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第5話C

「逃げなくてよかったのかい?」

 崩れ落ちた優樹をよそに、俊昭は自分たちの戦いをずっと観戦していた千歳に声をかけた。

 千歳は転送装置を呼び出し終わった後も、その場を離れずに二人の戦闘を遠くから見続けていたのだった。

「彼は君が逃げる時間を稼ぐために命をかけたんだろう? 逃げないでずっと眺めているなんて、彼がかわいそうだ」

「逃げるわよ」

 千歳は肩をすくめた。

「あんたが少しでもあたしに危害を加える素振りを見せた瞬間に逃げるわ」

 俊昭が苦笑する。

「この距離じゃ君が転送装置を踏む方が早いだろね。残念だが君を取り逃がしてしまったようだ」

 溜息をつき、それから思いついたように千歳に尋ねた。

「君はなぜ、そこまで圧倒的な力を持ちながら戦闘を避けるんだい? まさか罪悪感で、なんて愚にもつかない理由じゃないだろうね」

「違うわよ」

 千歳が憮然として答える。

「そんな下らない理由じゃないわ。それに、あたしの勝手でしょ? そんなこと。あんたにとよかく言われる筋合いはないわ」

 やれやれ、と俊昭は首を振り、それから千歳を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「いつか君を倒す。あんまり自分を過信しすぎないことだ。黒い魔法使い。魔王はいつか勇者に倒される。それがどんなに強い魔王だろうともね」

 千歳がクスリと笑った。

「なかなか粋な例え話をするじゃない。それと、まさか自分がその勇者になれるとでも思っているの?」

「思っているさ」

「傲慢ね」

 千歳は即答した。ふぅ、と息を吐き、何処か遠くを見るように話し始める。

「そうね。おとぎ話風に例えるなら、あたしはきっとお姫様よ。勇者に助け出されるのを待つお姫様。だけど、魔王でもある。お姫様を助けに来た勇者を粉砕する魔王。あとそう、もう勇者は決まっちゃってるから、あんたは勇者にはなれないわね」

 そう言って、千歳はクスクスと笑った。

 俊昭が怪訝な顔をする。

「君は……」

「あ、言い忘れてたけど、黒い魔法使いじゃなくて漆黒の魔女ね。何度言ったら分かるの?」

 不満げに睨む千歳を無視して、俊昭が続けた。

「君は、もしかして知っているのかい? この世界が孕む違和感の答えを。だとしたら、なぜ……」

「さあね」

 千歳が俊昭の言葉を遮る。

「好奇心っていうのは人生を豊かにするけど、身の引きどころが肝心よ。知る必要のないことに首を突っ込んだら、破滅するかもしれないわ」

「だとしても」

 俊昭がキザな笑いを浮かべた。

「私は知りたいね。真実というものを。それがどんなものであったとしても」

 千歳が憐れみを込めた目を俊昭に向ける。

「あんた、いつか殺されるかもしれないわね。真実の持つ毒に」

 俊昭はフッと笑い、さて、と息を吐いた。

「終わりにしよう。話せて楽しかったよ。黒い魔法使い。またいつか会おう。その時こそ、私は君を倒す」

 そこまで言ってクルリと千歳に背を向け、トドメを刺そうと優樹の方を向く。

「ん?」

 そこで違和感に気づいた。

 優樹は倒れたまま目を覚ましており、涙を流していた。



 全部を思い出したわけではなかった。

 でも思い出したことがある。

 僕は、この世界で生きてきた。

 そして、

 たくさんの人を殺してきた。その事実。

 ある程度覚悟はしていた。

 千歳と初めて話した時、僕も誰かを殺してきたのは間違いないと言われていた。

 自分の経験値とレベルを見て、その中に何人の人の涙が詰まっているのか考えたことがあった。

 だから、覚悟はしていたのだ。

 だけど、

「ひどすぎるよ……」

 未来の自分は、想像を絶していた。

 人を殺すのに、何の躊躇も、これっぽっちの罪悪感も感じていなかった。

 それどころか、必死に生きようとする人を見下し、侮蔑していた。

「なんで……」

 どうしてあんなふうに変わってしまったのか、それを思い出すことはできなかった。

 信じられない。

 あれは本当に自分の記憶なのか。

 他の人の記憶が間違って流れ込んできただけじゃないのか。

 だけど、分かっていた。

 あれは紛れもなく、自分の、自分の目を通してみた、嘘偽りのない、変えられない過去なんだと。

 あれが真実の記憶なのは、自分がよくわかっていた。

 そう。

 僕は。

 僕は虐殺者だ。


 立ち上がる。

 俊昭が少し驚いた顔で僕を見つめていた。千歳は何も窺わせない無表情で僕を見つめている。

 もう一つ、思い出したことがあった。

「君、なかなか根性があるじゃないか。まだ私とやるつもりかい? いいだろう。君の根性に敬意を表して、本気で君を叩き潰してあげよう」

 そう言って、俊昭が棍棒を構える。

 もう一つの思い出した事、それは僕がかつて持っていた、戦いの感覚だった。

 俊昭を睨む。

 僕がかつてどう戦っていたか、体に刻み込まれていた感覚が蘇る。

 大剣を腰だめに構えた。

 分かる。

 目の前に立っている男は僕よりレベルが低い。

 格下だ。



「あああああああ!」

 雄叫びをあげて俊昭が突っ込んでくる。

 僕は大剣を構えたまま動かない。

 俊昭が棍棒を振り下ろした。

 大剣で受ける。

 そのまま大剣を支点にして棍棒を回転させ、棍棒の二擊目が僕を襲う。

 僕は地面を蹴り、足を振り上げた。

 新体操のように体をひねる。頭と足の上下関係が入れ替わり、棍棒を躱して、今度は足を振り下ろし、俊昭の真後ろに降り立つ。

「なに!?」

 俊昭が振り返るより早く、大剣をなぎ払って俊昭を吹き飛ばした。

「ぐあっ」

『剛力』の効果で、多少ならアクセルを使わなくても超人的な軌道で移動できる。

 アクセルで俊昭に突っ込む。

 振り下ろした大剣は棍棒に阻まれるが、そのままアクセルの勢いを殺さないまま地面を蹴り、宙を舞う。

 大剣の、自分の体重にも匹敵しそうな質量を利用してありえない軌道で体をひねる。

 真上から大剣を振り、ライトスラッシュを放ちながら切り払う。

「くっ」

 たまらず姿勢を崩した俊昭に向かって、空中で待機時間を終えていたアクセルを開放して肉薄する。

 俊昭はまったく対応できていない。

 大剣を自分に引き寄せ、高速回転して連続した剣戟を振るう。

 防戦に追い込まれた俊昭のバランスを崩した。

 隙をついて待機時間を終え、『光鎚』を叩き込む。俊昭を吹き飛ばした。

 アクセルで地面を蹴り、宙を舞う。

 放物線を描きながら3秒の待機時間を終え、落下の勢いを乗せて『光剣』を叩きつける。

 棍棒で受けたが、勢いを殺せず俊昭は地面に叩きつけられた。

 地面に崩れ落ちたまま、俊昭が棍棒を地面に叩きつけた。

 僕の真下から、地面が杭のように伸びる。

 だが僕は一瞬早く宙を舞っていた。

 空中で回転しながら俊昭を切り刻む。

 着地し、起き上がろうとする俊昭に真上から『光鎚』を叩き込む。

 また地面に叩きつけられ、俊昭はそのまま地面に跳ね返されて宙に浮いた。

 真下から持ち上げるように大剣を振り、俊昭を吹き飛ばす。

 大剣を腰だめに構え直し、7thアビリティの待機時間を始めた。


「う……」

 痛みに呻きながら俊昭が起き上がった。

 辺りを見回し、すでに7thアビリティの待機時間を終えた僕を見つけて、フッと笑う。

「殺さないのかい?」

「…………」

 僕は何も言えない。

 気づけば、両方の目から涙がとめどなく流れていた。

 体が、震えている。

 そんな情けない僕に、俊昭は憂いを含んだような微笑を浮かべ、可哀想なものを見るような眼差しを向けていた。

「……殺せない……」

 小さなつぶやきが、口から漏れる。

 神井さんの言葉を思い出した。

 人を殺めるときに、自分をごまかすために使う『殺しの哲学』

 神井さんが綺麗だと言っていたそれを、僕はまだ持っていない。

「なあ、君は……」

 俊昭が落ち着き払った声で僕に語りかける。

「君は生きていく気があるのかい?」

「…………」

 答えられない。

「生きる気があるなら、君は誰かを殺さないといけない」

「…………」

 答えられない。

「生きる気がないなら、誰かに殺される。いつか、必ず」

「…………」

 答えられない。

「もし君に生きる気がないなら、君の経験値を私に譲ってくれないか? 私にはどうしても叶えたい願いがあるんだ。君に私を否定するつもりがないなら、是非とも譲って欲しい」

「…………」

 答えられない。

「生きる気があるなら、私を殺して見せろ」

 俊昭の声に怒気がこもり始める。

「なあ、君は考えたことがあるかい? 人は生きているだけで他人にとっては迷惑なんだ。この世界だけじゃない。現実世界だってそうさ。受験、就職、人は限られた枠を奪って生きている。他人を蹴り落としてね。その人がいなければ、他の人がその枠を得て、幸せになれたかもしれないのに。人は生きているだけで他の人を不幸にするんだ」

 考えたことはある。将来の僕は俊昭と同じことを考え、ただ生き延びることだけを考える人間を憎み、殺していた。

「もう一度お願いしよう。私のために死んでくれないか、優樹くん。私には叶えなければならない願いがあるんだ」

「…………」

 やっぱり、何も答えられなかった。

 目をそらして俯く。

「だんまりかい? ……まあいい。情けないが君には勝てなかった。そんな私が何を喚こうが意味はない。君が私を見逃してくれるなら、喜んで逃げることにしよう」

 そう言って、俊昭は転送装置を呼び出し始めた。

 その間、僕は一歩も動けなかった。

「またいつか会おう」

 転送装置を召喚し、そう言い残して、俊昭は消えた。

 7thアビリティの構えを解いて、僕は崩れ落ちた。

 そして、声をあげて泣いた。


「落ち着いた?」

 ずっと僕に寄り添っていてくれた千歳が声をかけてくる。

「……うん」

 涙と鼻水を服で拭って応える。だいぶ落ち着けていた。

 なんだか恥ずかしい。いたたまれなくて、千歳と目を合わせられなかった。

「お疲れ様。このまま旅を続けるのもアレだし、一旦さっきの街に帰るわよ」

 千歳は僕の心境を察してくれたのか、何も聞かず、ただ労ってくれた。そのまま転送装置の方に歩き始める。

 今はただ、千歳の気遣いがひたすらにありがたかった。

 上目遣いをするように、目だけを上げて千歳の顔を覗き見る。

 夕焼けに照らされた横顔からは何の感情もうかがい知れない。

 一つ、無性に訊きたくなったことがあって、口を開いた。これは、まあ、確認だ。僕が生きていく上で、絶対に確認しないといけないこと。

「千歳は、僕が死んだりしたらさ……悲しかったり、困ったりする?」

 千歳が、僕の方に向き直る。

「それはないわ」

 断言した。

「そっか。そうだよね。ごめん。変なこと聞いちゃって」

 そう言って、笑顔を見せる。

 強がっているわけじゃない。むしろ、安心した。

 そう。僕が死んでも千歳は困らないし、悲しみもしない。

 なぜなら千歳はこの世界最強のプレーヤーで、千歳にとって僕はただいると少しだけ便利になる存在でしかないからだ。

 それでも、いや、だからこそ、千歳のそばにいるのは心地いい。

 千歳がしょうがないわね、といった感じで笑い、肩をすくめる。

「ほら、帰るわよ」

 千歳が転送装置の上に乗り、姿を消した。

 夕焼けのほうを向く。

 手でひさしを作り、その光景をゆっくりと眺める。

 自然と顔がほころんだ。

 景色から目をそらし、転送装置に乗る。

 今まで無意識に目を逸していた当たり前の事実に気づかされていた。

 僕が生き続けることを望むなら、いつか千歳と対峙する日が来るかも知れない。

 その事実に。

Welcome to the world of The Requiem for the Dark Witch.

This story will continue until the time all people dye except for only one person...

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