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入学式の午後

生徒会長の演説から興奮冷めやらぬ中、生徒たちは各教室に戻る。会長の熱気に充てられたかのように特に一年生たちは昂っている。それはタツミも例外ではない。


(力を求めよ・・か・・・)



教室に戻るとすぐにホームルームが始まりミヤコ先生が生徒に向かって話し始める。


「はい、皆さん改めて一年間よろしくお願いいたします。では早速ですが、先生はさっき自己紹介したので今度は皆さんにしてもらいます。それでは出席番号順にお願いしますね。」


こうして出席番号1番の秋山くんから順番に自己紹介が始まった。秋山君、飯島さんと当たり障りのない自己紹介が終わるとタツミの順番となる・・・


「えっと、石川タツミです。い、田舎から出てきてわからないことだらけですが、よろしくお願いします。」

 わずかに声は上ずったが、無事自己紹介という関門をクリアしたことに胸をなでおろす。



その後も順調にクラスメート達の自己紹介が進んでいく・・・

 大抵の生徒たちは無難な挨拶でやり過ごしているが、中には長々と自分語りする者、陽気におちゃらける者、所信表明として抱負を語る者、外国出身の者、最強を目指すと大言を吐く者・・・

 それぞれの個性ある挨拶をする者も数人いる中で、ある生徒・・・出席番号30番の生徒まで順番が回ってきた。その生徒は勢いよく立ち上がる──


「俺は松永ダイチ・・・断言する!このクラスで最強はこの俺だ!文句があればいつでも相手をしてやる!手始めに新人戦は俺が制してやるよ!!」


大きな声で宣言してクラスメートから注目を集めたダイチは不敵な笑みを浮かべて着席する。

 それを睨むもの、冷笑するもの、あきれるもの・・・教室内はざわめくがすぐにミヤコ先生が場を静めるように軽く流す。

「はいありがとう、じゃあ次の人お願いします」


こうして1年C組全39名の自己紹介が終わると、再びミヤコ先生が話始める。


「はい、みんなありがとうございました。皆さん仲良くなってたくさん友達を作りましょうね!

 じゃあ、今日のところは明日からの予定と持ち物、いくつか学校のルールを覚えてもらって終わりとなります。」



一通り説明が終わると最後にもう一つだけと付け加える──

「先程“新人戦”という言葉がでましたが、新人戦とは新入生の実力を見る最初のイベントで、A、B、C各クラスから4人選出して対抗戦を行います。


代表の決め方は各クラス間の裁量に任されますが、例年のC組ですと理技戦をもって決めることがほとんどです。


とはいえ学校内において生徒同士の私闘や決闘は認められておらず、本校の立会人の下でしか理技戦を行うことはできません。個人的な理技戦は罰則や下手したら粛清の対象になりますよ。


詳しい話はまた後日しますが、ようするに校内で喧嘩はダメよ!ってことです。

 

じゃあこれで先生のお話はおしまいです。みんな明日から楽しく学校生活を送りましょうね!」



(新人戦かぁ・・・強そうな人多いし、僕なんかお呼びじゃないな)

ホームルームが終わりタツミが帰り支度をしていると不意に隣の席から声がかかる。


「あ、あの・・・」

横を見ると、たしか宍戸(ししど)君といったか自分と同じように大人しそうな少年から声をかけられた。


「えっ、えっと・・・・」


「あっ、いきなりすいません・・僕は宍戸 トウマ、せっかく横の席になったから少し話できないかなと思って・・・」


「う、うん・・・えっと僕は石川 タツミ、みんな知らない人ばかりで不安だったんだ。だから話しかけてくれてすごくうれしいよ」

タツミが正直な思いを打ち明けると徐々に二人の緊張が解けてくる。


「そっかぁ・・・よかった、僕も一方的に知っている人はいるけど、知り合いといえる人もいなくて不安だったよ。えっと石川君はこっちで一人暮らししているの?」


「ううん、昨日から近くの家で居候させてもらっているんだ!」


「そうなんだ・・・ねぇ、よかったら途中まで一緒に帰らない?」


「うん!ぜひ!」


どうやら二人は気が合うようで、たどたどしさこそあるが会話が弾む。途中で別れるまで楽しく帰路につくのだった。




さっそく友人ができた嬉しさから足取り軽く浅倉家へ戻ると、すぐに昼食の準備ができていると食堂に呼び出された。


朝と同じように五人揃って昼御飯を食べると、食べ終わるタイミングを見計らってミノリが尋ねる。


「さてタツミさん・・・今日この後、稽古を行いたいのですが体は大丈夫ですか?」


「はい もうだいぶ動けるようになりました!」


「よろしい。では13時過ぎに武道場の方まできてください。合わせたい人もいます。」

そう告げられるとタツミは短く返事を返す。


「ねぇタツミ、本当に大丈夫?朝まで寝込んでたのに、もう稽古するなんて・・・」

ゲンが心配そうに聞いてくる。


「ええ まぁ全快とまでは言いませんが、なんとか・・・」


「ごちそうさま!」

メイが立ち上がり食後の挨拶を述べると、タツミを一瞥して食堂から去っていった。


そんなメイを見てマオは姉として妹の心理を分析する。

「ん~プライドが傷ついちゃったのかなぁ?・・・

メイの全力を食らって、次の日からピンピンしているなんて普通ありえないからねぇ」


「いやいや、死にかけましたよ。活克(かっこ)術で治さなきゃ、絶対今でも起き上がれていませんよ」


「そう思うとすごいよね!タツミ君の活克術♪翠換(すいかん)術の使い手は何人か知っているけど、タツミ君けっこうレベル高いよね♪」


「いえ・・・そんなことは・・・」


「ねぇ、タツミ君はさ・・・他の人を癒すこともできるの?」


「えっ?・・・いや、それは──」


「マオ、そのぐらいになさい。タツミさんに失礼ですよ。」

ミノリがマオを制しようとするがマオは止まらない。

「えぇ~・・・いいじゃん!誰にも言わないからさ。こっそり教えてよ!ねっタツミ君!」


「えっと・・・」

タツミは一瞬ミノリを見た。しかしミノリがマオを再度制止することはなかった。ミノリも気になっているのだろう目線こそないが耳を立てているように思える。


「・・・自分以外を癒すのは、できなくはないって言うか・・・その・・・苦手です。」



「・・・そうだよねぇ~!他人を癒せる使い手なんて、そんなのもう1級レベルだもんね~」

「さ~て・・・アタシもそろそろ部屋に戻ろっと」

そう言ってどこかばつが悪そうにマオも自室に戻っていった。



いつしか食堂にはミノリとタツミしか残っていない

「じゃあ、僕も準備してきますね」

タツミがそう言って立ち去ろうとすると、ミノリに引き止められる。

「タツミさん・・・お尋ねしたいことがあります──」




タツミは自室にて稽古に備えて着替える。先程のミノリの言葉を思い出して複雑な心境になるのか大きなため息をついた。いろいろ思うことはあるが・・・

(・・・今は考えても仕方ないか)

そう自分の中で切り替えて武道場に向かった。

 


武道場に入ると八高の制服をきた見知らぬ男がゲンと話をしている。タツミに気が付くと男は近づいて話しかける。

「はじめましてタツミ君!僕は三上アキラ・・・浅倉流の同門だよ。」


「は、はじめまして 石川タツミです。よろしくお願いします!」


「うん!こちらこそよろしく!」

爽やかな挨拶と顔立ちはまさに好青年で、タツミも話しやすそうなアキラに安心感をおぼえた。


「学校でマオからタツミ君のこと聞いてもう嬉しくってさ、さっそく会いに来たんだ!これでメイと君で高専部も5人になるし、楽しくなりそうだ!」


「あの・・・高専部ってなんですか?」


「え?何も知らないの?」


ゲンが話を補足するようにアキラに言う

「タツミは来たばっかりで、昨日もいろいろあってさ、高専のこと事何も話してないんだよ」


「そうですか・・・えっと、高専部はね八高内の同じ流派や武術を扱う生徒の集まり、ようするに部活みたいなものだよ。八高の中で浅倉家として活動するためには、浅倉家高専部として学校側に登録されてないとダメなんだ」


「へーそうなんですね。高専部はどんなことするんですか?」


「まあ基本的には稽古するだけなんだけど、他流派との交流試合とか、合同合宿とか・・・でもやっぱりなんといっても対抗戦だね。

 全武技系の高専部で1番を決めるための大会が年一回開かれるんだけど、対抗戦は各家の代理戦争みたいなものだから、そこでの結果は今後の家同士の力関係に影響するし、個人の評価にもつながってくるんだよ!他にもいろいろあるけど、特にみんな対抗戦を目標にしているんだ!」


「対抗戦・・・」


「そう!今年はメイも入学したし、期待のタツミ君も入った!これはいけるよ!」


「ええ!?期待って、そんな自身ないですよ・・・」


「大丈夫だよ!僕も自分の強さに自信はないけど、みんなで対抗戦まで強くなればいいんだよ!!君も強くなるために八高に入ったんでしょ?」


「あ、でも僕は・・・」

タツミがどこか煮え切らない態度でいると、ゲンが割って入る。


「ま、どちらにせよ今のタツミがどれくらいのレベルか見る必要があるよね!俺が見てあげるよ。」

そういえばゲンは道着を着ている。ということは・・・


「言ってなかったけど、俺ここの師範代だよ。対抗戦までにみっちり鍛えてあげるから安心しなよ。」

ゲンはそう言って笑うが、タツミは苦笑いしかできなかった。



武道場の中心にはタツミとゲンが互いに迎え合わせに立つ。


「とりあえず手を出さないから、怖がらず好きに攻めてきなよ」

ゲンは笑顔でそう言うが、二人の体格差は大きく、威圧しているつもりはないのだろうが、どうしてもタツミは萎縮してしまう。


さらにこのタイミングでメイも武道場にやってきた。武道場中心の二人をみて、そのまま静かに道場脇で見学しているアキラの横まで移動する。


「こんにちは。三上さん」


「やあ!メイ ちょうどいい時にきたね。これから面白いものが見られるよ」


「ふーん・・・ゲンさんが相手するんだ」


「いけー!タツミ君!」

アキラが声援を送るが、二人に見られているという事も少なからずプレッシャーになっているだろう。


しかし、いつまでも恐れてばかりじゃいられないとタツミは集中を高めていく・・・。

「よろしくお願いします」

覚悟を決めたかのように大きく息を吐いて構える。一方のゲンも合わせるように体を半身にして構えるのだった。


「いつでもどうぞ」

ゲンの表情と言葉は楽しそうにタツミに向けられた。


宣言通りゲンは動かずタツミの仕掛けを待っている。しかし容易には仕掛けることはできない。相対すれば嫌でもわかるゲンの実力・・・

(この人やばい・・・掛け値なしに強い・・・)


わかってはいたが改めて感じる実力差を自覚すると、恐怖、緊張感、焦燥感といった感覚がタツミの呼吸を乱して汗がにじみ出る。

 しかしこれは稽古であって真剣勝負ではないと自分に言い聞かす。ゲンに力を見せるための場でしかない・・・タツミは深く息を吹いて乱した呼吸を、リズムをとるように浅くし始めた。


大きく息を吸い込む──同時に強く床を蹴り、ゲンに向かって突っ込む!狙いは左手首!タツミの右手はあっさりゲンの左手首を取る。そのまま引き寄せようと引っ張るが、ゲンはまるで根を張っているかのように全く動かない。ならば──

 右手は掴んだそのままに、左手で前襟を取りに行く!そのまま得意の一本背負い投げに入ろうとするが・・・大木相手に投げるかの如く、わずかに体制を崩すことさえできない!同じ体制で今一度力を込めるが結果は変わらない──タツミは投げをあきらめ開始線まで体を戻した。


(素の力じゃまるで歯がたたない・・・わかっている。これは僕の理力をみるための稽古、格上の人に出し惜しみをするなんて失礼か・・・)

自分に言い聞かせ、タツミはつぶやく──


「いくよ・・・」

新緑の理力を顕現させて、タツミの体に薄く纏う。


それを見たゲンはより嬉しそうに笑顔になった。

「いいね!そうこなくてはおもしろくない。」


する必要がないのか、あるいはタツミの力を甘く見ているのか、ゲンが理力を顕現する様子はない。


(目にもの見せてやる・・・)

明らかに格上だとわかる相手でも、露骨に手を抜かれている事実が闘争心を煽った。

 タツミは腰を落として短距離走のスタートをきるかの如き前傾姿勢をとる。明らかに全身の力を使って最速で突っ込むつもりなのだろう。


その体制を維持しつつ、細かくフェイントを入れながら少しずつ距離を詰める。

 その距離が1m程までつまり、何度目かのフェイントを入れた直後──張りつめられた弓から放たれた矢の如く、ゲンの右足目掛け頭から突進する!いわゆる軸足を刈りにいくタックルを仕掛けた。それをそのまま無防備に受けるゲン・・・

 さすがのゲンもその威力に少々体制を崩す。タツミのプラン1では軸足を刈りそのまま倒せればベスト!しかしそうは問屋が卸さない、であればプラン2・・・しがみついた右足を持ち上げてひっくり返そうと試みる。

「ん・・ぎぎ・・」

唸り声をあげて渾身の力で持ち上げると、わずかだがゲンの右足が浮いて左足に重心が移る。


「おっとっと・・・」

 しかしゲンは動じない。今のタツミの力ではここまでが限界、これ以上足をあげられることはないと考える。だがタツミもそれはわかっている・・・早々にプラン3へと移る。それは・・・


ゲンの股下に頭を入れて潜り抜ける!


右足がわずかに浮いていたゲンは一瞬だけ体の反応が遅れる──すでにタツミの両肩は股下を通過し、その右手はゲンの右手首を背後から取る!

 取った右腕を力づくに引っ張り、左手はゲンの右肩付け根を押さえつける。そのまま勢いと、腰を払い地面に投げ組み伏せる。これこそが──


──浅倉流・裏回り独楽落とし──


組み伏せる・・・はずだった。しかし相手が悪い。なんとゲンは立った状態でこらえている!


「ねぇメイ、今のってどうなったの?」

アキラが隣のメイに尋ねる。


「・・・あの居候君はゲンさんの背後を取って、裏回りの独楽落としを仕掛けたけど、決まってない。もし完全に決まっていれば、崩されて立っていられない 今頃上から腕を固められて終わっているよ。だけど・・・」


「だけど?」


「不格好で中途半端だけど、肩が極まっている・・・」


そう・・・メイが言うようにゲンの肩は背後からタツミに固められている。しかし完全にではない。ゲンの膂力、フィジカルの強さ、お互いの単純なパワーの差が技の完成を許さない!タツミの理力を含めた全身の力を、右腕一本で堪えてる。


「いやぁ・・・驚いたよ!やるねぇタツミ」

 この状態でも余裕があるゲンは軽口をたたく。一方のタツミは一瞬でも力を抜けない。力を抜けば掴んだ腕は即外されるだろう・・・しかし今この体勢は膠着状態とはいえず、徐々にゲンの腕が抜けようとしている。


「ぐぅううおおりゃあ!」

気合のあまり叫ぶタツミ!この腕だけは絶対に抜けさせまいと渾身の力を込めてさらに体重をかける。しかしそれでもなおゲンの右腕を抑えることはできない!


「よっ、こい・・・しょーー!」

掛け声一閃!ゲンの右腕は拘束を解かれて豪快に放たれる。その勢いにタツミは掴んでいた手を強引に振りほどかれる──タツミの体はバランスを崩して尻もちをついてしまった・・・



「すばらしかったよ!大抵の相手なら独楽投げの時点で勝負は決まっていた」

さっきまで固められていた右肩を回しながら、ゲンは尻もちをついて茫然とするタツミに言った。

 

体の強さや筋力によるわかりやすい差を痛感する・・・それでもタツミは天を仰ぎ、笑いながら呟くのだった。

「くっそ・・・」


倒れたタツミに優しく微笑みながらゲンが手を差し出す。

「さあ立ってタツミ!今度は俺からいくよ!」


「え゛っ!?」


浅倉家の地獄の稽古はまだまだ始まったばかりだった・・・


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