第6話E
「またスイッチがあんぞ」
「ホントだ」
モンスターの床を渡ってから少し歩いたところに、さっきと同じような大きいボタンが床にあった。今度は「押せ」と書いてある。
「押しちゃ」
カチッ
「だめだよ……ってえぇぇぇえ!?」
言い終わる前に裕がボタンを押した。
「な、何やって……!」
「いや、だって、押せって書いてあんじゃん」
「なるほど……って違う!!」
あまりにも当然のことのように言うから、一瞬納得しかけちゃったじゃないか。
「さっきあんな目にあったのに! どうしてそんな簡単に怪しいボタンを押せるんだ!!」
激昂する僕に、
「お、落ち着けよ。そんな怒んなって。カリウムが足りないぞ?」
裕はそう笑って返した。
そこはカルシウムだろとつっこみたかったが、この男の相手をまともにすることは馬鹿げているといい加減僕も学んだのでスルーすることにする。
(こ、今度は何が……)
心配になって辺りを見回すが、僕の予想に反して何も起きない。
「あ、あれ?」
こうなると逆にどんどん不安が増してくる。
「何だ、何にも起きねえじゃねえか」
「……そんな期待してたみたいなこと言わないでよ……」
ゲッソリとしてしまう。あんな目に会うのは二度と嫌だと思っているのは僕だけなのだろうか。
……そうかもしれない。そうなると僕のほうがマイナーになるわけだ。僕の考えは常識的なはずなのに……
常識っていとも簡単に壊れるんだな、と深いのか浅いのかよく分からないことを考えていると、
「それ、もしかしたらさっきのモンスターの発生を止めるやつなんじゃないの?」
千歳がどうでもよさそうにコメントしてきた。
「ああ、そうかも」
というか、そうであってほしい。
「そんなことより、やっとゴールみたいよ?」
千歳が道の奥を指差す。
「え?」
千歳の指差す方をよく見ると、周りの景色と同化していて気付かなかったが、大きな扉がある。
「やっとボスかよ」
裕がニヤリと笑った。
扉をくぐると、また大きな部屋に出た。
天井はなく、すでに南中を過ぎた太陽の日差しが降り注いでいる。
ぎゅるる……
時間を意識した瞬間、空腹が蘇り、お腹がなった。今まではいろいろありすぎて忘れることができていたが、もう限界だ。
そして……
「でか……」
積極的に目をそらしていたが、いつまでもそうしているわけにはいかないので現実逃避をやめることにする。
それは巨大なカエルだった。巨大といっても限度があるだろ、と叫びたいくらいでかい。10メートルはありそうだ。
ツァトゥグァというらしいその巨大なボスは部屋の中心に鎮座していた。座り方はカエルと言われて想像する四足を使った座り方ではなく、ふんぞり返って足を投げ出して座っている。
当然目も巨大だが、その目は眠たげだ。まぶたが半分まで閉じられている。
(手強そうだな……)
覚悟を決め、大剣を構える。
と、その時、
「クックック……」
突然裕が不気味に笑い出し始めた。
「ハァーハッハ! 騙されたな優樹! 今まで仲良くしているように見せかけていたのはお前を騙すためだったのだ!」
ビシッと僕を指差し、勝ち誇ったように語る裕。僕は突然の事態に硬直してしまっていた。
「油断したお前がボスと戦っているうちに後ろから襲いかかる計画だ! どうだ! びっくりして言葉もあるまい!!」
うん、確かになんて言ったらいいか分からない。
「どうした? 負け惜しみの一言もないのか?」
挑発するように悪人面で笑う裕に、一つだけ伝えることにする。
「それ、今言ったら意味ないんじゃ?」
「…………」
今度は裕が硬直する。
いや、確かに裕の計画にはかなり驚いたが、それに気づいていなかったことのほうが驚きだ。
「と、とにかく! お前は俺の罠にはまったのだ! 大人しく、死ねぇぇぇぇぇ!」
「えぇ!」
またも突然に僕に飛びかかる裕。僕が慌てて対応しようとしたとき、
「うわ!」
大きな風切り音とともに何かが僕の目の前を横切り、裕の姿が消えた。
衝撃に尻餅をついてしまう。
「な、何?」
次から次に変化する事態についていけなくなり、わけがわからなくなる。
現状を把握しようと辺りを見回すと、完全に無視してしまっていたツァトゥグァが長い舌を口から出し、振り回していた。裕はというと、壁の高いところに叩きつけられ、落ちてくるところだ。
「ぐはぁっ!」
地面に落ちた裕の悲鳴が僕の耳にまで聴こえてくる。
どうやら、ツァトゥグァが舌を裕に叩きつけ吹き飛ばしたようだ。僕には運良く届かず、裕だけがダメージを受けたのだろう。
「な、なかなかやるじゃねえか……俺の不意を打つとは……」
裕がフラフラと立ち上がり、なぜか僕に向けてニヤリと笑ってきた。……いや、不意を打ったのは僕じゃないですよ?
気の抜けた僕の不意を打つように、バンっと大きな音が鳴る。同時に地面が揺れた。
弾かれたようにツァトゥグァの姿を追うと、なんとツァトゥグァは宙を舞っていた。跳ねたのだ。カエルのように。
落下すると思われる場所は……裕のいるところだ!
「裕! 上! 上!!」
「は?」
慌てて裕に注意を促すが、時すでに遅し。裕が上を見上げた時には、すでにツァトゥグァは裕の真上に迫っていた。
「ぐぼッ!」
短い断末魔を上げて、ツァトゥグァの巨体の下敷きになる裕。
「裕ィィィィィィィィィ!!」
思わず叫んでしまう。今のは相当やばいんじゃないか?
ギョロリと眠たげな眼差しを僕に向けるツァトゥグァ。
「よくも裕を!」
僕の心を怒りが満たす。さっき裏切られたことはもう頭になかった。
大剣を構え直し、突撃しようとしていると、
爆発音とともに再びツァトゥグァが宙を舞った。今度は自分の意志で跳んだのではない。ツァトゥグァの真下から突然火柱があがり、ツァトゥグァを吹き飛ばしたのだ。
ツァトゥグァが地面に叩きつけられ、轟音とともに地面が揺れる。
ツァトゥグァがいた地点には、握りしめた拳を掲げる裕が立っていた。
「あんまり調子に乗るなよ?」
裕がツァトゥグァをギロりと睨む。
さっきまでとはかけ離れた裕の雰囲気に気圧され、大丈夫かと駆け寄ることすらできない。
裕が無言で2ndアビリティを自分にかける。そしてアクセルで地面を蹴り、起き上がろうと藻掻くツァトゥグァに迫った。
そのままナックルを装備した拳を叩きつける。
ツァトゥグァの巨大な体が吹き飛んだ。
「!」
信じられないが、今のは明らかにノックバックの追加エフェクトだった。しかし裕が5thアビリティを発動した素振りは全く見えなかった。どうなっている?
裕が歩いてツァトゥグァに近寄り、アッパーを叩きつけた。また同じようにツァトゥグァが吹き飛ぶ。
僕は呆気にとられて呆然と立ち尽くしていた。おそらく、裕の2ndアビリティは通常の攻撃に追加アビリティを付与する効果なのだろう。そう分かっても、驚愕に体が動かない。
再び地面に叩きつけられたツァトゥグァはまた長い舌を出し、裕に叩きつけようとする。
裕は横から迫る舌をアクセルで跳んで避け、上から拳を叩きつけた。
たまらずもんどりうったツァトゥグァは起き上がると、混乱をおこしたのだろう、見当違いの方向に突っ込み、壁に衝突してひっくり返った。
その隙に、裕が7thアビリティを発動させる。バンッという軽快な音とともに10.000……という数字が裕を螺旋状に包み、数を減らし始めた。
ボケっと突っ立っていると、突然千歳に肩を思い切り叩かれ、ビクッとなる。
「な、何?」
今まで存在を意識していなかったから、不意をつかれた。
「何? じゃないでしょ!? 何突っ立てんのよ! このままじゃお肉をあいつに取られちゃうじゃない!」
「あぁ!!」
ここに来た目的をすっかり忘れていた。ボーッとしている場合じゃない!
「ど、どうしよ!?」
そうこう言っている間に、裕の待機時間が終わった。
裕が地面を蹴り、跳ぶ。信じられないほど高くまで飛び、落下を始める。
「くらえ……」
ツァトゥグァに向け垂直に落ちながら、裕が正面に拳を構える。
「ヴォルカニック……」
裕がツァトゥグァに迫る。
「あたしの食料がああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
千歳が取り乱して叫ぶ。
「フレア!!!」
裕が真上から拳を叩きつけ、同時に天まで届かんばかりの巨大な火柱が立つ。
烈火の中でツァトゥグァの影が消え、青白い粒子が風に吹かれて空に消えていった。
スタッと裕が地面に降りっ立つ。
それを見届けた千歳が、ガクリと地面に膝をついた。
「ご、ごめん」
慌てて謝ろうとすると、
「…………」
キッと涙目で睨まれた。僕も泣きたい。どうしよ……
二人で落ち込んでいると、裕が歩いてきた。
「何だ? 二人共、そんな落ち込んで」
裕が不思議そうに首をかしげる。
「もしかして、あいつの経験値が欲しかったのか?」
尋ねる裕に僕が答える。
「……実は経験値より、あいつを倒すとおまけでもらえるカエルの肉が欲しかったんだ……」
「ん? カエルの肉?」
裕がメニューの持ち物を確認する。
「ホントだ」
そう呟いて、裕が紙袋に包まれたカエルの肉を出した。
千歳が顔を上げ、裕を睨んでいる。こ、怖い……今まで見てきた千歳の中で一番怖いよ……
「カエルの肉か。不味そうだな。こんなの欲しいのか?」
裕が呆れ顔で僕たちを見つめた。どうやら裕には千歳の撒き散らす負のオーラが見えないようだ。
「い、いらないなら、貰えないかな?」
ものは試しと裕に訊く。裕ならいらないものでも「俺のものだ!」と言ってくれなさそうだが……
「う~ん……優樹には借りがあるからな。やるよ」
そう言って裕が笑う。
「ホ、ホント!?」
やった! 訊いてみるものだ。
「ほらよ」
裕がカエルの肉を渡してくれた。
「ありがとう! ホントに!」
ありがたく受け取る。
「……ありがと」
かなり不満げな千歳がそっぽを向きながら呟いた。少し意外に思ってしまう。
「おう」
裕が笑った。
「気分も乗らないし、お前らは見逃してやる」
そう言って微笑み、裕が転送装置を呼び出し始める。
「ありがとうございます」
笑って返した。
「次会ったら、お前らまとめて倒してやるからな」
「……うん」
このゲームは一人しか生き残れない。だから裕とも、いつか戦わないといけない。
「楽しかったよ。じゃあな」
そう言い残し、ニカッと笑って裕が姿を消した。
「…………」
しばらく感慨に耽ってしまう。この世界で誰かとここまで親しくなったのは初めてだ。千歳はなんか違う気がするし。
だけど、いつか殺し合うかも知れない。
「とんでもない奴だったね」
余計な思考を振り払い、千歳に感想をもらす。
「当たり前でしょ」
千歳が当然のように話した。もう機嫌は良くなったようだ。
「ここまで生き残っているプレーヤーなんだから」
そうだ。裕はここまで戦い抜いた猛者だ。頭の悪い行動に紛らわされて、その当然の事実に目を向けていなかった。
「あいつはあの弱いオツムを補って余りある戦闘能力とセンスがある。それに、行動が読めないから下手にあいつを策略に巻き込むと痛い目を見そうね」
「そっか……」
千歳が裕の分析を聞かせてくれた。
きっといつか、手強い敵になるだろう。
「ほら、あたしたちも行くわよ。とりあえず外に出て、早速珍味をいただきましょう。それまでに、美味しいカエルの肉の料理の作り方を調べといてね」
「ハイハイ」
上機嫌に笑う千歳を追って歩き始める。
最果ての街は、もうすぐだ。
To be continued ……




