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翼がなくとも空は飛べる。むろん合法

 重力が減った。それなのに、青山ちゃんは今日も校庭のベンチで非常にゆっくりと菓子パンを食べている。


「……」

「……」

「……えーと」

「……」

「……あんぱんおいしい?」

「……べつに」

「べつにかあ」


 青山ちゃんは、私といるときは、あんまり自分から話すということをしない。でも、たぶん嫌われているわけじゃない。話したいことがあるときは、何か話してくれることもある。


 青山ちゃんは、すごく合理的な子だ。なんというか、人間関係ということに対して、してはいけないことを、熟知しているのだ。だから、クラスでは、いやな奴って思われないくらいには話すし(変な人だとは思われているだろうけど)、愛想だってよくする(むろん、最低限だけど)。だから、彼女は、一人でいることが多いのにもかかわらず、いつも余裕そうだ。


 逆に、それはすなわち青山ちゃんがなにかはなさなくていい関係というのは、それなりに信頼があるのかもしれない。うぬぼれすぎだろうか。


 グラウンドの方を見てみる。みんな軽くなった重力を存分に楽しもうと、飛び跳ねたり、バレーボールしたりしている。いつもとは段違いの高さまでボールが飛んでいて、ひやひやしてしまう。


 次に、青山ちゃんの方を見る。やはり、ゆっくりとあんぱんを食べている。下の方を向きながら。


 なんとなく、じっと青山ちゃんの方を見てみる。彼女は視線に気付く。でも、私の視線は取るに足らないものだとでもいうように、あんぱんとの対話に戻ってしまう。うーむ。


「ねえ、青山ちゃん」


 沈黙に飽きた私は、話しかけることにした。


「……なに?」

「えっとね、そうだなあ」


 呼びかけてから、話題を考えていなかったことにきづく。頭をどうにか回転させる。


「えっと、今君は何を考えているんだい?」


 なんだこれは。赤点の質問だ。変な語尾だし。つくづく、自分のコミュニケーション能力が嫌になる。


「え…、うーん」


 青山ちゃんは、真剣にかんがえちゃってくれている。いい子だなあ、なんて思う。


「えっとね、肉が食べたい」

「……肉?肉って、あの、お肉?」

「そう、お肉」

「うーむ」


 だいぶ予想外の返答だった。青山ちゃんのような、華奢な女の子が、たんぱく質なもののことを考えていたとは。それは、なんというか、


「それはあれだよね、なんか、男子高校生みたいだね」

「うーん……」


 彼女は、ちょっと考えた後、


「それに、なんて返答すればいいの」


 と言った。私は笑った。青山ちゃんはちょっとだけ笑った。






 重力は来週くらいからは元に戻るらしい。たまたま重力が減って、何か大きな問題が起こるんじゃないかと言われていたが、意外と大丈夫だった。政府が大げさなほどに対策をしていたからだろう。それに、私たちも、世界がへんてこになるのには、なれている。






 午後の物理の授業は、自習になった。物理の先生が頭がおかしくなってしまったらしい。理科系の教師は、何か世界に不具合があるたび、よく頭がおかしくなる。理論で説明できないことに対して、自分が今まで教えてきたことなんかが心配になってくるのだとか。だから、まじめな教師ほど頭がおかしくなりやすい。この物理の先生は、生徒に対して授業も素行云々に関しても、なかなかまじめな人だった。頭がおかしくなるのは納得なのかもしれない。ちょっとかわいそうだけど。


 自習の時間にわざわざ勉強するような学生はあんまりいない。みんな周りの人と話をしている。私も、周りの席の人と話をする。他愛のない話をする。教師の噂とか、最近のニュースとか、はやっているアニメとか配信者とか、その他もろもろ。話というのは、別に何かを意識しないでも、1時間かそこらならば続くものだ。


 ふと、青山ちゃんのことを思い出す。青山ちゃんとは、話が弾むわけではない。でも、一緒にいることが多い。うーむ。


 ちょっと遠くの席の、青山ちゃんの方を見る。彼女は、ハードカバーの本を机に広げて、手で顔を支えて(頬杖をつく、だっけ)、じっと文字を追っていた。周りの話とかには入らず、でも疎外されているのだというような雰囲気はない。不思議な感じだけど、それが青山ちゃんだという感じがする。なぜだかちょっと、うらやましく思える。なぜだろうか?


 席の近くの子に、どうしたの、ぼうっとして、と、きかれた。おっと、いけないいけない。

 えっと、ごめん、何の話だっけ。しっかりしてよー、重力だよ、重力。ああ、そうそう、少ないと、あれだよね、不思議な感じだよね。そうそう、なんか鳥とか虫とか飛行機とか、今うまく飛べないらしいよ。へえ、それはあれだね、なんというか、不思議な感じだよね。


 そんなこんなで、会話に戻る。





 

 チャイムが鳴って、終礼をして、学校が終わる。解放感によるだらっとした感じとそれに付随するざわざわ、そんな中青山ちゃんはすぐ帰ってしまうから、誰かと雑談をしがちな私は、彼女を追いかけなければいけない。


 校門ちょっと前で青山ちゃんに追いつく。声をかける。彼女は嬉しそうなそぶりはしないが、嫌そうなそぶりもしない。駅まで歩く。会話はない。電車を待つ。やはり会話はない。


 彼女はイヤフォンを取り出して、音楽を聴き始める。青山ちゃんは電車ではいつも音楽を聴く。どうやら、電車の中は本を読むと酔うかららしい。


 やがて、電車が来る。彼女は乗る。私も乗る。席が空いていたから、座る。ドアが閉まる。発進する。ゆられる。


 彼女は音楽を聴いている。私は、ぼうっとする。なんとなく、何かすることははばかられた。いつも、こんな感じ。


 じゃあなぜ私が青山ちゃんと一緒に帰ろうとするかといえば、その一つは、ぼうっとするのが嫌いじゃないからかもしれない。ぼうっとすると、いろんなことがわかる。今日は晴れだということとか、前の席の人の帽子がおしゃれだということとか、青山ちゃんが音楽に合わせてか足をちょっとゆらせていることとか。


 やがて、青山ちゃんは音楽を聴くのをやめる。降りる駅が近くなったからだ。彼女は、降りる前には必ず音楽のを聴くのをやめる。前聞いたら、特に意味はないらしい。


 イヤフォンやスマホをリュックサックに入れた青山ちゃんは、駅案内の電子看板をながめている。


 ちょっと迷ってから、話しかけることにした。


「なに聞いてたの?やっぱりスピッツ?」

「うん。そう」

「好きだねえ」

「うん。好き」


 青山ちゃんはスピッツが好きだ。というか、スピッツ以外を聴いているところを見たことがない。なんでそんなに好きなのか、聞いたこともあるけど、なんとなく、としか返ってこなかった。そんなものなのだろうか。


「そんなにスピッツ聞いて、あきないの?」

「あきない、かな」


 彼女と一緒にいると、会話がぶつ切りになる。でも、なんとなく、それが楽しかった。


 そしてやはり沈黙がおとずれる。あと1,2分で、青山ちゃんの駅だ。さて、どうするか。このまま沈黙と一緒にぼうっとするか、それとも何か話しかけてみるか。


 正直、どちらでもよいのだけれど。でも、私はほんのり迷ってみて、話しかけることに決めたのだ。えっと、そうだなあ。


「青山ちゃんはあれだよね、インドア派だよね」

「……どうして?」

「だって、ほら、せっかく重力が少ないのに、遊んだりしないし」

「まあ、うん」

「興味ないの?」

「まあ、興味はないかな」

「あれだよね、青山ちゃんは、興味のないことに興味ないよね」

「まあ、うん」

「ねー」

「そうかな、そうかも」


 なんとなく、変な会話だった。やはり私のコミュニケーション能力は低い。


 でも、興味のないことに興味がないという言葉は、青山ちゃんの一つの大きな一部分を表しているんじゃないかという気がした。


 電車は、青山ちゃんの駅に入り始めた。もうすぐで青山ちゃんは降りる。彼女とはもうすぐ明日までバイバイだ。


 ふと、ある疑問を思いついた。青山ちゃんは、私に興味があるのか、ということだ。青山ちゃんが私に興味がなかったとしたら、青山ちゃんは、よく付きまとってくる私のことをどう思っているのだろうか、と。


 青山ちゃんの顔を見る。そのなかなか整った横顔から、何かを感じ取ることは難しい。


 でも、もしそうだったとしたら、私に興味がなかったとすれば、私のことはさして何も思っていないんじゃないかな、という気がした。彼女はそういう子な気がする。


 電車が速度を下げ、やがて止まり、自動ドアが開く。彼女は非常にゆっくりした動作で立ち上がり、ドアへ向かう。その後ろ姿を私は見る。見ている。みる。みる。見る


 なぜ、私がそういう行動をしたのかはわからない。青山ちゃんの駅は小さな駅で、屋根がないところもあって、人もまばらで、見知った同級生もいなくて。でもそれに加えて大きな、単なるいたずら心以上のなにかが、あったのかもしれない。


 私は、自動ドアが閉まるすぐ前に、走って電車を降りて、青山ちゃんをみつけて、その腕をつかんだ。


 そして、飛んだ。正確にいうと、すごく大きくジャンプした。


 地面から跳ねた瞬間から、面白いくらいに私たちは上昇していって、駅や人やその他もろもろがどんどん小さくなっていって、なんというか、太陽に近づいている感じがした。青山ちゃんは少ししてから自分の身に起こったことに気がつき、それからはただただ混乱している感じだった。なんだかかわいかった。


 上昇が止まって、空中で静止した瞬間は、なんというか、すごかった。町や駅や人や太陽が、すごかった。そして私たちはふわふわとおりていった。青山ちゃんは終始無言だったけど、それはたぶんいつもの無言とは違う感じだった。




 地面についた。青山ちゃんは落ち着くことにしばらく時間を使った後、こちらをじっと見てきた。おそらく説明を求められているのだろう。でも、困ったことに、自分でもなぜこんなことをしたのかよくわからないのだ。しょうがないから、説明の代わりに微笑んでみた。青山ちゃんは、むすっとした感じになった。青山ちゃんのそんな顔を見るのは、初めてかもしれなかった。


 やがて、青山ちゃんは帰ってしまう。私はその後ろ姿に向かって、またね、といってみる。返事はなかった。それから私は、次の電車を待つ。

 いちおう連載のつもりです。多分更新速度は笑っちゃうくらいに遅いです。完結はしないと思います。


 なにはともあれ、もしここまでこの作品を読んでくれた人がいたなら、本当にありがとうございました。感謝しかないです。変な作品だったと思うけど、もしちょっとでもいいなって思ったら、いいね等お願いします。僕の自己承認欲求が満たされます。では、さようなら。

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