれだけでこんなにも救われるんだと、感動してしまった。

「ピザが食べたいわ」

「ピザかぁ……もっと安いのにしない? ファミレスとか」

 一緒に食べてくれるというだけで十分だったが、僕は調子に乗って、行きたい店の注文をしてしまった。

「何言ってんの……」

 と千歳が嘆息する。そして、朗らかに笑って言った。

「せっかくあんたがおごってくれるのに、ファミレスなんてもったいないじゃない。普段あんまり贅沢なんてできないから、こういう機会に好きなもの食べたいでしょ」

「え?」

 思わず聞き返してしまう。おごる?

 当惑している僕に、千歳もまた不思議そうな顔をした。

「どうしたのよ?」

「え、いや、その……」

 しどろもどろになって答える。どこで勘違いされたか分からないが、とりあえず聞いてみる。

「その……おごるの? 僕が?」

「は? そういう意味じゃなかったの?」

 千歳の顔が一転、睨み付けてきた。

「あんた、もしかして晩飯もおごらないつもりなの? もしかして。あたしにこーんなに迷惑かけておいて? おごらないつもりなの? ねぇ?」

「う……」

 なにも答えられない。睨み続けられて、縮こまる。怖い……

「それともさっきのは聞き違いだったのかしら? それくらい気が利くと思ってたんだけどねぇ。あんたはあたしの晩飯を?」

 答えを促される。

「……おごります」

 そうとしか答えられなかった。母さん……僕は弱い子です……

「きゃあ! 嬉しい!」

 また態度が一転、さっきまでの剣呑な雰囲気が嘘のように満面の笑みで喜んでいる。

「…………」

 黙っていると、また表情が一転、睨み付けられる。

「文句は?」

「……ありません」

「よろしい」

 千歳は満足げに笑って前に向き直った。反面、僕はうなだれてしまう。

(お金、大丈夫かな?)

 そんなことを考えながら、僕は千歳とピザ屋に向かった。


 ピザ屋に二人で入る。女の子と二人きりで食事なんて、本当は小躍りすべき状況なんだろうけど、全く喜ぶ気にならなかった。

 千歳は容赦なかった。お高い、豪華なピザを注文しまくっていた。昼間のカフェでの一件の復讐か?

 僕はもちろん一番安いピザを注文しました。

「何しけた顔してんのよ。可愛い女の子と二人きりで食事してるんだから、もっと喜びなさいよ」

 具がたくさん乗った、豪勢なピザを頬張りながら話しかけてくる。

「いや、疲れちゃって……」

 チーズとトマトソース、サラミ、バジルくらいしか乗ってない貧相なピザをモソモソと食べながら僕は無理やりに笑顔を作る。

 美味しい。やっぱりシンプルイズベスト。これが一番うまい。と、自分を慰めながら食べる。いや、本当に美味しいんだよ?ちょっとしょっぱいのは僕の涙のせいだ。

 そういえば、と口を開く。千歳に聞きたい事がたくさんあった。

「あの神井さんとは、知り合いなの?」

 千歳はピザを口に詰め込みすぎて頬が膨らんでいる。待って、と手で合図されたので千歳が飲み込むまで待つことにする。……ピザ本当に好きなんだなあ。可愛らしいな、と思ってしまった。

 ごくん、と飲み込み、ちょっと口を拭いて、話し始めた。

「別に知り合いって訳じゃないわ。あたしはむこうを全然知らなかったし、むこうも私の噂を知っていただけ」

「噂?」

「そう。彼女、あたしのこと『黒い魔法使い』って呼んでたでしょ?」

 そうだった。その事も後で聞こうと思っていたところだ。『黒い魔法使い』ってなんのことなんだろう? 千歳のことを指しているのは分かっていたが……

「『黒い魔法使い』ってのはね、言ってみりゃあたしの二つ名みたいなもんなのよ。あたしはね、この世界じゃわりと有名っていうか、お尋ね者っていうか……まあ、わりと名が知られてるわけ。本当の名前じゃなくて二つ名が、って意味だけど」

 そこまで言って、また千歳はピザを一切れ頬張った。

(二つ名か……)

 ちょっと憧れてしまった。そういうの、カッコいいと思う。

「でも何で?」

 そんなに有名になるなんて、実は彼女、僕が思っていたよりずっと凄い人なんだろうか?

 いやね、と千歳はちょっと恥ずかしげに口を開いた。

「あたしはね、どうやら最強のプレーヤーだって、噂されちゃってんのよ。まあ実際、最強なんだから問題ないんだけど。その畏怖の対象として『黒い魔法使い』って呼ばれてんのよ」

 千歳は恥ずかしがってはいたが、ぼくの目から見ると、かなり誇らしげだった。

「最強?」

 思わず聞き返してしまう。今まで何も考えずに僕がついてきた彼女が、凄いどころじゃなくて、実は全プレーヤーに恐れられる最強のプレーヤーだってことか?

「そうよ。実際、一対一であたしに勝てるやつは存在しないでょうね」

 千歳は目をつむって、誇らしげに答えた。

「ほえ~……」

 感心してしまった。そんな有名人と一緒だったなんて、今さらながら少し緊張してしまう。

 でもね、と千歳は急に真面目な顔になって話を続けた。

「そんな風に有名になったのは、あたしが昔、無差別に大量殺戮を繰り返していたからよ。そう考えると、そんなに誇れるもんじゃないのかもね」

「…………」

 僕は押し黙ってしまう。話を切り替えようと思った。

「でも『黒い魔法使い』か……もっと他になかったのかな……」

 そのまま過ぎはしないか、と思ってしまう。

「なによ。文句あんの?」

「いやだって……そのまんまじゃん」

 思った通りのことを言ってみた。

 だってねぇ……と嘆息して、千歳は続けた。

「別にかっこいい二つ名を誰かが考えようとしたわけじゃなくて、単に『黒い魔法使いがやばい』、『黒い魔法使いが来たら全力で逃げろ』なんて災害の心得みたいなうわさが広まって、それで『黒い魔法使い』って異名が広まったんだから、仕方ないじゃない」

「でもなぁ……」

 二つ名は男のロマンでもある(僕が勝手にそう思っているだけだけど)。二つ名はもっとカッコイイものであってほしい。譲れないものがあった。

「じゃああんた、なんかいい案あんの?」

 ぶすっとして尋ねてきた。

「そうだなあ……」

 アニメとか漫画とかだと、カッコイイ二つ名がよく出てきた。不動の~とか、金色の闇とか。そんな感じで、と考える。

「漆黒の魔女とかどう?」

「ん?」

 考える僕を無視してピザにがっついていた千歳が反応する。あともう一つ注文をつけられるなら、千歳にもっと女の子らしくして欲しかった。そんながつがつ飯を食べるなんて、年頃の女の子としてどうかと思います。そんな僕の思考を読み取ったのか、

「うっさいわね……」

 と吐き捨て、

「いいじゃない。カッコイイじゃん」

 と言ってくれた。

 思わずドヤ顔してしまった。こんなことでドヤ顔してんじゃないわよ、と指摘される。

「でも魔女っていうとおばさんくさいわね。いっそ漆黒の魔法少女なんて……」

「却下」

 即答した。漆黒の魔法少女?語呂悪すぎ。

「どーしてよ?」

 千歳が膨れっ面になって聞いてくる。

「ダメなものはダメ」

 これだけは譲れなかった。

「はぁ……なんでいきなりそんなマジになってんのよ……まあいいわ。『漆黒の魔女』で。気に入ったから使わせてもらうわ。強そうだしね」

「やった」

 どうでもいいことに喜ぶ。いや、この世界で目が覚めてからというもの、思い通りにいったことなんてほとんどなかったから、つい喜んでしまったんです。

「どうでもいいけど、あんたもうお腹いっぱいなの?」

「ん?」

 ちょっと少ないかもしれないが、もう腹八分目くらいまではいったし、満足していた。

「もう僕はいいかな。その、お腹より財布の方が心配っていうか、その……」

「ふーん。あたしはもっと食べたいわ。すみませーん! 店員さーん!」

「ぎゃああああ!」

 楽しい食事はもうしばらく続いた。


 千歳と店を出る。

「う~ん! 美味しかった~!」

 千歳は伸びをしながら満足そうに言った。

「それは何よりです……」

 どんよりとして返す。たしかに美味しかった。でもそれより精神的且つ金銭的なショックの方が大きいです。

「ごちそうさま!」

 千歳が笑顔で言ってくれた。顔だけ見ればホントに可愛いのに……

「じゃ、あたしはホテルに帰るわ」

「う、うん……」

 さすがに一緒に泊まりたいなんて言えなかった。心細いが、ここで一旦お別れだ。

「じゃ、明日は9時にこの前のカフェの前に集合ね。言っとくけど、遅刻厳禁だからね。レディを待たせたら、また飯おごらせるかんね」

「分かったよ……」

 ゲンナリとして答えた。レディ?どの口が

「ぐはっ」

 笑顔のまま鳩尾を殴られた。もどしかける。

「すびばせん。あと思考を当然のように読まないでください……」

 お腹をおさえ、呻きながら訴える。

「ふんっ。あんた程度の思考なんて軽くお見通しなのよ。それじゃあね。」

 そっぽ向いて、そのまま歩き去ってしまった。

 独りになった。またさっきの言いようのない不安が胸に蘇る。

「さて、安いホテル探そうかな」

 わざと口に出して言い、マップを呼び出し「ホテル 格安」で検索する。数件が見つかり、その中で一番安いホテルに向かった。



 小さな大浴場で疲れを癒し、そのままボロい個室のこれまたボロいベッドに身を委ねる。

 体の芯から疲れていたから、すぐに睡魔がやってきた。

 考えたいことが山ほどあった。これからのこと、自分の過去のこと、千歳のこと、さおりのこと。

 しかし考える気力もなく、そのまま深い眠りへと落ちていく。

 今日ほど孤独な夜は今までなかった。知らずのうちに涙がひとしずくこぼれる。

 深い眠りに落ち、優樹はすぅすぅと寝息をたて始めた。

 こうして、最初の夜が更けていった……

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