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9-1

 月曜になっても、頭と腕の包帯は取れなかった。

 ──まぁ、仕方ないよね。

 金曜の夜、事故に巻き込まれて隣町の総合病院にいるので迎えに来てほしい、と連絡すると、父と姉は血相を変えて迎えに来てくれた。三葉に至っては目を腫らして泣きじゃくっていたので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 事故に遭った経緯については、要が四葉の話に合わせて取り繕ってくれたうえ、鳴崎家に全ての責任がある、と本当のことは伏せつつ説明。治療費など全て負担しますと言ってくれて、帰りのタクシー代も出してくれた。

 黛家としては、四葉が事故に遭うのが久々のことだったので、無事に生きていることを喜んだ上、土曜には連絡を受けた兄の若葉と姉の双葉がお見舞いにやって来て、妙に賑やかな週末を過ごした。

 たとえ治療に専念したとしても、二日程度でケガが早々に治るわけもなく、この惨状は仕方がない。

 通学路で遠巻きに自分を見つめる周囲の視線が、同情と心配に包まれていて、四葉は随分と久々な感覚だなぁと思いながら歩く。

「お、四葉ー、どうしたそれ」

 同じクラスの同級生が、珍しく通学路で話しかけてきた。

「おはよー。ちょっと週末、事故に巻き込まれちゃって」

「なんだよ、不幸体質は治ったんじゃねぇのか?」

「あはは、どうなんだろうね?」

 でも、きっとこれで最後だと思う、とは言うことはできなかった。

 菖との契約も終わり、不幸の原因である過剰に溢れる霊力は報酬でもらったブレスレットで抑えている。これからはきっと穏やかな生活を送れるに違いない。

 何事もなく学校にたどり着き、正門から校舎の昇降口へ向かっていると、後方から妙なざわめきが聞こえた。

「なんだぁ?」

 隣にいたクラスメイトが後ろを見るので、四葉もつられて振り返る。

「あ……」

 頬や首、腕のあたりに包帯を巻いた菖が、一人きりで歩いてくるところだった。いつも一緒にいるはずの、陽葵の姿はそこにない。

「……よぉ」

 四葉に気付いた菖が近づいてきた。顔色は悪くないが、なんだか疲れきった表情をしている。

「お、おはよ、菖くん。……あの、陽葵くんは?」

「まだ良くなくて、しばらく入院になる」

「そっか……」

 陽葵はあの時、自ら張った結界を破られ、血まみれになって倒れていた。結界へのダメージは、結界を張った本人に及んでしまうというのは聞いている。

 自分を守ろうとしてあんな目に遭ってしまったことを思うと、心が痛い。

 ──早く良くなるといいな。

 金曜日の夜は結局、陽葵のその後を見ないまま病院を出てしまったので、余計に心配だった。

 もう関わらないと決めたのに、どうしても気になってしまう。

「……巻き込んで、悪かったな」

 ギュッと通学鞄を握り、ぐっと黙ったままの四葉に、菖がポツリと言った。

「ううん、ケガは慣れてるから」

 じっと自分を見つめる菖から視線を逸らし、そう返すので精一杯。

「……そうか。じゃあな」

 まだ少し、何か言いたそうな顔をしていたけれど、菖はそのまま昇降口へ行ってしまった。

 でも、これでいいのだ。

 彼には好きな人がいて、必要があって自分なんかとキスをしていて。

 もし、その好きな人が自分との行為を知ったら、菖を嫌いになってしまうかもしれないのだから。

 ──菖くんには、好きな人と幸せになってほしいもん。

 誰よりも頑張っている人を、応援してあげたい。

 こんな気持ち、自分が忘れてしまえば済む話なのだ。



 ◇◇



 ブレスレットの効果なのか、時々いろんな場所で黒いモヤや半透明の人間を見かけるようになった。しかし、それらはこちらになにか攻撃をしてくることはなく、この世界に存在している、知らなかっただけのモノなのだと、数日経った今はなんとなく受け入れ始めている。

 きっと菖たちと一緒に『仕事』をしていたからだ。

 けれど中には、人間に敵意を持ったものがいて、菖のような『祓い師』たちが、黄昏や夜の闇に紛れながら、それらを退治するために暗躍している。

 ──つい先週の話なのに、なんだかすごく昔みたい。

 菖が昼休みに呼びに来ることはもうないし、陽葵から『仕事』の有無についてのメッセージも届かない。

 自分はすっかり、何も知らなかった頃の世界に、戻ってきてしまったらしい。

 神社の竣工式も、先日つつがなく終わったようで、自然公園の出入り口にある掲示板には『清宮神社、修復完了!』のお知らせが、写真付きで嬉々として載っていた。

 学校から自然公園の方角に視線を向けると、青白い光がぼんやりと見える。これもきっとブレスレットのおかげだ。

 ──黄色と金色は『結界』、水色は『浄化』、紫は『破魔』。

 視えないだけで、この世界はずっと誰かに守られている。

 その一部分を、自分はひょんなことから少しだけ覗いてしまった。

 知ってしまったからなのか、まるで心にぽっかり穴が空いたような気分である。

 ──自分から離れるって、決めたのにね。

 自分は大変稀有な力を持っているらしいので、菖たちからもう少し協力してほしいと言われるのではないかと、多少心配はしていたのだが、そんなこともなく。

 何も出来ない一般人は大人しく、深く関わらずにいたほうが寧ろ安全なんだろうなと思う。

「どうした、四葉」

「月曜くらいからずっとボーッとしてるな」

 週末の近い昼休み。

 一緒に昼食をとっていたクラスメイトたちに、そう言われてしまった。

「えっ、そ、そう?」

「なんかこう、心ここに在らず、みたいな」

「ケガのせいでボーッとしてんのかなぁと思ったけど、ケガはもうだいぶいいんだろ?」

「……う、うん」

 頭の包帯は取れたが、頬と腕の絆創膏はまだ剥がせないまま。

 いつも通りに振る舞っていたつもりだが、やはり自分でも元気がない自覚はある。

「ちょっと、考え事というか……」

 気を抜くと、猫のようなツリ目をした、綺麗な人の顔が頭の隅に浮かんでしまう。

 だって、いつの間にか大好きになってしまった人を、諦めることにしたんだから。

 恋というのは、諦めるのもすごく大変なものらしい。

「……その、失恋、しちゃってさ」

 困ったように笑いながら言うと、クラスメイトたちはものすごく驚いた顔をした。

「えっ!」

「まじかよ!?」

「あはは……」

 笑って流そうとしたのだが、どうやら周囲の男子生徒たちも聞いていたらしく。

「おーおー、相手誰だよ?」

「ちょっとそこんとこ詳しく」

「え、もしかしてクラスのやつだったりするぅ?」

 わらわらと周辺の男子生徒たちに机を囲まれてしまった。

 みんな意外と、こういう話は好きらしい。

「ち、違う違う! クラスの人じゃなくて……」

 思ったより大事になってしまった。

 とりあえず『相手が誰なのか』が気になるらしく、周囲からあれこれと質問が絶えない。

 四葉は少し考えて、相手が菖だとは分からないよう、菖の手伝いで知り合った人で、優しくて素敵な人だったけど、住む世界も違うし向こうに恋人がいたと分かったので諦めた、という肝心な部分はオブラートで包んで分からないよう、なんとか説明をした。

 すると周囲の男子たちは、深く納得したように頷きながら、同情の声を上げる。

「あー……鳴崎の知り合いとかなら、住む世界は違いそうだよな」

「めちゃくちゃな金持ちなんだろ?」

「そりゃ住む世界も違うよぉ」

「うん。だから、分かっちゃいたんだけどねーっていう」

 そう、自分なんかが釣り合うわけもない。

 そのくらいすごくて、かっこよくて、素敵な人だったのだ。

 笑って誤魔化しているつもりだったのだが、話したら気が緩んだのか、涙がポロポロとこぼれてしまった。

「あ、あれ……」

 さすがにこれには男子たちも困惑したらしい。

「おお、大丈夫か四葉!」

「大丈夫だって、お前ならすぐいい人見つかるって!」

 あちらこちらから、頭や背中を撫でられた。

 本当にいいクラスメイトを持ったと思う。

「よし、じゃあ放課後は、四葉のためにみんなでパーッといこうぜ!」

 クラスメイトの誰かがそう言って、四葉の背中を叩いた。

「へへ、ありがと……」

 そうだ、自分は彼とは違う世界で、笑っているしかないのだ。

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