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第2話A

 この世界を支配したのは人間だった。強靭な肉体も、牙も、角も、硬い皮膚も持たない人間が生存競争を勝ち抜き、世界を我が物にできた所以はひとえに彼らの知恵である。すると人間の最大の強敵はやはり人間である。彼らは知恵を使う。常に相手の裏をかこうとする。策略を巡らせ、罠を張り、時には連携し、時には裏切る。人間を狩るとはそういうことだ。それを僕はこれから何度も痛感することになる。



「なんなんだ一体……」

 突然のことに困惑した。

 改めて黄色い魔法使いをよく見る。女性だが、明らかに千歳とはタイプが異なっている。千歳は少女然として華奢な輪郭をしているが、彼女は出るところが出て、細い所は細い、グラマーな体つきの大人の女性といった感じだ。黄色いとんがり帽子、胸の谷間を強調した色気たっぷりの、これまた黄色い服を纏っている。

 そして、千歳よりずっと好戦的だった。

 黄色い弾を連射してくる。

 走りながら避ける。

 こちらもライトスラッシュを打ち出して応戦するが、

 女は避けようともせず、すべて黄色い弾で撃ち落とした。

「くそ……!」

 何が起きているのか、本当は理解していた。でもその事態を認めたくない。

 女は明らかに僕を殺そうとしている。

 覚悟しているつもりだったが、その実、ただ絵空事のように考えていただけで、自分の置かれた状況を正確に理解していなかった。

 実感の伴わない、ふわふわした気持ちで事実を受け入れた気になっていた。

 直面するまでリアリティを感じられなかった事実。

 自分が殺し合いに身を投じているという事実。

 これは避けようのない現実だ。

 僕は今、名も知らない女性と、命の駆け引きをしているのだ。

 女は右手で弾を打ち出しながら左手で杖を振った。

 弾を避けた位置の頭上にまた黄色い円盤が現れ、雷が落ちてくる。

 体を捻って避けようとするが、避けきれず、肩に当たる。

「がっ」

 地面に打ち付けられ、転がる。

 転がりながら僕は2ndアビリティを発動させた。

 待機時間中は体を動かすことができないが、体が外的要因で動いていても身動みじろぎしなければ途切れない。

 つまり、吹き飛ばされて体が移動していても、体勢を変えなければ待機時間は途切れない。

『剛力』を付与し、立ち上がる。

 すかさず大剣を装備し、女に視線を戻す。

 女は待機時間を終了しようとしていた。

(まずい!)

 そう感じ、ライトスラッシュを放とうとするが、女が待機時間を終了した方が早い。

 頭上にさっきまでとはけた違いにでかい黄色い円盤が現れる。

 避けられない。

 雷の雨が降ってきた。


(まさかこんな展開になるとは)

 千歳は優樹を見守りながら物思いに耽っていた。

(彼には早すぎたかしら。でもいつかは直面する事態だし)

 千歳は哀れみの視線を優樹に向ける。

(彼、ここで死ぬかもしれないわね)

 可哀想だが優樹に助太刀することはできなかった。彼にとっては不幸な事態だろう。しかし今彼を襲っている女にとっては格好の獲物だ。女もまた悲願のために必死に生きている。それを邪魔することは彼女の信念に反していた。

 千歳はいつでも逃げられるよう、転送装置の召喚を始めた。


 優樹は痛みに呻きながらも必死に起き上がろうとしていた。

 体が痺れる。視界の左下の隅に表示させ続けている体力ゲージの上、剛力のアイコンの横に麻痺を示すアイコンが現れている。状態異常は一定時間たてば自然治癒するが、相当の足枷になる。

(今のは……6thアビリティか……)

 霞む頭で、震えながら立ちつつ考える。

 6thアビリティは3秒の待機時間の後に放つ、高い攻撃力をもつ技だ。7thアビリティにはかなり劣るものの、相当のダメージを与える。

 やっと立ち上がり、女に再び視線を向ける。

 待機時間を終了しようとしていた。今度は恐らく7thアビリティだ。防がなければ、命はない。

「あああああああ!」

 雄叫びをあげ、痺れる体に鞭を打ち、ライトスラッシュを放つ。

 直撃。

「きゃ!」

 女が倒れる。

 もう他のことを考えている余裕はなかった。今はただ、やらなければやられる、その事実に呼び出された本能的な恐怖だけが頭を支配する。

「うっ……」

 足がふらつき、一瞬倒れそうになるが、踏ん張り、強引にアクセルで相手に突っ込む。

「うおおおおおおおおおお!」

 叫びながら一気に距離を詰めた。

 女の目前に迫る。

 必死に剣を振り上げ、たたっ切ろうとして、手が止まった。

(何してるんだ? 僕は……)

 さっきまで訳もわからず必死だったが、一瞬冷静になってしまう。

 女が顔をこちらに向けた。鋭く、冷たさを感じさせる目が突き刺さり、僕は硬直してしまった。

 そんな僕の躊躇を見逃さず、女は1秒の待機時間をやり過ごす。

 身の危険を感じ、下がるが間に合わない。

 彼女を中心として、池に石を投げ入れた時に見れる波紋のようなものが広がり、僕の腹に直撃した。

「かはっ……」

 僕は吹き飛ばされた。

 地面を転がる。頭上に円盤が現れ、雷が落ちてくる。

 転がり、避けるが、黄色い弾が直撃した。また吹き飛ばされる。

 今度はすぐ立ち上がり、走る。

 麻痺は治癒していた。

 女は雷の魔法と弾を連射してくる。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 必死に避ける。

 避け続けるが、また当たってしまい、地面に叩きつけられた。

 すぐ立ち上がり、振り向き様にライトスラッシュを打ち出すが、黄色い弾丸に相殺されてしまう。

 同時に黄色い円盤が頭上に現れるが、無理な姿勢のせいでとっさに避けられない。

 また直撃する。

「がっ」

 いい加減馴れてきたなと自虐しながら立ち上がり、女に向き直る。

 女は変わらず冷たく鋭い視線を向けていた。

 3秒の待機時間を終える。

(やばっ)

 頭でそう考えるが、体が動かない。

 再び雷の雨が降ってきた。


(かなわないな……)

 不思議と冷静な自分がいた。

 自分の使命を思い出す。

 僕の使命は千歳が逃げるまでの時間稼ぎだったはずだ。

 転送装置の召喚にかかる待機時間は10秒だ。もう千歳が転送装置を召喚し終えている時間のはずだった。

 僕は痛みに歯を噛み締めて耐え、女と反対方向に駆け出した。

 黄色い弾丸と雷をやり過ごしながら千歳のところまで駆けつけ、彼女の前で無様に転んでしまった。

 それでも体を引きずって、性懲りもなくまた千歳にすがりついた。

「きゃあ!」

「た、助けごふっ!」

 なぜか千歳に顎を蹴り上げられた。

 脳みそを思いきり揺すぶられ、遠くなる意識の中で黒の中に浮かぶ白を見た気がした。

 蹴り上げられた衝撃で上半身だけが背筋の筋トレでもしているように反って持ち上がる。

 重力と体のばねの力ではね戻され、鼻っ面をしたたかに地面に打ち付ける。その衝撃で意識を取り戻した。

(あれ、僕今とんでもないものを見たような……)

 かすむ頭で考えていると、

「あ! ごめん! あんまり気持ち悪かったからびっくりしちゃって……ごめんね? 大丈夫?」

 と言われた。ひどい……

「ほら、男の子なんだから簡単に泣かないの!」

 僕が泣いているのは物理的な痛みというより心の痛みです。

「あんたにしてはよく頑張ったわ。ちゃんと時間稼いでくれたし。正直予想以上の活躍だったわね」

 褒めてくれたが、それだったら蹴らないで欲しかったと思う。完全に蹴られ損だった。

「転送装置は召喚しといたわ。ほら、とっととずらかるわよ」

 やっと帰れると安心して脱力してしまう。

 そういえば、と振り返ると、

 すぐそこに黄色の魔女がいた。

 冷や汗がどっと吹き出す。

 安心してる場合じゃない! 早く転送装置に! と焦ったが、僕は違和感に気づいた。

 彼女の目からはさっきまでの冷たい鋭さがなくなっていた。むしろ優しさが感じられるおっとりとした目である。その目が、今は好奇に輝いていた。僕は予想外の事態に少し唖然としてしまった。

 彼女の視線をたどると、千歳を見ているようだ。千歳も不思議そうに女を見つめている。

「驚いたわ……」

 彼女が喋り始めた。驚愕する。さっきまでは固く口を引き結んでいたのに。まるで別人のようだ。

「あなた、あの黒い魔法使いなのね?」

 黒い魔法使い? と千歳の方を見る。

 黒い魔法使いって千歳のことか? もしかして、二人は知り合い?

「そういうあんたは黄色い魔法使いかしら?」

 と千歳は余裕を感じさせる笑みを浮かべて聞き返した。やっぱり知り合いなのか?

「あら」

 と女は驚く。さっきまでとは本当に打って変わって柔らかい表情だ。

「お姉さん、噂になってるの?」

 と聞き返してきた。

「知らないわよ。ただ言ってみただけ」

 なーんだ、期待したのに~、と言って女が笑いだした。千歳も同じように笑い出す。

 なんだこれ? と僕は当惑する。一体何なんだこれは? さっきまでのあの殺伐とした雰囲気はどうしたんだ?

「でも驚いたわ。黒い魔法使いにこんな場所で対面することになるなんて。しかもあの黒い魔法使いに連れがいたなんて」

 女がこっちを見た。柔らかい、まさにお姉さんといった感じの笑みだ。

「そいつは最近雇った護衛よ。まあ、全然役に立たないけど」

 さっき褒めてくれたのはなんだったんだ、と思った。

「へぇ~。でも護衛なんて要るのかしら? あなたに。見たところ大して強くなさそうだし……」

 よく分からないが、馬鹿にされている。

「まぁ、実際いらないんだけどね、こいつ、記憶喪失らしくて……見かねて一緒にいてあげてるわけ。まったく、これじゃどっちが護衛だか分かんないわね」

 悔しいが、事実だ。男の尊厳を踏みにじられている気がするけれど、何も言い返せない。

「ふ~ん……」

 と言って女性が屈んで、まだ地面に座り込んだままの僕に顔を近づけてきた。近い! 近いですよお姉さん!

 ふわっと漂ってきた女性らしい匂いを嗅がされ、赤面して俯いてしまう。

「やだ~! 可愛いじゃないのこの子!」

 きゃっきゃとお姉さんが騒ぎ始める。恥ずかしくて死にそうになる。

「なに鼻の下伸ばしちゃってるのよ気持ち悪い」

 千歳にジト目で見られる。いや、これはあの、思春期の男としては仕方ないというか……ええぇい! 静まれ僕! こいつはさっきまで僕の命を狙ってきてたんだぞ!

「お姉さんは神井さおりっていうの。君の名前は?」

「斎田優樹です……」

 うつむいたままボソボソと答える。

「へぇ~……優樹くんかぁ……ね、もしよかったらさ、お姉さんと一緒に来ない?」

「へ?」

「あら、いいの? そいつ引き取ってくれるなら、こっちとしてもありがたいけど」

「え、えええぇ!?」

 なんだか僕そっちのけで話がどんどん進んでいく。正直このお姉さんは苦手だ。一緒に旅をするなんて僕には耐えられそうにない。主に理性とか。

「うふふ。恥ずかしいかな? ま、考えておいてくれると、お姉さん嬉しいな」

 そう言って立ち上がる。ふう、やっと息がつける。

「ま、それはいいとして、どうすんの? あんた、まだ戦うの?」

 はっとして立ち上がる。そうだ。気なんか抜いてられない。こうして油断を誘って僕たちを倒す作戦なのかもしれない!

 しかし、神井さんはいやいやぁ~と手を振り、

「こんな何も準備できてない状態で、黒い魔法使いに喧嘩なんて売れないでしょ~? あなたたちが戦わないつもりなら、お姉さんもありがたく帰らせてもらうわ」

 と言って微笑んだ。

 正直拍子抜けだった。さっきまでと雰囲気が違いすぎる。しげしげと神井さんを見つめてしまう。

 その視線に気づいた神井さんは優しく微笑んで、

「あら、お姉さんに興味津々?」

 とからかってきた。

「い、いえ!」

 と、また俯いてしまう。

「きゃ~! 可愛い~!」

 また神井さんが騒ぐ。さらに赤面して、黙りこくってしまう。何やってるんだろう僕……

「じゃ~ね! 優樹くん! それと、黒い魔法使いさん」

 神井さんは流し目を送るように微笑み、去っていった。

 ドッと疲れが押し寄せ、その場にへたりこんでしまう。本当に疲れた……今日はいろいろありすぎた。

「さ、あたしたちも帰るわよ」

 千歳にそう促され、僕は立ち上がる。

 もう一度神井さんの後ろ姿を見る。彼女は何者なんだろうか? 考えたいことはすでに山ほどあったが、それがさらに増えた。彼女のあの豹変ぶり、一体何なんだろうか。

 千歳が転送装置に乗り、姿を消す。僕もまた円盤のオレンジ色の部分に乗る。

 転送装置に乗るのはこれで二回目だ。一瞬視界が真っ白に埋め尽くされ、

 気がつくと前回と同じように街に戻っていた。

 すっかり日は暮れていた。

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