4話 廃教会に灯る希望と、散りゆく命
アルビはアンナを助けるため、町の東にある廃教会を目指していた。
アンナの母親によれば、ギルバートの根城はその廃教会だという。
本当にそこにいるのか。確信のない足取りだったが、廃教会が近づくにつれ、迷いは霧のように晴れていった。
道の先に松明の灯りが見え、数人の男たちが武器を手に立ちはだかっていたのだ。
その中には、数日前にギルバートと一緒にいた体格のいい男たちの姿もあった。
「白髪……あんたがアルビってやつか。情報通りだな」
一人の男がにやりと笑いながら近づいてきた。ぼさぼさの髪に汚れた服、鈍く光る刃。手入れのされていないその装備と雰囲気から、ギルバートが雇った盗賊たちであることは明らかだった。
「そこをどいてください。急いでいるんです」
アルビが静かに言うと、男たちは一斉に剣を抜いた。
「それは無理な話だ。誰も通すなって命令だ」
数秒後、戦いが始まった。
アルビは杖を構え、男たちの攻撃を身軽にかわしていく。重たい一撃を躱し、間合いを詰めては一撃で無力化する。動きに迷いはない。力ではなく、技で戦うアルビの姿に、敵は次第に怯み始めた。
やがて、一人、また一人と逃げ出していく。その中には、先日ギルバートといた体格のいい男二人の姿もあった。
数分後、地面に倒れ伏したのは盗賊たちだった。
息ひとつ乱さず、アルビは血のついた杖を握り直し、廃教会へと足を速めた。
*
廃教会は、外壁の半分が崩れ落ち、屋根の一部も抜けている。何年も使われていないのは明らかだった。
その中に踏み込んだ瞬間、アルビは祭壇の前に捕らわれたアンナの姿を見つけた。
「アルビ!」
アンナが悲痛な声で叫ぶ。その両腕は縄で縛られ、ギルバートが背後に立っていた。
「よく来たな」
「ギルバート、アンナさんを離せ!」
叫ぶと同時に、アルビは杖を構え、ギルバートへ駆け出した――その瞬間。
横から突如、凄まじい衝撃が飛んできた。
アルビは咄嗟に杖で受け止めたが、力は凄まじく、そのまま弾き飛ばされた。受け身を取りながら起き上がると、そこにいたのは、大剣を肩に担いだ屈強な男だった。
男は無言で酒瓶を煽ると、空になった瓶を足元に投げ捨て、大剣を振りかぶった。
振り下ろされた一撃をアルビは辛うじてかわす。地面が抉れ、石畳が割れた。
(今までの奴らとは、まるで違う……)
直感が警鐘を鳴らす。
「だりぃ……」
男は気怠げな声で呟きながら、なおも大剣を肩に乗せていた。
「こいつはエビル帝国の元騎士隊長、ガリス様だ。貴様みたいな小僧に勝てる相手じゃない!」
ギルバートが後ろで叫ぶ。まるで自分の戦果のように。
「報酬はちゃんと弾んでくださいね」
ガリスがぼそりと答えると、大剣を再び大きく振りかぶり、突進してきた。
アルビは杖で受け止める。鈍い金属音が廃教会の中に響いた。
重い。腕が痺れる。地面が軋み、膝が沈む。ガリスの一撃は、まるで岩を落とされたかのような破壊力だった。
「やるじゃねえか!」
ガリスが笑った。戦いを楽しんでいる、それが分かった。
押し負けると感じたアルビは、杖を斜めにずらして攻撃を受け流そうとした。しかし――
ガリスはその動きを読んでいた。
剣の軌道が、縦から横へと鋭く変化する。アルビの腹部を深々と切り裂いた。
「アルビ――!!」
アンナの悲鳴が響く。
血が舞い、アルビの体が崩れ落ちる。祭壇前に血の池が広がっていく。
「よっしゃあ!! アルビは死んだぞ――!」
ギルバートが勝利を確信したように叫び、拳を振り上げた。
アルビは、浅い呼吸をしながら地に伏していた。赤い液体が絶え間なく流れ、命の灯火が揺らいでいる。
「悪いな。恨みはねえが、仕事だからよ」
ガリスが静かに呟くと、大剣を持ち直し、アルビの胸に突き刺した。