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第5話B

 果てしなく続く草原の中を獣道のような頼りない道に沿って進んでいく。

 空はどこまでも晴れ渡り、南の空から日光が降り注ぐ。

 景色は変わらないままだ。遠くに森が見え、そのさらに奥、先の先に山脈がおぼろげに見える。

「次の街、どんなところなのかな」

「かなり大きい街みたいよ」

 先を歩いていた千歳が首だけ振り向いて答えた。

「さっきの街とは比べ物にならないくらい大きいし、周りにダンジョンもたくさんある。それに最東端でそれ以降向かう街がないから、たくさんプレーヤーが集まりそうね。まあ、たくさんと言っても残ってるプレーヤーの数が数だから10人いるかいないかくらいでしょうけど」

「そっか……」

 残っているプレーヤーが少ない、というところに嫌でも反応してしまう。それは昨日見たような光景がいままでに何度もあったことを示していた。

「ねえ……」

 気分が落ち着かず、何でもいいから千歳と話したいと思って声をかけようとすると、

「やっぱり来たわね」

 千歳に遮られた。何事かと千歳の肩越しに前を覗く。

 俊昭が両手棍棒を手に立っていた。


「次の街に向かうのかい?」

 俊昭がいつものようにキザったらしく微笑みながら口を開く。僕のことは一瞥しただけで、千歳に向かって語りかけていた。

「そうよ。そこをどいてもらえるかしら」

「そういうわけにはいかない」

 俊昭が苦笑する。

「君たちは私があの婦人を殺したところを見ていたそうじゃないか。黒い魔法使い、君ならどうしてあんなふうに二人が慌てて戦ったりしたか分かっているんじゃないかな」

「そうね」

 千歳が溜息をつくように話す。

「でもあいにく、こっちに戦う意思はないわ。言ってる意味、分かるでしょ? それと、黒い魔法使いじゃないわ。漆黒の魔女」

「逃がさないよ」

 俊昭は間髪おかずに答えた。

「悪いがここで消えてもらう。黒い魔法使い」

 そう言って、俊昭が棍棒を構える。

「まったく……黒い魔法使いじゃないって言ってるのに……ほら、出番よ優樹」

 千歳が顎をしゃくってきた。

 そうだ。僕は千歳が逃げるまでの時間稼ぎをしなければならない。それが千歳が僕を雇ってくれている条件だ。

 僕は千歳の前に進み出た。


 俊昭が笑った。

「驚いたな。本気で私と戦う気かい?」

「…………」

 僕は何も答えられない。

 はっきり言って、僕に勝ち目があるとは到底思えなかった。

 先日に洞窟で実力の差を見せつけられたうえ、今の俊昭は洞窟で見た時より強くなっている。神井さんの経験値が加算されているからだ。

 それでも、僕は2ndアビリティを発動させて大剣を構えた。

 千歳が逃げるまでだ、と自分に言い聞かせる。

 はぁ……と俊昭が溜息を吐いた。

「別に君はどうでもいいんだが……黒い魔法使いに逃げられてしまうのは惜しいな……まあいい。経験値は少しでも多いほうがいい。君の蓄え、頂くとしよう」

 俊昭が棍棒を構え直し、僕をまっすぐに睨みつけた。


 アクセルで地面を蹴りあげて俊昭に突っ込む。同時に俊昭もアクセルで突っ込んできた。

 一瞬で二人の距離が縮み、大剣と棍棒が交錯する。

 大きな音をたてて、振り下ろした大剣が棍棒に衝突した。

 押されたのは棍棒のほうだったが、僕の一閃をトルクに変えて棍棒を回転させ、俊昭は棍棒のもう片方を僕に叩きつけた。

「うっ」

 横から思い切り強打され、バランスを崩す。

 立ち直る暇もなく、俊昭は棍棒を逆に回転させ、棍棒の反対の端点で持ち上げるように僕を強打する。

 跳ね返されるように体を持ち上げられた僕に俊昭はさらに追撃する。

 棍棒で突かれ、吹き飛ばされる。

 背中から倒れそうになった僕を突如として地面から生えてきた土の杭が打つ。

「がっ」

 背中を反るようにして前に吹き飛ばされてきた僕に待ち構えていた俊昭が

「はっ!」

 二段叩き上げをお見舞した。

「がっ! ああ!!」

 なす術なく吹き飛ばされる。

 頭から地面に落下し、痛みにのたうち回りながらもかろうじて視界の隅に捉えた俊昭に向かってライトスラッシュを放つ。

 棍棒のひと振りでそれを叩き落とし、俊昭はアクセルの勢いも載せて僕の腹に地獄突きを叩き込んだ。

「っ…………」

 呼吸できなくなり、地面に崩れ落ちる。

 息をつまらせたまま上を仰いだ僕の目に、無表情で棍棒を振りかぶる俊昭が映った。

 棍棒が振り下ろされ、頭に強い衝撃を感じる。

 僕は暗闇の中に落ちていった。



 鬱蒼とした樹海の中を、俺は歩いていた。


 このゲームが始まってから、パーティというものができた。

 プレーヤー同士が手を組むことでより難しいクエストやダンジョンに挑戦しようとしたり、他のプレーヤーより優位に立とうとしたりと、様々な目的でパーティは作られた。

 もちろん普通のゲームのように上手くはいかない。

 ボスやプレーヤーを倒した際、経験値をもらえるのは一人だけだ。当然裏切りが横行し、ゲーム開始当初はほとんどパーティは作られなかった。

 ゲームが進んで中盤になると、パーティは逆に初期の時期より増えていく。

 理由は大まかに言って二つあり、一つは信頼関係が構築されたことだ。

 こんなゲームの世界にも義理堅い人は案外多いらしく、特に2,3人程度のパーティはいくつもの試練を乗り越えることで結束を強めていった。

 このゲームは他よりどれだけ早く経験値を増やせるかが一つの鍵になっていたため、彼らの判断は利口だったと言える。より難しく、もらえる経験値が多いクエストに挑戦しやすいからだ。

 もう一つはある意味これとは真逆の発想で、完全な自己保身のためだった。

 ゲームが進むにつれて、経験値の差は大きくなっていく。

 他から置いていかれ、自分の願いを叶えるどころではなくなり、生き残ることだけしか考えられなくなるほど追い込まれた人間はゲームが進むにつれて増えていった。

 そういう類の連中は自然と肩を寄せ合い始める。まるで食物連鎖の下層にいる生物が群れを作るように。

 彼らはもう一方の理由でパーティを組んでいる連中とは意識面で決定的に違っていた。

 他より優位に立とうとは一切考えず、将来のことからも目をそらし、とりあえず、その先に何があっても、とりあえず、生き延びたいという考え。生き続ければその先に光があるのだと無根拠に信じて、身を寄せ合って生き延び続ける。そんな連中の集まり。

 俺から言わせてもらえば、そんな連中は生きているだけでおこがましいと思えたが。

 俺は、作られた理由に関係なく、すべてのパーティを獲物にしていた。

 この世界のルールを知って、俺は直感した。

 このゲーム、草を食っていては勝ち残れない。

 勝つためには食物連鎖の頂点として、他の生物の肉を喰らって生きていかなければならない。

 当然、クエストやダンジョンには目もくれず、プレーヤー狩りを職業にした。


 いつものように、俺は貧弱な独り身のプレーヤーを装って7人のパーティに近づいた。

 このままだと死んでしまうと嘆いてみせ、パーティに加えてもらった。

 そのパーティは敗残者の集まりにしては、なかなか野心的な連中だった。優しそうな笑みを浮かべて俺をパーティに加えたわりに、隙を見て食ってしまおうという魂胆が見え透いていた。

 その連中は俺を連れて鬱蒼と森が茂る山のダンジョンに向かった。

 ボスの間に着き、案の定最後のトドメはお前が刺せと言ってきた。ボスを葬った俺をその場で殺そうという計画だろう。

「今だ!」

 リーダー格の男が俺に向かって叫んだ。

 俺は『断罪』を発動させ、ボスではなくそのパーティをなぎ払った。


 ミスを犯した。

 一人、殺し損ねてしまったのだ。

 そのまま生きて帰すのはマズイ。

 こいつらのようなパーティは情報力だけはいっちょまえで、このまま生き延びられてしまっては今後の俺の活動に支障が出る。

 別に騙し討ちしなくては勝てないなんてことはないが、効率が落ちる。

 それだけは絶対に避けたいことだった。

 まあいい。

 自分に言い聞かせる。

 どんなに優秀な人間だって、ミスはする。

 問題はミスを犯した時、きっちり、しっかり帳尻を合わせられるかどうかだ。

 いた。

 逃げたのは女だ。樹海の中を奥へ進んでいくのがチラチラと見える。

 俺は急いで、しかし気持ちは努めて冷静に、その女を追った。

 樹海の中は歩きづらい。背の高い樹々に生い茂るたくさんの葉に日光が遮られて辺は薄暗く、地面は湿ってグショグショ。腰ぐらいまで伸びた雑草がそこらじゅうに生えている。

 何度か大剣の間合いに捉え、『光剣』を叩き込んだが、まだトドメを刺せていない。さっき7thアビリティを使ってしまったから、6thアビリティを何度も叩きつけて殺すしかないのだ。

 といっても、もうあの女も回復アイテムは使い切っているし、何回か6thアビリティを食らわせているから、あと一発でもたたき込めればあの女も死ぬだろう。

 足に巻き付いた蔓を強引に引きちぎる。

 顔にかかったクモの巣を手で払いのける。

 少しずつ、女との距離を詰めていく。

 女が転んだ。

 近づいていくと、女は倒れたままゆっくりとこちらを向いた。

 恐怖に顔が引きつっている。

 口を震わせ、歯が噛み合うガチガチという音がこっちまで聞こえてきそうだ。

 泥まみれになった衣装を震わせている。

「あ……あ……」

 何かを喋りたいらしいが、言葉になっていない。

「……助けて……」

 小さな声で呟く。

「お願い!! 助けて!! 殺さないで!! お願い!! お願いよぉ!!」

 顔を醜く歪めて、見開かれた目から涙を流し、鼻から鼻水を垂らしながら、女は叫んだ。

 一歩女の方に踏み出す。

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 来ないで!! 来ないでぇ!! た、助けて!! 助けて!!」

 女は俺から目をそらし、正面を向いて這っていく。

 落ち着いた足取りで後を追う。

 次に女がこちらを振り向いた時、俺は女の目の前にいた。

「ひっ!!」

 女の顔が絶望に歪む。

「助けて!! 助けてください!! お願いします! お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします!!」

 俺は剣を振りかぶった。

 女がポカンとした顔でそれを見上げる。

 醜い……

 内心で愚痴る。

 お前は一度も疑問に思ったことがないのか? このゲームで生き残れるやつは一人だ。その一人に、自分がふさわしいのかと疑問に思ったことがないのか? 他人よりも、自分が生きる方が価値があるのだと、どうして過信できるのか。傲慢だ。

 おそらく、こいつは一度もそんなことを考えたことがない。

 自分が生き続けることが、どれだけ他人にとって迷惑なのか理解していない。

 自分の生に、価値があるのだと盲信している。

 振りかぶった大剣が光を纏う。

「いや!! いやぁ!! いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 大剣を、振り下ろした。

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