取引《dealings》
(この瞬間を待っていた!)
条件は三つ。
五割を越えるダメージを受けること。
敵との距離、これは近ければ近いほどいい。
そして、相手が油断していること。
今、この一瞬だけそれらの条件は、満たされていた。
「装備スキル『爆裂反応装甲』発動!」
クロードの音声入力と共に、体を包んでいた炎が凄まじい衝撃派に呑まれ四散する。
衝撃派に呑まれたのは、炎だけではない。
至近距離にいたシンクレアも当然の如く、衝撃をモロに受けていた。
不意を突かれたのだろう、その体勢は大きく崩れ、斜めに傾いでいる。
かなりのダメージを受けながらそれでも立っていられたのは、レッドネームとしての経験か。
『疾駆』による加速で勢いをつけたクロードは、右肩からの体当たりを喰らわせ体勢を立て直そうとしていた少女にトドメを刺す。
ドサリ、という音と共にシンクレアの背中は勢いよく地面を叩いた。
馬乗りになったクロードは、双剣の一本『空』をシンクレアの首筋に突きつける。
「終わりだ」
クロードの鋭い言葉に、シンクレアの体がビクッと震えた。
「私…………負けたの」
そう呟いた少女の顔は、悔しさで歪んでいた。
この炎属性魔法使いが見せた先程の脅威的な反応速度とボスと戦っていた高位魔法スキルから判断するに、クロードは一つの結論に達していた。
それは、この炎属性魔法使いは、攻撃魔法スキルと体術及び、自己支援系統のスキルにしかスキルポイントを割り振っていない、ということだ。
つまり、それ以外の例えば防御系統のスキルは、全く持っていないということなる。
魔法職は、元々パーティ向けのキャラだが、ソロプレイが無理なわけではない。
しかし、それにはソロプレイに適したスキル振りをしなくてはならない。
ステータス面の防御力の低さから、防御魔法スキルは捨てて、加速系の支援スキルを重点的に取ることにより、回避力を向上させて、魔法職のネックとなる詠唱及び魔法陣の展開にかかる時間を稼ぐというヒット&アウェイのプレイスタイル。
目の前の少女が典型的なソレだ。
シンクレアのライフは、まだ5割を切っていないが防御力の低さ、クロードの攻撃力、首というweak pointを考えれば、彼女に最早逆転の道はなかった。
後は、この『空』をゆっくりと横に引くだけで、彼女のライフは無くなるのだ。
それが理解っているのだろう彼女も無駄な抵抗はしなかった。
「あーあ、なんかあっさり負けちゃったわね。こんな、あっさり…………私ってばかなり強いし、いつか消えるときは、PKK(PKキラー)に囲まれたり、称号持ちに負けたりするのかなって思ってたけど、まさかアンタみたいな無名にやられちゃうなんて思ってもみなかったわ・・・・・・」
レッドネームにとって敗北はすなわち、消滅を意味する。
シンクレアの体が小刻みに震えているのにクロードは気づいた。
「怖いのか……?」
「そりゃあね、いくらゲームだって私が死ぬことに代わりはないし、レッドネームだし、実際シンクレアはここで死ぬのよ、たかがゲームだって割り切れると思う?」
「はぁ、そんなびびんならPKなんてやめときゃいいのに……」
「何よ文句あんのッ!?私だって最初は―――っ!」
そこでシンクレアは、ハッ、と開きかけた口を閉じた。
「こんな事、言い合ったって無意味だわ、さっさとトドメ刺しなさいよ」
そう言ったシンクレアは、冷めたように無表情になった。先程の振るえも、もうない。
正直、クロードはシンクレアをPKする気はなかった。
しかし、俺は君をPKしないと言ったとしても、はいそうですか、で済むとも思えない。
目の前のPCはレッドネームなのだ。
彼女は彼女なりの理由でPKをしているのだろうし、レッドネームとしての矜持があるだろう。
一年前なら、そんなことは気にしなかった。
(どこか、上手い落としどころがないものか……)
そこでクロードはある考えを思いついた。
「なぁ、お前、俺のパートナーになってくれないか?」
「は?」
シンクレアが何を言ってるのか理解出来ないといった様子でクロードを見返す。
「パ、パパパ、パートナー!?いきなり、何言ってんのアンタ、頭おかしいんじゃないの!?」
何を思ったのか、カァッとシンクレアの顔が真っ赤になる。
「実は、俺は最近WEOに復帰してきたばかりでさ、大型アップデートとかきてたみたいだし、昔と色々変わっちゃったところとかあるだろ?そこんとこ詳しく教えて欲しいっていうか、一緒に狩りとかして欲しいってところかな」
「そ、そういうことなら、最初からそう言いなさいよ!紛らわしいのよ、アンタの言い方」
(何かおかしなことを言っただろうか……)
クロードは、首をかしげた。
「というか、それって私に拒否権があるわけ?」
確かに、客観的に見れば、クロードはシンクレアに剣を突きつけているわけで……。
「そうだな、これは取引だ」
「取引?」
「そう取引、俺はお前をPKのしない代わりに、お前は俺に付き合ってくれ」
「つ、つつ、付き合うって何言ってんのバカァ!アンタなんかと私じゃ釣り合うわけないでしょッ現実見なさいよっ爆死させるわよ!」
(現実って……ここは仮想だけどな、しかし、キツイこというなぁ……)
ここまで言われたのは、初めてだ。しかも、初対面の相手に……。
少し強引かもしれないが、仕方ない。
「いいのか?ここで俺の提案を蹴るってことは―――」
そう言って剣を少し首に触れさせる。
「理解るだろ?」
「最ッ低ーよアンタ」
めちゃくちゃ睨みつけられてるけど、ここで引くわけにはいかない。
「レッドネームに言われたくないな」
長い沈黙の後、彼女は静かに頷いた。
「…………仕方ないわね」
しぶしぶといった感じだけど、今はこれでいい。
「俺はクロード、これからよろしく頼むよ」
双剣の装備を解除し、クロードは地面に押し付けていたシンクレアに手を差し出した。
「……シンクレア」
素っ気無い挨拶にクロードは苦笑した。
シンクレアは、クロードの手を掴み立ち上がる。
「す、少しだけなら別に……付き合ってあげなくもないわ、感謝しなさいよね!」
そう言ったシンクレアの真っ赤な顔を見てクロードは、また小さく苦笑した。
どうも、たちまるです。
少し更新が遅れて申し訳ありません。