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第6話A

「これだけ?」

「……そうよ」

 俊昭を撃退していったん街に戻った後、最果ての街に向け再出発してから数日が経っていた。

 目的地にはまだ着いていない。それでもかなり進んでいて、あと1日くらい歩けばこの変化の乏しい、飽き飽きしている大自然の光景から解放され、懐かしい都会の光景に出会えるはずだ。

 太陽は少し前に西の地平線に沈み、無数の星を背景に半月が淡く輝いている。

 暗さのため旅を中断し、野宿の用意をして、さあ飯だという段になって、問題が浮上した。

 ぶっちゃけ、食料が尽きました。

「うおおおお……」

 頭を抱える。

「どうすんの? これ? まだまだ着かないよ? 街に。明日のご飯どうするの?」

「…………」

「『あんたに食事任せると一食が少なすぎる。まったく、使えないわね。食事はあたしが担当するわ』って、千歳から言い出したんだよ? 千歳が自分から。そうだったよね?」

「…………」

「僕何度も訊いたよね? こんなにたくさん作って、後で足りなくならないの? って」

「…………」

「そしたら千歳、『大丈夫大丈夫』って、そう言ってたよね?」

「…………」

「千歳さん?」

「…………」

「はあああああ……」

 盛大に溜息をつく。本当にどうしよう……

 さっきからプイっと顔を横に逸らし続けている千歳を尻目に、手に持った皿の上でホカホカと湯気をたてている、100gにも満たない米の塊に目を移す。これが最後の晩餐……

「あんたの歩く速度が……」

 千歳が何か言いかけたのでギロりと睨む。

「何か言った?」

「……何でもないわよ」

 なんだかいつもと立場が逆転している気がする。食べ物の恨みは主従関係すら覆すのだ。

「なんで言ってくれなかったんだよ……」

 もう一度ぼやく。お腹減った……

「まあぼやいてても仕方がないわ」

 何故か偉そうに腕組みしながら千歳がペラペラと喋り始める。

「なくなっちゃたもんはなくなっちゃったのよ。もう取り戻せない。過去を悔やんでないで、これからのことに目を向けなくちゃ。きっとどうにかなるわ」

 お前が言うなと叫びたい。そういうことは反省している本人に周りが慰めとしてかける言葉だ。千歳は反省してないし周りの人間でもない。

「…………」

 無言で睨む僕をよそに千歳は喋り続ける。

「まあ手っ取り早いのは……帰るって選択肢があるわね」

「帰る?」

 どういうことだ?

「いったん前の街に転送装置で帰って、再出発する選択肢」

 つまり……

「それからまた歩いていくの? これまでの道をもう一度? 最初から?」

「そう」

「冗談でしょ!」

 ついに叫んだ。また同じ道を、何日もかけて歩けっていうのか?

「それが嫌なら明日一日我慢して歩くしかないわね。明日中に着くかわからないけど」

「…………」

 なんで千歳がそんなに偉そうなのか分からない。

「はあ……」

 ため息をついて、仕方なく考える。

 ご飯抜きで一日歩くのも、同じ道を繰り返すのと同じくらい嫌だ。目的の街まで距離がまだあるし、単純に距離だけでは着くのにどれくらいかかるかはわからない。何日も歩き続けて、まだ目的地にたどり着けていないのは遠い街を目指しているのもあるが、途中モンスターに襲われたり、ダンジョンを抜けないといけなかったり、歩きづらいところを進まないといけなかったりしたことが大きい。

 もし明日空腹を我慢して一生懸命歩き続けてもたどり着かなかったら?

 きっと結局もとの街に帰ることになる。そう考えれば、一旦帰るのが堅実な方法だが……

「やっぱり帰るのは嫌だ」

 我慢して歩く方を僕は選んだ。今まで歩いてきた分が無駄になるのは嫌だった。

「そう。じゃあそうしましょっか。明日は頑張らないとね」

 千歳はそう言って米の塊を口に放り込んだ。

 咀嚼して飲みこんだ後、さて、と呟き、

「ほら、お風呂沸かすわよ」

 と言ってお風呂の準備を開始した。

「……少しは自分を責めて落ち込んでよ……」

 自分の分のご飯を食べてそう呟いたが、千歳には聞こえなかったらしい。きっと自分にとって都合の悪いことはあの耳が自動的にシャットアウトするのだ。都合のいい耳め。

「千歳」

 千歳に声をかける。

「何?」

 振り返った千歳に、顎のあたりを指で示してみせた。

「ご飯粒付いてるよ」



「ふう……」

 ドラム缶でこしらえた浴槽の中、沸かしたてのお湯に浸かって息をつく。ちなみにこのお湯に浸かるのは僕が一番だが、お風呂に入るのが一番なわけではない。

 出発してから初めての夜、「当然あたしが一番に風呂に入るわ。あんたが浸かったお湯になんて、入りたくないし」と言う千歳に「じゃあ僕は千年が浸かったお湯に入れるんだね」と言ってからかったら、千歳がお風呂に入ったあと、お湯を全部捨ててまた沸かしなおす羽目になった。それ以来、毎夜二回お湯を沸かしている。

 ……いや、冷静に考えたら結構デリカシーに欠けた発言だったと僕も思いますけれども。

 月明かりとかがり火はあるが、かつての生活では考えられないほどに辺りは真っ暗で、空を見上げると信じられないくらいたくさんの星の光が目に飛び込んでくる。満天の星空。

 ドラム缶風呂に浸かりながら星空を見上げるのはなんとも乙なものだった。

 こうしていると、神井さんと星空を眺めた時のことを思い出す。彼女の言葉は、今も胸に残っている。そしてきっと、死ぬまで忘れることはない。

 生きるか、死ぬか。

 生きるためには少なくとも一人は殺さなくてはいけない。それを拒絶すれば、遅かれ早かれ死ぬ。

 遅かれ早かれ死ぬのなら、早いうちに死んだほうが他のプレーヤーにとっては好都合だ。

(生きる気があるなら、私を殺して見せろ)

 俊昭の言葉を思い出す。

「はあ……」

 僕が今していることはただ問題を先送りしているに過ぎない。このまま行ったら、いつか行き詰まる。

 死ぬのは嫌だ。でも僕には誰かを殺すことなんてできない。

(なんだかなあ……)

 そうやって悶々としていると、

「優樹!」

 叫びながら千歳がドラム缶を囲っているカーテンを蹴り倒して乱入してきた。

「どわあああぁぁあぁあああぁああああ!」

 素っ頓狂な声を上げてしまう。何事!

「ち、千歳ぇ! な、な、な、何やってんの!」

「なに変な声出してんのよ。それに何? その姿勢。気持ち悪い。乙女か」

 湯船の中で腕で肩を抱いて縮こまっていると、千年が呆れたようにそう言ってくる。あれ? 何? これ。なんで僕が責められてるの? もしかして僕が間違っているの? いや、そんなはずは……

「それより、聞いて? いいニュースよ。まさに天恵ってやつね。きっとあたしの日頃の行いがよかったから、神様がご褒美をくれたのよ」

 慌てている僕をスルーして、ペラペラと千歳が喋りたてる。

「で、で、出てって! カーテンを直して!」

「何慌ててんのよ。別にあんたの裸になんて興味ないわ。落ち着きなさいよ。まったく」

「少しは千歳も恥ずかしがってよ!」

 結局話は後で聞くからと千歳を下がらせ、僕は大慌てでお風呂からあがった。もう少しゆっくり浸かっていたかった……



「……それで、何?」

 げっそりしながら千歳に尋ねる。

「見て見て」

 対照的に、千歳はまだ興奮冷めやらない様子だ。

「ほら、ここからすぐのところに、ダンジョンがあるでしょう?」

 表示したマップの一点を指差しながら千歳が説明する。

「……まさか、このダンジョンに挑みたいなんて言うんじゃないよね?」

「え? そうだけど?」

「うおおおおおお……!」

 拳を握り固めて全身を震わせる。この怒りをどこにぶつけたらいいんだ……!

「あのね? 千歳さん。よく聞いてね。食料がね? ないの。どこかの誰かさんのせいで。一刻も早く街につかないと、何も食べられないんだよ? 分かりますか?」

 努めて優しい声を出すが、硬くなってしまっているかもしれない。実際、頬が引き攣っている感じがする。

「最後まで聞きなさいよ。まったく……ほら、ここを見て?」

「ん?」

 そう言って千歳が指差すのは、ダンジョンの詳細の欄の下の方だ。

「ほらここ。ここを見なさいよ」

 いつになく得意げな千歳を訝りながら、千歳が指差す部分を見る。

「なになに? ボスを倒した際の、追加ボーナス?……カエルの肉……カエルの肉? 肉!」

 これはもしや……

「このダンジョンを攻略したら、カエルの肉が手に入るのよ!」

「おおおおおお!」

 千歳につられて僕のテンションも上がる。カエルの肉なんて食べたことないけど、この際食べられればなんだっていい。まさに天恵だ。

「ふふーん。どうよ」

 千歳が得意げに胸を張る。

「すごいよ! 流石だね!」

 素直に千歳を褒める。上手くいけば明日の食料が手に入るのだ。

「そうでしょうそうでしょう。実はね、これを計算に入れて今までのご飯の量を調整してたの」

「それは嘘」

 即答した。



 太陽が東の地平線から顔を出し、あたりの闇を一掃した。

「んんーーっ」

 軽く伸びをする。まだ早朝だったが、僕と千歳は早々にテントをたたみ、出発していた。

 昨日の晩御飯が少なかったせいでお腹が空いている。早くカエルの肉とやらにありつきたい。

 千歳が指し示したダンジョンははたして、本当にすぐそこだった。

 森に覆われた小さな山だ。目の前には森への入口がある。まだ太陽が昇りきっていないのもあって、森の奥は薄暗い。不思議と静かな森に向き合い、僕はわけもなく緊張してしまう。

「さて、行きますか」

「うん」

 僕は千歳の後を追って森に入っていった。

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