第1話A
まどろみの中にいる自分に気づく。
半覚醒状態。
自分が眠っていることには気がついたが、まだ浅い眠りの心地よさに身を委ねている状態。
まぶたを透かして外の明るさが分かる。とても明るい。自分が今真っ昼間に屋外で眠っていることに気がつく。
背中から岩の硬さと冷たさを感じ、お尻からは土の柔らかさと温もりを感じる。
足を投げ出し、岩に寄りかかって眠っていることに気がつく。
何かが頬をくすぐる。草の先っぽだ。どうやらここは草原か何からしい。
ふいに少し暗くなったのを感じる。雲が日光を遮ったのだろう。
緩やかな風が吹いたのを感じ、また草に頬をくすぐられる。
(気持ちいいな。あれ? でも少し頭がズキズキする……)
そんなことを考えながら、また目が覚める直前の、静かな波に揺すられているような心地よさに身を委ねる。
この時間が永遠に続くように願ってしまうが、そんな願いは大抵の場合突然に遮られてしまう。今回も例に漏れなかった。
突然何かが衝突して破裂したような音が鳴り響き、驚いた僕は浅い眠りを吹き飛ばされ、跳ね起きた。
「な、何だ?」
さっきまで味わっていた天国から叩き出されたことに少し苛立ちを感じつつ、辺りを見渡す。
僕がいたのはさっき寝ぼけた頭で考えた通り草原だった。見渡す限りの大草原。所々少し赤みを帯びた岩が顔を出している。空はきれいな蒼で、少し大きい雲がゆったりと流れている。
本来ならそんな大自然に感動したり、なぜこんなところで寝ていたのか不思議に思うべきなんだろうが、そんな余裕はなかった。もっと突拍子もないことが目の前で繰り広げられていたからである。
黒い魔女がいた。
いかにも魔女が被ってそうな黒いとんがり帽子を被り、古風な魔女というより大きなお友達向けアニメの魔法少女が着てそうな布面積の少ない黒いローブ(?)を着た少女。左手にはこれまたテンプレ通りの所々筋くれだった木の杖を握っている。
これだけだったらただのコスプレしてる少女だと思って呑気に可愛いな、とか何でこんなところで? とか思っていただろう。
少女の格好以上に僕を驚かせたのは彼女が前に掲げた右の手のひらから次々と黒い塊を打ち出し、そこら辺で無数に跳び跳ねてる毛むくじゃらの何か(よく見るとマスコット風にデフォルメされた豚か猪に見えなくもない)を蹴散らしていたことだ。さっきの音は彼女の打ち出す弾が毛むくじゃらに炸裂した音だったのだ。
僕は、見とれていた。
少女の奇抜な格好にばかり目が行って、彼女自身についてはよく見ていなかったが、よく見ると端正な顔に美しく長い黒髪と、なかなか綺麗な女の子だった。
そして何よりも魅力的だったのは彼女の表情だった。
無数の獣(さっきの毛むくじゃら)を前にしてまったく怯まず、漆黒の玉を連射して獣達を片っ端から消し飛ばしていく少女は、余裕の表れだろう、微笑を浮かべ、それを崩さなかった。
その姿はもう華麗の一言に尽きた。
どれくらいぼけっと見ていただろう。
いつの間にか彼女はすべての毛むくじゃらを撃破していた。
ふうっ、と息を吐き、満足げな表情を浮かべる。
「まあ、こんなものね。雑魚1000連発なんて言って、それなりに歯ごたえがあるのを期待していたのに。やっぱ雑魚はどれだけ集まっても雑魚ということかしら。戦争は質より数なんて言うけど、やっぱ質も大事ね」
少女は何か独り言を呟いたあと、何の気もなさそうにそこら辺に視線を巡らし、まだあっけにとられて棒立ちになっている僕に、やっと気がついた。
最初に浮かべたのはやはり驚きの表情だったが、すぐにさっきの毛むくじゃらを蹂躙していた時と同じ、余裕の笑みを再び浮かべた。
「あら、私の不意を打つとはやるじゃない。私が気づくまで待つとはずいぶん紳士的ね。それで? 私が狙い? でもおあいにくさま。私はもう対人戦はしないって決めてるの。貴方がその気なら、尻尾巻いてとっとと逃げることにするわ」
ペラペラと得意気に胸を張って話しだす少女。
僕はといえば、何を言われているのかさっぱり分からず、また無様にぼけっと立ち続けていた。
とりあえず自分が何も分からず、困っていることを伝えようと口を開いてみる。
「あ、あの……」
「何よ……」
コスプレ少女は苛立たしげに僕の話を遮った。
「私、はっきりできない男ってキライなの。もっとシャキッとしなさいよ。男らしく『お前を殺しにきた』って言えばいいじゃない。おどおどして……気持ち悪い。それで油断を誘ってるつもりなの? 男なら正々堂々と首狩りに来なさいよ!」
また少女のマシンガントークが炸裂する。どうやら僕は責められているようだが、まるで理由が分からない。とりあえず、はっきり物申せと言われていることだけは分かった。
覚悟を決め、腹から声を出す。
「あの!」
「何よ!」
息を吸い込み、まるで宣誓でもするかのように腹の底から叫んだ。
「ここは! どこですか!!」
「はああああああ!?」
僕と彼女の叫びが透き通るくらい蒼い空にこだました。