紫紺の石と真白の石〈2〉
ブレスレットを見ていた四葉はふと、陽葵の話の中で気になった部分があったのを思い出した。
「そういえば、自分の霊力を込めたものを渡すのって、何か意味があるの?」
妙に意味ありげに話されたものの、その明確な理由は話の中に出ていない。
純粋な疑問として聞いたのだが、陽葵がふっと優しい笑顔を見せた。
「霊力のわかる護家の人間や祓い師たちの間では、求婚や愛の告白をする時に自分の霊力を込めた霊具を渡すんですよ」
「えっ」
「元々、護家の祓い師同士が婚姻する際、互いの霊力をこめた御霊鋼を交換するという習わしがありまして。それが現代では求婚や告白を意味するようになったんです」
霊力の色は指紋や瞳の虹彩のように個人で違い、修行によって変化はするが、基本的にその人しか持ち得ない色を放つ。そんな唯一無二の色をもつ御霊鋼を交換することで、お互いを伴侶として認めるという意味があるらしい。
「最近は仕事のパートナー同士で信頼の意味も込めて交換することも多いんですけど、異性同性問わずそのまま結婚される方が圧倒的に多いので、求婚の意味合いが強いですね」
「そ、そうなんだね……」
「離れていてもそばで守りたい、という想いがこもってるんですよ」
だからこそ、このブレスレットを作った当初は菖も「他意はない」と答えたのだろう。しかし今となっては、それこそ本心ではなかったのかもしれない。
少し前のことのはずなのに、なんだか妙に懐かしい気持ちと、その時から強く想われていたのだと分かってしまって、顔が急騰したように熱かった。
「……あ。陽葵くんは、要さんからもらった霊具をつけてるんだよね? どんなやつ?」
「はい、見ますか?」
陽葵はそういうと着ていたTシャツの襟首に手を入れて、首にかけていた細い金色のチェーンで出来たネックレスを取り出す。ネックレスには八枚の花弁をもつ花のようなデザインのペンダントトップがついていて、その花びらもチェーン部分と同じ赤みのある金色をしていた。
ツリ目猫に扮していた妖魔と戦った際、自分と陽葵を助けてくれたあの金色の結界とソックリの色をしている。
「……それが要さんの霊力の色なんだね」
「ええ。あの猫の妖魔に結界を壊された時も、これのおかげで死なずに済んだんですよ」
繊細なデザインの金色の花は、まるで複雑な術式で組まれた結界のようだ。
「……そんなに頻繁には会えませんが、守ってもらってるんです、ずっと」
そう言う陽葵の表情が今まで見たことないくらいに優しく微笑んでいて、四葉もなんだか嬉しくなる。
「じゃあ陽葵くんも、要さんにあげたりしたの?」
「はい。左手の小指につけている指輪がそうですよ」
言われて要の姿を思い出してみるが、さすがに指にどんなものをつけていたかまでは思い出せなかった。今度会う機会があれば、こっそりチェックしてみようかな、と四葉は考える。
「……あ、でも薬指じゃないんだね」
「私がまだ学生なのもありますが、そっちの分は正式に一緒になる時に、と言われていますので」
「そ、そっか! なるほど……」
陽葵が全く照れる様子もなく、当たり前のことのように言うので、何故か四葉が照れてしまった。二人が互いにどのくらい信頼し合っているのかが、少しだけ垣間見えた気がする。
──なんか、いいな。
そんな風に想い合う証として互いの霊力を込めたものを持っているのは、正直とっても羨ましい。
四葉はそんなことを考えながら、自分の手をジィッと見つめる。ブレスレットのおかげで自分の霊力もしっかりと視えているものの、その色はなんの変哲もない綺麗な白色だ。
「四葉くんも、菖にあげたいんですか?」
「えっ、あっ、うん……」
手のひらを見つめて黙ってしまったので、陽葵には自分が何を考えているのかが分かってしまったらしい。
「でも、迷惑じゃないかな。全然何の効力もない霊力だし」
「そんなことありませんよ。四葉くんの白い霊力をこめれば『瑞白石』という、霊力を回復させる能力をもつ御霊鋼になるので、欠乏症の菖には大きな手助けになります」
確かに霊力を回復させるアイテムになるのなら、欠乏症により回復力の低い菖にとっては大きな手助けになりそうだ。それなら作ってみるのも悪くない。
「それに、鋼石に霊力を込める訓練は、霊力の操作練習にもなるので、四葉くんにはぜひやってもらいたいですし」
「霊力操作の練習? 僕にも必要なの?」
「ええ。祓い師達は武具や霊具をしっかり扱えるようにするため、まず霊力を操作する練習から始めるんです。四葉くんも霊具を持って菖のパートナーとして仕事をしていく以上、最低限の霊力操作はできたほうがいいですね」
「そっか……」
確かに、菖に霊力を『補給』するだけの存在とはいえ、パートナーとして護家の仕事をしていくのであれば、祓い師たちのように霊力を扱えたほうがいいだろう。
「霊具を操作できるようになれば、視えすぎるのが嫌な時に視覚を調整したり、補給のために隠匿を一時的にオフにしたり、なんてこともできますよ」
「へー、そんなこともできるんだ!」
「はい。まぁ、補給は普段口移しでしてるので、隠匿のオフは不要かもしれませんけどね」
「あ、う、うん。そうだね……」
陽葵に改めて言われてしまうと、妙に恥ずかしいものがあり、四葉は顔を赤くした。
「もうすぐ年に一度の七ヶ瀬家による『当主会議』があります。実はそこで、護家の上層部と顔合わせをしたいからと、四葉くんと菖は召集を受けていまして。そこで霊力を披露することになるでしょうし、練習はしておいたほうがいいですね」
「と、当主会議……?」
「はい。系列の各護家の当主が集まって、一年間で起きた様々な出来事を報告し、必要に応じて対応を検討したりするんです。そこで鳴崎家と浦部家からの報告の一つとして、菖の状態と四葉くんを紹介することになってまして」
「ええっ!」
四葉が驚きのあまり大声を上げると、トレーニングをしていた菖が気付いてこちらにやってくる。
「どうかしたか?」
滴る汗をタオルで拭く姿も妙に様になってしまうので、美人な顔というのはすごいなぁ、と四葉はうっかり見惚れてしまった。
しかし今はそれどころではない。
「その、なんか『当主会議』っていうのに、僕も行かなきゃいけないって聞いてビックリして……」
名前だけでもなんだか、偉い人たちが大勢集まっている雰囲気を感じるし、そんな場所に場違いも甚だしい平々凡々な自分が放り込まれると思うと、想像するだけで緊張してしまう。
「ああ、なんだその話か」
しかし菖はそんなことか、と鼻で笑うような表情で汗を拭きつつリビングの大きなソファーに腰を下ろした。
「たいしたことじゃねーよ。霊力欠乏症の俺が、過剰症のお前のおかげで日本刀を握れるようになりましたーって報告しにいくだけだ」
「それに過剰症の人はすごく貴重な存在なので、四葉くんがどんな人物なのかを紹介するだけです。そんなに気を負わないでください」
「そ、それなら……大丈夫、かな」
二人の言葉に、四葉はヘロヘロとよろけながら菖の隣に腰を下ろす。
「まぁ、そん時は俺も一緒にいるんだから、心配することなんかねーよ」
「う、うん……」
頷く四葉の頭を、菖がよしよしと撫でた。なんだかそれだけで、絶対大丈夫だ、という気がしてくるから不思議なものである。
「多分その場で、霊力の測定を求められると思いますので、その時に霊具の持つ『隠匿』の機能だけをオフにする必要がでてくると思うんですよね」
「あー、それはありそうだな」
「そっかぁ」
今は悪霊たちを欺くため、本来持っている溢れるような大量の霊力を霊具のブレスレットで隠している状態だ。それを計測したいとなると、ブレスレットを外すか機能をオフにする必要がある。しかし、ブレスレットを外すと霊力も視えなくなるので、ちゃんと自分の力を放出出来ているかが分からない。それならやはり、個別で一時的にオフに出来た方が便利に思えた。
「それなら、やっぱりそういうのは出来るようになったほうがいい、よね?」
「ええ、今後のためにも出来たほうがいいでしょう。ではまずは『当主会議』でのお披露目に向けて、霊力操作の練習も兼ねてやってみましょうか」
陽葵はそう言うと、早速ダイニングテーブルに広げた霊力や護家に関する資料を片付け、御霊鋼の生成に必要なものの準備を始める。
「……しかし、顔合わせもあるとはいえ、なんでまた霊力操作の話になんかなったんだ?」
ソファに座ったままの菖が、妙に嬉しそうに準備する陽葵を眺めながら四葉に訊いた。
「実は、霊力の色の話から御霊鋼の話になって。それで御霊鋼を作ってみたいなって言ったら、じゃあ霊力操作の練習になるしいいねってなって……」
「ああ、なるほどな」
護家に生まれ、大なり小なり霊力をもつ子どもは、霊力を増やしつつ操作能力を鍛える必要があるのだが、そもそもの霊力を一定量以上に増やさなけば操作練習のスタートラインにすら立てない。その点四葉は、すでに充分すぎる霊力を持っており、操作能力さえ鍛えれば即戦力になりえるのだから、陽葵が張り切るのも仕方がない話だ。
「四葉が作るとなると出来るのは『瑞白石』か」
菖はそう呟くと、すぐ隣に座る四葉のほうに視線を向ける。
「じゃあ、綺麗に出来たら俺が貰っていい?」
「……へっ! あ、うん。いい、よ」
欲しいと言われるなんて思ってもいなかったので、四葉は声を裏返しながら頷いた。
「まぁ、元々四葉くんが菖にあげたいから作りたいって言い出したのが最初なので、心配しなくても菖のものですよ」
「あ、ちょ、陽葵くん!」
ダイニングテーブルで準備を続ける陽葵に、早々にネタばらしをされてしまって、四葉の顔が一気に赤くなる。
「なーんだ。じゃあ最初から俺のだったわけか」
「……そう、です」
陽葵と要が、想い合っている証として互いの霊力を込めた霊具を持っているのが羨ましかったから、という本当の理由までは、流石に恥ずかしくて言えそうになかった。




