あぁ気に食わない
―ゴル・グゴール―
グゴール商店の奥・・・居住スペースの一部屋でイライラしながら歩き回る者がいる。只一つの汚れも認めないとでもいうような真っ白な衣を纏っている。その者の容姿は男とも女とも判断がつかない、髪は白くぼんやりと発光しているのか、顔がよく見えない。いや、直視できないようにされているように思える。
その者は先ほどからぶつぶつと呟く
『あぁ気に食わない・・・まさか神の領域まで手をかけるとは、あぁ気に食わない!』
「あ、あの・・・て、天使様如何なされたのですか?」
部屋には天使と呼ばれた者の他にゴル・グゴール、グゴール商会の主であるゴルがいた。
『・・・気にしなくていいです、それよりもどうするか決めたのですか?』
天使に聞かれ、ゴルは身を震わせながらも聞く。
「本当にこれはバレないのですか?・・・毒物は不思議な機械で判定出来ると報告があったのですが」
『‐-‐-で作ったものです、人間如きが作った機械で-‐―‐の物を鑑定出来るとでも?』
「いえいえいえいえ!滅相もございません!」
ゴルとしては達也達相手に何かするのは恐ろしいが、目の前の天使を怒らせることのほうが怖い。それこそ自分の全てがなくなるような気がする。なぜ敬っているのか、なぜ畏怖しているのか、なぜ部屋にいるのかは終ぞゴルは理解出来ない。
『ならさっさと実行に移しなさい』
「しかし・・・私が直接誘うと疑われると思うのですが・・・連中だって馬鹿じゃないですよ?」
『そこは仮にも集団の長をしてるなら自分で考えろと言いたいところですが・・・いいでしょうこれも貸し出すことにします』
天使は少し考え小さな瓶を袂から出し、テーブルに置いた。テーブルに置かれた瓶をしばらく見つめていたがゴルは意を決して瓶を手に取る・・・アルランの世界ではガラスが普及しておらず、ゴルも数回見た程度である。しかもガラスといえば教会や権威ある者が他人に見せびらかすために所持してるものであり、青く透けている瓶がガラスで出来ているとは想像できなかった。もっとも材質はガラスであっても絶対に割れたりはしないのだが。
そんな瓶の蓋をあけ中を覗き込むゴル・・・ややあって形容しがたい匂いが鼻を掠め思わずといったように天使を見やる。
「これは・・・なんですか?香水?」
『それを一滴使えば貴方が貴方であると認識されなくなります、二滴使えば効果は切れます』
「そ、そんなものが・・・」
自分が自分と認識されないというのには恐怖を感じたが、対処法があるならその恐怖も薄れた。実際に試さなくてもゴルはそういうものであると認識した。確かにこれなら達也達を罠にかけることは出来るだろうとゴルは判断した、してしまった。
「わ、わかりました・・・あの、成功の暁には・・・」
『わかっています、貴方は神の使徒となり、貴方の夢である黄金の道を必ずや実現出来るでしょう』
ゴルの夢は黄金の道・・・何も金で出来た道を作ろうというわけではない。町と町を結ぶ道は商売をする上では欠かせない。そしてその道の安全の確保は商人にとっては一番の悩みどころだ。しかし、馬車が十分に通れる舗装された道が出来、しかも盗賊や獣の襲撃の心配がない道が出来たらどうなるだろうか?それは商人にとっての革命だ、誰もがその道を使うことで利益を出し、安心して暮らせるようになる。遠くの町から・・・村から・・・他国から商品を安全に持ってきて確実に利益と出来るのだ。これを黄金の道と言わずに何と言うのか!
ゴルの夢は黄金の道・・・。
ゴルは元々農家の4男として性を受けた、例によって長男次男以外は働きに出なくてはいけなかった、ならゴルは商家に奉公にいったのかというとそれは違う。
ゴルは幼いころに起こった飢饉で口減らしの為に売られた、奴隷としてだ。アルランの世界では奴隷は日常茶飯事だった。対して珍しい事ではない、売られた時10歳ほどであったゴルは満足な栄養も取れなかった為か体はガリガリだった、いくら働き盛りの男が必要とはいえ見た目が屈強な者から買われていく、買い手がつかないまま奴隷商人の下でその日限りの仕事をさせられていたある日、ゴルにとって転換期が訪れた。
ゴルは奴隷として売られてきた男と出会う。その男は元商人だった。商売に失敗し、自分自身を売る。アルランの世界では自分を売ることは珍しくなかった。その元商人はゴルに商売について語ってくれた。別にゴルに対して商売のイロハを教えたわけではない、単に自分がしてきた商売の内容を語っただけだ。ゴルが元商人の語らいに目を輝かして聞いてくるものだから元商人も嬉しくなったのだ。ゴルは話の最中に質問をすることで元商人から商売のイロハを引き出していった。意識的ではない、不思議に思ったから聞いたといった程度だ。
読み書きや計算については商売の話の流れで知りたいと思ったので、元商人に何かと下手に出ることで教わった。元商人としても言ったことを一度で覚えるこの優秀な子に興味を持ったのだ。快く教えてくれた。
そんな奴隷生活が一ヶ月ほど続き、元商人は売られていった。
その数日後商人が尋ねてきた、元商人とは別のそれなりに売れている商人なのだろう、ゴルの主人が謙って対応していることからゴルはそう判断した。その商人が求めたのは読み書きが出来る奴隷、計算が出来るなら尚よしと。
奴隷商人としては困ってしまった、その条件の奴隷は先日まで一人いたが売れてしまった。目の前の商人は王家とも取引があるので繋がりを持ちたいが、下手な奴隷を渡して怒りを買いたくない。かといってこのチャンスを逃すのは・・・とゴルがそこで自分は読み書きが出来るし、計算も出来ると声を掛けてきた。
奴隷商人としてはこの少年奴隷は気に入っていた。仕事を覚えるのは早いし、根気もある。体はガリガリだが行く行くは自分の部下にしてもいいと思っていたくらいだ。普通なら鞭で叩き、身分を思い知らせるところだが、お前は下がっていろと言うに留めた。そもそもお前は読み書き、計算が出来ないから売れ残っているのだろうと。
奴隷を買いに来た商人は少年奴隷の目を見て、では試してみましょうと羊皮紙の切れ端と羽ぺんを少年に渡し、問題を出した。
ゴルは全問正解とはいかずとも商人がある程度納得できる結果を残した。これには奴隷商人も驚いたが、もしや先日の商人奴隷が教えたのか?と考えた、確かにこの少年奴隷は商人奴隷によく懐いていた。しかし、たった一ヶ月で?と奴隷商人は漏らす。
奴隷商人のたった一ヶ月を聞き逃さなかった商人はこの少年奴隷を買うことにした。確かにまだ読み書きも計算も十分とは言えないが、たった一ヶ月でここまで出来るようになったなら鍛えれば使い物になるだろう。自身の勘によってこいつは使える、そう判断した。
こうしてゴルは商人に買われ・・・商会で力をつけ20歳になる頃には自分を買い戻し、独立した。
そうして商人となったゴルは初めての交易で失敗した。盗賊だ・・・盗賊に襲われ護衛を雇うこともしなかったゴルは逃げた。盗賊としては荷物さえ奪えればそれで良かったのか、ゴルは見逃された。
ゴルはまた無一文になった、幸い商品の仕入れは先払いだったので借金はない。ゴルは町に戻った後資金を貯める為に働いた。酒場から荷物運び、時には薬草を売ったりもした。そうして集めた資金で交易品を手に入れゴルは護衛組合の門を叩いた。
護衛組合の担当者はゴルが最近町で評判者の働き者と入ってきた瞬間気付き、ゴルが護衛を雇いたいと言うと快く、護衛組合の中でベテランのゴルが払える金額で請け負ってくれる者を紹介した。足りない資金はゴルの元主人である商人が肩代わりすると打診があったのもある。それだけゴルは気に入られていたのだろう。
ゴルが紹介されたのは中柄の傷跡だらけの男だった。一見優男に見えるが、彼が率いる護衛団は一度も雇い主に怪我をさせたことがないことで有名らしい。なぜ、そんな護衛団を紹介してくれたのかとゴルは不思議に思うが、素直に感謝し優男によろしく頼むと頭を下げた。
優男は驚いた、商人は大抵不遜な物言いでこちらに命令してくる。特に若い者は顕著だ。初めて得た自分が自由に出来る部下となれば、今まで上から命令される立場だったものは増長する。優男からすれば、見込みある者だからよろしく頼むと言われても、若い商人か・・・と思わず顔をしかめたがゴルと話してみて認識を改めた。
優男の護衛団は優男を含めると5人という少ない人数だった。しかし全員が傷跡だらけで一種異様な雰囲気を醸し出していた。ゴルは全員によろしく頼みますと頭を下げ、優男以外の護衛員も認識を改めることになった。
目の前で最後の盗賊が切られた、前に自分を襲った盗賊なのだろうか・・・ゴルはそう考えるが、顔は覚えていない。噂に違わず優男の護衛団は素晴らしい強さだった。ただ強いだけではなく、雇い主を守り抜くと強い意志を感じ取れる。盗賊の討伐証明を切り取った後は何ごともなく予定していた町についた。
その頃にはゴルはこの優男率いる護衛団が好きになっていた、優男達もゴルを気に入っており、自然とゴルと護衛団は一緒に行動することが多くなった。
それからゴルと優男の護衛団は専属契約を結び・・・町から町へ国から国へ渡りアルランにたどり着きそこを拠点とした。
その頃にはゴルはグゴール商会を設立し、アルランの町でも人柄の良さと堅実な商売をすることで町の信用を勝ち取った。
そして異変が起こった。
町の皆は止めたが、優男の護衛団がいれば安心ですよ。自分達が必ず別の町に救援を頼んできます。と言ってゴルは町があるはずの方向へと旅立った。
だが、あるはずの道がなく、なかったはずの森を見てゴルと護衛団は困惑した。
そして
魔物が現れた。
これがただの獣なら・・・もしくは盗賊なら、何匹いようが何人いようが自分達は怪我をしても優男の護衛団は、雇い主のゴルには怪我をさせることなく守り殲滅しただろう。
だが、ここは異世界だ。獣を容易く切り裂く剣は、毛皮に傷をつける事も出来ず折れ、鎧は紙切れのように噛み千切られ、その下の傷跡が残る体は新たな傷で上書きされ、バラバラに引き裂かれる。
それでも一目見て勝ち目がないと判断した優男のおかげか、ゴルは・・・ゴルだけは逃げる時間を稼いでくれた。だからこそゴルは怪我を負いながらも、アルランの町に帰れたのだ。
決して成功だけではなかった、失敗もしたし挫折もあった・・・それでも死のうだとか他の人間を貶めいれようと考えたことなんて一度もない・・・それなのに、自分が頑張ってきたことは何だったのだ。
優男の最後の顔が忘れられない。何を満足そうな顔をしている・・・なぜ一緒に逃げなかった!
わかっている・・・自分を逃がすためだ、最後まで彼等は噂通りにゴルを傷を負わせずに守りきったのだ。自分の怪我は転んだ怪我だ、魔物に負わされたものではない!
怪我で動けないときから夢を見続けた、黄金の道とそれを歩く優男と護衛団、そしてゴルだ。
優男が何かを言ってるが聞き取れない・・・いや、そうではない。彼等はもういない・・・いないのだ。自分が殺した、自分が危険だという優男の意見を受け入れず強行したせいだ。優男も自分のことを見放して護衛なんてしなければ良かったのだ。いや・・・支払うべき金が使えない中それでも彼等は護衛としてついてきてくれた。
夢が終わると部下が自分の傍にいる・・・部下ももうこの二人だけになってしまった。他の人間はこの状況下では商売は出来ないといって町の仕事に出ている。確かに金が使えないのに商売なんてやれない・・・それでも飢えが起きないのはアルランの特産・・・農業が盛んなことが幸いしているのだろう。
療養中に来た薬師の婆様によると町は今大変なことになっているらしい・・・何でも黒い・・・そう魔王が町を滅ぼしに来たというのだ・・・町の外に出ようが内に篭ろうが同じことだったのだ。優男達があっさり負けた魔物が大軍で来ていると言う。アルランも・・・いや、世界はもう終わりかと目を閉じた。
次に目が覚めたとき町はお祭り騒ぎだった。二人の部下が興奮したように、英雄が町を・・・魔王を倒してくれたと説明してくれた。英雄?救世主?ならばなぜ、もっと早く・・・いや、結局は外に出た自分が悪いのだ。
怪我がよくなるとゴルは連日のように、強い者・・・力を授かったと言われるものを尋ねてまわった。自分と一緒に来て欲しい、他の町を見つけたいと・・・アルランの為だと。しかし、奥底にある優男達の遺品を捜したいという思惑が透けて見えていたのか・・・外は危険だと、馬鹿なことを考えるなと言われた。
英雄と呼ばれている青年には会えなかった。どこにいるのか所在が掴めなかった。いや、私は怖かったのだろう、今会えば青年に酷いことをいってしまう。アルランを救ってくれた英雄を貶めてしまう。それは優男に顔向けできなくなると同義だ。守ってもらっておいて、文句なんて言うべきではない。自分の運が悪かっただけだ。
誰からも協力を得られず、仕方なくトムスの鍛冶屋へ行く。私一人でも彼らの遺品を回収に行くのだ。
しかしトムスにも止められた。誰が資金提供を・・・鍛冶場を整えたと思って・・・いや、段々考えが良くないものになっている気がする。
トムスとの口論の後、ドアを開けると何かに当たったようだ・・・謝罪をしようとしてぶつかった相手が英雄と呼ばれている青年と気付く・・・ドクンッ心臓が嫌な音を立てた気がする。鼻を押さえている青年を見ていたが、湧き上がる憎悪に気付き急いでその場を離れた。あそこにいたら何をしてしまうかわからなかったのだ。
次に会ったのは外の調査に英雄が参加すると聞いた後だ。ここでももっと早く来てくれれば・・・とこみ上げるものを飲み干して・・・結局青年に喧嘩を・・・いや、大人として、救ってもらった側として最低な対応をしてしまった・・・。
魔王が滅んだと聞いた夜から夢に白い衣をきた・・・顔は光っていて見えず、男とも女ともわからない者が夢に・・・夢なのだろうか、自分の前に現れて囁く。
『あの者は世界を滅ぼすもの・・・そうなる前に貴方があの者を滅ぼすのです』
一日毎に現れる謎の者・・・。
『かの者を滅ぼした暁には、貴方が望むことを叶えましょう』
私が望むもの・・・黄金の道・・・。
『黄金の道ですか、素晴らしい。それはさぞ荘厳な光景でしょうね』
優男達との夢・・・。
『その夢を叶える為にも、かの者を滅ぼすのです』
しかし、彼は英雄だ・・・英雄を滅ぼすなんて。
『その者は世界を破滅させます、異分子なのです、存在すること自体が気に食わないのです』
気に食わない・・・もう少し早く来てくれれば。
『そうです、ですから滅ぼしましょう・・・その為の手段は用意しましょう』
英雄を倒して私が道を・・・夢を・・・。
『ええ、ですから・・・ほら・・・この手をお取りなさい、本来なら触れるなぞ許しませんが・・・いたしかたありません』
白い手を取る・・・こうして天使様との一時的な契約がなされた。
天使様に渡された毒物は、アルランの特産である葡萄だ。ワインにも使われているし、食用としても評価が高いものだ。見た目はただの葡萄だが・・・口に入り・・・胃袋に到達すると毒を発生させ体内からそのものの体を蝕むらしい。
英雄の中には毒物か判定してしまう者がいるが、これならば毒を感知させずに食べさせれば確実に殺せるとのことだ。後はどうやってこれを食べさせるか・・・。
『・・・あぁ忌々しい!まさかあの娘までもが神に背くとは!』
悩んでる私に天使様が現れ苛立ちあらわに標的を追加してきた。
『あの者に侍っているもの・・・中くらいの少女も殺しなさい・・・いえ、むしろ最優先であの娘から殺すのです』
その娘は毒物を判定できると言われているものですよね?判定や鑑定も神の威光に歯向かう行為なのですか?だとしたら薬師の婆様が危ない・・・。
『いえ、そんなことはどうでもいいのです。あの娘・・・よりにもよって神に効く薬を生み出しました。それはつまり神を殺せる薬も生み出す可能性があるということ。生かしておけません!』
壊れたようにぶつぶつ言い続ける天使様を見て、あぁこの世界はどこもかしこもおかしいと思う。
それでも私の夢は・・・黄金の道・・・それを叶える為なら・・・もう犠牲なぞ厭わない。




