第7話B
※第7話Aで二人の女性が出てきましたが、分かりにくかったので最初に優樹を襲った方をショートカット、二人目の優樹を助けた方をポニーテールという設定を付け加えました
以後、この設定を守ります。
※「Black Magic」「こんな小説書いてくれる人募集(構想まとめ)」という二つの短編を投稿しました。よろしければそちらも読んで頂ければ幸いです。
「…………」
泣き止んだポニーテールの女の子がそっと離れる。
随分長く泣いていた。その間、僕は抱きしめられたまま身動きひとつ取れなかった。
「……まったく……勝手に一人でどこかに行くなら、一言言ってくれれば良かったのに……」
そう言って名も知らない女の子が笑う。
「……え?」
さっきから次から次に状況が変わりすぎていてよく分からなくなってきた。一度状況を整理しよう。
まず初対面の女Aに襲われた。そこに初対面の女Bが現れ、助けてくれた。そして、その娘に泣きながら抱きしめられた。
うん。分からん。
「えっと……」
何を言えばいいか分からず、オドオドしていると、女の子は不思議そうな顔をして口を開いた。
「なんですか? その情けない上に不審な態度は? らしくないですよ」
「な、情けない?」
地味に傷ついた。
しかし、段々と目の前の女の子のことが分かってきた。おそらく、記憶を失う前の僕の知り合いだろう。
現状からそう推理する。でも……
(困ったな。彼女のこと本気で思い出せない)
そう。彼女は僕のことを知っているようだが、僕は彼女のことをさっぱり知らない。正確に言うなら、忘れている。
(どうしよう……素直に誰ですか? とも聞けないし……)
さっき泣きながら抱きつかれたから想像がつく。彼女と僕はかなり親しかったのだろう。憶えていないと言ったら傷つけてしまうに違いない。
どうしたものか、と悩んでいると、すっかり蚊帳の外だった千歳が近づいてきた。
「無駄よ。そいつ、記憶なくなってるから。きっとあんたのことも憶えてないわ」
開口一番、全部ぶちまけやがりました。
「へ?」
女の子の顔が固まった。
「じょ、冗談ですよね?」
女の子がひきつった顔のままズイっと身を乗り出して訊いてくる。
「ほ、本当です……」
正直に答える以外の選択肢が見当たらない。
「あ、あはは。もう、人が悪いんですから。鬼畜なのは元からですけど、今回はいつもに比べてセンスが感じられませんね。こんな面白くもない冗談言うなんて、ホント、らしくないですよ」
無理をしていると明らかに分かる作り笑いで笑いかけてくる。
「…………」
なんて答えたらいいか分かりません。なんて言えばいいんですか? 誰か教えてください。
僕の無言から答えを悟ったのか、彼女は再び泣き出しそうになりながら、訴えるように話す。
「ホ、ホントに忘れちゃったんですか?」
「う、うん」
非常に居心地が悪い。キッと千歳の方を睨む。千歳はといえば、どうでもよさそうに僕と彼女を眺めていた。この状況を作り出した張本人のくせに、なんて呑気な……
「ひ、ひどいです……」
「ご、ごめん……」
反射で謝ってしまう。女の子は今にも泣きそうだ。
「わ、私のことなんて、そんな簡単に忘れちゃうんですね……」
涙目で睨まれる。助けて誰か。
「あんなに熱い夜を一緒に過ごしたのに……」
「へ?」
なんか今、聞き捨てならないことが。
「そ、それは、具体的には、どういう……?」
恐る恐る尋ねる。
「そ、それは……あんなことやこんなこと……きゃっ! 真昼間に、他の人も見ている前でそんな話しさせるなんて、鬼畜なんですから……」
さっきの表情から一変、赤く染めたほっぺたに両手を添えながら話す女の子。
(な、何やってるんだ! 記憶を失う前の僕はああああああああああああ!!)
内心で絶叫してしまう。ぼ、僕はもう汚れていたというのか!?
「でも、記憶を失ったって……若返ったってことなんでしょうか? あの優樹さんが、こんなウブな男の子になっちゃうなんて……」
女の子は不思議そうに僕の頬に手を添えてきた。
カアっと顔が熱くなるのを感じる。動悸がおさまらない。な、なんか前にもこんなことがあったような……
「そ、その、最近の記憶がなくなっちゃって、中学生の頃に戻っちゃってるっていうか……」
何か話そうと思い、記憶喪失の話を振る。
「ちゅ、中学生?」
女の子が驚きの声を上げる。
「あ、あの凛々しくて容赦なく、歯向かう者は誰もかも血祭りにあげていた優樹さんが、中学生に戻って、こんな真っ白な男の子になっちゃって……」
あれ、なんかだんだん様子がおかしくなってきたような……
「なんでしょう……この感じ。これが、世に言う萌えというやつなのでしょうか……」
な、何かボソボソと呟いてる……何故だろう、身の危険を感じた。もっと具体的に言うなら、僕の貞操の。
「あ、あの……?」
恐る恐る声をかける。
「……何ですか? 優樹きゅん」
「ゆ、優樹きゅん!?」
背筋が寒くなった。
「あ、ごめんなさい。優樹さん。つい」
「え? う、うん」
なんだったんだ? 今のは。しかも『つい』ってなんだ。
「そんなに怯えて……記憶がなくなってしまったのなら、この世界は不安でしょう? 大丈夫。私が守ってあげますからね……」
なぜかはぁはぁと息遣いを荒くしながら近づいて来る。怖い。この上なく怖い。
「そして、私色に染めてあげます。はぁ……あの優樹さんを私色に……はぁはぁ……」
恍惚の笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。やばい。あれは関わっちゃいけない人の顔だ。
後ずさりして女の子の魔の手から逃れようとしていると、今頃になって気がついたように、女の子は千歳に顔を向けた。
「……そういえば、あなたは何なんですか? 黒い魔法使い。さっきの戦いの時から、何もせず優樹さんをただ見つめて……」
「あら、あたしに気づいてたのね」
意外そうに千歳が答える。
「まさか、記憶を失って何もできない優樹きゅんを襲おうとしてたんじゃ……」
「はあ?」
千歳は可笑しそうに笑った。
「この漆黒の魔女ともあろうものが、そんな小物みたいなことするわけ無いでしょ?」
ニヤリと笑う千歳を睨みつける女の子。
「ふん。どうだか……でも、そうだとしたら、もしかして……」
女の子は僕に方に向き直った。その目は期待に輝いている。な、なんだ? 何を言うつもりだ?
「記憶を失ったふりをして黒い魔法使いに近づき、寝首を掻こうとしていたのですね!? 流石です! 私が合流した今がチャンスですよ! さあ一緒に!!」
勝ち誇った顔で千歳に向き直る女の子。
千歳はそんな女の子を無視して僕の方を見つめた。
「そうなの?」
その目は言葉にせずともひしひしと伝わる圧力を感じさせた。
「違います」
きっぱりと断言した。そうしなければ、せっかく救ってもらった命をふいにする気がしたからだ。
「そんな……」
女の子がガクリと頭を垂れる。
「やっぱり記憶を失って牙を抜かれてしまったのですね」
「…………」
寂しげな声に、僕はなんて声をかければいいか分からない。
「なら、どうしてこんな女と一緒に?」
「こんな!?」
凄まじい視線を女の子にぶつける千歳を極力視界に入れないようにしながら、僕は女の子に今までのことを話した。
記憶を失って、草原で目が覚めたこと。千歳に拾われて、護衛として雇ってもらったこと。記憶を失う前の僕のことを、ほんの少しだけ思い出したこと。
「そうだったのですか……」
ポツリと女の子が呟いた。
「ごめんなさい。私がいたらなかったばかりに」
「そんな」
自分を責めるように話す女の子に、元気を装いながら話す。
「君が悪いわけじゃないじゃん」
「いいえ」
そんな僕の言葉を否定して、神に罪を告白するように、女の子は神妙に語りだした。
「草原で目が覚めたのなら間違いありません。私たちはあの日、ある女に襲われたのです。私の力不足で、優樹さんは記憶を失ってしまった。私は優樹さんが倒れたあと、必死にあの女を撒いたのですが、私が優樹さんの元に戻った時には、優樹さんの姿は跡形もなく……」
「そっか……」
僕が目覚める前に、そんなことが……
一つだけ、疑問が解決した。僕が何故、あんなところで眠っていたのか。
僕が千歳と会って、町に戻っている間に、この娘は戦っていたのだ。僕を守るために。
「ありがとう」
僕は少なくとも、この娘に二回救われたことになる。どんなに感謝しても、感謝しきれない。
「そんな。私も、優樹さんには数え切れないくらい救ってもらいましたし。最初に出会った時だって……」
照れたようにはにかむ女の子。そんな女の子に、僕はもう一度話しかけた。
「じゃあ、やっぱり君のせいじゃないよ。僕が記憶を失ったのは、僕の力不足のせいだ。君のせいじゃない」
「でも……」
それでもなお申し訳なさそうにする女の子に、僕は笑いかける。
「気にしないで。君がそんなに自分を責めるんじゃ、僕はどれくらい自分を責めればいいのか分からない。だからお願い。これは僕のわがままだけど、自分をそんなに責めないで」
僕のかけた言葉がどれくらい正解に近いか分からないけど、女の子は笑ってくれた。
「まったく……いつからそんなに優しくなったんですか……でも、そんなにお願いされたんじゃかないませんね」
そう言って微笑む彼女を見て、僕はいくらか救われた気がした。
「でも、護衛ですか……優樹さんを……」
すっかり調子を取り戻した女の子は、ジトっと千歳を睨みながらそう言った。
「まあね。ホントは護衛なんていらないんだけど、こいつがあんまり情けない目で見つめるから、仕方なく連れてやってんのよ。実質、あたしがこいつを守っているようなものね」
グウの音も出ない。千歳の言う通り、正直千歳のおかげで生き延びられたことはあっても、僕のおかげで千歳が救われたことは一度もない。しかも、情けないことにこれからもなさそうだ
「なんですか? その態度は。優樹さんが護衛なんて役を受け持ってあげているのに」
女の子が千歳に食ってかかる。
正直、この状況は結構ハッピーだった。女の子が僕のことで怒ってくれている。今までこんなことはなかった。
しかし、どうやらモテ期到来というわけではなさそうだ。彼女が好意を持っているのは記憶を失う前の僕。ぶっちゃけ他人といってもいいほど今の僕とはかけ離れた存在だ。
そんなことを考えて一人で勝手に落ち込んでいると、女の子がキッと僕を睨んでにじり寄ってきた。
怖いな。何度目かわからないけど、なかなか慣れない。
「そういうことなら、私と一緒に行きましょう。優樹きゅ、優樹さん。記憶を失って一人が心細いなら、私とだっていいはずです。こんな胡散臭い女より、私のほうがいいでしょう」
「は?」
突然の事態に頭が追いつかない。
「ああ。それはいいわね。いつまでもこいつの保護者やってんのもダルいし。是非引き取って欲しいわ」
「え? え?」
あれ、なんか前にも同じ展開が……
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
(千歳と離れる?)
いつかは、と思っていたけどこんなに早くに? 大して想像していなかったけど、いざこんな局面に陥ると混乱してしまう。
嫌だ、と思った。自分でも驚くくらい強く。なぜだ? 僕は別に、千歳に惚れているわけではない、はず。
チラリと千歳の方を見る。
そんなことを考えていたから、思わず赤面してしまった。
「な!?」
その反応を、女の子は見逃さなかった。
「く……そんなこと言いながら、優樹きゅんを手懐けて……」
ギリギリという音がここまで聞こえそうなほど歯ぎしりしながら、女の子は千歳を睨む。
「愛し合っていた二人を引き裂く悲劇。記憶を失ってしまった男が女の知らぬ間に他の女に奪われてしまう……どこの韓国ドラマだあああああああああ!?」
女の子が叫びだす。
「お、落ち着いて……」
「気持ち悪」
宥めようとする僕を嘲笑うように、千歳が油を注いだ。
「こ、この! 泥棒猫!!」
目に涙を浮かべながら、ビシッと千歳を指差して睨む女の子。
「お、落ち着いてよ! そんなんじゃないから!」
そう。そんなんじゃない。ただ、千歳といるのが居心地良かっただけだ。このぬるま湯に、ずっと浸かっていたかっただけだ。
「そんなんじゃないけど……ごめん。千歳とは、その、離れたくないって、いうか……」
耳たぶが熱くなるのを感じる。なんだこれ。これじゃあ、告白しているようなものじゃん……
チラリと千歳の様子を伺う。
僕の期待と裏腹に、
千歳の表情はちっとも変わっていなかった。
「気持ち悪い」
一言、千歳が吐き捨てる。
「…………」
僕は無言で四つん這いなり、地面に頭を何度も打ち付けた。
「お、落ち着いてください! 優樹さあああん!!」
くっそ! なんで僕の武器は大剣なんだ! これじゃあ、自分の首を掻き切れないじゃないか!
「こ、この、女狐め……」
僕を庇うように抱きながら、女の子は千歳を睨む。
「誰が女狐よ。人聞きの悪い」
恐ろしいことに、この期に及んで千歳は全く動じていない。流石としか言えん。
「こ、今回は私の負けです」
「なんの勝負よ」
観念したように呟く女の子に、呆れ顔で千歳が返す。
「仕方ありません。優樹さんはあなたと離れたくないようですから、無理やり引き離すわけにはいきません」
その代わり、と女の子が続ける。
「私もあなたと優樹さんにご一緒します」
「はあ!?」「ええ!?」
二人の驚愕が空にこだまする。
仲間が一人増えました。
転移装置に飛ばされ、街に戻る。
同時に装備と、手に握っていた大きな鎚が消え、代わりにワンピースとカーディガンを纏う。
優樹を襲った、肩ほどまでの髪を揺らす女、篠崎結実は空を仰いだ。
さっきまでいた草原は晴れていたが、ここは曇っている。
次いで、自分の訪れた街を眺める。
変わったところはない。最初にここに来てから、何一つ変わっていない。
ここは最初の街だった。このゲームの参加者は、この世界のマップの中心付近に点在するいくつかの街に分けられてこの世界、バーチャルワールドに意識を送られる。この街は、結実にとっての最初の街。初めてこの世界で目を覚ました時に自分がいた街。いわゆる、始まりの街だ。
この街、いや、マップ上の中心付近に点在する街のクエストはあらかたクリアされていた。残っているのはマップの端にある街のクエストのみ。
当然、ここにはプレーヤーの姿は見えない。この街を歩く人々は、すべてNPCだ。
結実は車道のない道に沿って目的地を目指す。
太い街のメインストリートから脇にそれ、幅の狭い路地を少し歩くと、二階建てのアパートが5棟ほど並んだ空間に出た。
駐輪場の脇を通り、一つのアパートの目の前にたどり着く。
錆びた鉄製の階段を登る。
204と札のついた扉の前に立ち、メニューを開いて手鏡を呼び出した。
自分の顔を鏡に映し、無表情な顔を歪ませる。
数秒後、その顔には優しげな微笑みが浮かんでいた。
微笑みの仮面を顔に張り付かせたまま、結実はインターホンを押す。
押せたのかもわからないスカスカの感触の後、部屋の中でインターホンの音が鳴ったのを聞く。
ガチャリという開錠の音の後、チェーンをつなげたままの扉がうっすらと開いた。
「誰?」
中から怯えたような声が聞こえる。ずいぶん中性的だが、どちらかというと男。そんな声。
「結実だよ」
柔らかい声が結実の口から漏れる。
扉がチェーンの伸びきるまで開かれ、中から男の子の顔が覗く。
「結実ねぇ!」
怯えていた男児の顔に笑顔が浮かんだ。
「ちょっとまって」
そう言って男児は扉を閉め、チェーンを外してから扉を開け放つ。
「結実ねぇ! お帰りなさい!!」
男児は満面の笑みを浮かべ、結実を迎える。
その顔を見れば、結実が無理をして笑顔を作る必要はなくなる。
結実は優しげに微笑み、ただいまと答えた。後ろ手に扉を閉め、鍵をかけ、男児に見えるようにしながらチェーンをかける。
「結実ねぇ……」
無邪気な瞳のまま、何かをねだるように結実を見つめる男児。
その瞳は、不安の色を隠せていない。男児は恐れているのだ。結実が自分のお願いを聞いてくれないんじゃないかと。
結実はそんな男児の不安をぬぐい去るように笑いかけ、いいよと答えた。
最愛の男の、邪気のない願いを断る事なんて、できないのだ。
男児が目を閉じる。
結実はゆっくりとその顔に自分の顔を近づけていき、そっと唇を重ねた。




