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第3話C

※第3話Bを修正しました。

小泉の持つ武器の描写を大幅に変更しました。(2/23)

・呼称を「棒」から「棍棒」に変えました。以後小泉の武器は「棍棒」と呼称します。

・戦闘の描写を書き足し、少し分かりやすくしました。

混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。

「いつまでそうしてんの?」

「え? あ、ああ……」

 いつの間にか近寄っていた千歳に声をかけられ、我に返る。しばらくボケっと座り込んでいたようだ。

 いそいそと立ち上がる。まだ気分は上の空だ。あまりに唐突に戦闘が終わってしまい、すっきりしないというか、ある種の空虚感に支配されていた。

 いけない、と首を振って気分を入れ替えようとする。もう終わったことだ。切り替えないといけない。

「えっと……どうすればいいんだっけ?」

 無理やりに笑顔を作り、千歳に尋ねた。千歳は深々とため息をつき、しっかりしてよ、と呟いて続けた。

「命の湖の水を汲みに来たんでしょう? あんたが自分で引き受けたクエストなんだから、それくらい覚えておきなさいよ。なんであたしの方が覚えてんのよ」

「ああ、そうだったそうだった」

 うっかりしていたと照れ笑いする。千歳はまたため息をついてジト目で見てきた。

 出口の方に向き直り、歩き始める。気持ちはそう簡単に切り替わらず、モヤモヤした気持ちを引きずったままだった。


 洞窟の先には、森に囲まれた綺麗な湖があった。岸辺には湖を取り囲むように色とりどりの花が咲き誇り、風に揺られている。幻想的な風景に、しばらくの間見入ってしまう。

「綺麗ね……」

 千歳が感嘆の声を漏らす。少し意外に思ってしまった。今まで千歳がこの世界の風景についてコメントしたことはなかった。初めて感覚を共有できて、少しだけ嬉しく思ってしまう。

 辺りを見渡す。三方は森に囲まれているが、僕たちが来た方は断崖絶壁だった。今までこの崖の内部を移動してきたのだろう。

 そこで致命的なミスに気づく。

「そういえば袋とかない……」

 うっかりしていた。今までやってきたゲームなら、こういうイベントでは袋とかを用意しなくても主人公は水を採取していた。まあよく考えれば、今の状況の方が自然なんだが。

「その心配はしなくていいみたいよ」

 千歳が湖の方を指さして言った。

 指の先をたどると、湖の中心あたりに浮かぶ岩場の上になぜか升がちょこんと置かれていた。おかしいだろ……

「……どうやってあそこまでいくの?」

「さあ? 泳いでいくしかないんじゃないかしら」

 千歳がさらっと答える。

「まじか……」

 思わずぼやいてしまった。湖の水にちょっと手を浸してみる。予想通り冷たい。

「ここは千歳に……ぐはっ」

 皆まで言わせず、千歳が無言で僕の鳩尾を殴る。冗談だよ……

 気を取り直し、泳ぐ準備をしようとする。幸いタオルは昨日の夜買ったのがあった。メニューの持ち物からいつでも取り出せる。

「服脱ぎたいからさ、先帰っててよ」

「分かったわ」

 千歳は頷いて了承し、転送装置を呼び出す。

 転送装置が召喚された。それじゃお先に、と手を振り、千歳が消える。

「さてと……」

 覚悟を決め、服を脱ぎ始めた。


「お疲れ様」

 無事水を採取し、転送装置で帰ってきた僕を千歳が労ってくれた。

「寒かった……」

「まあ、そうでしょうね」

 千歳が僕の愚痴をさらっと流す。いや、本当に凍え死にそうだったのだ。今はもう大丈夫だけど、さっきまで歯がガチガチ鳴るのが止まらなかった。

 無駄話もそこそこに、夕菜ちゃんのところへ向かうことにする。急がないと。


 夕菜ちゃんの家に着き、ドアをノックする。扉を開けて、お婆さんが顔を覗かせた。

「どなた?」

 困った。なんて言えばいいんだろう。しばらく考え、適当に言ってみる。

「ええと……通りすがりの勇者です」

 ゲームだと定番だよね。

「は?」

 お婆さんはポカンとして聞き返してきた。当たり前だ。

 何かとても恥ずかしいことになっている気がするが、強引に続ける。隣で千歳が必死に笑いをこらえていた。笑いたきゃ笑え!

「あの……勇者なので、命の湖の水を酌んできました。お母さんにあげたいのですが……」

「え? 本当?」

 お婆さんが目を丸くして訊いてきた。頷く。

「まあまあ! は、早く! 早く入って頂戴!」

 お婆さんが慌てて僕たちを家に招き入れる。そんな簡単にいきなり「勇者です」とか言い出す不審者を家に入れちゃ駄目だろと内心で突っ込む。どうでもいいけど。

 家に入る。夕菜ちゃんはお母さんの眠るベッドに突っ伏して眠っていた。泣き疲れてしまったのだろうか。

 お母さんの口を覆っている救命道具を取り外す。どうすればいいだろう、としばらく悩み、結局お母さんの口をこじ開けて水を飲ませることにした。なんだこれ。

 強引に水を飲ませる。これでいいのか? と内心疑問だらけだったが、気にしないようにする。お婆さんはハラハラと見守っていた。千歳はというと口を押さえてうずくまり、笑いをこらえて震えていた。もう帰れよ。

「これで大丈夫でしょう」

 真顔でお婆さんに言う。何が大丈夫なのかは僕にも分からない。

 お婆さんは僕の両手をがっしりと握り、深く頭を垂れた。

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます……」

「い、いえいえ」

 何だか申し訳ない。千歳は笑いがこらえられなくなったのか、家を飛び出していった。

「お母さん……?」

 そうこうしてるうち、夕菜ちゃんが目を覚ます。不安げに僕を見たあと、救命道具を取り外されたお母さんに気づき、お母さんに飛びついた。

「お母さん!」

 そりゃ不安になるわ、と思いながらお母さんの様子を見る。さっきから変化がないんだけど、本当に大丈夫なのかな?

 そんな無責任なことを考えている間も、夕菜ちゃんは必死にお母さんを揺すっていた。

 お母さんの眉がピクリと動く。お?

 お母さんが薄目を開けた。

「夕菜……?」

「お母さん? おがあざーん!!」

「夕菜!!」

 親子二人が泣きながら抱きあった。

 思わず顔がほころんでしまう。

 僕はこの世界がゲームの世界で、彼女らがNPCであることを知っている。

 だけど今見ている光景はそんなものが関係ないと思えるほど温かで。

 そうだ、と思い出す。

 この世界に来た時、不安であったのと同時に、何かを期待していたのだ。こうしていつかのゲームのように、誰かのために、世界のために、必要とされ、使命を抱えて冒険を続ける。

 僕がやっていることは、価値のない、無意味なことだろうか。

 いや、違う。違うと、信じていたい。

 色々あったけど、このクエストを引き受けて本当に良かったと思えた。

「良かったね。夕菜ちゃん……」

 そんな僕の呟きは聞こえなかったのだろう。親子二人とお婆さんの3人はいつまでも感動を分かち合い続けた。


「何度感謝しても感謝しきれない」とさんざん感謝されたあと、照れくさいから「勇者ですから」なんて適当なことを言って逃げるように家を出る。

 どこか満たされたような気持ちを抱えて、道路に出ると、

「いや、……フフフッ……最高だったわ~」

 千年が爆笑しながら肩をバンバンと叩いてきた。台無しだよ……

「それで、どうだったんですか? 勇者様?」

 ニヤニヤしながら尋ねてくる。

「……無事意識を取り戻しました」

 ブスっとして答える。

「そう。よかったじゃない」

 ジト目で睨む僕を無視して千歳はしばらく笑い続けた。


 陽はしばらく前に落ちていた。安く食事を済ませたいと千歳に相談すると、閉店直前のスーパーに連れて行かれ、半額になっている弁当のことを教えてもらった。二人で弁当を買い、近くの公園で適当な話をしながら一緒に食べる。

 千歳は今までの冒険のことを話してくれた。どれも胸躍るような話で、僕は夢中になって聞いた。いつか僕も、千歳のように心の赴くまま自由に旅してみたいと思う。今はまだ恐怖の方が勝っているけれど。

「それじゃ、また明日も今日みたいな感じで。遅刻厳禁だかんね」

「はいはい」

 食事を終えたあと、笑って手を振り、別れた。一人になったとたん、さっきまでの楽しい気分が嘘のように消え去り、孤独に埋め尽くされる。心なしか冷え込んできた気がした。

「さてと……」

 昨日と同じホテルに向かう。


 ベッドに倒れ込み、寝ようとする。

 疲れてはいたが、なぜか寝付けなかった。頭を占めているのは小泉のこと。

 千歳と二人でいるあいだは、幾分か忘れていることができた。しかし一人になるとやっぱり考えてしまう。それほどまでに今日の一件は衝撃的だった。

 変に目が冴えてしまい、夜の風に当たろうかと、ホテルを出た。


 さっき千歳とお弁当を食べた公園に行き、一人ベンチに腰掛け、ホットの缶コーヒーを片手に息をつく。ちなみに微糖だ。

 夜空を見上げる。いくつかの星が瞬いていた。綺麗だ。でもこれも、バーチャルなんだよな……

 自嘲気味に笑い、缶コーヒーをすする。

「あら?」

 後ろから聞き覚えのある声がかけられる。この声は……

「変なとこで会ったわね。おねーさん嬉しいな~」

 神井さんだった。体が硬直する。こんなところで会っちゃうなんて!

 身構える僕をよそに神井さんが僕の横までくる。

「隣、座っていいかしら?」

 色っぽく微笑み、尋ねてくる。僕は俯いたまま頷いた。

「ありがと!」

 神井さんはどかっと座り、どこからか取り出した缶ビールをプシュッという音とともに開ける。……どうでもいいけど、どっから出てきたんだあれ。

「……何か、悩み事?」

 神井さんは一息ついたあと、そう僕に尋ねてきた。昼間とは少し雰囲気が違う。僕は徐々に構えを解いていった。

「……はい、ちょっと、いろいろあって……」

「ふ~ん。お姉さんでよければ聞くけど」

 昼間とは打って変わった落ち着いた雰囲気についつい安心してしまったのか、僕は語りだしてしまっていた。

「いや、大したことじゃないんですけど……みんなすごいな……なんて思ってしまって。みんな僕なんかよりずっとしっかりしてて……僕より強くて……それでなんか、自信なくなっちゃった、ていうか……不安なんです。みんな僕のことなんて気にせず、スタスタ歩いていっちゃう感じ、っていうか……気を抜いたら置いていかれてひとりぼっちになっちゃう感じがして……」

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、それでも神井さんは黙って聞いてくれた。

「僕は覚えていないけど、みんなたくさん人を殺してきてるんですよね。それってすごく強いことだと思います。きっと普通の人だったら、その重みに押しつぶされちゃう。僕はきっと堪えられない。羨ましいなと思います。その強い精神が」

 愚痴っぽくなっちゃったかな、と内心少し焦る。しかしそんな僕を咎めることもなく、神井さんは黙って缶ビールを一口飲むと、おもむろに口を開いた。

「あなたが思ってるほど、みんなそんなに強くないと思うわよ……」

「え?」

 思わず顔を上げてしまう。神井さんは自嘲気味に微笑んでいた。普段からは想像できない、影のある表情をしばらく見つめてしまう。

「自分のレベルを、経験値を見て、思う時があるの。これが自分が踏みつけてきた人たちの重みなんだって」

「……」

 神井さんの言葉に聞き入る。

「たまにね、自分が屍の山を歩いているように錯覚することがあるわ。……強くなんかない。無意味だと分かっているのに、殺してきた人たちのことを考えずにはいられない。情けないわよね」

「……ごめんなさい」

 勝手に想像して、自分の主観を押し付けてしまっていた。僕なんかが神井さんたちの気持ちなんてわかるはずがないのに。

「いいわよ。気にしないで」

 神井さんが笑い、手をひらひらと振る。

「でもそんな時はね、自分に言い訳をするの。仕方ないんだ、って、自分を騙すの」

「騙す……」

 反芻してしまう。

「ここにいる殆どの人たちはね……」

 一息つき、もう一度口を開く。

「みんながね、みんなそれぞれ別々の、十人十色な『殺しの哲学』っていうのを持っていると思うの。自分が人殺しをしてもいいっていう言い訳。どんなに綺麗なことを並べ立てても、それは結局ただの殺人なんだろうけど」

 神井さんがまた笑う。僕は口を挟むことなんてできなかった。

「それでも殺し続けるための、自分だけの哲学。それってすごく綺麗だと思うの。お姉さんはそれを集めて本にしたらすごく素敵だと思うわ。ふふっ……お姉さんもね……こんな世界にずっといると、こんな柄にもない真面目くさったこと考えちゃうのよね」

 そう言って笑い、缶ビールをまたあおる。

「いいと思います。そういうの」

 僕は微笑んで言った。それが嘘偽りのない、本心だった。

「そう?」

 神井さんは照れくさそうに笑った。スッと立ち上がり、残りのビールを流し込む。

「あ~あ。変なこと話しちゃったな。君のせいだからね」

 そう言っていたずらっぽく笑う。僕も笑い返した。

 神井さんのこと、少し勘違いしていたかもしれないと反省する。

「さ、て、と。なんだか話し込んじゃったな。お姉さん、帰ることにするね。君もちゃんと寝ときなさいよ。それとも、一緒に泊まる?」

 神井さんが色っぽい流し目を送ってくる。

「いえいえ」

 僕は苦笑して答えた。やっぱり神井さんは神井さんだ。

「ざ~んねん。お姉さんがいろいろ教えてあげようと思ったのに」

 神井さんはいたずらっぽく微笑み、じゃあね、と手を振って去っていった。

「僕も寝よう」

 そうつぶやいてホテルに戻る。

 もういちど、夜空を見上げた。

 さっきより星が、少しだけ綺麗に見えた。

To be continued ……

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