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馬かもん  作者: 西園寺歩
1/1

ジュニアカップ

大馬俊介は日夜アルバイトをして妻の花と子どものタカシを養っている。とあるクリスマス前の日曜日、M-1グランプリを観ることを楽しみにしていた。つかぬことから、妻と口論に発展してしまうのだが…

 今年もこの季節がやってきた。

 12月。誰もがうずうずするクリスマス。その前の日曜日。必ず予定は入れていない。

 やむを得ず仕事が入ったフリをして、家から少し離れたカフェで待機する。

 2時ごろからはWi-Fiを繋げてネット配信に集中する。

「さぁ今年も始まりました。M-1グランプリ敗者復活戦。司会の神代です。」


 右手にバニラモカチップフラペチーノ、左手にスマートフォンを片手に、大馬俊介は待ち構えていた。

 毎日の仕事として、昼間は清掃、夜はガソリンスタンドの給油に専念している大黒柱である。子どもは1人、名前をタカシと呼ぶ。目標の高い人間になってほしいことから名付けた。今となっては名前の漢字すら覚えていない。妻はコーヒーが売りの喫茶店を営んでいる。

 『きたきた…』

 小声で唱えた。出順を見る。知らないコンビばかりだ。神代がルールの説明をする。

 出場者はA・B・C組に分けられ、各組の先頭から漫才をする。2組終わったところから、会場観覧者が面白かった方に投票し、得票率の多い方が勝ち上がりとなる。そして、最終的に勝ち残ったコンビが組の勝者となる。さらにA・B・Cで勝ち上がったコンビを審査員がファイナルジャッジをし、敗者復活戦を制することとなる。

 『わけわかんねぇな。後ろが有利じゃねぇか。』

 このルールでは後順になればなるほど有利である。観客は直近で終わったコンビの方が印象に残る。それに、最終番に近づくほど戦う敵は少なくなる。勝ち上がりが故の欠点である。

 俊介は急に興味がなくなった。バニラモカチップフラペチーノを飲み干し、クリームの部分も余すことなく舐め納めて、カフェを後にした。

 

 『ただいま。』

 「おかえり。あれ、早いじゃん。」

 『仕事、はやく終わった。』

 ふーん。と妻の花は洗濯物を干していた。俊介シャツが裏返っているのをいらだちながら元に戻す。居心地が悪い。

 居心地が悪いなら子どもだ。

 『タカシはどこいる?』

 「友達と公園で遊んでるよ。暇だったら顔出してくれば。」

 言われなくても行く予定だよ。口には出さず、おう。とだけ答えて公園に向かった。

 

 冬の公園。人気はない。世間で言われている風の通り道であることも頷ける。男の子が1人サッカーボールをリフティングしていた。

 『タカシ、ほらパスパース』

 タカシは声のありかを探してキョロキョロしている。

 『タカシ!こっちだ!』

 ようやく気づいたのか、猛ダッシュで俊介のもとへたどり着いた。パスをすることも忘れている。

 「父ちゃ、遊べるの?」

 『おうよ。』

 「父ちゃとサッカー対決したい。」

 サッカー対決とは、PK対決である。俊介がキッカー、タカシはキーパーをする。

 『おら、いくぞ!』

 俊介はタカシの手が届かない場所にボールを蹴る。それもタカシの守備範囲圏内だ。片手で楽々塞がれる。

 「父ちゃ、もっと厳しく!」

 無茶いうなよ、と思いながら内心楽しんでいる俊介。子を思う気持ちは年々強くなっている。

 ずいぶんと時間が過ぎた。あたりがより一層静かになり、2人の声が住宅街に響く。ふと時計を見る。18時に差し迫っている。俊介は忘れかけていたことを思い出した。

 『タカシ、やめだ!家でM-1観るぞ!』


 「ただいまぁ。」

 「おかえりタカシ、父ちゃと遊んできたの?」

 「うん!サッカーした!」

 「あら、よかったわね。ご飯食べる前にお風呂入っちゃいなさい。」

 そんな会話に耳を傾ける前に、俊介は颯爽と風呂場に向かっていた。体を洗っていたところにタカシがやってきた。ったく、急がさせてくれ、早くM-1が観たい。そう思いながらも、息子を泡だらけにする。湯船に5分浸かり、水気を拭き取る。よし、M-1だ。一目散にテレビに吸い付くんだ。

 リビングにつくと既に食卓には彩りがあった。

 「わぁオムライスだー!!」

 オムライスに喜ぶタカシを横目に、自分の前にはケチャップライスが置かれている。花は微量でも卵を摂取したら発作を起こすほどの卵アレルギーをもっている俊介を労ってくれている。そんなことは分かっているが、オムライスの時はどうも味気ない。

 「いただきます。」

 「おいしーね。」

 「父ちゃのシュート全部止めたよ!」

 「すごいじゃない。」

 そんな他愛もない会話は無視をして、笑くじを引くスポーツ選手に釘付けだ。トップバッターはボス塾だ。

 「エントリーナンバー5082 ボス塾」

 『いつのまにか決勝に行ったんだな…』

 独り言をつぶやく。ボス塾は任せ太郎とハナコンガのコンビで、両方とも大学お笑いサークル出身だ。そのサークルに俊介もいた。昔は切磋琢磨して技を磨いていたが、俊介は家族を持ったことでお笑いの道を退いた。

 『面白くねぇよこいつらは』

 ふと大きな声が出てしまった。食卓にはタカシのフォークを置く音だけが響く。花は俊介を睨みつけている。

 「父ちゃはなんで面白くないっていうの?」

 『なんでって昔一緒にやってたからよく知ってるんだ。この人たちはつまらないの。』

 「でも決勝まで残ってるじゃん。」

 『それは審査員がおかしいんじゃないか。』

 「ふーん。でも父ちゃ面白くないもん。」

 『何がおかしい』

 俊介の口調が変化した。自分でもよくわからない。ただこれまで家族のために、自分を犠牲にしてきたことをバカにされた気分になった。

 「ちょっと、いい加減やめてくれる?あなたね、子どものため子どものためって言って、何にもしてないよ。タカシのことちゃんと見てない。それをなに。昔の栄光にしがみついて、今がんばってる人を下に見て。家事だってなにもしない、自分で食べた皿くらい洗ってよ。タカシだってできてる。情けないよ。せっかくのオムライスが台無しじゃん。」

 『俺はチキンライスだ。』

 花はため息をついて、蔑んだ目で見つめてくる。昔はこうじゃなかったのに。大学時代はもっとキラキラした視線を送ってくれていた。その視線が痛くて、辛い。

 「もう、ご飯も食べなくていい。今後作らないよ。あなたの言ってること、行動、全部おかしいから。もう寝るね。タカシ、もう行こう。」

 ガチャンとテーブルが怒った。これまで何のために、嫌な清掃の仕事をしていたのか、お前らのためだろ。ふざけるな。

 「父ちゃからなんかもわもわが出てるよ。」

 『うるさい!』

 大学お笑いではツッコミをしていた。どんなに白けていても、絶対に滑らない伝家の宝刀がある俊介には沈黙など怖くはなかった。そう、絶対に痛くない平手打ちだ。音だけは鳴るが、絶対に痛くないのだ。そういう設定だ。

 リビングではパァンという音が鳴り響く。そしてその瞬間、俊介の頭の中は真っ暗になった。


 『あぁ…』

 閉じたまぶたから光が差し込む。なんだあのまま疲れて寝ちゃったのか。冷静になると昨日の俺がどんな状態だったのか思い出される。花に悪いことをしたと謝ろう。そして、タカシともっと遊んでやろう。今までしてこなかったこと何でもしてやろう。俺は変わるんだ…。

 目を開けたら、何故かステージ上のサンパチマイクの前に立っていた。どういうことだ?腕と足は紐で拘束され、口だけが動く。

 霞んでいる光景だが、隣に誰かがいる。

 「2÷€3+・4〆々¥1・2<9|=>\☆」

 そいつは何かを喋った。聞いたことがない言葉だ。

 客席は静かになり、俊介をサンパチマイクの前に誘導する。何か喋れと言っているのか。怖い、逃げたい。でも物理的に無理だ。

 この恐怖心の裏には、好奇心もあった。というより夢であると思い込むことにした。どこだか知らないが、有名になれるチャンスに違いない。

 ここで勇気を持てば、これまでの俺と変われるかもしれない。

 口を開いた。

 『ぼくのなーまえは大馬俊介でーす。人呼んでジャイアントホース。ヒヒーン。』

 会場に静かさがやってくる。終わったと思った。でも夢だからいいか。忘れればいいか。

 目を閉じようやした時、観客は狂うほどに熱狂の渦になった。

 笑っているのではない。大馬俊介の喋った様子を見て、興奮しているのだ。

 俊介はそんなこともわからずにニヤけ顔を披露した。次の瞬間、右隣から俊介の頭に向けて拳が襲う。たまらない鈍痛に悶え、意識を失ってしまった。

 

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