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第6話B

 剣を振り、目の前のモンスターを切り裂く。

 今相手にしているのはキノコ型のモンスターの集団だ。等身大のキノコで、笠のすぐ下の柄の部分に裂けめのような口がある。口の他に顔の部位はない。気味の悪いモンスターだ。

「は!」

 大剣をもう一閃し、キノコにトドメを刺す。

「おっと」

 剛力の効果で得た怪力を使い、思い切り地面を蹴って飛び上がる。後ろから迫ってきていた新たなキノコの攻撃を躱した。

 このキノコたちの腕は刃のように鋭くなっていて、それを振り回して攻撃してくる。まったくもってキノコらしくない攻撃方法だ。

 体をひねって一回転し、不意をついてきたキノコの背後に着地地点を定める。

 落下しながら大剣を思い切り上段から下段に振り下ろし、キノコを一刀両断した。

「ギャピィ!」

 おおよそキノコから発せられたとは思えない叫び声をあげるキノコモンスター。

 ひるんだキノコに向け光鎚を叩き込む。

 キノコが青白い粒子に分解され、散っていった。

 今のが最後のキノコだったらしい。辺りに静寂が戻る。

「ふぅ……」

 俊昭との戦いで昔の僕が体得していた戦闘方法を思い出してから、随分戦闘が楽になった。久しぶりに自転車を漕いだ時にちょっとしたきっかけで漕ぎ方を思い出すような感覚で、ブランクがあるとはいえ以前の僕に結構近い戦闘能力を出せるようになっている。

 いろいろ思うことはあるが、便利なものは便利だから、と割り切っていた。そうしないと精神的な重圧に僕が耐えられない。

「は~あ……雑魚ばっかね……」

 退屈そうに千歳が愚痴る。

 僕達のいる大広間は、アクションゲームによくある、入った瞬間にモンスターの集団が湧き出す広間だった。

 湧き出したキノコたちのほとんどを潰したのは千歳だ。千歳の戦闘方法はいたって単純で、まるで虫を何気なく踏み潰して殺すように、ただただ漆黒の魔弾をモンスターに叩きつけて消し飛ばしていくだけだ。魔弾はすべからく一撃必殺である。流石としか言いようがない。

「千歳強いなあ……いや、強いっていうか、ただのチートじゃん」

 感心する僕に、千歳が溜息を吐いた。

「なに感心してんの。あんた、あたしの護衛でしょうが。なんであたしに戦わせてんのよ」

「えぇ! そんな無茶な……」

 こんな広い空間で、たくさんモンスターが出てきたらそりゃ守りきるのは無理だ。……そうだよね?

「はぁ……ま、期待してないからいいけど。ほら、先に進むわよ。とっとと終わらせましょうよ。このダンジョン、気持ち悪くて嫌いなのよ」

「……え? う、うん」

 自問自答して首をひねる僕をよそにスタスタと歩き始める千歳を慌てて追った。

 辺りを改めて見回す。

 このダンジョンはとにかく変な植物に溢れていた。ラフレシアというんだったかな。とにかく大きくて気持ちの悪い模様の花があちらこちらに生えている。匂いは多分ないが、変な匂いを発している気がする。

 壁は太い幹と太くて刺をびっちり生やした蔓でできていて、ラフレシアのような花や見るからに触れただけで肌がかぶれそうな、怪しげな花に覆われている。

 壁と地面が交わる部分には今にも胞子をばら撒きそうなキノコが生えていた。鬱蒼と茂った木の葉に遮られて、差し込んでくる日光の量は少ない。辺りの様子が分かるくらいには明るいが。

「ほら、ぼーっとしてると置いてくわよ……って、わ!」

 千歳の声にはっとなってそっちを向くと、ちょうど千歳に襲いかかったモンスターが消し飛ばされているところだった。

「ふぅ……こらあ! あんた、護衛って自覚あんの!? なんであたしが前歩いてモンスターに襲われて撃退してんのよ。あんたいる意味全然ないじゃん!!」

「ぐふぅ……! ご、ごめん、なさいっ……! と、とりあえず、く、首、しめないでぇ!」

 懸命に訴えると、仕方ないわね、と言って千歳が手を離してくれた。し、死ぬかと思った……

 千歳が盛大にため息をつく。

「……もう……ほら、行くわよ。何度言わせんの……」

「……分かりました。すみません」

 それでも先に行く千歳の後を追って歩き出す。さっきから千歳何回溜息ついたんだろ、なんて下らないことを考えながら。……半分は僕のせいな気がするけど。



「何? これ……」

「さ、さあ?」

 千歳と一緒に呆れながら目の前の光景を眺める。

 最初はただの奇妙な植物だと思った。が、じっくり見てみると……

「人の、足かな……」

 壷型の大きな花からニョキッと二本の触覚が生えている。その触覚はズボンをはいていて、先端に靴を履いていた。信じられないが、ツボの中に逆さまに人間が入っているようだ。

「た、助けたほうが、いいのかな?」

「え? そ、そうね。どうぞ、お好きに」

 完全に引いている千歳が僕に丸投げしてきた。

「……仕方ないなあ……よいしょっと」

 花から生えている二本の足を掴んで引っ張る。粘性の高い液体から物を引っこ抜くときのような抵抗に逆らい、思い切り引くとズルっと……妖怪が出てきた。

「っ!」

 生理的な嫌悪感から脊髄反射で妖怪から手を離し、放り投げる。ベチャッと音を立てて妖怪が地面に落下した。

「きゃあ!」

 千歳が悲鳴を上げる。なんかたまに女の子になるよね。千歳って。

「ふん!!」

「痛い!」

 千歳に無言で殴られた。ぼ、暴力反対……

 気を取り直して黄色いドロドロな液体を纏った妖怪をよく見ると……どうやら中身は人間のようだ。気絶でもしているのか、ピクリとも動かない。

「ど、どうしよ?」

「放って行くわよ」

 今度は即答する千歳。まあ、妥当な判断だ。心配な気持ちもあるが、僕もこの物体の相手をするのは嫌だ。

 最後にちらっと一瞥してから、千歳とこの場を去ろうとする。

 背後から、ズルズルっという音が聞こえた。

 背筋が凍る。

 今度は足元から微かにぺチャ……という音が聞こえた……気がする。

 恐る恐る足元を見ると……

「……かゆい……うま……」

 千歳の足首を、黄色い粘液にまみれた手が掴んでいた。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 千歳が悲鳴を上げる。あれ、なんかデジャブ……

 千歳が涙目でキッと妖怪を睨み、突き出した手のひらを妖怪に向け魔弾を乱射した。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 妖怪が実に人間らしい悲鳴を上げる。まあ人間なんだから当たり前だけど。

 安全地帯に逃げた僕は他人事のようにその光景を眺めていた。後でまた「あんた護衛でしょう!」と千歳に怒られそうだが、今の千歳に近づく勇気は僕にはない。

 千歳の暴走は妖怪が完全に沈黙するまで続いた。


「はあ……はあ……はあ……」

 千歳が荒い息を吐く。

「お疲れ。大丈夫?」

 近づいて声をかけた僕を

「……!」

 千歳がすごい形相で睨みつけてきた。南無南無。

「……殺して……やろうかしら……?」

 千歳が沈黙した妖怪に向かって呪詛のようにつぶやいた。

 目がマジなので慌ててフォローする。

「ま、まあ、きっと彼も悪気があったわけじゃないし……」

「…………」

 今度は冷えた眼差しで睨みつけられた。こ、こっちのほうが怖い……

「……行くわよ」

 あからまに不機嫌オーラをまき散らしながら千歳が言った。

「待って」

 気づけば僕はそう言っていた。

「この人、やっぱり助けてあげよう」

「……勝手にして」

 千歳がブスッとしたまま答える。

「うん」

 僕は頷いて、妖怪の汚れていない足首を掴んでズルズルと引きずりながら千歳の後を追った。

 千歳にボコボコにされている彼に、僕は同情を覚えてしまったのだ。



 妖怪に出会った場所から少し歩くと、小さな小川に当たった。おぞましい植物に覆われているこの森には似合わない、綺麗な川だ。罪悪感を感じるが、この川でいいだろう。

 川に妖怪を投げ込む。

 綺麗な川が黄色く濁っていくのと同時に、妖怪は徐々に人間の姿を取り戻していった。

 人間の姿を取り戻した男を川から引き上げ、苔に覆われた岩の上に寝かせる。千歳は終始無言だ。

 気絶している男を見る。なぜ分かるのかは分からないが、この男はプレーヤーだ。NPCではない。

 特別大きくも、小さくもないが強いて言うなら少し小柄だ。僕よりは背が低い。

「……お腹空いたわ。行くわよ」

 千歳が口を開いた。

「え? う、うん」

 僕は慌てて答えた。目が覚めるまでちゃんと見守ってあげたいが、主人にこう言われてしまっては仕方がない。後ろ髪を引かれるが、立ち去ることにする。

 まあ、ここならあの花に埋まっているよりはマシだろう。そう思って立ち上がろうとしたとき、

「う、う~ん……」

 男がうなされているような声を上げ、うっすらと目を開けた。

「待って千歳。この人、目を覚ました」

 千歳を引き止め、男に声をかける。

「大丈夫ですか? 僕のこと、分かりますか?」

 そう言って男の体を揺すると、むくりと男が起き上がった。

「はぁ……そいつ助けて、その後どうすんのよ……」

 千歳が呆れたように話しているが、僕の耳にはほとんど入ってこない。

「あれ、ここは……?」

 男が寝ぼけたように声を上げる。

「ダンジョンの中ですよ。花に埋まっていたこと、覚えてますか?」

 男に声をかける。

「……あ?……ああ……あれ、それで俺、たしか……」

 ぼんやりとしたまま、男が何やらボソボソと呟く。良かった……意識はちゃんとあるようだ。

「なんか誰かに、滅茶苦茶に攻撃されたような……」

 記憶もちゃんとしているようだ。

「はっ!」

 男はそう叫び、いきなり立ち上がった。

「良かった。君、ダンジョンの中で……」

 そう声をかけようとすると、男は僕と退屈そうに眺めている千歳の方にクルリと向き直り、

「てめぇぇぇえらぁぁあああ!!」

 いきなり奇声をあげた。あ、これは……

「てめえらのうちどっちかがさっき俺に喧嘩ふっかけてきただろ!! 白状しやがれぇえ! どっちだぁぁあゴラあああああ!」

 雄叫びをあげる男を尻目に、千歳の様子を伺うと、

「…………」

(あちゃあ……)

 千歳は完全に呆れていた。首を横に倒し、死んだ目でただただ男を眺めている。

(ごめん千歳……)

 内心で謝りながら、千歳と一緒に叫び続ける男を眺める。

 大変なの助けちゃったなあ……というか、よく考えたらこの世界で他のプレーヤーと関わってロクなことになるわけがないのだ。完全に失念していた。これは僕が悪い。千歳に本当に申し訳ない。

 内心で反省しながら、僕は観念して男が静まるまで耐えることにした。

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