私立八家御前理学専修高等学校
私立八家御前理学専修高等学校(しりつやつやごぜんりがくせんしゅうこうとうがっこう)
4月6日 AM4:30──
まだ日も登っていない明け方、薄暗い部屋でタツミはゆっくりと目を開いた。見覚えない部屋・・・起き上がろうと上半身に力を入れるも痛みが走り起き上がれない。
「──いっ・・てて」
あれからどのくらい経ったのだろう・・・痛みが稽古試合を思い出させる。今の状態じゃ起き上がることさえままならない。再び枕に頭を預けて腹部に理力を収束させる。
収束した理力が新緑から深緑へと深まる中で、状況を整理するためタツミは首を動かして周囲を確認した。
おそらく武道場で倒れた後、この畳十畳ほどの部屋に運ばれたのだろう・・・隅の方に自分の荷物もある。柔らかい布団と枕の感覚が安心感を誘う。
(ありがたいなぁ・・・)
用意された布団と運んでくれたことに感謝してタツミは再び目を閉じる。自身の体を回復させるために理力をより高めると、薄暗い部屋に深緑の光が浮かぶように揺蕩っていた。
だれか起きてきたのか物音が聞こえた。外廊下を人が歩く気配を感じる──ミノリだろうか?お礼をしなくてはという気持ちと、人の家でいつまでも寝ていては申し訳ないという遠慮から体を起こす。
先程より大分回復したようだ。痛みは残るがスムーズに立ち上がりすぐに引き戸を開けて部屋から出た。
しかしそこには誰もいない。誰か起きているのは間違いないだろうから、そのまま外廊下を静かに進む。
廊下を曲がった先にある脱衣所と洗面所を覗き込むと・・・そこには大柄な男が歯磨きをしている姿があった。
「あ・・・あの、おはようございます。」
タツミが恐る恐る声をかけると 鏡越しにタツミを見た後、振り返りニッコリと笑う。
「をはょうぎょざいます!」
"おはようございます"と言いたいのだろうが、歯ブラシを咥えていてはうまく言えない・・・男はちょっと待ってと言いたげに掌を向けるとすぐに口を濯いだ。
年の頃は20代後半だろうか、身長は180cm以上ある。大柄な体は見るものに威圧感を与えそうだが、柔和な顔立ちと笑顔で雰囲気は柔らかい。
「やあ!タツミ君だね?ミノリ様から聞いているよ。俺は籠橋 ゲン よろしく!」
早朝にそぐわない声量で明るく自己紹介をしたゲンに、タツミは少しだけ怯みながら応える「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします。」
「それにしても体大丈夫?メイさんの必殺技食らったんでしょ?
アレ食らってもう歩き回れるなんて並みじゃないね!下手したら三日は寝込むよ。」
「はは・・・正直死ぬかと思いました。」ゲンの笑顔につられてタツミも苦笑いする。
「だよなぁ!ホント無事でよかったよ。昨日倒れている君を見たときは、とうとうメイさんが殺っちまったかと思って、本気で焦ったからね。」
「あ、あのゲンさんが僕を運んでくれたのですか?」
「ん・・・ああ俺ともう一人でね。」
「あ、ありがとうございます。」
「気にしなくていいよ。それよりタツミ君、今日入学式だよね?昨日そのまま部屋に運んだから着の身着のままだし、とりあえずシャワーでも浴びなよ。」
ゲンは親指で横の風呂場を指さした。
たしかに武道場で倒れたままの格好で、寝ぐせもひどい・・・体もベタベタして気持ち悪いのは否めない。
「すいません。ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えてシャワーお借りします。」
「うんうん!今日から新入生だからね!綺麗にして登校しないと笑われちゃうよ。
シャワーが終わったら食堂にきなよ。張り切って朝ごはん作って待っているからさ!」
”ゲンさんが朝ごはんを作るのか?”という もっともな疑問は口にすることなく、タツミは自室へと着替えを取りに戻った。
まだ幼さが残る顔にアンバランスな鍛えられた肉体・・・腹部には昨日の一撃で薄黒い痣ができている。そして左胸には何かを隠すかのように、意図的に刻まれた傷がある。
「ふぅ・・・スッキリした」
10分ほどシャワーを浴びたのち、入念に体を拭いて下着を着けようとすると──不意に扉が開く!反射的に顔を向けるとそこにはメイの姿があった。
「──っ!!」
「す、すいません!!」これまた反射的にタツミは謝りつつなぜか自分の胸を隠す──
声さえあげなかったがメイはひどく驚いただろう。明らかに目が点になっていた。すぐに扉を閉じてその場から足早に離れる足音が聞こえた。
(普通こういうのは逆じゃないかな・・・)
しかし後から顔を合わせたときに気まずくなることが容易に想像できる・・・タツミは深いため息をつくのだった。
予想外のイベントはあったもののタツミはそのまま食堂に向かう。その部屋の奥、つまりは上座となる位置にミノリの姿があった。
「あら、おはようございます。タツミさん」
目に映る範囲に、とりあえずはメイがいないことに安心して挨拶を返す。
「おはようございます。昨日はご迷惑をおかけしてすいませんでした。」
「いえいえ、もう大丈夫なの?」
「はい、なんとか歩き回れる程度には回復しました。」
「そう、流石ね。もうすぐ皆がくると思うから適当に座ってくださいな。」
タツミは短く返事をしてミノリから少し離れた位置に座った。着座したタツミを見てミノリは言う
「改めまして昨日の稽古試合、実に見事でした。約束通り浅倉家はあなたを歓迎いたします。今後は自分の家だと思ってお過ごしくださいね。」
意識を失う前に聞いた言葉は間違いではないと確信に至る言葉は、タツミにとってこれ以上ない喜ばしいもので、深く頭を下げると共にあらためて感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします。」
「ええ、こちらこそ。」 ミノリが答えると、タツミが下げた頭を上げるより前に可愛らしい声が食堂に響いた──
「おはよ~・・・あー!タツミ君だぁ!」
声の先を見ると、タツミより少し年下だろうか・・・メイによく似ているが彼女より幼い印象をうける顔立ちの少女・・一見してメイの妹だと思われる少女がタツミを指さしていた。
「お、おはようございます・・・」
「いやぁ昨日は大変だったねぇ」 と言いながら少女はタツミの横に座る。
「あっ、アタシはマオ!浅倉マオだよ!よろしくね。タツミくん♪」
明るく人懐っこい笑顔のマオに照れながらタツミも笑顔で答える。
「こちらこそよろしく。」
その返答にマオは感じるものがあったのだろう、長い髪を耳に掛けて、意地悪そうな表情を浮かべてタツミに詰め寄る。
「あっれ~、もしかしてメイの妹だと思ってない?よく間違われるんだよねぇ・・・
言っとくけどアタシがお姉ちゃんなんだよ。こう見えても君より二つもお姉さんなんだから♪」
「え!?あ、そうなんですか?」 心を読まれたような問いかけに思わず驚いてしまう。
「やっぱりねぇ~・・・まっ、気にしなくていいよ♪初対面の人は大抵そんな感じだからね。それよりタツミ君今日から八高生でしょ?じゃあアタシの後輩のわけだ!」
“二つもお姉さん”という先程の言葉から3年生なのだろう。しかし本当に自分より二つも年上なのだろうか?
そうは思えないほど幼く可愛らしいマオだが、彼女が初対面のタツミに与えた第一印象は、可愛らしい外見より、とにかく明るくよく喋る先輩に上書きされる。
「ねぇ、タツミ君はどこから来たの?お父さんの弟子って本当?お父さん今どこにいるの?あっそういえば体はもう大丈夫なの?そうそう昨日あの後大変だったんだよ~!帰ったら知らない男の子が武道場で寝ているしさ、聞いたらこの家に住むって話じゃん!いや誰だよ、ってばあちゃんに聞いても・・・(中略)・・・
というわけなのさ・・・タツミ君聞いてる?」
タツミは途中で話を何度か遮って答えようとするが、それを許さない勢いで矢継ぎ早に喋るマオに圧倒され苦笑いするしかなかった。
「そう一方的に話されてはタツミさんも困ってしまうでしょう?
会話というものは相手の話を聞き、気になる点や広げたい内容を汲み取ってするものです。それをなんですか!あなたは・・・」
助け舟を出してくれたと思ったミノリの発言は、マオへの説教の始まりだった。しかしマオもミノリを遮って──
「でも、ばあちゃん!今日からいきなりさぁ、ひとつ屋根の下で男の子増えたらいろいろ気になるでしょ?だからさぁ・・・」
「それに関しては──」
話の中心になっているタツミを置いてきぼりにして二人の会話がヒートアップし始めると、聞き覚えのある声が耳に入った。
「おはよう。」
その一言で二人の会話が止まり、三人共に同じ方向へ視線を移す。そこには真新しい制服に身を包んだメイの姿があった。
「おぉ~、メイかっわいい~♪」
マオが言うように制服を着たメイは、とても美しく凛々しい。しかし先程の一件のせいか表情はどことなく不機嫌だ・・・メイは何も言わずタツミを一瞥もせず自身の定位置であろう席に着く
するとミノリが注目を集めるように軽く咳払いをした。
「皆そろいましたね。朝食にしましょう・・・ゲンさん」
厨房からゲンが返事をして大きな盆をもって現れる。用意された朝食は意外と手が込んだもので味も良いものだった。
朝食を食べ終え、部屋で制服に着替えるタツミは朝食の途中で言われたミノリの言葉を思い出す・・・
──「今日からメイとタツミさんは八家高校に通うわけですが、メイ、タツミさんを学校まで案内してさしあげて」
その言葉にメイは明らかに不満げに答える。「・・・・・・・はい」──
(はぁ・・・めちゃくちゃ嫌われてるなぁ)
嫌われる心当たりは確かにあるが、あそこまで露骨だと早くも新生活に心が折れそうになる。まだ入学初日なのに・・・
とはいえ学校までの道がわからないのも事実、準備を終えたタツミは玄関に向かう・・・玄関まで行くとメイが待っていてくれたのだが、タツミの姿を確認すると先に外へ出てしまう・・・タツミも追いかけるように急いで外へ出た。
横に並んで歩くことを拒否するかのように、足早で進むメイの後をタツミはついていく。
「あの・・・」
声をかけると意外にもメイは足を止め振り向いた。
「えっと・・・」タツミが二の句の言葉を探していると、メイの方からタツミに近づき・・・
「石川タツミ君、婆様はあなたを受け入れたみたいだけど、あなたは所詮居候にしか過ぎないの!用もないのに なれなれしく話しかけないでもらえる?」
タツミが答える間もなく、言いたいことだけを言ってメイは振り返って再び歩き出す。言い返す度胸もないタツミは肩を落としてトボトボついていくことしかできなかった。
メイの背中を追って無言で歩くこと10分、同じ新入生だろう真新しい制服を着た生徒がちらほら同じ方向に向かって歩いている。
その数はどんどん増えていき、気が付けば目の前には“私立八家御前理学専修高等学校”の文字と共に立派な校門があった。タツミは思わず校門前で立ち止まり、これから通う学校の大きさに驚嘆の声を上げる。
「でぇっけぇ学校だなぁ・・・」
──私立八家御前理学専修高等学校・・・通称八高 その歴史は古く創立から100年近く経つ。今季新入生200余名を加え在校生は600人を超える東の名門校。教育方針は普通高等教育に加え理力の基本や応用、研究・・・特に理力を用いた戦闘訓練に力を入れている──
校舎の広さに感動しているタツミを無視して、メイは校舎の入り口へと進む・・・その歩みの先には、各生徒が振り分けられたクラス分けの名簿が張り出されていた。
すぐに追いかけて、名簿に目を通していくと、1年C組に自分の名前を見つけた。メイは・・・1年A組のようだ。当然他に知った名前はない。
タツミが自分の名前を見つけた頃には、メイの姿はもうない・・・先に行ってしまったようだ。タツミは一人1年C組の教室を目指し校舎に入った。
1年C組の教室内には、すでにたくさんの生徒がいる。誰かと話す者、外を眺めている者、キョロキョロと周りを見まわす者・・・タツミは自分の席に座ると、何をするでもなく静かに室内の様子を見ているだけだった。
ちなみに隣と前の席にはクラスメートが座っているが、話しかける勇気は持ち合わせていない・・・
時間が経つにつれて空席が埋まっていき、徐々にクラスメートたちが着席していく・・・やがて予鈴が鳴ると、教室前にいた女性が扉を開けて教壇に立った。
「みなさん!入学おめでとうございます。私は 押花 ミヤコ、皆さんの担任を務めます。どうか一年間よろしくおねがいしますね」
名前を告げるだけの簡単な自己紹介を終えると、ミヤコ先生は話を続ける。
「さて、これから皆さんには このまま武道館へ移動してもらって入学式を行います。ということで席順のまま一列に並んで、武道館に向かいましょう!」
クラスメート一同は言われるがまま一列に並んで武道館に向けて進む 入り口で各クラスが合流すると、A組を先頭に順番に入場していく・・・
武道館内は広く400名を超える上級生が新入生を待っている。すべての在校生が収容されても なお余裕がある大きさだ。やがて200名を超える新入生一同が席に着くと・・・間もなく入学式が始まった。
最初に校長の挨拶として紹介されステージ上に初老の男が現れる。新入生歓迎のあいさつをするも、その内容は退屈で、すぐにでも忘れてしまうような話はタツミも上の空で大部分を聞き流していた。続く来賓の話も同様で、生徒たちが退屈を感じ始めると・・・
「最後に、本校の生徒会長からの挨拶です。」
そのアナウンスに再びステージ上へ全校生徒が注目した。
制服の上からでもわかる鍛え抜かれた体、切れ長な目と精悍な顔立ちだが、一言で表現するならば強面といえる男がステージの中心まで進むと全校生徒に向かい語り始める。
「まずは新入生諸君、入学おめでとう!私は現生徒会会長の多々良シュウイチだ。在校生を代表して諸君らの入学を心から祝おう!
さて、これから君たちが三年間をどのように過ごすのか・・・どのような青春を過ごすのかそれは自由だ!しかし君たちの先輩として生徒会長として言わせてもらう──新入生諸君!力を求めよ!君たちには強さを求める義務がある!!
今やこの世の中は、理力という力に依存し、それなしでは立ち行かないと言ってもいい。そんな中君たちは形こそ違うが理力を扱う才能、言うなれば天からの贈り物ギフトを授かってこの場にいるエリートたちだ!
その才能を生かさないあるいは伸ばさないことは将来、国の損失になると言っても決して過言ではない!
本校では力が価値だ!!強さこそが優先されるわかりやすい弱肉強食!自分の将来のため夢のため誇りのため、今一度言おう!強さを!力を求めよ!
その戦いの日々こそが最高にスリリングでエキサイティングな三年間になることを約束しよう!強さを求める者を本校は、生徒会は決して裏切らない!!
そして願わくば我ら在校生を脅かす脅威になってもらいたい!言い換えるなら・・・
“かかってこい一年坊主共!”ってことだ!!──この言葉をもって新入生諸君に対する歓迎の挨拶に代えさせていただく。 以上!ご清聴感謝する!!」
その演説とカリスマ溢れる姿を目の当たりにした新入生、いや在校生も含めて、いやおうなしに奮い立つ!タツミも例外ではなく高揚して思わず立ち上がってしまったほどだ。
(すっげぇ!すごくかっこいい人だ!さすがは生徒会長!)
会場には拍手や声援が飛び交い、最高潮に盛り上がった入学式は幕を閉じた。