罪悪感
「これで決める!百頭乱咬!!」
技名を叫ぶなんて らしくないが、勝負にかける気合が後押しして無意識にトウマは叫ばずにはいられなかった!
”百頭乱咬”──まるで百の獣の牙に襲われるが如く、棍で乱れ突く大技だ!そのすべての突きに全力の理力を乗せて放つ!!
タツミの視力はまだ回復していない!トウマの声と、見えないまでも理力の揺らぎを感じて攻撃が来る方向だけは特定できる。
見えていない以上、何をしてくるのか、どんな攻撃なのかはわからない・・・回避や捌くことは難しい・・・ならば!ここは翠換術の真骨頂を見せてやる!それは──
耐える!!
タツミは半身になり正中線上の急所を隠すようにガードを固めた──直後!トウマ渾身の乱れ突きが次々とタツミの体を捉える!!
一突きごとに理力は削られ、肉体に強い衝撃と痛みが走るが、“耐える”と覚悟を決めたタツミは容易には倒れない!
トウマの理力か体力が尽きて、突きの嵐が収まるまで耐えきるか?それとも、タツミが耐えきれず倒れるのか?我慢比べとなる二人の理技戦!
何度目かわからない、確かな手ごたえ・・・しかしタツミは、そこに立っている。
どうやら先にトウマの理力と体力が限界を迎えたようだ・・・だが男の意地がまだ残っている!その最後の意地にかけて自分を鼓舞するように叫ぶ──そして最後の一突きは・・・
放たれることはなかった。意地だけでは理力の限界は超えられない
手に持つ棍を支えにして、立っているだけで精一杯・・・わずかに残った理力は、今にも消えてなくなりそうなほど儚い・・・
まだ視界は完全に回復していない・・・それでもトウマの限界を悟り、タツミは両腕のガードを下げる。
その姿は見るも無残だ。全身に打撃痕や痣、腕や足の傷は肉が抉れて出血している。苦悶の表情で息も上がっている。だがタツミは耐えきった!あの嵐のような突きの連撃を!
防御ではなく耐える。これこそがタツミの考える翠換術の極意!
理力を防御に回して致命傷を避けつつ、自身を治癒する活己術と併用する。そして攻撃を受ける都度、最低限の治癒を施す・・・もちろん痛みはある。涙を浮かべ歯を食いしばり、ただただ根性で耐えきったのだ!
しかしこのままでは痛みで動くことすらままならない。タツミは息を整えて、深緑の理力を高め体の回復に充てる。出血は止まり、少しずつだが腫れも引いていく・・・そして、ゆっくりと満身創痍のトウマに向かって歩き出した。
このまま放っておいても、トウマの理力切れで勝利は揺るがない。しかし、そんな結末をタツミは望まない
「いくよ・・・宍戸君、いやトウマ君」
その一言にトウマは顔を上げ──笑顔で返す。
「まったく、厳しいなぁ・・・タツミ君は・・・」
理術師の矜持ではない。さっき打つことができなかった意地のぶん、自分に残ったなけなしの意地を振り絞って、トウマは構えた!そして本当の最後の一撃を・・・放った!!
その一撃は──タツミに届くことはなかった・・・理力で繋げた鉄棍は、もとの三本の鉄の棒に戻り床に落ちる。そしてトウマはそのまま崩れ落ちるように前かがみで倒れ込む・・・
タツミは倒れるトウマを受け止め呟く──
「ありがとう・・・君と戦えて、本当によかった」
「はい、終~~~了~~・・・」
決着の余韻に水をさすように、気の抜けた声で立会人が試合の終わりを告げる・・・
「いや~思ったより楽しめたよ。えっと、なんだっけ・・・そうそう石川君、君の勝ちってことで、おめでとさん。じゃ、もういっていいよ。あとはこっちで適当にやっとくから」
「えっ?あのトウマ君は?どこか横にできるところまで運ばないと・・・」
「だからぁ、こっちで処理するから、その辺にでも置いといてよ」
タツミが何も言えず固まっていると、三上 アキラが近づいて声をかける。
「おつかれタツミ!面白い試合だったよ。
それはそうと、すぐに怪我の治療をした方がいいね。西館1階に医務室があるから行っておいでよ。
宍戸君は・・・僕がそこのベンチに寝かせておくからさ。あとは生徒会に任せておくといいよ」
そういうものかと、トウマをアキラに任せ、礼をするとタツミは医務室に向かっていった。
──薄く目を開ける。そこはいつもの寝室ではなく見知らぬ部屋・・・驚いて勢いよく体を起こす!焦って周りを見回し、すぐに学校の医務室にいることを理解する。
「おっ、起きたか。気分はどうだ?」
白衣を着た女性がトウマに声をかける。おそらく医者の先生だろう・・・
「大丈夫です」と短く答えると、トウマの顔色を見て先生が言う
「ん、ただの理力切れだ。少しの間、頭がボーっとするだけで問題ない。ちょっと休んだら帰っていいよ」
そう診断すると、先生は部屋の外からタツミとアキラを部屋に招き入れた。
「トウマ君!大丈夫?」
心配そうに近づくタツミを見て、トウマはタツミの腕に巻かれた包帯に気付く
「うん、大丈夫 先生もただの理力切れだって言ってたし・・・それよりタツミ君の怪我の方が・・・その、ゴメン・・・痛いよね」
「え?いや平気だよ!僕なら自分で治せるし・・・たしかに痛いけど、でもいいんだ!さっきの試合、すごく楽しかった!」
「楽しい・・・?」
「そう!トウマ君の黄錬術!初めて見る技!あの棍!それにあの閃光丸!!どれもすごかった!
こんな戦い方があるのかって・・・ワクワクした!ねぇ、あの閃光丸って──」
タツミは興奮して喋り続けている・・・
そんなタツミを見て、トウマは試合を思い出す。
(楽しかった・・・か・・・確かに・・・)
「・・・あーはっははは──」
「トウマ君・・・?」
突然大声で笑いだすトウマにタツミは言葉を止めて戸惑う・・・
「はー・・・確かに・・・楽しかった!でも、もう君とは戦いたくないな」
「はは・・・だよね!」
“友人だからこそ、お互いをより知るために戦う・・・同じ理術師だから”
悩めるタツミに送ったアキラの言葉・・・その言葉通り、この試合を通して二人の友情は深まり、続いていくのだろう。
そんな恩人ともいえる三上 アキラは、過去の自分の言葉通りになった二人を見ながら一人・・・悦に入っているのだった。
タツミとトウマ、二人の話は盛り上がっているが、そろそろ下校の時間だ。医務室の先生は二人に帰宅を促す。
「ねぇ、盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ帰ってくれない?」
そこにアキラも続けて言う
「そうだね。もう下校時間だ。でも宍戸君の荷物は教室だよね?タツミ、取ってきてあげなよ!」
「えっ・・・大丈夫です自分で──」
「はい!わかりました!」
断るトウマを遮って、上機嫌なタツミはトウマの荷物を取りに医務室を出た。
話したこともない先輩を前にトウマは警戒して緊張している。そんな後輩を前にアキラは口を開く・・・
「悪いね。君と話をしたくってさ・・・僕ともう一人で・・・ねぇマオ」
アキラが医務室の外で隠れるように座っている浅倉 マオに呼びかける。
「いやはやゴメンね~♪どうしても話しておきたいことがあったんだよね~」
いつもと同じ明るい口調で喋りながらマオが入ってくる・・・しかしマオの入室は、さらにトウマの緊張と警戒を高めた。
「・・・なんでしょうか?」 目を合わせることなく、トウマは尋ねる。
「そんな緊張しないでよ。といっても無理だよね~・・・じゃあ単刀直入に言おう♪」
マオが声のトーンを落として言葉を続ける・・・
「君がどこの家の回し者かは知らないけど、タツミ君や浅倉を嗅ぎまわるなら好きにすればいい・・・だけどもし君がアタシたちと敵対するなら・・・タツミ君の友達でも容赦しない」
トウマの体から汗が噴き出す──緊張感で唾をのみ込む音さえ大きく聞こえる。
そんなトウマの緊張感を和らげるようにアキラが口を挟んだ。
「まあまあ、これじゃまるで脅してるみたいじゃん・・・
宍戸君、僕もね君の狙いは別にどうだっていいんだ。でも君の目的のためにタツミを利用することはしないでもらいたい・・・せっかくできたタツミの友人だ、あまり罪悪感をもって彼に接してほしくないんだよね。
そこでどうだろう!君、浅倉流に入門しないか?そうすれば堂々と、しかも簡単に浅倉家の情報も手に入るし、タツミを利用することもなくなる・・・なんせ直接自分の目と耳で情報を仕入れることができるからね!」
意外な申し出に驚くトウマだが、当然この提案には裏があると考える。誤魔化すことも即答することもできない・・・
「まぁ!それはいい考えね♪うちは門下生少ないし、トウマ君が来てくれるならタツミ君も喜ぶわ♪」
先ほどの迫力から一転──マオは手を合わせて大げさに喜んで見せる。酷い大根役者だ・・・
「まっ、強制はしないからよく考えてみてよ!あっ、君の正体はタツミに言ったりしないからね。安心していいよ。じゃあ僕たち先に帰るよ。じゃあね」
アキラがそう言って医務室の出口に向かうと、それについていくようにマオも手を振りながら部屋から出っていった。
一人残ったトウマはアキラに言われた一言が頭から離れなかった。
「罪悪感・・・か」
見透かされたタツミに対する罪悪感・・・それはこれからも消えることはないだろう。