アンデッドな彼女と俺。
もともとツイノベのネタ。長くなったからこちらに投稿しました。
恋人が死んだ。
俺が冒険中、墓場から湧いたアンデッドの群れに村が襲われたとき、魔術と神聖術を使えた彼女は皆を守ろうと一人立ち向かったのだという。そして朝が来て、村長が外に出てみれば彼女が倒れていたのだ。無残な姿で。
彼女が死んだのはほんの三日前。もし自分がもう少し早くこの村へと帰って来られていたら。そう思うと悔やんでも悔やみきれない。
「何だよ、ずっと待ってるとか言ってたくせに。アンデッドにでもなって墓ん中で待ってるつもりかよ……」
言葉が振るえる。だがここで泣くわけにもいけない。俺とガキ大将を争った女だ。彼女の前で泣いたりなんかしたら笑われる。
花を手向けた俺は雫が零れないように上を向いて立ち、墓に背を向けた。冒険者をしている俺は、村長にそのアンデッド群の討伐を依頼されたのだ。奴らが姿を現す夜になる前に、村に戻って少し感傷にでも浸りながら休みたかった。
足を踏み出したそのとき寒気がした。よくいう嫌な予感というものだ。まさか真っ昼間から例のアンデッド群でも出て来たのか。俺は腰に佩いた長剣の柄に手をかけ、辺りを見回した。
十分に観察したが、特におかしい様子は見られない。彼女が死んだということに気が乱されていたのか。早く家に帰って休んだ方がいいかもしれない。
息を吐きながら俺は構えを解いた。そのとき下を見たのは偶然か、呪いか。
手が生えていた。それはどこか見たことのある手だ。それは辺りを探るように蠢いていた。
その手が何かに気付くと、あとの動きはムカデのように早くなった。ぼこ、ぼこ、とまだ柔らかい土が下から盛り上がっていく。生えていた手はいつの間にか腕となり、本数も一つ増えていた。
そしてとうとう一対の腕は地面を押し、感想に困る本体を持ち上げたのだ。
「ふぅ、やっと出られた。あ、アンタ。丁度いいわ。一緒にあの魔術師、ぶっ倒しに行かない?」
「その顔で笑うと、狂気の沙汰だな」
「何よ。数年振りにあった彼女にその言い草は」
悲鳴を上げなかった自分に俺は感謝したい。これまた彼女に笑われる。
こうして俺はまた冒険へと出かけた。彼女のいう魔術師とやらを倒すため、アンデッドとなった彼女と共に。
冒険の途中に彼女から聞いた話をまとめるとこうだ。
・村の墓場からアンデッドを湧かせたのはある魔術師。
・その魔術師はアンデッド大好き。アンデッドを愛している。
・可愛い女の子はアンデッドにして自分に隷属化させたいという変態。
・そしてアタシが選ばれてしまった。(何でこいつがかわぐはッ)
・魔術師はアタシを狙ってアンデッド軍団を寄こしたのだ。(そうか、村の被害はお前のせいげほッ)
・敢闘したけど多勢に無勢、ちょっとした隙に奴に魔術をかけられてアンデッドになってしまったのよ! つまりまだ死んではいないわ。これは一種の魔術、呪いよ。(……はいはい)
・術をかけられてからアンデッドになりきるまで少し時間がかかるんだけど、その間に朝が来てアンデッド軍と魔術師が逃げ帰っちゃってね。慌て過ぎたのかアタシ一人そのまま放置されたの。そしたら死んだと思われて埋葬されちゃった。てへ☆(ノリ、軽いな)
・土の中で考えたわ。そしてあの魔術師を探し出してぶっ倒して術を解くことにしたのよ。(シュールだな)
・そして外に出ようと土を掘っていたらアンタがいたってわけ。(時間ずらせばよかった)
はっきり言って、こいつはもうアンデッドではないのか。ほぼ行動理念が怨念や執念である。そして何よりも身体が氷のように冷たく、心臓の音が聞こえない。それは彼女が生きた人間ではないということを示している。たとえこれが魔術の一種で本当は生きているんだと言われても、信じることは難しい。
だが、と俺は考える。ああは言っても彼女の表情は本物だ。昔と変わらず、ずっと見ていても飽きない表情。はたしてこの表情を死んだ人間が出せるのだろうか。
俺はもやもやした考えのまま旅を続けた。
そして、挨拶もなく村を出てから十数週間後。俺たちはその魔術師が潜んでいるという遺跡に辿り着いた。
見立てから遺跡が造られたのは第三魔術文明時代。もっとも魔術が盛んであり、同時に禁忌ともいえる危険な魔術がカビのように点在していた時代だ。そういった遺跡であるなら人を生きたままアンデッドにし、隷属させるような魔術を記した資料が残っていてもおかしくない。昔のアンデッドもいたりして、奴にとっては花街のような感覚だろう。
俺たちはその遺跡に足を踏み入れた。通路はほぼ一本道。たまに左右に部屋やそれに繋がる短い通路があったが、迷うほどの物ではない。
遺跡に入ってから数時間し、あまりにも単調な内部は俺たちに油断を生じさせた。
「……湿気って嫌よね。腐敗が早くなる感じがするの。ねえ、もっと速く走ってよ。おそーい」
「なら、自分で走れ! それからお前のせいで腐肉まみれの俺に謝れ!」
「アタシは足の遅いアンデッドなのよ。あれに巻き込まれたら今度こそ、間違いなく神様の足元行きだわ。あと腐肉ぐらいいいじゃない。前は(ピー)やら(ピー)を」
「こういうときだけアンデッド宣言か!? もういい、耳元でしゃべるな! 死人は死人らしく黙ってろッ!!」
俺は彼女を背負い、ただひたすらに走る。
罠感知に失敗し、発動させてしまった超危険トラップ。背後に迫る激流の水音から逃げるために。
「マイスイートハニー! 僕に会いに来」
「とっととアタシにかけた術を解きなさい!!」
彼女は魔術師に向けて蹴りを放った。確かに魔術師は物理攻撃に弱いから蹴りは有効だが、後衛職な彼女が普通、大の大人が吹っ飛ぶような蹴りをするのだろうか。それにそんなに激しく動いたら自分の肉も吹っ飛ぶぞ。
そんなツッコミを心の中でしながら、俺は辿り着いた魔術師の隠れ部屋を観察した。アンデッドラブな変態野郎の部屋は遺跡の最下層にあり、アンデッドの身体が腐乱しないように氷漬けだ。寒いったらありゃしない。
それから凍るのは何も身体だけではない。この部屋には何体ものアンデッドさんがいる。豪華だったり清楚だったり、皆タイプの違うドレスを着て、美しい化粧を施されていた。不気味な人形館にいるような感覚だ。肝も冷える。
ちょっとすみっこで彼女が蹴りの次に放った盛大な炎の魔術に当たりながら冷えた身体を温めてた。するとアンデッドラバーは愛しの(笑)彼女から逃げ俺の方に向かって来た。
「ちょ、き、君! 助けて! ハニーに殺」
問答無用で、全く躊躇うことなく、俺は魔術師の頭に剣を振り下ろした。
「ハニーって誰? そこの暴力女? 駄目だな、自分で制御できないハニー持っちゃ。は? 普通なら隷属出来たはずだ? それが出来てないんだよ? そのおかげで俺はあの女にこき使われて、腐肉まみれになって、ついにはこんな寒いところに連れてこられた。全部お前のせいだよな? お前がちゃんとアンデッド化出来なかったからだよな? てかお前があの女に目えつけたのがいけないんだろ? 人の女に勝手に手え出して、挙句の果て時間配分間違って放置して帰るだぁ? お前、自分でやったことにはちゃんと責任持てよな? 彼女の言う通りとっとと魔術解けよ。それとも死ぬか? お前が死ねば術は解けんだろ? はい、選択は三秒以内。いち、に、さ――」
「解かせていただきますッ!!」
俺は自分の脳みそにアンデッド化の魔術をかけてしまったアホに剣を振り下ろし続けた。
なんかこうね、理不尽な怒りが湧いてくるんだよ。今までのことに関して一番害を被っているのは彼女だ。アンデッドだから人前に出られない。太陽の出ている昼間も駄目だ。風呂も入れない、食事も取れない、固いベッドにも馬小屋の隅にも泊まれない。大好きな動物たちともふれあえない、神の加護も精霊の祝福も受けられない。
そして、一度死んだと思われ墓に埋められてしまったから、もし元の生きた人間となっても親や友人、近所の人たちに会うことは二度と叶わない。故郷に一歩も足を踏み入れることはもう一生出来ないのだ。
彼女は強い。だから「そんなことくらい何ともない、平気だ」とずっと笑っていた。無理して笑っていた。それが俺にとっては何よりも辛い。
「『解・操十五位の呪、我解かん、仕えさす生の身、死の僕とせよ―屍従―』!!」
魔術師の声が氷の部屋に響いた。“解除”の呪文、これで彼女にかけられた魔術は解かれる。
だがしかし、俺の耳には「十五位」という最高レベルの魔術の呪文が聞こえた。あれか、初めて見た神へ最も近い人間は、悪趣味な変態か。俺としてはもっと崇高な賢者や、もしくは勇猛果敢な戦士を思い浮かべていただけにショックは大きい。
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」
そんな俺の思考を奪うように、突然彼女が声を上げた。
何か問題があったのか。もしかしたら俺の考えが的中して彼女はすでに死んでいる、ただの理性なき死人となってしまったのか。
俺は慌てて彼女に振り向き、彼女の名を叫んだ。せめて彼女の最期だけはこの目に収めたい。彼女を守りきれなかった自分への業として。
「ユリアッ!!」
「戻った! ねえ戻ったよデューク!! アタシ、ちゃんと生きてる人間に戻ったぁ!」
彼女は、ユリアは泣きながら俺に抱きついてきた。その衝撃で彼女に付いていた泥と腐肉が少しばかりこそげた。その下からは綺麗な肌色の皮膚がのぞいている。
そしてなによりも温かい。力強い鼓動も聞こえた。
俺は呆然としながらもユリアを強く抱きしめた。彼女にかかっていた魔術は本当に解かれた。そこには昔と変わらず、俺の愛しい人がいる。
「い、いやーよかったね君たち。さぁて邪魔してはいけないね。僕は退散するとしよ」
「いやいやいや、そんな気遣いは無用ですよぉ、腐れ魔術師さん?」
「アタシが元の人間に戻ったこと、盛大に祝ってもらわないとねえ?」
「ああ、あと普通の恋人同士に戻れること」
「ちょっと、恥ずかしいじゃないの!」
俺たちは素敵な笑顔で魔術師を囲んだ。さあ、久しぶりの共同作業だ。
魔術師を倒したら今までお人形のように大人しくしていたアンデッドが動き出し、俺たちに襲いかかってきた。
「生きたままアンデッドにする魔術、術を解けば元の人間に戻るよ」とは言っても、術がかけられてからかなりの時間が経ってしまえば魔術と身体精神が癒着を起こし、本物のアンデッドとなってしまう。その猶予はトータルで約一年。かけて解いてはまたかけて……と必要な時だけ使っていても、かけられた総合時間が一年を越えてしまえばアンデッドとなるらしい。
助かるのはユリアの前後に術をかけられた女性だけ。残りの数十人は元に戻ることなくただのアンデッドとして動き始めた。。
数十体のアンデッド相手に、助けることが出来た数人の女性を守りながら洞窟の外を目指すことはかなり難しかった。ユリアが人間へと戻りアンデッドが嫌う神の加護、神聖術を使えるようにならなかったら、俺たちも彼女たちのお仲間になっていただろう。
洞窟から脱出し、近くの町まで辿り着いたのが夕刻。その町の神殿に女性たちとユリアを保護してもらった。生じた魔術との癒着を神の力によって少しでも減らすための儀式をしてもらうためだ。
ユリアたちを見送り、俺は風呂に入ってから客室のベッドに倒れ込んだ。久しぶりのベッドだ。しかも柔らかい。この冒険を始めてから俺はずっと気を張っていたらしい。大量に現れた睡魔に勝てるわけもなく俺は爆睡した。
「デューク、朝よ。起きなさい」
気が付くとベッド脇にユリアがいた。儀式を終え身なりも整えたらしく、思ったよりも彼女は綺麗だった。
「んだよ。まだ外暗いじゃねえか。もっと寝させろ。お前のせいで疲れてんだし」
「日の出、見たいの。アンタと一緒に」
ちくしょう、そんなこと言われたら行くしかねえじゃんか。
仕方なく俺は少しの荷物を持って彼女と一緒に外に出た。
この神殿は小高い丘の上に建てられている。日の出を見るには良さそうな場所だ。適当に開けたところを探して待っていれば、数刻もしないうちに辺りは明るくなっていった。
「……きれいね」
地平線の彼方から昇る太陽を見てユリアはそう呟いた。
せがまれて来たわりに彼女ははそれしか言わない。だから俺はユリアを抱きしめた。華奢でぶるぶると震える彼女の身体を。
ずっと我慢していたんだ。これくらい構わない。笑ったりなんかしない。それを示すように頭を撫でれば、彼女からは嗚咽が漏れた。
ユリア自身も今やっと生きていることを実感したのだろう。神の加護を取り戻してもやはり夜では不安が生まれる。新しい朝を迎えられたことが彼女を精神的な呪いから解放したのだ。
太陽はもうすぐ完全に顔を出そうとしている。俺にとっては今このシチュエーションを逃したくはない。
俺は持ってきた荷物の中から一つの小箱を取り出した。こんな贈り物、大半の女なら悪趣味だ、品がないと振られるかぶっ叩かれる確率が高いだろう。だがユリアはこれを求めていた。これのために俺は冒険に出たんだから。
「ほら、これ」
「これ?」
俺が渡した小箱をユリアは開け、そして声をなくした。ただそれは驚愕や落胆ではなく、とても嬉しそうな表情をともなっている。
「俺と結婚してください」
小箱の中には魔物ドレイクの戦利品“優美な角”と、魔法生物アイアンゴーレムの戦利品“ミスリル”で造られた指輪が入っている。「どうせ結婚するなら強い人がいい。ドレイクやゴーレムを倒せるくらいの」そうユリアが言い、欲しがった結婚指輪だ。
「本当に倒して来たんだ」
「個体数少ないから探すの大変だったんだぞ。だからこんなにも時間がかかっちまった」
「弱くて倒せなかった、じゃなくて」
「……うるせぇよ。てかそんなことはいいから返事は?」
「ん、決まってるでしょ?」
ユリアは幸せそうにクスクスと笑ってる。それにつられて俺も笑い出す。しまいには二人揃って大笑いだ。
やっぱり女の表情はは生き生きとしているのが一番だ。あの魔術師とは絶対に分かり合えない。
「あーあ、笑った笑った。こんなに笑ったのはアンタが冒険に出て以来ね。……そういえばこれからどうするの? アタシはもう駄目だけど、アンタは村に戻った方がいいんでしょ? アタシのせいで帰ってからすぐ村を出ちゃったし」
「いや、別にいいよ。用事はお前に結婚指輪渡すだけだったから。このまま新婚旅行でも行こうぜ。この大陸は魔術師探して色々巡ったから、ほかの所か。西大陸は比較的安全で魔術学院とか技術とかすごいから楽しいだろうし、東大陸なら! 騎竜部隊を! 間近で見られる!!」
「西の大陸に行きましょう。このまま冒険者夫婦として生活するならもっと魔術の勉強もしたいわ。それにあの遺跡の情報もちゃんとしたところに伝えないと」
俺の熱い主張も虚しく、行先は西大陸イーザスへと決まった。西大陸は一番技術や魔術研究が進んでいる。失われた過去の魔術情報は彼らにとっては宝だろう。
「でも見たかったなぁ、騎竜部隊……」
「男がうじうじしない! 生きてればいつか見られるわよ!」
生きていれば、か。まあそうだな。
俺たちはどちらからともなく手を繋いだ。いつもは気にしない鼓動がお互いに一際強く感じられる。
まだ俺たちは生きている。出来ることはたくさんあるんだ。楽しいことも悲しいことも色々なことがこの先の人生に待ち構えているだろう。
だがどんなことが起こっても、もう二度とこの手は離さない。俺はそう、新しく始まった世界に誓った。