LV.1→LV.2?
イザベルさんの娘さん、リリちゃんは現在七歳。
生まれつき、左耳の内耳構造に異常があり、言葉を聞き取るのが難しかった。
医者は「治らない」と言い、魔法師は「先天性のものには、治癒魔法は効かない」と断じた。
王立研究所の『細胞再編成術』も、リリちゃんには適用されなかった。
その理由は、単純だった。
「変化の対象が、まだ『形成途中』だったから」
つまり、胎児期の発達過程で、構造が「中途半端に止まってしまった」状態。
その状態が彼女の「正常」。
それを「元に戻す」のは不可能。
でも――
「もう一度、そこから『変化』を起こす」
――それは、私の魔法が初めて目指す、「未踏の領域」だった。
リリちゃんは初め、私を警戒していた。
当たり前だ。
子どもは知らない人間を警戒するものだから。
でもイザベルさんが私の手を取って、「この人は、ママの指を動かせるようにしてくれた人なんだよ」と言うと、彼女は、大きな目でじーっと私の顔を見つめた。
「……お姉ちゃん、魔法使い?」
「うん。でも、ちょっと、変な魔法使いだよ。」
「変な……?」
「ええ。『治す』んじゃなくて、『変わる』の。」
リリちゃんは、私とイザベルさんの顔を交互に見て、自分の左耳に小さな手を当てた。
「……ここ、変な音しか聞こえないの。パパの声が、モワモワしてる。」
私はその小さな手の横に、自分の手をかざした。
魔力を流す前に、まず目を閉じて、感じ取ることに集中した。
現在の状態を正確に感じ取って、『変化』に繋げるのだ。
――構造の「ずれ」。
――発達の「止まり」。
――そして「未完成の可能性」。
目を開き、小さく息を吐いて、心を落ち着かせる。
「……ギルヴェルトさん。」
「ああ。」
「これ失敗したら……私、もう魔法使いをやめようと思う。」
彼は黙って、私の肩に手を置いた。
その掌の重さは、言葉より重かった。
私の弱さや臆病な気持ちを、そっと落ち着かせるように。
「……失敗しても、お前は、魔法使いだ。」
「……なんでですか?」
「だって、『変える』って決意した瞬間から、お前はもう、変わったんだ。」
彼は、小さく笑った。
「……『変える』ってのは、『誰かを信じる』ってことと、同じだからな。」
そっか……
そういうことなんだ。
「誰かを信じる」――
自分を、自分の魔法を、リリちゃん自身の可能性を、支えてくれるギルヴェルトさんと、私を信じてくれるイザベルさんを。
信じることをしないで、何が魔法使いだ。
……大丈夫、私はできる。
私は、目を閉じた。
魔力を、私の手からゆっくりと、リリちゃんの内側へと染み込ませた。
体質変化 LV.1
体型変化 LV.1
そのとき、私の判定板が初めて、微かに熱を帯びた。
そしてその表面の文字が、ほんのわずかに――
体質変化 LV.1 → LV.2?
体型変化 LV.1 → LV.2?
……と、変化した。
だが、魔法の行使に集中していた私は、まだ気が付いていなかった。
「……っ!」
リリちゃんが、小さな声を上げた。
彼女の左耳の、耳介の内側が温度を取り戻す。
リリちゃんが、イザベルさんの顔を、泣きそうに潤んだ目で見つめた。
イザベルさんはその場に膝をついて、リリちゃんを抱きしめた。
ギルヴェルトさんは、手を腰に、静かにその様子を見守っていた。
その日の夜――
リリちゃんは、初めてパパの声をはっきりと聞き取った。
「……パパ。今日、魚を釣ってきたって?」
パパは泣いて、リリちゃんを抱きしめた。
翌朝、様子を見にきた私の手をイザベルさんは、強く強く
握った。
「……ニコレッタさん。あなたは、『変化の魔法使い』じゃなくて……」
彼女は、涙を拭いながら、静かに言った。
「……『再始動の魔法使い』ね。」
私はびっくりして、目を丸くした。
「あはははっ!いいですね、それ!」
『再始動の魔法使い』――
自分を、そして変化した人たちを再始動させる。
それはとても素敵な言葉だった。




