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1-1

「いってきまーす」

 翌朝、熱も無事に下がり、しっかり朝ごはんも食べた四葉は、元気よく家を出る。

 しかし、油断はならない。

 不幸に愛された『幸運の四葉のクローバー』とはほど遠い黛 四葉にとって、もっとも警戒すべき時間は登下校である。

 というのも、朝学校へ向かうたびに必ず一回は何かしら不運に遭遇するからだ。

 例えば、散歩中の犬に突然飛び掛かられたり、空飛ぶ鳥にフンを落とされたり、よそ見運転の車が突っ込んできたり。軽いケガであれば自分で治療できるよう、通学鞄に応急処置のセットを常に入れているくらいである。

 もちろん下校時も同様のことが起きやすく、高校二年に四月末現在、一緒に登下校をしてくれる友人はいない。

 ──昨日は、鳴崎くんに会ったのがそれだったな。

 困っている人を見ると、つい手を貸してしまう。

 過去にも倒れている人を介抱したら、殴った犯人だと決めつけられたり、財布を盗もうとしただろうと因縁をつけられたりしたことがある。昨日のようにキスを強要されたのは初めてだったが。

 お人好しも直さなければと思うけど、やっぱり困っている人は気になるし、自分なんかが手を貸すことで事態が好転するなら、正直悪い気はしない。

 そんなことを考えながら歩いていたら、学校に着いてしまった。

「……あれ?」

 正門に掲げられた学校名を見る。『都立清宮高等学校』とあるので、間違っていない。

 ──何も起きなかった。

 慌てて辺りを見回すが、同じ制服を着た生徒たちが正門を通り抜けていくばかりだ。

「おー、黛。今日は無事みたいだなぁ」

 正門前で挨拶と見守りに立っている体育教師が、にこやかに笑う。この人は自分がしょっちゅう血まみれで登校してくるのを、いつも急いで保健室に運んでくれたりしている先生だ。

「は、はい。おはよう、ございま、す?」

 ──いや、そんなまさか。

 四葉はぶんぶんと頭を横にふる。

 しかしまだ、気は抜けない。教室にたどり着くまでに、何か起きるかもしれない。実際、階段を上がっている最中に、他の生徒とぶつかって転がり落ちたこともある。

 改めて気を引き締め、昇降口で上履きに履き替えた。そして教室のある三階へ向かって階段を登った、のだが。

 ──あれ? ……あれ?

 緊張とは裏腹に、さして何も起きることはなく、所属する二年四組の教室に着いてしまった。

 辿り着いてしばらく中に入れなかったが、ここにいては邪魔になると思い直し、自席に向かう。

「お。おはよー、四葉。今日は何があったー?」

 すでに登校していた隣の席のクラスメイトが、挨拶がわりと言わんばかりに訊いてきた。いつもなら今日はこんなことがあったんだ、と話している相手なのだが、四葉はただただ呆然とした顔で着席しながら答える。

「……なにも、なかった」

「は?」

「ほ、ホントに、本当に何もなくて……」

 これまでそんなことは一度だってなかった。

 小学生の頃から、軽くて擦り傷、やばい時は救急車で運ばれて登校できなかったこともある。それが何も起きないだなんて。

「おー、よかったじゃん」

「ど、どうしよう。明日、世界が終わったりしない?」

「……普通は何もないもんなんだよ」

 クラスメイトはそういうが、四葉にとっての普通は何かしら不幸な目に遭うことだ。

 もしかしたら、学校にいる間にとんでもない事件、もしくは事故が起きるのでは?

 そんなことを考えながら、四葉は緊張した面持ちで、午前中の間ずっと身構えて過ごしていた。しかし、結局何か大きな事件が起こることもなく、昼休みになってしまった。

 ──な、何も起きない……!

 一人机に突っ伏して、四葉はただただ驚愕する。

「おう、どうした四葉」

「あ……いや、平和すぎて、ビックリしちゃって」

 かつてこれまで、こんなに平和な午前中があっただろうか。

 今まであれば、午前中に一回は何かしら起きるものだ。それがここまでないとなると、このまま何もないか、逆にすごいことが待ち構えているの二択しかない。

「そんなことより、飯くおーぜ」

「あ、うん」

 昼食はいつも、クラスでよく話すメンツで近くの机を寄せ合って食べている。

 四葉は毎朝父の作ってくれるお弁当を持ち込んでいるが、他の生徒はだいたい購買で買えるパンやおにぎりが多い。

 母が数年前に亡くなっており、今は父と姉の三葉、自分の三人で家事を分担しているのだが、お弁当は父が自分の分を作るついでだと言って、毎朝せっせと四葉の分も用意してくれる。蓋を開けると、卵焼きに冷凍食品の唐揚げやウインナー、ほうれん草の胡麻和えなどが丁寧に並んでいた。

「──……いただきます」

 優しい家族に囲まれているおかげか、様々な不幸に遭遇してもどうして自分ばっかり、と落ち込むことはほとんどない。ただそのせいでケガや入院が多く、家族に心配をかけるのだけが、心苦しい。

「しかし、そんだけ何も起きないってことは、その不幸体質がついに治ったんじゃね?」

「うーん、そうなのかなぁ……?」

「例えば昨日、いつもと違うことがあった、とか」

「昨日はぁ……」

 言われて四葉は、昨日のことを思い出す。

 いつもと違うことといえば、昨日の放課後、校内でも人気の有名人・鳴崎 菖に会って、なぜかキスをされたことくらい。

 ──……キス。

 頭の中に鮮明に、あの瞬間のことが蘇る。

 分厚い舌まで入れられて、まるで唾液を擦りとるように執拗に絡めてきて……。

 思い出した途端に、顔から火が出そうになった。

「……顔赤いぞ、どうした?」

「な、な、なんでもない!」

「ゆでだこみてー。ははーん? さては何かあったな?」

「いや、その……」

 クラスメイト二人に問い詰められて、どう言い訳をしようか、と考えていると、突然女子の甲高い歓声が響いた。

「なんだ?」

 声のしたほうを見ると、教室の後ろの出入り口に人だかりができている。そのほとんどが女子生徒で、キャーキャー騒ぐ人で壁が出来ていた。

 何があったのかと見守っていると、その向こうから聞き覚えのある声がする。

「黛 四葉に用があるんだが」

 するとざわざわと騒がしい人垣がゆっくりと割れ、その向こうから見覚えのある人物が現れた。

 長身で整った顔立ちに、猫のようにどこか色気のあるツリ目が印象的で、女子生徒たちから『氷の王子様』と密かに呼ばれる、鳴崎 菖である。その後ろには、普段から菖とよく一緒にいるという、浦部(うらべ) 陽葵(ひなた)の姿も見えた。

「あぁ、いた。ちょっと、顔を貸してくれないか」

 持っていた箸が、カランと音を立てて机の上に落ちる。

 言った本人は勿論のこと、彼を囲んでいた女子生徒や、教室内で各々昼食をとっていたクラスメイト達も、一斉に自分のほうを見ていた。

 どうやらこれに、拒否権はないらしい。

「……は、はい」

 四葉はお弁当の蓋を戻して静かに立ち上がると、先に教室を出て歩く菖と陽葵の後ろをついていった。

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