5話 朽木と同じよ — 生存戦略の美学 —
駿府の午後は、春の光が傾き始め、
庭の影がゆっくりと長く伸びていた。
家康は書院の縁側に腰を下ろし、
遠くの山並みを眺めていた。
豊国は静かにその隣に控えた。
家康の横顔は、
天下を治めた男のものというより、
長い戦乱を生き抜いた“生存者”の顔に見えた。
家康は扇子を軽く動かしながら、
ふいに口を開いた。
「山名よ。
お前は……朽木と同じよ」
豊国は一瞬、意味を測りかねた。
だが家康の声音には、
揶揄と興味が半々に混じっていた。
「朽木……と申されますと」
家康は笑った。
「どこへでも味方する家よ。
織田にも、浅井にも、朝倉にも、
果ては義昭公にもついた。
裏切りではない。
あれは“生き残り”よ。
わしは嫌いではない」
豊国は静かに息を吸った。
家康は続けた。
「お前も同じよ。
尼子につき、
毛利につき、
秀吉につき、
そして今はわしの前におる」
家康の目は、
豊国の胸の奥を見透かすようだった。
「山名よ。
お前は“どこへでも味方する男”よ」
豊国は深く頭を下げた。
「……家を絶やさぬためにございます」
家康の扇子が止まった。
豊国は続けた。
「山名は、
応仁の乱で天下を割り、
その後は衰退の道を歩みました。
家臣は離れ、
領地は削られ、
名だけが残りました」
春風が吹き、
庭の桜がひらひらと舞った。
「生き残るたびに、
何かを失ってまいりました。
しかし――
それでも守るべきものがございました。
家名でございます」
家康は豊国を見つめた。
その目には、揶揄の色はもうなかった。
豊国は静かに続けた。
「どこへでも味方したのではございませぬ。
どこへでも“生き残る道”を探したのでございます。
山名を絶やさぬために」
家康はふっと笑った。
それは嘲りではなく、
深い理解の笑みだった。
「なるほど……
それが“山名の生存戦略”か」
豊国は頭を下げたまま答えた。
「はい。
六分の一殿の名を、
未来へ繋ぐために」
家康は縁側に肘をつき、
遠くの空を眺めた。
「朽木は風に従う。
だが――
山名は風を選ぶ。
その違いが、お前を山名たらしめておる」
豊国の胸に、
熱いものが込み上げてきた。
家康は続けた。
「わしはな、
生き残る者が好きだ。
勝つ者より、
生き残る者の方が、
よほど強い」
その言葉は、
豊国の胸に深く刺さった。
家康は扇子を閉じ、
豊国に向き直った。
「山名よ。
お前は朽木と同じではない。
“山名の生存戦略”を持つ男よ。
そして――
天下を支えるに足る男よ」
豊国は深く頭を下げた。
「恐れながら……
そのように申されるとは、
思いもよりませなんだ」
家康は笑った。
「わしはお前を買っておる。
生き残るために動く者は、
未来を作る者でもある」
豊国は胸の奥で、
何かが静かに形を成していくのを感じた。
家康は立ち上がり、
庭の桜を見上げた。
「山名よ。
お前は、
六分の一殿の残響ではない。
六分の一殿の“未来”よ」
豊国は深く頭を下げた。
春の光の中で、
二人の影はゆっくりと重なり、
そして前へ伸びていった。
その影は、
生き残った者だけが踏み出せる未来を
静かに指し示していた。




