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第7話C

「ホントに一緒に来るの?」

 一緒に来ると宣言した女の子に、おずおずと答える。

 僕と千歳、それから記憶を失う前の僕と一緒にいたという女の子が加わり、3人になった僕らは目前に迫った最果ての街の入口を目指して歩いていた。

「当たり前です」

 不機嫌オーラをまき散らしながら答える女の子。さっきのことをまだ気にしているんだろうか。

「だいたい優樹さんは、黒い魔法使いの護衛をするということの意味を本当に理解しているんですか?」

「え?」

 ジトっと睨みつけながら、女の子が僕に尋ねた言葉の意味を計りかねて、言葉に窮してしまう。

 はあ……とため息をつき、女の子はやおら僕に向き直ると、叱りつけるように話し始めた。

「いいですか? よく聞いてください。黒い魔法使いは最強のプレーヤーとして知れ渡っていることは認識しているんですよね? だったら少し考えたら分かると思うんですが、黒い魔法使いは狙われやすいんです。ほとんど全てのプレーヤーが、黒い魔法使いを目の前にすればその経験値を奪おうとするでしょう。ここまではいいですか?」

「う、うん」

 確かに少し考えれば分かることだったが、今までほとんど考えたことがなかった。俊昭が前の街を離れようとしていた千歳を待ち伏せしてまで狙ったのは、やはりそういう理由か。

「もうここまで言ったら分かってもらえると思うんですが、それはつまり、護衛をしている優樹さんの命が危機に陥る可能性も高いということです。執拗に狙われ続ける黒い魔法使いをを守り続けて、いつまでも生きていられる自信があるんですか?」

「…………」

 何も返せなかった。今までそんなことを真面目に考えていなかった自分が、今から思うと信じられない。なんて危機感がないんだろう、僕は。自分の命のことなのに、こんな危険な、全ての人間が自分以外を敵視する世界にいるっていうのに。恥ずかしさのあまり、顔が熱くなるのを感じる。

 僕は千歳との冒険を、楽しいとばかり感じていた。しかし思い返せば、僕が俊昭と死闘を繰り広げる羽目になった理由は、僕が千歳と一緒にいたからだった。

 千歳に拾われたことで命が繋がったのは事実だ。しかし、それとこれとは話が別。確かに、この女の子が言うように一刻も早く千歳とは別れたほうがいいのだ。それが最善の策なのだ。

 千歳は僕がいなくても困らない。だから、僕が千歳と一緒に居続ける理由は全くない。逆に、離れるべき理由はいくらでもある。

 でも、それでも、女の子に気づかされたことをこんなに考えても、自分でも驚くほど千歳と別れたいという気持ちはわかなかった。

 僕はどうしたいのだろう。

 俊昭に問われたことを思い出す。

(生きる気があるなら、君は誰かを殺さないといけない。生きる気がないなら、誰かに殺される。いつか、必ず)

 僕は生きたいのだろうか。

 当然、生きたい。

 でも、僕は俊昭を殺すことを拒否した。そして、俊昭の問いに答えることも。

 僕は、また拒否する。

 生きたいのか、そうではないのか。

 生きたいなら、僕は千歳とは別れるべきだ。

 でも、僕はそれを拒否する。大した理由ではない。ただ、僕は変化が嫌いなだけだ。一緒にいる人間が増えてもいいが、減るのは嫌だという、どうしようもなく子供のような考え。

「優樹さん?」

 返事もせず黙って思案にふけこむ僕を、女の子が怪訝そうに覗いてくる。

「え? あ、ごめん」

 急に自分の中の世界から引っ張り出されたことに、動揺してしまっていた。一旦息を吸って、吐き、自分を落ち着かせてから女の子の方に顔を向ける。

「ごめんなさい。あんまり考えてなかった」

「別に、謝ってほしいわけじゃ……」

「でも」

 女の子の話を遮って続ける。面と向かって、伝える。僕の気持ちを。

「やっぱり千歳と離れるのは嫌なんだ。その、千歳が嫌じゃなかったら、なんだけど……」

 そこで前を行く千歳の方をチラリと窺う。

 千歳が顔だけ振り返る。心底どうでも良さそうな顔が、何故か僕を安心させた。

「別にいいわよ。まあ、あんたがいて面倒なこともあるけど、ちゃんと仕事はしているわけだし。あんたの好きにすればいいわ」

 それだけ言って、用は済んだとばかりに前に向き直る千歳。

 思わずホッと息を吐いてしまう。

 千歳にとって、僕は心の底からどうでもいいのだ。一緒にいようが、いまいが。

 誰かに対して本当にどうでもいいと感じることは、別に相手を嫌いになることを意味するのではない。

 楽しく会話もするし、一緒にご飯を食べたり、旅路を共にしたりもする。しかし、別れても、相手が死んでも、事実を認知する以上の変化を自分にもたらさない存在。それが千歳にとっての僕。

 千歳が僕の訃報を聞くことがあったとしても、「ああ、そう」と口にするだけで、それでおしまいに違いない。

 だからこそ、千歳は僕が隣にいることを許してくれる。どうでもいいから。はなから興味がないから。

「チッ」

 女の子が小さく舌打ちするのが聞こえてしまった。怖いよ……

 一つ溜息をつくと、女の子はしょうがないですねと言いたげな顔で薄く笑い、僕の方に向き直った。

「まったく……まあ、そういうとは思っていたんですけどね。だからこそ、私も一緒に行くんですよ。記憶を取り戻す前に死なれるわけにはいかないんですから」

「どうして……」

 そこまでして僕を守ろうとするのか、と問いかけて、慌てて口をつぐむ。そんなことを今の僕が聞く資格はないと思ったし、きっと女の子にとって、あまりにも残酷なことだから。

 それでも、僕の言いたいことを察してしまったのか、女の子はいつになく冷たい視線をぶつけながら答えた。

「……これは私の勝手な考えですが、今のままあなたが死んだら、今の記憶ない優樹さんが以前の優樹さんを殺したように思えるんです。意識がないまま、不意打ちで殺されるなんて、しかもさっき聞きましたが、あなたは勝ち残る目的を持たないがために、倒せた相手を見逃したそうじゃないですか。そんなあなたに、きっと死んでしまっても以前の優樹さんのことなんてこれっぽちも考えないあなたに、無自覚に殺されるなんて、そんなのは許せないんです」

「…………」

 ひやりとしたものが体に広がっていく感覚がした。思わず視線を逸らしてしまう。

 さっきから、耳が痛い話ばかりだ。

 僕は千歳と出会う前の僕のことなんて、これっぽちも考えたことがなかった。以前の僕だって、俊昭と同じように何かのために必死に生きてきたはずだ。そんなことも考えていなかった。他でもない、自分のことなのに。なんて僕は無自覚だったんだろう。

 いつだったか、千歳も言っていた。一番ひどい死に方は、自分の選択の果てにある死ではなく、他の誰かの都合に巻き込まれて、自分の死に何の意味があるのかも分からないまま死ぬことだと。

 確かにそうかもしれない。今なら、千歳の言いたかったことも少しは分かるかもしれない。

 僕は――

 だから、と女の子は顔を厳しくして話を再開した。

「絶対に死んじゃダメですよ。記憶を取り戻すまで。軽い気持ちで記憶を失う前の優樹さんの、今までの血が滲むような努力をふいにすることは許しません。なんとなくで、以前の優樹さんを否定することは許しませんよ。それは侮辱することですから。もちろん、私も簡単にあなたを殺させはしません。でも、最終的にはあなたにかかっているんです。遺憾ですけどね。言ってること、分かりますよね」

 頷く。僕は俊昭を否定することを拒否した。それは、僕に彼を拒否する理由がなかったからだ。それと同じだ。

 女の子は表情を少しだけ柔らかくして、それでも有無を言わせぬ雰囲気はそのままに、続けた。

「約束してください。自分の命を大切にすると。必死に生き残ろうとすると」

「分かった」

 僕はしっかりと女の子の目を見て、はっきり宣言した。


「と、ところで……」

「何ですか?」

 隣を行く女の子に話しかける。

 すごく訊きづらくて、今まで避けていたが、こうなってしまった以上訊かないわけにはいかない。人の最も基本的な情報を。

「えっと……」

 や、やっぱり切り出しづらい……!

「何です? さっきビビらせすぎましたかね。気にせず何でも言ってください」

 そういって女の子がほほ笑む。

 その顔に若干勇気づけられて、僕はついに切り出す。

「あの……名前、教えてくれない?」

「へ?」

 女の子の顔が凍りつく。

「あっはっはっはっは!」

 突然、今までほとんど口を挟まずに僕と女の子の前を歩いていた千歳が大笑いし始めた。

「な! 何ですか!? 黒い魔法使い! 突然笑い出して……! 私を虚仮にするつもりですか!?」

 女の子が千歳にかみつく。僕はといえば、黙って事の成り行きを見守る他なかった。口を挟んだとたん、とんでもない目に遭いそうだったからだ。

「いや~? 別にぃ? 何でもないわよ。驚かせてしまったのなら謝るわ。それと、さっきから言いたかったんだけど、黒い魔法使いは改名したの。漆黒の魔女にね。今度からはそう呼んで」

 千歳は女の子の睨みつけるような眼差しなど全く意に止めていなかった。流石だ。

「し、漆黒の魔女ぉ~?」

「そうよ。優樹に付けてもらったの」

 千歳は何故か僕の名前を強調した。頼むから、巻き込まないでほしい。

「ゆ、優樹さんに!?」

 案の定、女の子は僕に凄い形相で振り返った。怖いです。睨まないでください。

「……う、うらやま……」

「え?」

 女の子は何かぼそぼそと呟いた。それが呪詛のように聞こえ、僕は一層縮こまってしまう。

「いえ、なんでもありません」

 女の子は一瞬で立ち直ると、無駄に大きな声で宣言した。

「それよりも、しょうがないですね。非常に屈辱的ですが、名乗らせてもらいましょう。いいですか? 今度はぜっっっったいに忘れないでくださいね?」

「は、はい!」

 掴み掛らんばかりの勢いに二つ返事で返してしまう。だから怖いって………

「私の名前は四宮舞です。頭に刻み込んで下さい」

「し、四宮さんね。わかっ」

「NO!」

「え」

 名前を確認しようとしたら、すぐさま駄目出しされた。どこか聞き間違えしたかな……

「舞と呼んで下さい。さっきからあなたと漆黒の魔女は親しげにファーストネームで呼びあって……私だけファミリーネームなんて……そんなの……そんなの……」

 舞は拳をギリギリと言わせながら自分の世界に行ってしまった。

「おーい? 舞……さん?」

 やっぱりほとんど初対面の人に呼び捨てって……恥ずかしい。

「舞、です。さんなんて付けないでください!」

「わ、分かったよ。その……舞」

 半ばヒステリックになりながら叫ぶ舞に、渋々従う。うう……恥ずかしい……

「あなたのことも、千歳と呼びますからね!」

 蚊帳の外だった千歳に向き直り、舞は宣戦布告でもするかのように叫んだ。

「……好きにすれば?」

 呆れたように千歳が返す。ちょっと寂しそうに見えたのは僕の錯覚じゃあるまい。舞は僕を除いて、初めて千歳を漆黒の魔女と呼んだ人だった。ちょっと可哀そう。

「全く……ほら、もう到着ですよ」

「え?」

 舞に言われて、やっと気づいた。色々話しすぎてすっかり意識から抜けてしまっていたが、目的の地、最果ての町の入り口はあと数歩のところまで近づいていた。

「ここが、最果ての街……」

 思わず感嘆してしまう。ここまでの道のりが長かったことに加え、このゲームのマップ上の最東端にいるということに、嫌でも身が引き締まってしまう。

 ここは世界の果て。ここまで勝ち残った、つわものたちが最後に行き着き、集う場所。

「何してんの」

 ぼーっとしていると、先に街に入った千歳に叱咤される。舞も街に入り、立ち止まった僕を不思議そうに見ていた。

「今行く」

 僕はそう返し、最果ての街、マップにはラグナレクと銘打たれた街に足を踏み入れた。




 果てしなく続く草原の中、3人組の集団が旅路を進めていた。

「ああ、やっと見えてきたっスよ?」

 杖を握り、緑色のローブに包まれた青年は、後ろを歩く少女と、成人して久しいであろう風格を纏う男に声をかける。

 大人しく歩を進める二人と対照的に、前を進む男はとても活発そうに見える。

 二人の男に、一人の少女を加えた三人の行く先には、おぼろげながら街の影が見えてきている。

「……はぁ」

 少女は溜息を吐いた。その呆れたような顔は雄弁に語っていた。もう少し落ち着けと。

 対して、少女の隣を行く男は微笑んだだけで、何も話さない。

「どうしたの? 元気がないっスね。不安なんスか?」

 青年はかなり鈍いようだった。溜息をつく少女に近づいて怪訝そうに尋ねる。

「……黙れ」

 少女は目線も合わさぬまま、短くそう言って青年を突っぱねた。

「はは。きついっスね。暁海は」

 青年はそう言って少女の悪態を軽くいなす。長い付き合いなのだろう。慣れている。

 三人の目に映る街は、最果ての街。この世界の、東の果て。終着点。

「大丈夫っスよ」

 青年はそう言い、少女に力強く笑いかけた。

「暁海は俺が絶対守るっスから。この、服部聡はっとりさとるが」

To be continued ……

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