005 魔力平凡
「さて、行くか。守護天使様の元へ」
*
「おっそいですよ、渚さん! 私をどれだけ待たせる気ですか!! もう禁断症状で手が震えているのですが!?」
これでは酒クズというより、アルコール依存症である。不貞腐れながら、パルマはピクピクと震える右手を左手で隠していた。
「アル中天使なんて始めてみたぜ。よくもまぁ、それで生きてこられたもんだよ」
「なんですか、貴方は!! 私は上位存在──」
「上位存在なら、上位存在らしく振る舞えよ。人間の娯楽に溺れてるんじゃねぇ。……まぁ、言っても無駄だけど」
タイラーは渚に目をやり、彼女へ酒を渡すよう指示する。
「どうぞ」
渚がドン、と紙袋を砂浜に置く。中から木箱を取り出し、蓋を開けてみせると、パルマの目がカッと見開かれた。
「……な、なんです? この、天上の果実園を思わせる、甘く芳醇なかぐわしい香りは……」パルマは、スンスンと匂いを嗅いだ。「こ、こ、これは……『グリフォンズ・ティア』!? しかも、木箱の刻印……30年熟成のヴィンテージモデルじゃないですか! なぜ、どこで、どうやってこんな超希少品を!?」
「どうだって良いでしょ。さぁ、おれに魔力をください」
パルマはゴクリと喉を鳴らし、震える手でボトルを手に取った。その姿は、もはや守護天使の威厳など微塵も感じさせない、ただのアルコール中毒者だった。
「わ、分かりました!! 約束は守ります! この神々の水を一口、いや、一滴飲み終わった後、すぐにでも貴方の魔力を開発して差し上げますとも!!」
パルマはどこからともなく取り出した年代物のクリスタルグラスに、琥珀色の液体をとくとくと注ぐ。あたりに、燻した樽と、熟した果実、そして微かな花の蜜のような、言葉では表現しきれないほど複雑で高貴な香りが広がった。 彼女はうっとりとその香りを肺いっぱいに吸い込むと、まるで聖杯を掲げるかのようにうやうやしくグラスを傾けた。
「──っはっぱぁああああああ!!」
パルマに電撃が走った。文字通り彼女の周りに、電流が流れ始める。思わず渚はタイラーのほうへ身体を寄せた。
「デリシャス……! それ以外に言葉はいりません!! ああ、なんということでしょう! 幾重にも重なったフレーバーのオーケストラ! 喉を通り過ぎた後に鼻腔を駆け抜ける、伝説のグリフォンの涙がもたらすという至高のアロマ……! これぞ神に捧げるにふさわしいネクター!
これを飲まずして死ねません!」
完全に堕ちたと、渚は確信する。パルマはあっという間にグラスを空にすると、ひどく満足げな、そして少し潤んだ瞳で渚に向き直った。
「約束は約束です。さあ、こちらへ来なさい。今から、貴方の内に眠る可能性の扉を開いて差し上げましょう」
「馬鹿だな、コイツ」タイラーが毒を吐く。
「この際、馬鹿でも良いでしょ……」渚も同様だった。
酒ひとつで対応の変わる天使……笑い話にもならない。
「少し、額に触れますよ」
パルマの白い指が、渚の額にそっと触れた。
ひんやりとした心地よい感触と共に、膨大なエネルギーが体内に流れ込んでくるのを感じる。それはまるで、長らく閉ざされていた水路に、清らかな雪解け水が勢いよく流れ込むような、そんな感覚だった。
それから数秒後、パルマは手を放した。エネルギーが漂っている感覚はあるが、これだけで魔力を発現できたのか? とりあえず、タイラーへ聞いてみよう。
「あの、これで魔力が出来上がったんですか?」
「人並みにはできたな。アンゲルスのちょうど平均値くらいじゃないか?」
「それってつまり……」
「あぁ、大したことない。いわゆる〝チート〟とは無縁だな」
金髪セミロングヘアの少女は、つい先ほどまで男子だった渚は、ガクッと肩を落とした。




