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青嵐(1)

「エリーゼ様、どうかお気を落とさずに……」

「セネト殿下も本心ではなかったはずですわ。以前はエリーゼ様に対して格別に優しく笑いかけておられましたもの」

「ええ、ええ! お元気になられたら、きっとまたエリーゼ様とお会いになってくださいます」


 さめざめと泣き咽ぶエリーゼと、その周りで激励の言葉をかける数人の娘。

 昼下がりのテラスに集った見目麗しい乙女たちのお茶会。そこに何がどうして招待されてしまったリニーは、一人さくさくと茶菓子を頬張るしかなかった。


 ことの発端はつい先程。

 リニーはいつものようにセネトと朝食をとって、短時間の昼寝に付き添った。午後は王立図書館に行こうかな、なんて考えながら王子宮を出ると、エリーゼたちが待ち構えていたのだ。

 セネトの容態を詳しく聞きたいと言うものだから、とりあえず応じてみたのだが──。


「聞いてください巫女様、エリーゼ様はこの三節の間、ずっと殿下のことを心配なさっていたのです」

「食事も喉を通らず、すっかり痩せてしまわれて……どんなに痛ましいお姿だったか」


 はらはらと涙のしずくを落としたエリーゼは、悲しげに瞼を伏せて俯く。

 その姿はお伽噺に出てくるお姫様そのもので、同性のリニーでも見惚れるぐらいには美しかった。


「おやめになって、皆さん。わたくし、今日は巫女様にお礼を申し上げたくてお茶会に招待しましたのに」


 濡れた長い睫毛が瞬いて、奥の潤んだ瞳がつとリニーを捉える。


「セネト様を……わたくしの大切な御方を助けていただいて、ありがとうございます。巫女様」


 健気な心を尊ぶように、周りから溜め息がなされる。

 しかしリニーは如何せん「わたくしの大切な御方」という言い回しに引っ掛かりを覚えてしまう。

 いや、婚約者候補だったとセネト本人が言っていたし、何も間違ってはいないと思うのだが。

 リニーが曖昧に頷いたのも束の間、すかさず他の娘たちが口を開いた。


「巫女様、殿下はエリーゼ様のことをお話にはなりませんでしたか?」

「嫌ですわ、いくら巫女様と言えど婚約者との仲を語れるほど、心は開いておられないのではなくて? ……あっ失礼」

「そもそも殿下が巫女様をおそばに置いていらっしゃるのは、不思議な歌があってこそでしょう? あまり踏み入ったお話はなさらないかと」


 矢継ぎ早に投げられる刺々しい言葉を受けて、リニーはようやっとお茶会の意味を察する。

 ちらりと向かい席にいるエリーゼを窺っても、特に周りを嗜めることもせず涙を押さえるのみ。しかしリニーの困った顔に気付いては、にこりと優美な笑みを浮かべて。


「ねぇ巫女様、わたくしにも巫女様のお手伝いをさせていただけませんか? 先日のような失礼な真似はいたしませんから、どうか」


 それは──本人に確かめないとどうにもできない。

 セネトはエリーゼのことを少し苦手そうにしていたし、まだ悪夢が完全に消えたわけでもないしと、リニーはあれこれ理由を考えつつ手帳を開く。

 その鈍い動きを見た娘の一人が、あからさまな嫌悪を露わにして言った。


「まさか巫女様……殿下をご自分以外の女性と会わせないおつもりですか?」

「え……」


 エリーゼの表情から色が抜け落ちる。曲解にも程があるだろうとリニーが愕然としていれば、再び目の前の乙女が顔を伏せてしまった。


「いいえ、仕方ありません。わたくしではセネト殿下を癒して差し上げられないのです」

「エリーゼ様っ」


 困った。大変困った。

 身体中にぐさぐさと突き刺さる批難の視線は、鉛筆を握る手を迷わせる。何から言葉を書けばいいのか悩んでいるうちに、彼女らはさっさと次の文句に移ってしまう。

 お茶会とは名ばかりで、端からリニーの言葉など必要としていないかのように。


 こういうときに、少しだけ思い知らされるのだ。

 自分が他の人間と違うということを。



「田舎者のお前が、都会のお嬢さんがたに遊ばれるとは思わなかったな」



 とうとう文字を連ねることを放棄しかけたとき、背中にずしりと重みがのしかかった。

 リニーの背中に凭れ掛かった黒髪の青年は、怪訝な表情を浮かべるエリーゼたちを眺めて笑う。


「そう警戒せずとも。俺は可憐なお嬢さんがたの声に釣られて、ふらりと立ち寄ってしまっただけですよ。おまけに何かちんちくりんもいましたが」


 ちんちくりんとは私のことかと、リニーは青年の手を払う。不機嫌に後ろを振り返ってみれば、見慣れた憎たらしい笑顔がこちらを見下ろしていた。

 小麦色の肌と垂れた眦、右目の泣きボクロ。昔から変わらない軽薄そうな顔が、今日は一段と意地悪く見える。


「よぉ、元気にしてたかリニー。愛しのお兄様に再会の挨拶は?」


 愛しくもなければお兄様でもない。べっと舌を出したリニーは、手帳を閉じて立ち上がった。

 思わぬ乱入者にエリーゼたちが呆けている隙に、さっさとテラスを出てしまう。

 モヤモヤとした胸を、抱き締めた手帳で無理やり押さえ込んでいると、後方から間延びした声が追いかけてきた。


「おーい、待て待て。俺ここの構造わかんねぇんだから、お前が案内しろって」


 これを無視して歩みを止めずにいれば、がしっと肩を掴まれる。

 ぐるんと体を反転させられたリニーは、血色のよい頬をむにむにと両手で押し揉まれながら抗議の拳をあげた。


「俺を無視するたぁ良い度胸だな、ん? このサムエル様が、なかなか戻ってこねぇポンコツ巫女の手伝いに来てやったってのに──ぐっ」


 サムエルの自信たっぷりな顔を手のひらで押し返しつつ、リニーは大きく口を動かした。


『かえれ』

「……帰れだとぉ!? こら待て! リニー!」


 サムエルが唇の動きを読み取る寸前に踵を返し、そそくさと廊下の角を曲がっては逃走する。

 やがて名を呼ぶ声が完全に聞こえなくなってから、リニーは大きな溜め息と共に項垂れた。


(やっぱりサムエルが来た……)


 リニーの苦手な男──いや、もはや天敵。

 サムエルは東の集落を治める一族の男児で、次の長になることが決まっている身だ。

 互いに歳が近かったせいか、何かにつけて意地悪をしてくるサムエルのことがリニーは苦手だった。おまけに家まで近いものだから逃げ場がなかった。

 もちろん幼いときに比べたら、今はサムエルも大人になったが……意地悪を完全にやめたくれたわけでもなく。


(セネト王子に変な絡み方したらどうしよう。さっきだって勝手にお茶会に乱入してきたし)


 おかげで息苦しい席から離れることは出来たけれど、素直に礼を言える気分ではなかった。


 ──殿下をご自分以外の女性と会わせないおつもりですか?


 ふと、先程突き付けられた言葉が脳裏をよぎる。

 そんなつもりはない。リニーは今さら心のうちで反論しつつ、いじけた顔で自室へと向かったのだった。


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