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6-3

 ◇



「……た、ただいま帰りました」

 お昼過ぎになってようやく自宅に帰り着いた四葉は、そう言いながらそーっと玄関のドアから室内を覗いた。

「あ、不良息子が帰ってきた」

「おかえりー四葉」

 それぞれリビングやお風呂場から顔を出した父と姉がそう言って笑う。

 黛家の休日は、平日が怒涛の料理ばかりに対し、家の整理整頓がメインだ。なので二人もそれぞれ洗濯や掃除に勤しんでいたところらしい。

「急なお泊まりになってごめんなさい」

 家に入り、四葉は玄関で深々と頭を下げる。

「いいよいいよ、ちゃんと帰ってきたんだから」

 そう言って父がゴム手袋を外して、四葉の頭を撫でた。

「お友達は大丈夫だったの?」

「あ、うん! 足を捻っただけみたいで、土日安静にしてればいいって」

 昨晩の電話で、急遽泊まることになったのは、ボランティアの手伝いをしている最中に友達がケガをしてしまい、治療に付き添っていたら、遅い時間になりそうなのと、家族がいなくて心配なので泊めてもらうことにした、という話をしてある。

 本当のことは、五割くらいしかない。

 ──ああ、家族への嘘が増えていく……。

 四葉は良心がチクチクと痛むのを感じた。

「起きたら、朝からご飯作ってくれって頼まれちゃって、いっぱい作ったからヘトヘト」

 これは本当の話である。実際、おにぎりとお味噌汁以外に八品くらいは作ったはず。

「はは、そいつはお疲れさん」

「ちょっと、とりあえず休むね」

「ゆっくり寝てなー」

 二人に見送られ、自室に戻った四葉は制服を脱ぎ、いつもの部屋着に着替えて、シングルサイズの自分のベッドに横たわる。

 菖の家は、なんともいえない夢のような空間だった。

 泡の出る湯船のある豪華なお風呂に、広々としたカウンターを備えたキッチン。最新式の冷蔵庫に調理器具もしっかりしたものが揃っていて、調理している間中ずっと楽しかった。

 ──お金持ちは、すごい。

 しかし本当に作るのが楽しすぎて、さすがに作りすぎたのもあり、余りはタッパーにつめて温めたら食べられるようにしておいた。

 ──菖くん、すごく美味しそうに食べてたなぁ。

 陽葵がお昼に温めていただきますね、と言っていたので、きっとまた食べてくれているだろう。

 自分の『非常食』以外で菖にできることが、一つだけ増えた。そう思うと、ちょっと嬉しい。

 ふいにノックが聞こえて、三葉がドアを開けた。

「四葉ー、洗濯するものあるー?」

「あ、あるある!」

 言われて四葉は飛び起き、床に放り出した制服のシャツや靴下をまとめる。

 その様子をじっと見ていた三葉が、何かに気付いた。

「あ、四葉。首の後ろ、どうしたの?」

「はぇ?」

 三葉のほうを見ると、自分の首の後ろの付け根あたりを指さして見せる。

「なんかこの辺、アザみたいになってるよ?」

「あざ?」

 そんな場所にアザができる心当たりが全くなかった。

 自分で首を捻ってみるが、当たり前だが見えるわけもない。ケガをしそうな昨日の出来事を少し振り返ってみるが、悪霊に襲われそうになって転んだくらいしか覚えがなかった。

「なんだろー? 昨日転んだ時にぶつけたのかな」

「痛くないの?」

 そう言いながら、三葉が四葉のスマホで首元の写真を撮って見せてくれる。

「うわっ、なにこれ」

「ね? めっちゃ痛そうなんだけど、ホントに平気?」

 楕円形に滲む、なかなかどうして綺麗な赤紫色の内出血痕。

 しかし、いくら見せられても痛くもなければ痒くもなく、心当たりがない。

「ぜーんぜん痛くないんだよね」

「ふーん、じゃあ大丈夫かぁ」

 三葉はそういうと、四葉の渡した洗濯物を持って出ていった。

 四葉は撮ってもらった写真を眺めながら、いつついたアザなのかを考える。

 昨日は菖と一緒に幻の家で『仕事』をし、『補給』のために泊まることになり、菖と一緒のベッドで寝て、起きて……。

「……あっ」

 朝、ベッドの中で何をされたか。

 菖は自分がいつまでも起きないからと、あちらこちらを齧ったり、舐めたりしていたのだ。

「うわあああ……」

 思い出した途端に恥ずかしくなって、四葉はベッドに突っ伏す。

 菖は寝惚けた自分に『補給』だと言ったが、あれはどう考えても『補給』ではない。

 ──あれはただの、ただの……なに?

 同じ空間にいることで『補給』になるのなら、一緒に寝ていただけで充分だったはず。

 なのにあんなふうに触れられて、優しい目で見つめられて。

 キスだって、本来なら好きな人とするものだ。

 それを、菖にとって必要だからと『補給』のためにしていただけで。

 そうじゃなければ、そこに必要な理由がないなら、好きな人への愛情表現になってしまう。

 もしあの時につけられたのだとしたら、これは完全にキスマークだ。

 ──でも、どうしよう。嬉しい、かも。

 四葉はキスマークをつけられた辺りを、そっと手のひらで触れる。

 心臓が急にドクドクとうるさく鳴り始めた。

 髪に残った、菖と同じシャンプーの匂いが鼻をくすぐって、なんだか胸が苦しい。

 最初は横暴な王様だと思ったのに、意外と努力家で真面目なところがあると知って。自分が目覚めないだけで、泣きそうな顔をする。

 お弁当はつまみ食いするし、お行儀が悪くて子どもっぽいところもあるけど、自分の作ったものを美味しそうに食べてくれるのが嬉しかった。

 彼のためにできることを探して、次に機会があったらどんな料理を作ってあげようか、なんて考えていて……。

 いつの間にか、菖のことばかり考えている自分がいる。

 ──好きになるな、って言われたのに。

 あんな姿をすぐ近くで見せられて、好きにならないほうが難しい。

 撮ってもらったキスマークの写真を見つめながら、四葉は考える。

 ──菖くんは僕のこと、どう思ってるんだろ。

 もしかして、自分と同じ気持ちだったりするのだろうか。

 そうであったら嬉しいし、違ったら悲しくて恥ずかしい。

 これが、恋なのだろうか。

「……聞いてみたいけど、ダメだよなぁ」

 だってこれは、契約する時に言われていたことだ。

 でも、あんなに情熱的なキスを、好きでもない人とできるだろうか。

 無事に『神域』が回復するまで『仕事』をやり遂げたら、その後は?

 その日が来たら、聞いてもいいだろうか。

 ベッドの上でとろとろと夢に落ちながら、四葉はそんなことを考えた。

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