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祈り花

作者: 空腹原夢路
掲載日:2025/11/04

「今日の営業は大失敗だったな…」


誰にも聞こえないくらいの声でぼやいて、新幹線に乗り込んだ。三人掛けの通路側、C席。

足を解放するためにパンプスを半分だけ脱いで、缶ビールを開ける。

普段はほとんど飲まない。けれど今日は特別。

缶の冷たさ、泡の鋭さ、喉の奥でほどける音。身体が徐々に火照りだし、固く結んでいた心の紐が少しずつ緩んでいく。


今日は、何もうまくいかなかったな。


わざわざ東京から名古屋まで営業に出向いたにも関わらず、「社内で検討した結果、今回は見送らせていただきます」の一言で終わった。

週報の0という数字を想像するだけで胸がきゅっと狭くなる。


もう一度ビールを飲み、ため息をつく。


新幹線の揺れはゆりかごのようで、いつの間にか目を閉じていた。


***


「次は品川——」


だいぶ寝ちゃったな、と思いながら目を開けると、缶ビールの横に小さな“花”が咲いていた。

よく見ると、和紙で作られた花だった。

持ち上げると、ラベンダーと柑橘系の爽やかな香りがほんのりと立ち昇ってくる。


「……良い香り」


折り目はきちんと揃っていて、手の温度が残っているような不思議なあたたかさ。

一瞬、誰かのイタズラかと身構えたけど、すぐに笑ってしまった。

今日の私は、どう見たって疲れ果ててる。誰かが、それに気づいて、そっと花を置いてくれたのだろう。


思わず写真を撮って、友だちに送る。「新幹線で爆睡して起きたら花置いてあった!」


「品川ー品川ー」


到着のアナウンスが鳴り、私は折り花を掌に移し、缶を空にしてから、テーブルを軽く拭いた。


新幹線を出ると乗った時に感じていた陰鬱な気分はもうすっかり晴れていた。



「明日も、頑張ろ…」



夜になると友達からラインが返ってきた。

「なにそれ怖くない?」


「ちょっと怖いって思ったけど、たぶん気を使ってくれたんだと思う」


もう一度花を見ると、花の裏にアルファベットで「INORIBANA」と書かれていた。

ネットで検索するとブログがトップに出てきた。


開くと最新の記事が更新されていた。

「名古屋で美味しい仕事」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

本日は名古屋で美味しい仕事


なにが美味しいかというと、居酒屋のオープン記念にうちの折り花を飾りたいという依頼があった。

もちろん依頼自体が、美味しい話ではあるのだが、

オープンする前に、一度食べて欲しいとわざわざ呼んでくれたのだ。


昼は某有名店で味噌カツを食べ、午後から打合せ


約二時間で終了し、プレオープンイベントとして料理を出してくれた。


これが、まぁ、美味しい。

お酒もたんまりいただいて、とても美味しい仕事でした^^


折り花の実演を、料理をいただきながらすると、

プレオーブンに来ていた女性2人が食いついて、差し上げました。


喜んでくれる姿を生で見られるのは一番良いですね。



そんなほろ酔い気分での帰り道


新幹線に乗り、3人掛け席の通路側に私が座ると


一人分開けて窓側に若い女性が先に座ってました。


よっぽど疲れてたのか、靴を脱ぎ捨て、ビールを飲みため息…


お疲れ様と思いつつ、パソコンをいじってると、

いつの間にかその女性は爆睡

よっぽどだったんだなぁと思って


小さな折花を作って


アロマを垂らし、その女性のテーブルにそっと乗せておきました。


完全に怪しいオヤジですな…笑


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これ私のことだ…」


友達にすぐ「ブログに書かれてた!」とURLを送った。


「え?ブログ見つけたの?特定はや あんたストーカーの素質あるよ笑」


「違うの!花に店の名前が書いてあったの!」


「あぁーそういうこと笑 それにしても靴脱ぎ捨ててビールってあんた…笑」


「本当恥ずかしい…笑」


恥ずかしさの向こう側で、じんわりと嬉しさが広がる。私は花をそっと机に置き、しばらく眺めた。


ベッドに入る前、もう一度ブログを開いた。

私も折り花を作ってみたいな。でも、きっと難しい。

いつか覚えたい。どこかで、今日の私みたいな人見つけたら、同じようにしてあげたいな。


翌朝。

通勤電車の窓に映る自分の顔は、いつもより明るい気がした。


仕事は、今日もうまくいくとは限らない。けれど、うまくいかない日でも元気が出るものを私はひとつ持っている。

それだけで、なんだか上手くいく気がした。


ホームに風が通り、花の香りが微かに流れてきた。


「金木犀だ…」


秋の訪れを感じて、さらに嬉しくなる。

世界には色々な香りがあることを改めて感じた。


改札を抜けて、深く息を吸い込んだ。

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