大会《tournament》
1on1というのは、一対一つまりタイマンで戦うことを指す。
WEOで、最も基本となる戦闘形式だ。
クロード自身、対人戦で一番経験を積んでいるのは1on1である。
1on1で対人戦の個人レベルでの対処の仕方を学び、基礎が完成したら2on2や3on3などで連携を極めて、後に大規模なギルド戦や領土戦に参加する。というのが、WEOでは、主流となっている。
クロードは、ちらりと対面のシンクレアに視線を向ける。
一応、シンクレアとの戦いに勝利したクロードだが、何もあれがシンクレアの全力であると思っているわけではない。
シンクレアは、元々魔法使いクラスであるため、1on1の戦いに向いているとは言えない。
本領を発揮するのは、やはり2on2以上での戦闘。つまり仲間がいて初めて全力を出せる環境が整う職だということだ。
それでも、クロードをあれだけ追い詰めるだけの実力をシンクレアは持っている。
そしてなにより―――
シンクレアは、あの戦いで《トリプルキャスト》を使っていない。
それは、クロードが細心の注意を払って《トリプルキャスト》を使われないように、いつでも攻撃を入れれるような立ち位置を維持していたからであるが、それでも相打ち覚悟で《トリプルキャスト》ないしは、《ダブルキャスト》を使われていたら、どうなっていたか分からない。
「興味ないわ、1on1なんて」
シンクレアの返事は、たぶん思考時間3秒も無かっただろう。
予想通りだったのだろう、クロエがハァとため息をつくのが聞こえた。
「もしかして、私に負けるのが怖いのですか」
「ハァ!?馬鹿言ってんじゃないわよ、誰が誰に負けるって?」
「貴女が私にですわ、ごめんなさい言葉足らずで、爆死爆死と叫んでいるどこかの脳筋娘にも分かるように、ちゃんと言わなければいけなかったですわね。私ったらああ、申し訳なさでいっぱいですわ」
「くっ……この、言わせておけば……上等じゃない!出てやるわよ!アンタみたいなひらひら舞うしか能の無い剣舞士なんて一発で片付けてやるわ」
(シンクレア……単純な奴……)
剣舞士と言えば、WEOでも人気上位に入る職の一つだ。
回避と連続攻撃スキルが特徴の攻撃職であり、華麗な戦闘スタイルが人気の理由だろう。
クロエが腰に佩いている二振りの剣を見た限りでは、どちらもかなりの業物であることがわかる。
シンクレアは、ああ言っているがクロエ自身も相当の腕の持ち主だろう。
(どっちにしろ俺には関係のないことだな)
この事に関してクロードとしては、関わるつもりは無かった。
大会に出る暇があるならシエラに関する情報をもっと集めなければならないというのが理由だけではない。
「まぁ頑張ってくれよシンクレア、応援はしといてやるから。それと俺特性の回復ポーションをプレゼントしよう」
「何言ってんのクロード?アンタも出るに決まってんでしょ!どうして私が出てパートナーであるアンタが出ないのよ?もうこれは当然の如くアンタも大会出場が決まってるのよ」
「いや、あの俺は用事があるから……」
「ないから」
シンクレアの強い口調に思わず怯みそうになるクロードだが、今回ばかりは譲れないものがあった。
「俺は大会には出ない。用事があるってのも、もちろん理由の一つだ。だけど、それだけじゃない。俺は大会にはもう出ないって決めてるんだ」
クロードの断固とした拒絶にシンクレアは沈黙する。
「……何か私を納得させるだけの理由があるんでしょうね」
「理由なら、ある。だけど――――――」
クロードにとってそれは辛い記憶を蘇らせるものだ。思い出は廃れて風化し幸福だった時間はあっという間に過去の遺物となってしまった。それでも、未だに心に残り続けているものがある。
幸福は時を経ると共に、痛みと苦しみをもたらしクロードを縛り続けていた。
「わかったわよ、理由なんてどうでもいいわ。アンタは大会に出ない私は大会に出る、別にそれだけの事だし、ここでグチグチ言ってパートナーとしての品格を問われるのも癪だし、今回だけは見逃してあげる。ただし、次は絶対に付き合ってもらうからクロードもそのつもりでいなさいよね!」
意外そうな顔をするクロードからプイッとシンクレアは顔を逸らした。
「ハーイ、それではシンクレアは出場ですわね。わたくしとしては、クロードさんにも出場していただきたかったのですが、しょうがありませんわね。潰し甲斐があるのが一匹出てくれるだけでも今日は良しとしておきますわ」
「はんっその憎まれ口も大会で二度と叩けないようにしてあげるから。首を洗っときなさいよクロエ」
「うふふっ期待しておりますわ。せいぜい私と対戦する前に敗退しないでくださいねシンクレア」
シンクレアとクロエの間にバチバチと火花が散る。
「それでは、私はこれでお暇させていただきますわ。クロードさんも是非見学にいらしてくださいませ」
クロエはそう言って席を立ち優雅にドレスのような防具の裾を持ち上げて一礼した。
「気が向いたらな」
クロードの気の無い返事に、クロエは微笑を浮かべ店内から去っていった。
どうね、たちまるです。
忙しいです……。