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8話 王子の来訪と、嘘を重ねた広場

 ギルバートの町長が猫の尻尾亭に訪れてから、もう一か月が経っていた。

 変わらず店には、怪我や病気を癒されに来る者、食事を楽しむ者が集まり、にぎわいを見せている。


「この料理、持っていってくれる?」


「わかったよ、アンナ」


 できたての料理を受け取るとき、アンナの手とアルビの手がふいに触れた。


「ご、ごめん!」


 咄嗟に手を引っ込めるアルビに、アンナはほんの少し頬を赤らめる。


「それ、私が持っていくから」


 そのやりとりを見ていたリョカが、不機嫌そうに言って皿を強引に奪い取ると、黙って客席へ運んでいった。


 ギルバートの一件以来、アンナとは前より打ち解けられた気がする。一方で、リョカとは少し距離ができてしまったように思えた。


「もう、リョカったら……ごめんね、アルビ」


「ううん、大丈夫。気にしてないから」


 リョカは杖術の稽古のときは機嫌がいい。だからきっと、最近は練習ができていなくて、ストレスがたまっているんだろう。アルビはそう理解していた。


 そのとき――


「おい、皆、広場に集まれ!」


 店の扉が勢いよく開き、顔を真っ赤にした男が声を張り上げた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて……」


 客の一人が尋ねると、男は息を切らせながら叫んだ。


「騎士団が来たんだよ! しかも、帝国の騎士団が!」


「帝国だって……? なんでこんな田舎に?」


「さあな。でも、あいつらの言うことは聞いといた方がいい。逆らうと面倒だぞ」


 男の言葉に、店内の客たちは顔を見合わせたのち、食事の手を止めて渋々店を出ていく。


(帝国……まさか。でもこの町は、あのエビル帝国の領土じゃないはず……)


 胸騒ぎを覚え、アルビの額に冷や汗がにじむ。


「大丈夫? アルビ、顔色悪いわよ」


 アンナが心配そうに背中をさする。


「うん、大丈夫。僕たちも広場に行こう」


 心配させまいと笑顔を作りながら、アルビは歩き出した。


(あれから何十年も経ってる。僕の存在を知ってる人なんて、もう……)


 不安を抑え、アルビはアンナとリョカとともに広場へ向かう。


 町の広場には、すでに多くの人が集まっていた。

 その中央――黒い鎧に身を包んだ騎士たちが馬上に並び、明らかに場違いな威圧感を放っていた。


 騎士たちの中でも、ひときわ華やかな装いをした男が、町長と何かを話している。

 あれが騎士団の団長……いや、貴族か、もしかして……。


「町長、町のみんな、集まりました」


 町長補佐の男が報告すると、町長は前へ一歩出る。

 だが、その肩を騎士団の男が制した。


「いえ、私が説明します。町長はお立ち会いください」


「……わかりました」


 町長は素直に引き下がり、男に話を任せた。


「皆さん、こんにちは。私は――エビル帝国の王子、エルスと申します」


 その一言に、広場全体が一瞬、息を呑んだ。


「今日は、こちらの町に“どんな病も癒せる少年”がいるという噂を聞き、訪問させていただきました」


(エビル帝国……やっぱり僕のことを……)


 アルビの胸が一気に締めつけられる。だがそのとき、町長が一歩前へ出て言った。


「その少年なら……三日前に町を出ました。今どこにいるかは、私たちにもわかりません」


 町長に続き、周囲の人々も次々と声を合わせる。


「そうだ、確かに出ていった」


「もう何日も顔を見てないなあ」


「そうですねえ」


 まるで打ち合わせをしていたかのように、口々にそう証言する。


「……そうですか。来るのが少し遅かったようですね」


 エルスは特に疑う素振りも見せず、軽く頷いた。


「では、引き続き周辺を探してみることにします。ご協力、感謝いたします」


 そう言い残し、騎士団は引き上げていった。


 帝国の一団が町を出るのを見届けると、アルビはすぐ町長のもとに駆け寄った。


「どうして……どうして言わなかったんですか?」


「? 言う必要があるのかね。あの帝国に、良い噂など聞いたことがないし、この町は帝国の領土じゃない。彼らの命令に従う義務もない」


「それだけの理由で……」


「それだけで十分だ。君はもうこの町の住人だ。なら、町が守るのは当然じゃないか」


 町長の言葉に、アルビは目を見開く。


「そうだぜ、アルビ」


「私たち、仲間でしょ?」


 周囲からも次々に声が上がる。


「アルビはもう、私たちの町の一員よ」


「うん、お兄ちゃんはもう、家族だよ!」


 アンナとリョカが、アルビの手をそっと握りしめる。その手の温もりが、心に染みた。


(本当に……この町に来てよかった)


 胸が熱くなる。けれど同時に、アルビの中に一抹の不安が残っていた。


(……あの王子、本当に信じたのかな?)


 笑顔の影で、静かに疑念が芽を伸ばしていた。

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