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2-2 *



 どこにでもある、普通の児童公園だった。

 滑り台やブランコ、砂場にジャングルジムと、何の変哲もない公園。

 人がいないこと以外、特に変わった様子はない。気になるのは、人がやってこないせいか、少し地面に雑草が多いくらいか。

「普通の公園、だね」

「そうだな」

 一緒に『仕事』をするようになって気付いたが、いわゆる『現場』になるような場所は、大抵の場合黒いモヤが漂っていることが多い。そしてそういう場所は大抵、素行の悪い者たちによる落書きでいっぱいだ。

 しかしここは、そういったモヤもなければ、落書きも見当たらない。いくらバリケードがあるとはいえ、鍵がなくても頑張れば侵入できてしまう場所なのに。

 つまりそれだけ、周辺住人の誰からも忌避されている場所なのだ。

「……何もない、ね?」

 辺りを見回しながら四葉が言う。

「ああ。だが、気配はあるな」

「気配?」

 四葉が聞き返すと、二人しかいないはずの公園内のあちこちから、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 小さな女の子の、楽しそうな笑い声。

 背後から聞こえたかと思えば、真横、今度はずっと遠くの遊具の辺りから。

「えっ、えっ? どこにいるの?」

 聞こえてくる方向にいくら顔を向けても、その姿を捉えることが出来ない。

「落ち着け。向こうの思う壺だぞ」

 慌てる四葉に対し、菖は終始涼しい顔のまま。

 ふっとあちこちから聞こえてきた笑い声がおさまると、今度は囁き声が聞こえてきた。

《……アソビマショ? アソビマショ?》

 やはり女の子の声。

「……遊びま、しょう?」

 呟いた四葉の目の前に、突然すうっと真っ黒な人影が現れた。全身が真っ黒で、髪の長い、目の部分が一際真っ黒になっている人の形をしたナニか。

《アソビマショ?》

「うわっ!」

 四葉が驚いて尻もちをつくのとほぼ同時に、菖が木刀を振るったが、僅かに当たらなかった。

「ち、素早いな」

 菖が舌打ちする。ただでさえ姿が見えないのに、あちこちに神出鬼没となると厄介だ。

「大丈夫か?」

「う、うん……」

 差し出された菖の手を掴んで、四葉も立ち上がる。

「現れるのを待ってたんじゃ、埒が明かないな」

「そうだね。どうしよう……」

 相変わらず、女の子の『アソビマショ?』があちこちから聞こえていた。

 この悪霊の女の子は、遊びたいのだろうか?

 そう思った時に、四葉はふと、陽葵の言っていたことを思い出し、閃いた顔をして菖を見た。

「あの女の子『遊びましょう』って言ってるし、遊んでたら出てきたりしないかな?」

「そういや、遊具で遊んでると後ろから押されてケガしたりするんだっけか」

「うん、だから遊んでたら、一緒に遊ぶために出てこないかなって」

 四葉の説明に、菖はなるほどと頷くと、公園内の奥にある滑り台を指差す。

「よし、四葉。遊んでこい」

「え、僕一人で!?」

「当たり前だ。俺は出てきたら祓わないといけないからな」

 木刀を肩に担いだ菖が、当然だろう? という顔で踏ん反り返っていた。

「わ、わかった……」

 四葉は抱きしめていた自分と菖の通学鞄を、出入り口近くのベンチに置くと、言われた通りに滑り台に向かって駆けていく。

 あちこちペンキが剥がれ、少し錆が目立つ金属製の手すりに階段。小柄な高校生の四葉がギリギリいけそうな幅しかない。

 てっぺんまで昇り、金属のアーチをほぼ膝をついたような状態でくぐって、地面まで繋がる曇り切った鏡面のスロープをすーっと滑り降りた。

 特に何も起きない。滑り降りた先に、いつからあるのか、小さな猫のマスコット人形のようなものが落ちていて、それに気付いたくらいだった。

「……もうちょい楽しそうにしろよ」

「そ、そんなこと言われても!」

 遠くから野次を飛ばす菖に返事をしながら、四葉は猫の人形を拾うと近くにあったベンチの上に乗せる。それからもう一度ぐるりと回って滑り台の階段までいくと、今度は声をあげて滑り降りた。

「わ、わーい!」

「棒読みすぎだろ」

「そんなこと言うなら菖くんもやってよ!」

「えー、だるい」

「もー!」

 相変わらず、横暴で勝手極まりない。

 むっと頬を膨らませながら、四葉が三度めに滑り台の階段をあがって、そのてっぺんに来た時だった。

《……キャハハ》

 背後の階段から、先ほど聞いた笑い声が近づいてくる。

「! 四葉、早く降りろ!」

 菖に言われ、四葉は慌てて滑り降りてから振り返った。ちょうどてっぺんについた女の子が、自分と同じように滑り降りてくるところ。

 全身が真っ黒で目の当たりだけが一際黒く、シルエットで髪が長くてスカートを履いた女の子だというのは分かった。

「出た!」

 さすがに捕まるのはマズイだろうと本能的に察知して、四葉は滑り台から離れるように駆け出す。公園の奥の方へ向かおうとブランコの近くを通った途端、突然ブランコの座面が大きく揺れ、四葉の頭に向かって飛んできた。

「あっぶなっ!」

 咄嗟に頭を下げて、何とか間一髪のところで避けきる。

 ブランコの方をみれば、いつの間にか女の子が座っており、足を大きく揺らして漕いでいた。

「怖いー!!」

 今度はさらに奥へと駆けていき、砂場の方に向かう。

 砂場の中に一歩足を踏み入れると、その中心から大きな渦が巻き始めた。

「えっ! 何これ!」

 砂場全体が、まるで人を飲み込む蟻地獄にでもなったかのよう。

 四葉が慌てて足を取られる寸前に砂場から脱出すると、渦の中心からあの黒い女の子が上半身だけを出してこちらを見ていた。

「もうやだぁ!」

 半分泣きながら、四葉は公園内をあちこちに駆け回るように逃げる。

 しかしクスクスと楽しげな笑い声は続いていて、四葉の少し後ろをずっと追いかけてきた。

「四葉、あれに登れ!」

 出入り口近くにいる菖がそう叫んで木刀で指したのは、細い金属の棒を格子状に組み合わせて作られた、ジャングルジム。

「わ、わかった!」

 ──菖くんのことだから、多分何か考えてる、はず!

 四葉は言われるままジャングルジムに向かって駆けていき、そのまま金属の棒を掴んで上を目指す。児童公園のジャングルとはいえ、自分の背丈よりはずっと高い。

 二つか三つめの横棒に足を掛けるために一瞬だけ下を向き、ふっと視線を上に戻した時には、黒い女の子がジャングルジムのてっぺんからこちらを見下ろしていた。

《……タノシイネ、タノシイネ》

 真っ黒く窪んでいるだけの瞳が心なしか細められ、口のある辺りがニヤリと笑ったように釣り上がる。

 そしてその次の瞬間には、掴んでいたはずの棒の感触がふっと消えてしまった。

「うわっ!」

 同じように踏みしめていた部分の感触もなくなり、突然空中に放り出されたような感覚。

 ──落ちる……!

 が、背中が地面にたどり着くよりも早く、後ろから誰かが支えるようにして抱き込んでいた。

「……よくやった!」

 気付けば真横に菖の顔。落ちる前に菖の腕が抱き留めたらしい。

 そして反対の腕は木刀をまっすぐジャングルジムの上に向かって伸ばしており、黒い女の子のお腹に突き立てていた。

「手こずらせやがって! ()()()()()()()()(ハラ)(タマ)(キヨ)(タマ)エ!」

 菖が叫ぶと、あのシルエットだけだった女の子の形が、一気にボコボコと入道雲のように膨れていき、紫を帯びた強い光と共に内側から爆発して霧散する。

 キラキラと黒い灰のような塵が舞うも、すぐに溶けるように消えてしまった。

「……い、今のは?」

「ん? ああ、無事に祓えたよ」

「よ、よかったぁ」

 落ちた瞬間は棒を踏んでいた感覚がなくなった、と思ったのだが、足はしっかり地面についていたらしく、菖の腕に凭れかかっている状態。

 ひとまず離れようと足を一歩踏み出したのが、無事に終わった安心感からか、四葉は腰が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。

「遊んで誘き出すってのは、なかなかいいアイディアだったな」

 膝をついて屈んだ菖が、どこか楽しそうに四葉を覗き込んで笑う。

「……うまくいってよかったよ」

 四葉としてはジャングルジムから落ちてしまった時点でもうダメかと思っていたので、菖の顔をみて妙にホッとしてしまった。

「お前の本来の『仕事』は、こっちだろう」

 大きく息を吐いた四葉に、菖はそう言って手を伸ばす。

 顎を掴まれ、顔を引き寄せられ、小さく開いた唇を菖の唇に塞がれた。

 ──そうだ、菖くんに『補給』するのが、僕の『仕事』

 唇で触れ合って、自分の中の余剰な霊力を、必要とする人に渡すための行為。

 それ以上でも以下でもないはずだけれど、やはりどうしても気恥ずかしくて、四葉はそっと目を閉じる。

 触れ合っていた熱が、そのうちゆっくり離れていったので、ようやく目を開けた。

「──うん、実にいい『非常食』だ」

 妖艶につり上がった目がじっと見て、珍しく口角を上げて笑う。

「……お、お粗末様です」

 眩しすぎて、四葉は目を伏せてそう答えることしかできなかった。

「よし。ひとまずこれで、ここの依頼は完了だな」

 菖がそう言って立ち上がる。

 それからまだ地面に座り込んでいる四葉に向かって、手を差し出した。

「ほら、帰るぞ」

「は、はい!」

 四葉も菖の手を掴んで立ち上がる。

 砂まみれの制服のスラックスをはたき、誰もいない公園を出る頃には、空が夕焼け色になっていた。


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