会合《assembly》 Ⅱ
クレア・ルベリットは、先程から何をしているかというとガラス張りになっている喫茶店の一角を店外の死角から覗き見していた。
時刻は、1時半を過ぎている。
約束の時間は、正午と自分から言っただけに罪悪感が胸のうちから湧き上がる。
でも、それでも自分が受けたショックはそれだけ大きかったのだとクレアは思う。
ドイツからの留学生として、この国でも有数の名門お嬢様校である、麗稜高等学校に通うクレア・ルベリットは、成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗と正しく生粋のお嬢様として全校生徒から注目を浴びていた。
同級生からのクレアへの評価は高く、『まるで本物のお嬢様みたい(本物のお嬢様です)』『お姉さまッ!!!』『私が男だったら間違いなくモノにしていた』などと言われることも珍しくない。
もちろん、人は生まれから完璧なお嬢様であるはずもなく、そういった評価はシンクレアの努力と比較すれば妥当なものであることが分かるのだが、それを感じさせないのもまたクレアが一流であることの証明となっていた。
軽く化粧をし、長い髪を二つに結ったクレアは、その上品な顔立ちとラフ(本人はそう思っているが実際は高級なワンピース)な格好で、周囲の視線(男女問わず)を集めていた。
本人は、その事に全く気づいた様子はない。
それほど、クレアは目の前の事象に夢中になっていた。
(ありえない、ありえない、ありえない!)
クレアが見つめているのは、喫茶店の窓際、コーヒーをずっと飲んでいる一人の女の子だった。
(あそこは、間違いなく私から指定した席……のはず。いや……絶対そう。あそこに座っているのはクロード……で間違いないはずなんだけど……)
そう思っても現実は非常で、クレアの目に映るのは自分より年上そうな綺麗なお姉さんが鎮座ましましている姿だ。
何度見ても、その光景は変わらない。
かれこれ、二時間以上も喫茶店にクレアが入ろうとしない理由がそれだった。
クレアがクロードと会う為に指定した喫茶店『ベリッサ』は、クレアが住んでいるマンションと麗稜のちょうど中間地点に位置していて、便利であるのと同時に紅茶やコーヒーなどが他の店に比べておいしいのでクレアのお気に入りだった。
何回も通っているうちに知り合いになった『ベリッサ』のマスターに話をして本来はしていない席の予約も特別にしてもらった。
準備は万端、だったはずであった。
意気込んで三十分前に『ベリッサ』に到着していたクレアは、一体クロードがどんな奴であるのかを確認するために、店外で待機していた、そして後から来たクロードと思わしき女の子が指定した席に座るのを見て衝撃を受けたのだった。
(いやいやいや、ありえないでしょ。あれ、ありえないでしょ。クロードが女とかおかしいでしょ。わけがわからないよ、こんなの絶対おかしいよ!)
クレアは頭を抱えてのたうちまわ……りはしないが、気分としては地面をのたうちまわっていた。
(ネットの世界じゃ確かにこういうこともあるって聞いてたけど……まさかクロードがそうだったなんて……)
ちなみに、情報源はクレアにネットのあれこれを教え込んだ同級生の柳沢さんである。
同人誌(BL)を手がけ、アニメオタクである柳沢さんは、クレアに偏った知識を与える第一人者であった。
(これからどうしよう……ってそういえば私……なんでクロードが男じゃないからってこんな焦ってるんだろ……別に女でも問題ないじゃないの……そうだよね……問題ないよね……)
段々と論点がズレていっている自分の思考にクレアは気づいていなかった。
それもそのはず、クレアの思考はこの二時間の間ずっと堂々巡りを繰り返し、無限ループって怖いよね状態だったのだ。
思考回路がショートして、正常な思考を出来る状態はとっくの昔に過ぎ去っていた。
(所謂あれでしょ、ネカマって奴でしょ!私知ってるわ!あれ……ネナベって言うんだったっけ……?とにかく、クロードは女だったのよ!衝撃の真実だけど、全く問題ないわ。むしろ同姓だしこっちとしても気兼ねしないで話しができるじゃない。好都合!)
「そうと分かったら、もう何も怖くない!」
何が怖いとか何が怖くないとか、最早クレア自身も理解していなかったが、そんなことは関係ないのだ!
勇気を振り絞ってクレアは、喫茶店へと踏み出した。
そして――――――
現在に至る。
「えーっとシンクレア……だよな……?」
クロードは、硬直からなんとか立ち直り、向かいの席に座わらせた少女を見た。
そして、再度認識する。
目の前に居るのは、ゲーム内で何度も会ったことのあるシンクレアと全く同一人物であると。
違いと言えば、いつも着ている魔法職特有のローブがワンピースに変わったのと、普段とは少し髪型が違うくらいだ。
(まさか…………リアルボディをゲームキャラに使ってるなんて思わなかったな……)
今日の会合を言い出したのは、シンクレアだった。
あの後、グローリアに襲われた後でクロードはシンクレアに対してパトーナーの解消を提案した。
元々、シンクレアをPKしないための口実に過ぎなかったが、短かったとしてもパトーナーを組んだ相手として誠意を見せる為に、クロードはちゃんと理由を話して納得してもらおうとした。
しかし、シンクレアの反応はクロードの予想を超えたものだった。
パートナーを解消したいと言った直後、こちらの言い分に聞く耳を持たず、全く話を取り合ってもらえなかったのだ。
現実にも関わってくる話なんだと説明したところで、「だったらリアルで会って話をつけようじゃないの!」という驚くべき言葉がシンクレアから飛び出した。
その時は、勢いで言ってしまったのだと思い本気にしていなかったが、今こうして彼女がいかに本気であったかをまざまざと実感させられていた。
「まぁまず……どうして時間通りにこなかったか……理由を教えてもらおうか」
そこまで怒っているわけでもないが、一応確認しておこうと暮都は思った。
やはり現実で会うというのは、妙に緊張する。
話のとっかかりを作るために暮都はまず、シンクレアの遅刻を利用しようと思ったのだ。
暮都としては、出きるだけ軽く言ったつもりだったが、シンクレアの肩は大袈裟にビクッと震えた。
「えーっとえとえと…………あの、その……」
しどろもどろになり、上手く説明出来ない様子のシンクレアに、やはり何か仕方の無い事情があったのだろうかと思い暮都は沈黙を保った。
「………………」
しかし……
「………………………………」
一向にシンクレアはしゃべり始める様子がない。
「一体何があったんだ……?」
痺れを切らした暮都は、シンクレアのおかしな態度に疑問を抱いていたが、自ら疑問を口にすることでシンクレアの返答を促した。
「あーそのークロードって、どう呼んだらいいのかな……」
(やっぱり、クロードさんって呼んだ方がいいのかな……いや、でもいきなり『さん』付けで呼んだりしたらおかしいと思われるよね……でも女の子なんだし……クロードって呼び捨てするのも……ああ、もうどうしたらいいのぉおおお)
とシンクレア思っていた。
が、暮都は別の意味で受け取っていた。
「ああ、悪い。まだ自己紹介もしてなかったな、神谷暮都だ。桜清大学一年。初めましてってのは変だけど、一つよろしく頼む」
「あ、はい。クレア・ルベリットです。麗稜高校3年……です。よろしくお願いします」
(麗稜って……あのお嬢様学校で有名なところか……ってことシンクレア……クレアは、とんでもないお嬢様ってことか!?)
(桜清大学って、一流大学じゃない……クロード……じゃなくて暮都さん?って意外に頭良かったのね)
暮都とクレアは、お互いに相手のことを意外(失礼)だと感じていた。
「シンクレアがお嬢様だったとか、ゲームキャラと全く同じ姿をしているとか突っ込みたいことがいっぱいあるが、先にシンクレアの話を聞かせてもらおうか」
「話しってそんな大層なことじゃないんですけど……」
「いいから、言ってみ。怒らないから」
「本当にですか?」
「本当に本当、本当と書いてマジと読むくらいマジで」
「全然信じられないんですけど……」
「いやいや、本当に怒らないからさ」
少しの間、ためを作ってからシンクレアは決心したように勢い込んで口を開いた。
「実は…………クロードのこと……ずっと男だと思ってたの!!」
少しは早く投稿できるかもとか言っといて、あんまり早くなくてすいません……。
ほらほらグリザイアの新作がデスネ……。
いえ、なんでもありませんはい。