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紫紺の石と真白の石〈3〉*

「じゃあ、綺麗なの作ってくれよ。期待してるぞ」

「う、うん」

 菖の言葉に四葉が頷くと、陽葵がこちらに呼びかける。

「さ、準備ができましたよ」

 言われてダイニングテーブルのほうへ近づくと、テーブルの上には握り拳で隠れてしまうほどのサイズの、くすんだ銀色を放つ鋼石が置かれていた。そしてその鋼石をぐるりと囲むように『隠匿』の護符が周囲に配置されている。

「あれ。もしかして、ブレスレット外した方がいい?」

「いえ、四葉くんはつけててください。流し込む場合は鋼石に触れるので『隠匿』の機能が有効でも問題はありません。ですが……」

「ですが?」

「四葉くんが大量の霊力を注いで生成される御霊鋼が、どのくらいの霊力を持つ石になるのか、正直検討がつかないんですよね。なので、かなり強い霊力をもった御霊鋼が出来ても大丈夫なよう、保険のために札を置いてあるんです」

「な、なるほど」

 霊具用に加工する前の瑞白石は、石そのものが強い霊力を放つという独特の性質を持っており、生成作業は『隠匿』の結界を強めに張った場所で行うのが望ましい。

 もちろん、菖の住んでいるマンションは建物全体に『隠匿』の結界を張ってあるほか、強い霊力を持つ菖がゆっくり休めるよう、この部屋にも強力な『防護』と『隠匿』の結界を施してある。

 だが、未知数の霊力を持つ四葉が作り出す御霊鋼が、どれだけの代物になるかは分からないのだ。

「……じゃあ、始めるね」

 四葉はそう言うと、まだ何色にも染まっていない鋼石を両手ですくいあげるようにして持つ。初めて見た石だが、思っているより少し重い。

 それから四葉は鋼石に額をくっつけると、菖に『補給』する時のように目を閉じ、自分の内側にある不思議な感覚の何かを石に向かうように念じる。

 菖と出会い、『補給』の名目で霊力を渡すようになってから、四葉はなんとなく霊気や霊力が流れている感覚が分かるようになった。きっと、この世界に触れなければ一生分からなかったものだろう。

 ──注げるだけ注いでみよう。

 そう思いながら、四葉はこのどことなく暖かくて不思議な感覚を、石に向かって流し込んだ。

 暖かいこの流れを感じていると、不思議と心が落ち着く。

 ──もっと、このまま……。

「四葉くん!」

 陽葵の叫ぶような呼び声に、四葉はハッと我に返って目を開けた。

 手のひらを見ると、くすんだ銀色をしていたはずの鋼石が、真っ白に変色している。つるりと光る透明感のある真白の石は、ただ白いだけではなく、ほんの少しだけ翠色を帯びていた。

「……綺麗」

 自分の手のひらから溢れている霊力は、確かに平凡な白色だったはずだが、こうして凝縮されるとこんなにも美しいのか、と四葉は一人感心する。

 霊力は個々人によって固有の色を持つそうだが、きっとこの『少し翠色を帯びた白』が自分特有の霊力の色なのだ。清廉でいてどこか優しい色合いに、なんだか嬉しくなる。

「菖くん、陽葵くん! これ、どうかな?」

 純粋に喜びの声をあげる四葉と打って変わり、菖と陽葵はその真白の石を見つめて明らかに困惑していた。

「……なんつーもんを作り出してんだ」

 菖はそう呟きながら戸惑うような顔で近づき、四葉の手のひらで生まれた石をそっとつまみ上げる。石を見つめる表情は、ずっと強張ったままだ。

「陽葵、『鑑定鏡』を」

「はい」

 差し出した菖の手のひらに、陽葵が金色の丸い板にレンズをはめ込んだ、まるで取手のない虫眼鏡のようなものを乗せる。菖はそれを親指と人差し指でつまむように持つと、四葉の生み出した御霊鋼にかざし、レンズ越しに見つめた。

 しばらくすると『鑑定鏡』と呼ばれた虫眼鏡の、レンズの周囲にある小さな透明の石が七つ、白く光り出す。

「数値は七か。まぁギリギリ『瑞白石』ではあるが……」

「七ですか。マズイですね」

 二人が『鑑定鏡』を覗き込んだまま深刻な顔をしているので、四葉は心配になって一人オロオロしていた。

「え、あの。なんか良くない、の?」

 しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。

「いや、その逆だ。良すぎるんだよ」

「……え?」

 菖は手に持っていた『鑑定鏡』を四葉の眼前に差し出して見せる。

「これは『鑑定鏡』と言って、出来た御霊鋼の種類と能力値を簡単に計測する霊具。レンズの周りに石が十個ついてるだろ? この石が光った数が能力値で、色が種類を表すわけだが──」

 言われて四葉は光った石を数えた。やはり光っているのは七つだけ。

「白い色で七つ光ってるね。ってことは、能力値は七で『瑞白石』ってことで、あってる?」

「ああ、あってる」

 ということは、何もない鋼石から無事に回復能力を持つ御霊鋼の『瑞白石』を作り出したということだ。初めてでも無事に作り出せたので、四葉はホッと胸を撫で下ろす。

「でも、さっきギリギリっていってたけど、ギリギリ『瑞白石』になった、とかなのかな?」

 何せ修行もなにもしたことのない、霊能力初心者なのだ。なんでもない石から御霊鋼を作り出せただけでもすごいことではないだろうか。

 しかし、陽葵と菖の険しい表情は変わらない。

「……能力値が八以上の『瑞白石』は、上級の『銀星石(ぎんせいせき)』と呼ばれるようになります。そして、上級以上の石は、辺りを『神域』に変えるだけの凄まじい霊力を持っているんです」

「えっ」

「んで『鑑定鏡』の石が十個全部光ったら特級って言って、呼び名も『神籬石(ひもろぎせき)』になる。これは『銀星石』よりも広く範囲で、強い浄化が必要な澱んだ場所でも『神域』に塗り替えるような、伝説級の代物だ」

「ひろ、ひも、ひろもぎ……?」

 言葉が難しくて、うまく言えない四葉に、菖が呆れたような顔をする。

「ひもろぎ、だ。神様の依代になるものをそう呼ぶんだよ」

「上級以上の石は、浄化が必要な土地に神社を建てる際、御神体として祀るために生成することがあります。ですがそれは、特級の祓い師数名が何年もかけて霊力を注がないと作ることは出来ません」

 つまり能力値が八以上のものは、そう簡単にお目にかかれるものではないということらしい。

 そして、四葉が生み出した瑞白石の能力値は『七』。

「ええっと……じゃあつまり?」

「お前の霊力がとんでもない化け物級ってことだよ」

「えぇっ!」

 数名がかりで何年もかけて作るようなレベルに限りなく近いものを、たった一人で、それもわずか数分で作ってしまったのだ。菖と陽葵が困惑するのも仕方がない。

「これ、どうします?」

「『上』に報告はしなきゃダメだろ、さすがに」

「そうですよね……」

 相変わらず二人は眉をひそめており、なんだか大事になってしまった気配がする。ちょっとした興味本位がこんなことになってしまうなんて、四葉としても予想外だ。

「四葉くん。霊力を注ぐ時って全力でやりました?」

「えっと、菖くんに『補給』する時みたいに、普通にやった、けど……」

「じゃあ限界まで注いだとかか?」

「ううん。声かけられたから止めちゃったけど、まだ全然注げると、思う……」

「……たしかに、霊力切れは起こしてねぇな」

 困惑したままの顔で質問され、同じように困惑した顔で返したが、二人の眉は下がったままである。

「四葉くんの霊力って、切れることあるんですかね?」

「わからん」

「もしかして四葉くんの霊力も、以前より増えてる可能性ありませんか?」

「『補給』で使った分、強くなってる、とかか?」

「それはあり得ますね……」

 陽葵は菖から、四葉の作り出した『瑞白石』を受け取ると、その真っ白な色をジィッと見つめた。

 霊力というものは、使えば使う分だけ代謝が上がり、保有できる量や回復量も少しずつだが増えていく。過剰な量を持ちつつも使われることのなかった四葉の霊力が、今はこうして菖に『補給』という形で使ってしまっているので、その可能性は高いだろう。

 しかしこれも憶測にすぎない。なにせ過剰症の人間は過去に存在してはいたものの、短命だったことやその他の理由から、能力に関する情報が消失していて分からないことが多いのだ。

「ひとまずこれは、要さんに送って正式な鑑定を依頼します。場合によっては『当主会議』で報告のために披露することになるかもしれません。なので、菖に渡すのは少し先になりそうですが、大丈夫ですか?」

「別に急いでるわけじゃねぇし。むしろ正式に調べて欲しいくらいだ」

「分かりました」

 陽葵の返事を聞きながら、菖が脱力したように肩を落とし、ソファに戻って腰を下ろす。

「……四葉くんが全力でやったら、『銀星石』くらいなら出来ちゃいそうですね」

「下手するとそのうち一人で『神籬石』も作ったりしてな」

 冗談のように言ってみたものの、四葉ならやってしまいそうだな、と二人して思ってしまった。

 自分たちの摘み上げた『幸運のクローバー』は、予想以上にとんでもない代物だったかもしれない。

「霊力操作は別の練習方法を考えましょう。御霊鋼作りは本当に『伝説』を作りかねませんので。四葉くんも、うっかり作ったりしないでくださいね」

「わ、分かった……」

 陽葵は四葉の返事にニッコリ笑うと「要さんに報告してきますね」といって『瑞白石』を持って部屋を出ていった。

 すると先ほどまでの緊張感や騒がしさも、一気に波が引いたように静かになる。

「なんだか、大変なことになっちゃったな……」

 菖と二人きりで部屋に取り残された四葉は、ポツリと呟いた。

 ちょっとした興味本位が、まさか伝説に近いものを生み出す結果になるなんて。

「悪いことじゃねーんだから、そんな顔すんなよ」

「うん、でも……」

「お前をこっちに引き込んだ時点で、こういうことは織り込み済みなんだ。気にしなくていい」

 ダイニングテーブルの近くに立ち尽くしていた四葉は、ソファからそんな言葉をかけてくれる菖の隣にそろそろと近寄って、ゆっくり腰を下ろす。

 すると菖はまるで当たり前のように肩に腕を回し、グッと身体を引き寄せた。

「ただ、こっちの予想を遥かに上回る凄さで、俺も陽葵も驚いてるだけだよ」

「そんなにすごいの?」

「ああ、誇っていいぞ」

「……そっかぁ」

 菖の胸元に頭を預け、四葉はホッとしたように言う。

 どうやら自分は、『補給』以外のことでもちゃんと菖の役に立てるようだ。

 何せそのために知らなかった世界に飛び込んだのだから、褒めてもらえるのは素直に嬉しい。

「……ただ凄すぎる分、身内も敵になりかねないがな」

「えっ」

 いつになく冷たい言葉に驚いて四葉が見上げると、菖の視線がすっとこちらを見つめる。

「お前の能力の凄さに目が眩んで、お前を奪おうとする味方も出てくる可能性があるってことだ」

 強い力に溺れ、魅せられた者は、信頼を裏切り、平気で他人を踏み躙るものだ。

 その考えは、稀有な力を持ち、他家から狙われて続けてきた菖の、経験からくるものだろう。

 わずかに眉を寄せた菖の表情からは、何かを覚悟しているような、強い感情が滲んでいた。

「だから、俺から絶対離れるなよ。お前のことは俺が守るからな」

「うん」

 力強い菖の言葉に、四葉は少し照れながらも大きく頷く。

 ──周りが敵だらけになっても、菖くんがいてくれればきっと大丈夫だ。

 確かな根拠はないけれど、四葉の胸はそんな確信でいっぱいだった。

 ニコニコと笑った顔を菖に向けていると、不意に顎を指先で掴まれて、唇と唇が触れる。

 目を閉じると、甘くて爽やかないつものシャンプーの香りに、すこし汗を混ぜたような匂いがふわりと漂ってきた。そういえば、先ほどまでトレーニングのために身体を動かしていたなぁ、と四葉はぼんやりと考える。

 仕事のパートナーとして、霊力の補給者として、そして想いを寄せ合う相手として、これは当たり前の行為。

 ふっ、と息を吐くように唇が離れると、綺麗な流線を描くツリ目にジィッと見つめられる。

「……足りないな」

「へ?」

 キョトンと目を丸くしたのも束の間、大きな手が四葉の肩を掴み、そのままソファの上にぐっと押し倒された。

「え! い、今ので足りなかったの?」

「ぜーんぜん」

「絶対嘘じゃん!」

 何せ今日の菖は仕事もないからと、ずっと家で筋トレしかしていない。霊力を込めての素振りを多少はしていたけれど、一度のキスで足りないほどの消耗はしていないはずだ。

「……うるせぇ、おとなしく食われてろ」

 菖がそう言って、首筋や耳元に舌先をぬるりと這わせていく。

「んぅ」

 なぞられた箇所からゆっくりと、内側を浮かす熱を流し込まれたみたいに熱くなって、四葉はたまらず身じろいだ。

「それとも、『補給』以外で俺とこういうことするのは嫌なのか?」

 つ、と糸引く舌先をチラつかせながら、覆い被さったままの菖が囁くように四葉に尋ねる。

 ここでその質問は、とてもズルい。

「……い、嫌じゃない、です」

 顔も耳も真っ赤にして、困ったような顔で四葉が答えると、菖は満足そうに笑う。

「じゃあ問題ないな」

「え、あ、ちょっと!」

 こちらの制止などお構いなしに、綺麗な唇に再び唇を奪われた。今度は分厚い舌が口内に侵入してきて、深く深く、二つの唾液を丁寧に混ぜ合わせていく。

 ──ああ、菖くんには敵わないや……。

 熱を重ねる音に耳をすませながら、四葉は菖の胸元にしがみつき、ゆっくりと目を閉じた。



〈了〉

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