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コメディ系

人間道キャンセル界隈

作者: 秋月 忍
掲載日:2026/07/02

「はい、次」

 呼ばれて入ってきたのは、いかにも疲れた顔の女性だった。

山井薫(やまいかおる) 享年三十六 過労による心筋梗塞か……」

 閻魔は閻魔帳に目を通す。

「ブラック企業勤めは大変だったようだが、徳はそこそこ積んでおるようだし、次も人間に転生だな」

「そんな!」

 閻魔の言葉に山井は悲鳴を上げた。

「気持ちはわからぬでもないが、天道に進むには、徳が足らぬ」

 死したものは、生前の行いによって六道のどこかに輪廻する。輪廻転生を繰り返し、魂の研鑽につとめれば、苦しみから解き放たれる『解脱』を得られるが、たいていは、その繰り返しから逃れることはできない。

「そうではありません! 私はもう人間は嫌なのです!」

 山井は泣き崩れた。

「どうかお願いです。私を畜生道に行かせてください。猫に、猫になりたいのです!」

 閻魔は困惑する。

「確かに閻魔帳にも畜生道を希望するとあったが、畜生道って、弱肉強食の世界だからしんどい世界だぞ? ついでにいうと、輪廻転生から『解脱』できる道がなくなってしまうし」

「いいえ。猫がいいです。猫がダメなら、いっそクラゲにしてください」

 山井は必死で訴えた。

「……困ったな」

 閻魔はふうっと息をついた。

人頭杖(にんずじょう)、どう思う?」

 閻魔は杖の上にのった紅白の二つの生首に訊ねた。善行と悪行を見る生首たちも困惑しているようだ。

「畜生道プチ体験をさせてみてはどうですか?」

 善行を見る白い生首が答えた。

「少なくとも、その体験をしても人間道に戻れる程度の『徳』はあります」

「そうさの、『堕ちる』分には、『徳』はいらんわけやし」

 赤い生首も頷く。

「ありがとうございます!」

 山井は涙を流して喜ぶ。

「よし。では馬頭観音(ばとうかんのん)に話してみてやる。念のため言っておくが、体験期間中に死ぬこともあるが──」

「かまいません!」

 山井は嬉しそうに畜生道へ延びる道へ走っていった。



 さすがに体験すれば、人間に戻りたいと言ってくると思ったのだが、山井は畜生道で第二の生を全うしたいと答えたらしい。

 ちなみに、畜生道を望む人間は最近、増えつつある。そのたびにプチ体験をさせるようになったが、人間道に戻りたいという魂は一割程度だ。

「困ったものだ」

 閻魔は眉間に皺を寄せる。

 人間として生を受けたものが再び人間に転生する。それは人間として生まれたものの願いだったはずだ。だからこそ、『徳』をつむ。徳をつむものがいるからこそ、人間道は清濁併吞なのである。

 皆が皆『堕ちる』ことを望んだら、人間道は荒れるばかりだ。

「人間道キャンセル界隈が増えてくると、六道輪廻のシステムそのものの改革が必要か……」

 閻魔は頭を抱える。

「いっそ、畜生道の上位に愛玩動物(もふもふ)道とか増設してはどうですかね」

 白い生首が提案する。

「いいや、いっそ人間道の上位にすべきじゃ。昨今は人間道って不人気だからの」

「はあ。難しい世の中になったなあ」

 運ばれてきた閻魔帳に『畜生道希望』と書かれているのを見て、閻魔はため息をついた。



改稿でルビ入れてみた

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― 新着の感想 ―
でもたぶん人間に愛される状況の猫って畜生道の中でもトップカーストなんですよね
確かに畜生道に落ちて猫か犬になりたいのはわかる…特に猫になりたい希望は高そうですねぇ…
もふもふ道か・・・良いな ワイももふもふ転生してゲーム機のリセットボタン押したい・・・
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