6話 絶望の向こうに、温もりの灯を
アンナと共に町に戻ると、リョカと母親が荒らされた店内を掃除しながら待っていた。
「ただいま! お母さん」
笑顔で帰ってきたアンナを見るなり、リョカは勢いよく抱きついた。
「お姉ちゃんが無事でよかった……!」
「アンナ、ごめんね。辛い思いをさせてしまって……」
リョカも、母親も、アンナが無事であることに安堵したのか、涙を流しながら優しく抱きしめる。アンナも、そんな二人に包まれながらぽろぽろと涙をこぼした。
「お兄ちゃん、ありがとう! お姉ちゃんを助けてくれて」
リョカはアルビに気づくなり、元気いっぱいにお礼を伝え、母親も頷きながら優しい目を向けてきた。
「こんな血まみれになって……怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫です。怪我はしてないので」
血に染まった服のまま、アルビがそう答えると、リョカたちは不思議そうに顔を見合わせた。
アルビは、少し迷ったあと、彼女たちにも自分が“不老不死”であることを打ち明けた。
最初は信じてもらえなかったが、自ら軽く手を切ってみせ、再生していく様子を見せると、二人とも目を見開き、やがてそっと頷いた。
アンナと同じように、怖がらずに受け入れてくれる姿に、アルビは心から安堵するのだった。
*
ギルバートたちが店を襲ってから、数日が経った。
幸いにも被害は家具の破損程度で済んでいたため、店の再開にはそれほど時間はかからなかった。
客も戻り始め、アルビの治療を求めて訪れる人も後を絶たなかった。
いつものようににぎやかさを取り戻したある日、一人の男が店を訪れた。
男が入ってきた瞬間、それまで騒いでいた客たちは一斉に黙り込み、店内に緊張が走った。
身なりのいい、ちょび髭の目立つ小柄な中年男性だった。
「ここにアンナさんという方がいると聞いたのですが、呼んでもらえますか?」
男は丁寧な口調でリョカに声をかけるが、リョカの表情は警戒そのものだった。
「……少しお待ちください」
そう返して、リョカはアンナを呼びに厨房へと引っ込んだ。
見た目こそ温和そうなおじさんだが、店の空気やリョカの態度からして、どうやら厄介な人物らしい。
アルビも、何かあればすぐ動けるように身構えていた。
しばらくして、アンナと母親が厨房から出てくる。男は二人を見るなり、深々と頭を下げた。
「この度は、うちの倅がご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます」
突然の謝罪に、店内は一気にざわめいた。
アルビがぽかんとしていると、隣のリョカが小声で教えてくれた。
「あの人、ギルバートの父親で……町長なの」
なるほど、と納得する。まさか町の長が、頭を下げに来るとは――確かに驚くのも無理はない。
戸惑うアンナに代わって、母親が一歩前に出る。
「謝罪など、要りません。……私の娘たちが、どれほどの思いをしたか、お分かりですか?」
ふだんは穏やかな彼女が、娘を想って怒りをあらわにしていた。
「本当に、申し訳ありません……。私が町を離れている間のことは、家の者や町の人から聞きました。倅のしたことは、決して許されるものではないと、重々承知しています」
「なら、帰ってください」
母親は、冷たくそう言い放つ。
町長は何度も頭を下げながら、それでも丁寧に言葉を続けた。
「……もちろん、こんなことで許されるとは思っていません。ですが、倅は町から追放しました。もう二度と、娘さんの前に姿を現すことはないでしょう。店の修繕費も、こちらが責任をもって負担いたします」
それだけを伝えると、町長は深く頭を下げたまま店を後にした。
その背中が見えなくなるまで、彼は何度も頭を下げ続けていた。
町長が去ると、店内にはほっとしたような空気が戻ってきた。
緊張の糸が切れたのか、母親はその場にへたり込む。
「あ〜〜、疲れたわ……」
「お母さん、ありがとう」
アンナは泣きそうな顔で母親に寄り添い、その肩を優しく支えた。
そんな二人を見ていたアルビと目が合うと、リョカは笑顔でピースを送ってきた。
あの息子が町からいなくなったなら――これで、この件は一件落着だな。
アルビは、ようやく胸の奥に溜まっていたものがすっと晴れていくのを感じた。