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六分の一殿の残響 〜天下人との邂逅〜  作者: 双鶴


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4話 六分の一殿の影

茶亭に入ると、

家康は炉の前に静かに座り、

湯の沸く音に耳を澄ませていた。

春の光はまだ柔らかく、

冬の冷気がわずかに残る畳の匂いと混じり合い、

季節の境目の静けさを漂わせていた。


豊国は家康の背を見つめながら、

胸の奥にまだ熱の残る感覚を抱えていた。


――残響を踏み台にして生きよ。


家康の言葉は、

豊国の心の奥深くに沈み、

静かに波紋を広げ続けていた。


家康は湯を茶碗に注ぎ、

豊国の前に置いた。


「山名よ。

 六分の一殿という名を、

 お前はどう思っておる」


豊国は一瞬、言葉を失った。


六分の一殿――

山名家が最も栄えた時代の呼び名。

六十六国のうち十一国を治め、

天下の半ばを動かした名門。


だが今は、

その名は“過去の残響”として語られるだけだ。


豊国は静かに答えた。


「六分の一殿は……

 誇りにございます。

 しかし同時に、

 重すぎる影でもあります」


家康は茶碗を手に取り、

湯気の向こうから豊国を見つめた。


「影、か。

 なるほど……

 お前は正直な男よ」


豊国は続けた。


「六分の一殿の名は、

 幼いころから祖母に聞かされて育ちました。

 だが、

 その名を背負うには、

 あまりに今の山名は小さすぎる」


家康は茶碗を豊国の前に置き直した。


「小さいのではない。

 削られたのだ」


豊国は顔を上げた。


家康は静かに言った。


「山名は応仁の乱で天下を割った。

 その代償は大きかった。

 だが――

 それでも山名は“消えなかった”。

 それこそが六分の一殿の真価よ」


豊国の胸に、

温かいものが広がった。


家康は続けた。


「六分の一殿という名は、

 過去の栄光ではない。

 “生き残った証”よ」


豊国は息を呑んだ。


家康の目は、

まるで豊国の心の奥底を照らすようだった。


「お前は鳥取で死なず、

 秀吉のもとで生き、

 そして今、ここにおる。

 それは偶然ではない。

 山名の血が、

 お前をここまで連れてきたのだ」


豊国は静かに茶を口に含んだ。

苦味の奥に、

わずかな甘みがあった。


その味は、

豊国のこれまでの人生とどこか似ていた。

苦難の中に、

かすかな希望が潜んでいる。


家康は言葉を続けた。


「六分の一殿の名は、

 お前が背負うには重いかもしれぬ。

 だがな――

 その名を“軽くする”のもまた、お前よ」


豊国は眉を寄せた。


「軽く……する、とは」


家康は微笑んだ。


「六分の一殿を、

 “過去の名”ではなく、

 “未来の名”に変えるのだ」


豊国の胸に、

雷のような衝撃が走った。


未来の名――

そんなことを考えたことはなかった。


豊国はわずかに息を呑んだ。

未来を作るという言葉の重さが、

静かに胸にのしかかる。


家康は続けた。


「名門とは、

 過去を守る家ではない。

 未来を作る家よ。

 お前はその器を持っておる」


豊国は深く頭を下げた。


「……恐れながら、

 私にそのような器があるとは……」


家康は扇子で軽く豊国の肩を叩いた。


「ある。

 わしが認める。

 山名よ――

 お前のような男は、

 わしのそばに置いておきたい」


その言葉は、

豊国の胸に深く刻まれた。


家康は立ち上がり、

庭の桜を見上げた。


「山名よ。

 六分の一殿の影は、

 お前を縛るものではない。

 お前を照らす灯よ」


豊国はその言葉を聞きながら、

胸の奥で何かが静かに変わっていくのを感じた。


六分の一殿――

それは過去の残響ではなく、

未来へ続く道の名。


春の光の中で、

豊国の影はゆっくりと伸びていった。


その影は、

まるで山名家の未来を指し示すかのようであった。


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