宍戸 トウマの決断
開幕戦の興奮冷めやらぬ中、タツミは一緒に観戦していた宍戸 トウマと共に武道場を後にする。
生徒たちは先の理技戦について感想や分析で各々が盛り上がっている。それはトウマも同じで、自分なりの考察で先の理技戦を振り返っていた。
「さすがに松永君は戦い慣れているというか余裕があったよね!津田君の攻撃をあえて受けとめて、圧倒的な勝利を狙ったんだと思うんだ!ポイントは、やっぱり・・・」
興奮するトウマは一方的に喋っている。あげくブツブツと呟きながら考察の世界に入っていった・・・タツミはトウマの考察を遮ることもできず、たまに求められる返答に相槌を打つだけだ。
「お~い、タツミく~ん」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ振り返る。そこには浅倉マオと横には三上アキラがいた。
「マオさん、三上さん、こんにちは。二人も今の試合見てたんですか?」
「うん、まぁね♪アキラ君がどうしても見たいって言うから付き合ってあげたんだよ。」
「でもさ、見てよかったでしょ!あの一年生、松永君!なかなかやるよね!」
三人で話していると、不意に顔をあげたトウマがここで初めてマオとアキラに気づく
「あの、タツミ君・・・?」
「おっ?タツミ君のお友達?始めまして!アタシは浅倉マオだよ。よろしくね♪」
「浅倉・・・」
思うところがあるのか?小さく“浅倉”の名を呟くと、挨拶を返すことなくマオを見つめるだけ・・・
「あっ!す、すいません。僕は宍戸 トウマ・・・です」
「宍戸くんか~、タツミ君と仲良くしてあげてね♪」
「あっ・・・はい・・・あ、あのタツミ君!ゴメン、僕用事があるんだった。悪いけど先に帰るね・・・」
あきらかに様子がおかしいトウマは足早に三人から離れる──
「えっ!う、うん」 タツミは短く答えて見送った。
「ごめん、タツミ君・・・たぶんアタシのせいだ。あの宍戸くんって子、“浅倉”って聞いて動揺していた。浅倉家に思うことがあるのかも・・・その、アタシたち浅倉家を敵視している家もあるから・・・」
マオは申し訳なさそうにタツミに言う。
「うん、でも家同士みんな仲がいいわけじゃないけど生徒には関係ないよ。宍戸君もちょっと驚いただけじゃないかな」
アキラのフォローが入るが、タツミは去っていったトウマの背中を不安そうに見つめていた。
その日の夜、浅倉家武道場──
稽古の休憩中、タツミとアキラは今日の理技戦について話をしていた。
「最後の津田の蹴り!あれが入ってたら勝負はわからなかったよね!」
「確かにすごい威力だったけど、たぶん松永君の勝ちは変わらないと思いますよ」
「そうかな~・・・だいぶ理力を削ってたからさ K.Oもあったと思うんだよな~」
「なになに?噂の開幕戦の話?」 ゲンが二人の話に入る。
「そうです!蒼装術同士の面白い試合だったんですよ」
試合の顛末を話すアキラとタツミ、それを興味深そうに聞き入るゲン・・・
「ふーん・・・その津田って子はかなり打撃を使えたみたいだね。でも理力の扱いはまだまだだったのかな・・・」
ゲンが率直な感想を述べる。そして少し考えたあと──
「おーい、メイさん~」
突然ゲンがメイを呼ぶ。呼ばれたメイは近づきながら答える。
「なんですか?」
「ねぇメイさん、タツミに蹴りを教えてやってくれないか?」
「え?いやです」
即答で拒否するメイ・・・しかしゲンも食い下がる。
「いやそんなこと言わないでさぁ、メイさんが蹴り技上手いじゃない、それにほら、タツミが強くなれば浅倉高専部も強くなることだし・・・」
「私は、そこの居候君を高専部の仲間として認めていません」
「で、でもさ、浅倉家の同門のわけだから少しくらい蹴りを教えるくらいね・・・師範代からのお願いということで一つ・・・」
メイの毅然とした態度の前に、どんどんゲンは萎縮していくが頼み込んでくれている。当事者のタツミはメイの迫力の前に黙っていることしかできない・・・
「同門、ですか。・・・・・・わかりました。では毎日両足200回ずつ、脛蹴りの打ち込み稽古でもしててください」
メイは無理難題を押し付けて話を煙に巻こうとする。
「いやそれは──」
「失礼します」
そう言い残しメイは武道場から去っていく。残されたゲンはただ苦笑いをするしかなかった・・・
「あ、あのねタツミ君・・・メイはああ言ったけど、少なくとも僕とマオは君を歓迎しているんだよ」
アキラが取り繕うが、この場の気まずい雰囲気は晴れない・・・
「僕なら大丈夫です・・・その、気にしていませんから」
タツミはそう言って強がることしかできなかった。
4月8日──
1-Cの教室は昨日の理技戦の話で持ち切りだ。だが当事者の松永と津田の姿はない・・・
教室に入ったタツミは既に席についているトウマに声をかける。
「おはよう、宍戸君」
「あっおはよう。その・・・昨日はゴメン ちょっと急用を思い出しちゃって」
二人の間はどことなくぎこちない、その後も話はするものの気まずさが抜けきらない・・・
そんな時、一人の男がタツミに声をかける。
「ねぇ、石川くん!君ってさ、浅倉の本宅に住んでるって本当?」
なんの脈略もなく、聞きたいことを聞いてくるこの男は日野 ユウキ──クラスメートだ。
「え、うん・・・住んでるというか居候だけど・・・」
「ええ!?マジかよ!あの浅倉姉妹と一つ屋根の下って、どんだけ羨ましいんだよ! なぁなぁ、今度家に遊びに行ってもいい?」
「えっ、いやそれは・・・」
「いいよな~、特に浅倉の桜姫!メイちゃん・・・すっげぇ可愛いし、1―Aってことは腕も立つんだろう?」
「あの、でも僕は居候だから勝手には・・・」
「そんなこと言わずにさ~、紹介してくれよ」
断ろうにも、日野の勢いに困惑するタツミを見かねてか、後ろから女子生徒の声がかかる。
「ユウキ!見苦しい真似はやめなよ。石川君が困っているでしょ!」
タツミが振り返ると、女子生徒・・・クラスメートの千堂 ミナミが二人に割って入るように日野を一言で制する。
「げっ、ミナミ・・・」
「まったく、君って人は本当に昔から進歩しないよね。人の迷惑を考えず、自分の──」
「わかった!悪かったよ!」
ミナミの話が終わる前、いや始まったばかりであろう話を強引に遮り、ユウキは頭を掻きながら退散していく・・・
「ごめんね。石川君、あいつ・・・ユウキは悪い奴じゃないのだけど、バカで軽率で相手のことを考えず喋り続けるからつい・・・」
「いや、ありがとうございます。た、助かりました」
そう答えるタツミは赤くなって、ミナミと目を合わすことはできない。女子生徒と話す緊張からつい敬語になってしまった。
「フフ・・・なんで敬語なの? あっ私は千堂 ミナミ、浅倉の人たち・・・メイさんやマオさんとも知り合いなんだよ。でも君の事は知らなかったな。」
「それは、最近こっちに来たばかりだから・・・」
「そっか、じゃあわからないことも多いと思うから、なにかあったら気軽に聞いてね!」
「うん・・・ありがとう」
これ以上、よく知らない女子生徒と話すのは難易度が高い・・・タツミは会話が一区切りつくと前を向きなおして、ミナミに背中を向けることで会話を終わらせたのだった。
本日最後の授業5限目が終わる。今日は理技戦もないようだ。あとは帰るだけとなった放課後・・・千堂 ミナミが教室全員に聞こえる声で呼びかけた。
「みんな!ごめん!ちょっと私の話を聞いてくれるかな?」
クラスメートたちは帰る準備の手を止めてミナミに注目する──
「あのね、私、先生や先輩に聞いたんだけど、例年だと1-Cは新人戦本戦の代表が決まらないことがあるみたいなの・・・でもそれって、新人戦を辞退するなんてもったいないよね!
たしかに、まだ会ったばかりのクラスメートの中から4人の代表を決めるなんて、みんなが納得できるように話し合うなんて難しいと思う。
だからね、新人戦本戦に出たい人は立候補してもらって、その人たちの中から理技戦で代表を決めるってどうかな?」
突然の提案に教室はざわめくが、一人の男子生徒が手を上げてミナミの意見を肯定した。「いいと思うよ。その話・・・」
その男子生徒、本城 ツバサは言葉を続ける。
「千堂さんの言う通り、話し合いで代表を決めるのは難しいと思う・・・家同士の事もあるからね。
そして昨日開幕戦があったにも関わらず、その後に誰も続こうとしない・・・これは、みんなが理技戦の相手を探すことに戸惑いを感じているからじゃないかな? 僕もそうだ。
だったら、代表を狙う者は表明して、クラスの中でマッチングしてやればいい。そのうえで、トーナメントでもくじ引きでもなんでもいい、4人の代表が決まるまで、理技戦を繰り返す・・・」
示し合わせたようにミナミが補足する。
「うん、松永君と津田君には悪いけど、昨日の二人の闘いを見て、それでも自信がある人達が、立候補してくれればクラスの代表として文句ないと思う。
みんなどうかな?反対の人がいたら教えてくれるかな・・・」
1-Cの生徒達は誰一人反対の声を上げることはなかった。
「では、千堂さんの意見を採用して1-Cの新人戦予選という形で代表を決めていこう。
いきなりのことだから、この場で立候補者を募るのは酷というもの・・・幸い明日は休日だ。休みの間よく考えて、立候補者は月曜日の、この時間に表明するということでどうだろうか?」
いつのまにか本城が場を仕切るが、違和感はない。
おそらく本城と千堂は、スムーズに意見を通すために結託していたのだろう。それでも、むしろこれがあるべき1―Cの本来の姿だと錯覚してしまうほどに、本城の仕切りは堂に入っている。
教室内では否定的な意見はなく、賛成の声や拍手をもって本城の問いに総意を示すのであった。
いきなり始まったクラスの話し合いは、いとも簡単に結論がでた。どれくらいの人数が立候補するかはわからないが、タツミはどこか他人事のように考えていた・・・
(新人戦予選か~、まっ、僕にはあんまり関係ないかな・・・)
さて帰ろうかとカバンを持って立ち上がったところで横から声をかけられた──
「あの、石川君・・・」
声をかけてきたのはトウマだった。今日は気まずさからか、お互いあまり話すことなく過ごしたが、帰るこのタイミングでトウマから話しかけてくれたことを、タツミは嬉しく思った。
「石川君、その・・・話があるんだ・・・」
「えっ?ああうん、帰りながらでいい?」
「うん・・・ありがとう」
二人はそろって教室を出て帰路につく──その道中、タツミはたびたびトウマに話を振るが、トウマは短く答えるだけ・・・
(き、きまずい・・・)
当たり障りのない話題も尽き、沈黙が続く・・・5分くらいたっただろうか、不意にトウマが足を止める・・・そして意を決したように口を開いた──
「・・・石川君・・・僕と・・・新人戦予選で戦ってくれないかな?」