001 ワン・モア・チャンス
昔から女子に憧れていた。イジメられっ子だった小学生のとき、女子に助けてもらったから。それとも、佐藤渚と違ってコミュニティーを作るのがうまいと思っていたからか。まぁ明確な理由は思い出せないが、少なくとも男子でいるよりは女子になりたいというのが、渚の結論でもあった。
そんな渚も、今や立派な不登校。家でダラダラ漫画を読んだり、延々とリール動画を眺めたりと、無駄を自覚しながら呼吸している始末だ。元々友だちがいなかった渚は、中学に進学しても学校に馴染めず終い。誰も彼も、渚みたいなヤツを気に留めたりしない。
「異世界転生、してェなぁ……」
異世界ものの漫画をペラペラ眺めつつ、叶うわけもない夢を語る夕暮れ時。転生者は良い。彼らには友だちがいて、ヒロインもいる。世界を救うという大義もあれば、仲間たちとスローライフを楽しむことだってできる。唯一引っかかるのは、現代社会みたいに娯楽がないところくらいだ。ないものは、ゲーム機・漫画・インターネット……パッと浮かんだだけで、随分娯楽がないと感じてしまう。
「あーあ。美少女になって異世界へ行ける権利とか、転がってねェかな」
世迷い言なのは分かっている。しかし、渚みたいな不登校児に希望があるとすれば、すなわち転生くらいでもある。
「願わない夢言っても仕方ないか……」
自嘲気味に呟き、重い腰を上げて立ち上がる。母親に言いつけられていた洗濯物を取り込まなければ、また小言を言われるだろう。ガラリ、と窓を開けてベランダに出た渚は、しかし、そこに転がる〝異物〟に足を止めた。
「……は?」
物干し竿の下、取り込んだばかりの乾いたシーツの上に、見知らぬ女が倒れている。艶やかなピンク色の髪、場違いなヨレヨレの白衣、そして――頭の上には、細く発光する天使の輪っかのようなものが浮いていた。コスプレイヤーか? にしては、アルコールの匂いが強すぎる。
「ん、うぃ……」
女が身じろぎし、ゆっくりと目を開ける。焦点の合わないとろんとした瞳が渚を捉えた。
「あ、みちゅけた。わらしの、うんめいの……」
呂律がまったく回っていない。女はふらりと上体を起こすと、にへら、と締まりのない笑みを浮かべ、とんでもないことを口走った。
「しょ、処女のわらしを、だ、抱いてくだしゃい……」
渚は数秒間思考を停止させた。
「…………、」
それから数秒後、冷めきった声で問いかける。
「抱いてください? それって、ハグしろって意味ですか? それとも──」
その言葉が引き金だった。そのピンク髪の巨乳美人は、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。酔いが一気に醒めたように、その瞳に羞恥と怒りの炎が宿る。
「な、なにを勘違いしているのですかっ!? だ、抱いてくださいなんて言った覚えありません!! 守護天使として神に仕える身である私が、人間なんかに──「いや、言いましたよ。呂律回ってなかったですけど」
冷静にツッコむが、パルマの怒りは収まらなかった。
「いーえ! 言いませんでしたー!! 貴方は罪深きヒトの子です!! その性根、異世界で叩き直してもらいます!!」
「へ、逆ギレ?」
自称〝守護天使〟パルマは、指を鳴らす。すると、足元がぐにゃあと歪む。夕暮れの住宅街の風景が溶け出し、さながら夢が切り替わるときのように、視界が奇妙な場所を捉えた。
そして、渚とパルマが立っていたのは、どこまでも青い空と海が広がる、眩しいビーチだった。高くそびえるヤシの木、パステルカラーのホテル群。まるでマイアミかどこかだった。
「ここは〝アンゲルス連邦共和国〟です!! さぁ、ここで真人間になるのです! 腐った男性としてでなく、少女として!!」
見知らぬ他人なのに、名前を知っている辺り、自称天使ではないようだ。いや、そんなことはどうでも良かった。
「は、少女として……?」




