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7話 命令の影に揺れる弟と、帝国の病

「父上……」


 エビル帝国の第二王子エルスは、病床の父・ダルスを見つめながら不安を募らせていた。


 ダルスが不治の病に倒れてから、すでに三年。国内の名医を総動員しても回復の兆しはなく、今や兄ギルスが国王代理として政を執っている。


 幼くして母を亡くしたエルスにとって、父までもが遠ざかることは耐え難かった。


(何とか治せる方法はないのか……)


 苦悩していたそのとき、部屋の扉をノックする音が響いた。


「何だ?」


「エルス王子、ギルス国王がお呼びです」


 兵士の声が扉越しに届く。エルスはしばし沈黙したのち、面倒くさそうに返事をした。


「……わかった」


 本心では、兄のもとに向かいたくなかった。父を案じるエルスと違い、ギルスは国王の座に就いた今、もはや父など眼中にない様子だったからだ。


 だが、国王の命には逆らえない。エルスは重い足を引きずるように謁見の間へ向かった。



「遅いぞ! 王であるこの俺の命を軽んじるとは、弟であろうと許されることではない!」


 玉座にふんぞり返ったギルスが、エルスに怒鳴りつける。


「申し訳ありません、兄さ……いえ、国王様」


「何度言わせる気だ! 俺を“兄さん”と呼ぶな!」


 ギルスは玉座の肘掛けを拳で叩き、怒声を上げた。癇癪を起こした兄を前に、エルスは即座に膝をついて頭を下げる。


「も、申し訳ございません」


 しばし沈黙ののち、恐る恐る顔を上げると、ギルスは満足げな笑みを浮かべていた。


「わかればいい。……それでだ、兵が足りん。再び村から徴兵してこい」


 あまりに軽い口調に、エルスは頭を抱えた。


(前回も限界まで徴兵したのに……)


 エビル帝国は、隣国・ルスカ大国との戦争に突入していた。以前は停戦状態が続いていたが、ギルスが国王になった途端、それを一方的に破棄して戦争を始めたのだ。


 戦略も知識もないギルスの下では勝てるわけもなく、戦局は悪化の一途をたどっていた。


「国王様、これ以上の徴兵は困難です。どこも人手が足りておらず……」


「何だと? お前は私に負けろと言うのか!」


(最初から勝てる見込みなどなかっただろう……)


 心の中で毒づきながらも、エルスは冷静に提案した。


「これ以上の被害を防ぐためにも、講和の道を模索されては」


 だが、ギルスは不快感をあらわにして信じがたい言葉を口にする。


「女も子供も兵にすればよいではないか」


「そ、それは……!」


「黙れ、エルス! 王の命令に口答えなど不要だ!」


 エルスはこれ以上言葉を発しても無駄だと悟り、沈黙した。


 そのとき、扉が開き、赤いドレスの女がゆったりと進み出る。


「国王様、最近気になる噂を耳にしました」


 彼女は帝国随一の魔法使い――マリンだった。見た目は三十代ほどに見えるが、魔法使いは魔力の影響で年をとりにくく、人間よりも長命である。


「エビル帝国とルスカ大国の境界近くにある村に、病や怪我を“何でも治す少年”がいるとか」


「ほう……それが今の状況にどう関係する?」


 ギルスが訝しげに問い返すと、マリンは静かに答えた。


「その少年の治癒の秘密を手に入れれば、負傷兵を次々と回復させ、再び戦場に送り出すことができます」


「なるほど……それは面白い」


 エルスは内心で眉をひそめたが、ギルスはあっさりと食いついてきた。


「それと、もう一つ……」


 マリンはギルスのそばに歩み寄り、耳元で何かを囁いた。


「……本当か?」


「はい、間違いありません」


 何を聞いたのか分からないが、ギルスは瞳を輝かせながらエルスに向き直った。


「エルスよ。直ちにその村に行き、少年を連れてこい!」


(……また思いつきか? だが、前の命令よりはマシだ)


 この命令を機に、事態を収める糸口を探そうとエルスは決意する。


「承知しました」


 深く一礼すると、エルスはすぐさま国を出発し、噂の村へと向かうのだった。

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