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第一楽章 宝島 (5)

 第一楽章最後の部分です。

 もし「宝島」の音源がございましたら、それを聴きながら読んでくださるとうれしいです。

 シバリューが勝手に脳内で妄想して作った青臭い詩も、聴きながら読んでくださると、少しは意味が分かるかも?しれません(笑)


 それでは、また、第二楽章の「パクス・ロマーナ」で。

                    

                      6

 

 一、二、

 ハッ。

 ブリルリル―――

 

 ん?

 気のせいか?いや、本当だ。

 今日は、やけに音がいい。

 なんかいいコトがあったのかな。

 怖いほど真剣な顔を自分に真っ直ぐ向ける戸田を見る。

 なるほど―――やっと一生懸命になってきたのか。

 でも、まだ本気じゃないだろう?

 お前らのホントの能力は、こんなんじゃないはずだ。

「ダメだ、ダメだ」

 斯波が指揮棒をカンカンカンと鳴らす。

「てんでバラバラじゃないか。どうしたらそんなにズレて演奏できるんだ。」

 斯波の言葉に、部員は黙ってうつむいてしまう。

「おそらく――」斯波は指揮棒を顎にさし、目は上を見上げている。「イメージの問題だな。全体的にはおおよそ譜読みも出来ているし、音も正しく鳴らせているんだけど、頭の中で考えていることがある意味でひどく個性的だから、こんなにまとまらないんだろう。よし、じゃあ今から俺が勝手に物語作るから、その情景を音に載せて吹け。」

「モノガタリ」

「ですか?」

「そうだ。いいか、よく聴いてな――ある所に、一人の子供がいた。その子はとてつもなくデッカイ夢を持っていた。そうだな、メジャーリーガーでもノーベル賞受賞者でもなんでもいいんだけど、ここでは、ウィーンフィルの首席奏者とでもしておこう。子供の頃は無邪気だから、頑張れば絶対にプロの演奏家になれると信じていたんだ。でも、中学になり、夢見心地に吹奏楽部へ入部したとたん、ずば抜けた才能に出くわし、自分が途方もなくちっぽけなことを思い知らされ、その子はひどく傷つくんだ。プロの音楽家なんていう夢を持っていたことがバカらしくなり、自分からどんどん差をつけていく仲間に嫉妬を感じるようになる。もう、音楽なんてイヤだって、投げ出してしまって、でも何年か経った時、胸の中からウズウズと、もう一回夢を追いかけたい、っていう思いがこみ上げてくるんだ。そしてその時、大人になったその子は悟るんだ。大きな夢は一生の宝物で、見つけてつかむことができるかは分からないけれど、迷ったり挫けたりしながらも、その宝を探し続けることが大事なんだ、ってさ。」

 斯波の眼には、いつからか、音大で自分の力量に愕然とし、路頭に迷い悩んでいた頃の自分の姿が浮かんでいた。

「つまり、この曲の題名である『宝島』は、その子の夢が実現する楽園、という比喩で、宝である夢を求めて、尻込みせずに足を踏み出そう、ていう意味なんだ。――ていうのはどう?」

 部員はしんと静まり返ったまま。反応が返ってこない。斯波が苦笑する。

「・・あ、やっぱダメかな?クサすぎる?」

 すると、戸惑いながら、曜子が口を開く。

「いえ・・先生って、なんだか・・」

「詩人ですね。」未来が続ける。それで楽団にも笑顔が戻った。

「――よし。やるか。」斯波の両手が広げられる。

「ハイッ」小気味いい返事が届いた。

 斯波はパーカッションの方を向き、指揮棒を振り上げた。

 

 マラカス、タンバリン、カウベルのサンバのビートが始まる。

 律人のドラムもノリがいい。

(さあ、行くぞ。)

 斯波はブラスの方に眼をやる。全員と目が合う。サッ、と楽器が構えられる。

 オープニングの五連符。

 一、二、

 ハッ。

 トゥルルルル――


 夏空に輝く 偉大な入道雲

 大海原にそよぐ 虹色しおかぜ


「そう!」満足げに斯波が叫ぶ。

 宝島が目に浮かんでくる。

 サックスのメロディーが軽やかに、感情豊かに、描き出す。

 白い太陽。青い波。緑の島。

 曜子が立ち上がる。見せ所のソロがやってくる。

  

 いまも 夢に 見ている 無邪気に 夢中に 無謀に

 叶わないと 決めつけて 捨てたはずの夢

    

「いいぞ、戸田!」

 サビが始まる。   

  

 宝の島へ行こう 瑠璃色の海 広い空

 心に描いた 地図を持ち 戸惑わずに 踏み出そう

 夢は宝 つかもう 途方もない 空想でも

 もし 途中で 道に迷ったら 戻ればいい


   

 バンド全体が一体になっている。斯波は震えを感じていた。

 これだよ、これ。俺が長年味わいたいと思っていたもの。一体感。重厚な響き。 


 夏空を彩る 星のかけらたち

 椰子の実のほほ 撫で 風は走り去る


 六月の文化祭の本番。暑いライトに照らされ、楽団は宝の島に近づいていく。

 さあ、この後が、あの連符のソロ。辰悦の出番である。

 辰悦はゆっくりと立ち上がる。スポットライトが一点に集中する。

 

 ソロの始まりだ。

 

 傷ついた 幼い心

 昇りきれぬ 壁に背を向け 生きてこうと

 弱さかくし 強がってた

 あの日は 忘れない



 晴れ晴れとして流れるトランペットのせせらぎを聞きながら、斯波の脳裏によみがえる。

 


 高校一年の時、自分の楽器を買いたいと永岡先生に申し出たときの、先生の言葉。

 ――ボクは、君に無駄な買い物はさせたくない。

 高校二年の時、裕也が風邪をひいてソロを吹くハメになり、必死になって演奏会に間に合わせようと練習を重ねていた日々。なんとか成功を収めた後日、指揮を振った副顧問が俺に語った、本番までに何度も先生が準備室で語ったという、痛恨の言葉。

 ――なんであんなヘタクソにソロを任せるんや。すぐに辞めさせろ。 

だから俺は頑張った。本当に必死になって。それでも、いくらやってもまわりの奴に追いつけず、後輩の方が評価が良くて、俺はすぐにバテて吹けなくなって、口の中何度も切って、コンディションなんか最悪で・・・でも、頑張った。

高校三年の春、合奏中、当てられて吹いたとき、先生が口にした言葉。

――シバ、上手くなったな。

それなのに・・・

コンクールメンバー選考審査のある朝。

講堂の物置にやっと見つけた俺の楽器は、鈍器で殴られ、その原形をとどめていなかった。

 すぐに犯人は分かった。俺は登校してきたばかりの裕也を引っつかみ、兼壱と星悦に止められるまで殴り倒し続けていた。

選考審査、中止。保護者会、教育委員会、ありとあらゆる報道官。コンクール出場は不可、永岡先生は責任を取り顧問を辞任、俺は高校を退学処分になった。なのに、俺の楽器のことは兼壱たち以外には誰にも明かされることなく、裕也たちは最後まで夏を奪われた哀れな被害者を演じていた。

高校の思い出は、絶対に、美化しない。

そう決めたのに。なぜだろう。二年の夏に吹いたこの曲に弾んだ心は、今でも覚えてる。


 

 胸にトランペットを構え、辰悦が礼をすると、わぁっと大きな拍手が帰ってきた。

 一瞬、辰悦は指揮者の方を見た。斯波は満足げにうなずいた。

 パーカッション・アンサンブルの豪快な演奏の後、トランペットとトロンボーンが、ザッと立ち上がる。

 ユニゾンで魅せるハーモニー。高音だから、古河なんか赤い顔してるのに全然音が飛んでこない。つい数十年前の俺みたいだな、お前。隣で涼しげに吹く西園寺。あれは、負けず嫌いの奈美子だ。

 コイツらだけには、何が何でも味合わせたくない。

 頑張って、頑張っても、ダメなことがある。そんなの、高校生にはあまりに残酷すぎる。

 コイツらだけには、何が何でも味合わせてやるさ。

 頑張って、頑張っても、ダメなものなんて何もないんだって。


 フェルマータで、再びサビへ。


 それでも 探そう 見果てぬdream 見飽きぬtreasure

 限界は 思っているよりは はるか遠くにあるから

 笑われてもいいサ 目指すのは ボクだから

 努力すること 強くなること さあ


 コーダへ飛ぶ。いよいよフィナーレだ。

 

 行こう 夢 きっと かなうから―――

 ッダッダ!

 

 低音のシンコペーションを腕でつかみ取り、斯波は指揮棒を下ろした。

 間髪をいれず、拍手に楽団は迎えられた。

 斯波はバンド全員を立たせ、聴衆に向かって礼をした。

 長く続く拍手。アンコールを促す声。

 斯波は後ろを振り返り、歓声を受ける奏者たちの顔を見た。みんな、思わずこぼれる笑顔を、斯波に送り返した。

 ――これならイケる。ゼッタイ、いける。

  斯波の心に何度も、何度も、その台詞は反響した。


 

 電話が鳴っている。

「はーい、はーい!」

 トイレのドアを押し開けて、星悦は受話器へ走る。

「なんで中ちゃんおらへんのやろ―――はい、お待たせいたしました、楽器店『マーキュリー』責任者の鏑矢と申します。」

「――・・」 

電話の相手は笑っていた。

「もしもし?」

「――久しぶりやな、星悦。俺のこと覚えてるか?」

「おれ・・・?」

 眉を潜めた星悦に、過去の音声がよみがえる。

「――ああ!久しぶりやなあ!」


(第一楽章 終)

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