己を知り、友を知り、術を知る
4月11日──
新人戦予選に参加する八人は、生徒会総務室にある監察委員会に向かう・・・目的はもちろん、理技戦立合いの申し込みだ。
始業時間まで時間がある早朝にも関わらず、受付には委員会の生徒が立ち、タツミたち八人、四組の理技戦申し込みを受け付ける。
受付担当の女子生徒は対戦する四組に一枚ずつ用紙を手渡し説明を始めた。
「このたびの理技戦、皆様の健闘をお祈りいたします。
さてルールはご存じかと思いますが、お手元の用紙に記載がございますので再度注意事項を含めて、後ほど確認してください。
次に対戦する二人の所属クラス、名前、立会の希望日時、希望する場所を相談の上、ご記入してください」
申込用紙にお互いの名前を記入して、希望日時は今日の放課後・・・これは四組とも同じだ。次に場所だが、タツミは場所の指定ができることを知らなかったので、対戦相手のトウマの希望により西館校舎にある中庭で行うこととなった。
記入途中にも関わらず、受付の女子生徒は淡々と事務的に説明を続ける・・・
「他にも記載のない注意事項として、まず立会人の指名はご遠慮いただきます。
新人戦期間の理技戦においては、すべて広報にて告知させていただきます。
広報部の希望で試合の実況がなされることもあります。ご了承ください。
・・・説明は以上です。質問がなければ受付用紙を提出してください。
それが正式に受理されれば、後ほど担当から連絡があります。」
誰一人質問することはなく4枚の申し込み用紙は提出された。
「ご武運をお祈りしております・・・」
揃って教室を出る八人へ 受付の女子生徒は短いエールをもって見送った。
教室に戻ると本日の主役ともいえる八人は、話題の中心になっている。それはタツミやトウマも同じで、休み時間のたびにクラスメートから質問攻めにされていた。
それもあって隣の席でありながら、トウマとは ろくに話すこともできない・・・特に話があるわけではないのだが、試合相手の心境が気になってつい目で追ってしまう・・・
トウマと話をすることなく昼休みを迎えると、それを告げるチャイムと同時にドアが開く──「失礼します。」そう一言告げて生徒会監察委員会の生徒4人が入室してきた。
4人を代表して先頭の一人が教室内全体に届く声量で呼びかける。
「先ほど正式に、今朝申し込まれた4戦が受理されました。対象の方々は、所定の場所に5分前までにお集りください。」
生徒会から正式の一報を聞いたクラスメートたちは大いに盛り上がる・・・しかし当事者たちの感情は様々だ。一緒になって盛り上がるもの、笑顔で余裕をみせるもの、普段通りのもの・・・
(始まるんだ。宍戸君との理技戦が・・・もう逃げられないぞ)
試合開始まで約3時間・・・タツミは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますように集中を試みる──徐々に周りの声が静かになっていくような感覚に落ちていった。
4月10日 15:50──
集合時間5分前、タツミとトウマ 二人の姿は西館中庭にすでにある。これから戦う二人ではあるが、緊張感の中にも言葉少なめにではあるが会話を交わす・・・
しかし注目すべきはトウマの格好・・・タツミはあえて触れないが、トウマの姿はいつもと全く異なる。
まるでニンジャのように口元を隠す口当て、制服のシャツの上には、何か仕込まれているであろうベスト・・・そしてなにより目を引くのは、右手に持つ自身の背丈以上ある鉄製の棒、いわゆる鉄棍だ。
武器を持った相手との試合経験はほぼない・・・鉄棍を持つ以上、あれを武器として戦うことはわかる。だけどベストや口当て・・・経験が浅いタツミには狙いを絞ることができず、つい考えてしまう
するとそこに、まるで覇気を感じない女子生徒がフラフラした足取りで二人へ近づいてきた。
「早いね。君たち・・・アタシは監察委員、3年の宮地 サユリ・・・立会人・・・
あー時間になったら合図するから・・・そしたら始めてね。それまではゆっくり・・・あっ、あそこのベンチに座らせてもらうわね・・・」
立会人 宮地 サユリから これ以上の説明はない。彼女は口を開けたまま、空を見上げて開始時間まで ただ待つだけ・・・
西館2階廊下・・・三上 アキラと浅倉 マオが、これから始まる理技戦を見学するため並んで窓から中庭を見つめる。
浅倉 マオ──「立会人はサユリちゃんか~相変わらず不健康そうな顔しているなぁ」
三上アキラ──「もう始まるけど・・・ギャラリー少ないな。同時に四戦あれば、観戦者も分散するか・・・メイも来ればいいのになぁ」
浅倉 マオ──「う~ん、四試合の中で この試合が一番地味だからね。一番人気はビス・ロータス、二番人気は本城 ツバサ君の試合かな♪
まっいいんじゃない、タツミ君にとっては観戦者が少ない方がさ・・・」
三上 アキラ──「うん、それよりマオ・・・相手の宍戸 トウマ君のことだけど・・・」
浅倉 マオ──「それが全然記憶にないんだよねぇ・・・直接的な浅倉への恨みとかじゃないと思う。」
三上 アキラ──「だとしたら可能性が高いのは・・・橘の──」
浅倉 マオ──「あっ!始まるみたいだよ」
時計の針が16:00を指す──宮地立会人は立ち上がりもせず座ったまま、煩わしそうに試合の開始を告げた。「は~い、じゃ始めてください」
立会人とは対照的に二人は、気合十分に理力を顕現する──
タツミの理力は深緑に染まる木々のように美しく、はっきりと顕現させた理力の膜は、水のように流動的に体を纏い流れる。
一方トウマが顕現した理力は、まるでレモンの果肉のように透き通っており、自身の体だけでなく手に持つ棍まで纏わせる。
タツミのように一糸乱れぬとまではいかないが乱れの少ないまとまった理力だ。
(“黄錬術”・・・)
──黄錬術は何をしてくるかわからない──
いつか言われた・・・師である浅倉 マサムネの言葉を思い出す。
何をしてくるかわからない・・・しかし最初の展開は予想できる。それは間合いで勝るトウマが持つ鉄棍の攻撃だ。
予想通り──タツミの間合い外からトウマが攻撃を仕掛ける!突き、払い、打ち上げ、下げ・・・多様な攻撃を上下に振るう。
だが、捉えることはできない!間合いを見切り当たらないギリギリの距離で棍を捌く──
タツミはこの距離で出来ることはない。間合いを詰めて自分の距離にするしかない。棍を捌いて飛び込むタイミングを作り出す・・・
打ってこいとばかりに、わざと体制を崩す・・・その作られた隙に合わせてトウマは体重を乗せた突きを繰りだした!だがタツミは器用に体を捻り躱しつつ間合いを詰める──
しかしトウマは繰り出した突きをそのまま戻すことなく、そのまま横に薙ぎ払った!とっさにタツミは腕でガード──
鈍い痛みが右腕に走る!理力を纏っているとはいえ、鉄の棒で殴られたのだ。痛みはある。しかし体の軸がずれるような威力はない・・・
(逃がさないよ・・・)
タツミは右腕に食らった鉄棍を、そのまま腕で絡み取りトウマの武器を封じた・・・つもりだった。
掴んだ棍を引っ張る──瞬間タツミの体は仰け反る!なんと掴んでいた鉄棍が、2つに分かれたのだ!!予想外のことに体の反応が遅れる。
トウマはその隙を逃がさない!2つに分かれて短くなった鉄棍で、再度突きの一撃を首元目掛けて放つ──!
タツミの体は衝撃で大きく吹っ飛んだ!ガードはしたものの、左腕にダメージが入る。そして試合開始と変わらない間合いに戻されたのだった・・・
浅倉 マオ──「やっぱりねぇ・・・」
遠巻きから観戦するマオはつぶやく
三上 アキラ──「うん、予想通りだね。黄錬術の棍使い・・・珍しくもないけど、複数の棒を理力で繋げて、一本の棍に見立てる。定番といえる技だけど、知らないと面食らうかもね」
浅倉 マオ──「それにしてもタツミ君、武器の経験ないのかな?対武器の基本ができてない」
三上 アキラ──「そうかもしないよ。少なくともタツミと武器の話はしたことないかも・・・」
浅倉 マオ──「宍戸君もそのことに気付いたんだと思う。たぶん次の狙いは・・・武器の形に変化をつけてくる」
タツミは手に持った、さっきまで棍の一部だった鉄の棒を投げ捨てる。
するとトウマは、背中から新たな鉄の棒を取り出し、手に持つ棍と一体化させた。正確には一本の棍にしたのではなく、三本の鉄の棒を理力で繋げる・・・三節棍を作り出したのだ!
“三節棍“・・・知識として知ってはいるが、使ったことも相手取る経験も もちろんない、しかし一本の棍と比べて確実に間合いは近くなるはず・・・タツミはそう考える。
──その矢先、今の今まで三つに分かれていた鉄の棒は一つの棍となり、遠い間合いから攻撃を仕掛けられる!
間合いに応じて、離れれば一本の棍、近づけば三つに分けて軌道の読みにくい三節棍へと変化する・・・
これこそが理力を使った技術であり、武器に理力を込める黄錬術の強みなのだ!
間合いで武器の形状が変わるとはいえ、タツミがやることは変わらない・・・距離を詰めなくては、何も始まらない。
とにかく接近を試みるだけ!三節棍の軌道はたしかに読みにくいが、それを操るトウマの技量は目を見張るレベルではない!初見とはいえ・・・捌ける!
こうなるとトウマは焦る。近接戦闘では劣るため、近づかれれば後ろに下がるしかない。だがタイミングを合わせてタツミが距離を詰めると──タツミが消えた!?
違う!下──しゃがみ込んで狙うは、足を払う水面蹴り!棍のガードは間に合わない・・・ならばと大きく飛んで躱すが、それもタツミの予想の範囲、トウマの着地に合わせて攻撃を仕掛けることが狙いだ。
「やらせない!」
トウマは素早くベストから何かを取り出し、空中からタツミに投げつける!投げつけられた物体は丸いなにか・・・それをタツミは腕で払う!このまま着地の隙をつく算段は変わらない。
だが、トウマの短い掛け声とともに、丸いなにかは理力を帯び・・・
まばゆい閃光を放った──!!
突然の閃光にタツミは対処できず、目がくらみ体は動きを止める。トウマの姿はおろか自身の周りすら把握することができない・・・予想外の出来事にパニックになる!
(くそ!ヤバい、なにも見えない!どこにいる、なにをしてくる)
──閃光丸── 仕込み丸と呼ばれる薬莢に化合物や薬品を詰めて、使用者の理力に反応させることで効果を引き出すアイテム・・・閃光丸は名が示すとおり、理力に反応すると、まばゆい閃光を放つ
トウマは無事に着地して、すぐに攻撃体勢をとる。棍を振り回し大技の構え・・・そして理力を全開に解放した!
「これで決める!棍技!百頭乱咬!!」──