#3 辛さこそ人生の醍醐味
「はぁー、はぁー」
息が切れ、重苦しい呼吸をした。
肺が押し潰されているかのように、肺から痛みを感じる。
足の筋肉もぱんぱんになり、足が上がらない。
右脚の腿からは角で刺されて、血がどろどろと脚を伝って爪先へ流れ出る。
その痛みに耐えようと、唇を強く噛んだ。
傷の周辺を掴みながら、脚を引き、横に移動する。
なんて不運なんだ、こんなところで、こんなに強いやつに出会うなんて。
やつから目を逸らさないように、慎重に……。
やばい、僕、
“死ぬかも”
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異世界生活5日目
新たな魔法《空槍》を獲得した僕は、魔法の精度を上げつつ、ウルグルログムでレベル上げをしていた。
それによりレベルが13まで上がった。
僕は重要な課題を抱えている。それは……
食料のバリエーションのなさである、毎日そして一日中、カエルしか食べていない。
野生動物ならまだしもグルメな人間なら耐えがたいことだ。
そのうえ塩の一つもないので、味は単調、初めて食べた時は感動したが、さすがに飽きてしまった。
だが今何か出来るわけでもない、ここ数日ずっと都市へ向けて歩いているが食料になりそうな物は、一度も見つかったことがない。
せっかくここまで来て、戻る訳にもいかない。
ここでは我慢が鍵となる、そういうことなのか。
思えばここ5日間苦労した、人生でこんなに頑張ったのは初めてな気がする。
身体も少しずつ疲労が溜まっていっている。
“もう終わりでいいじゃないか”
そんなことが頭に浮かぶ。
あの時なんで引き受けてしまったのだろう……。
自分への後悔が押し寄せる。
ああ、茜に会いたい。
振られたのに、まだ茜を想い続ける心に腹が立つ……。
誰かと話したい、誰かの顔を見たい、誰でもいい僕の隣にいてくれるなら……。
ヘルサはあくまでヘルプサービスシステム、普通の会話はできない。
珍しくネガティブなことを思うと、自然と涙がポロポロと溢れ出た。
涙を拭い、感情をグッと飲み込むと、ゆっくりと歩き出した。
しばらく歩いていると、平原に出た。
その平原の中心にぽつんと一本の大木が聳え立っていた。
その木には真っ赤な果実がなっており、林檎に酷似している。
食べたい。その一言で残り少ない体力を振り絞り走り、果実へ飛びついた。
果実に齧り付くと、シャキッという音を出した。
瑞々しく、甘味が口中に広がった。
味はメロンのような味、今までの辛さが甘味と共に飛び散った。
僕は無我夢中で口に運んだ。
「ガサっ!」
草むらを踏み付けた時の音がした。
なにかが近くに来ている⁈
足音の方をチラッと見るそこには……。
鹿のような、体長4mほどの巨大な獣がいた。
鹿のように長い角を持っているが、鹿とは思えないほど恐ろしく凶暴に見えた、そして鋭利な角を持っていた。
かなりキレているように見える。いやキレてる、絶対にキレてる〜、なんとかドットだっただろうか、そのリーダーが言って炎上した言葉を思い出す。
奴の怒りの矛先は、確実に僕。そんなこと目を見ただけでわかる。
頭を低くして自慢の角を突き出しているようだ。
丁寧にお辞儀している、奈良の鹿もお辞儀すると聞いたことがある、鹿っていうのは礼儀正しいものだ。
という、現実逃避をした。
あれは恐らく威嚇しているだけ、礼儀のかけらもない行動だ。
「なあ、ヘルサ。アイツの名前なんだ?できれば特徴も頼む」
鹿の気を損ねないように、小声で尋ねた。
『解析結果、個体名キングディアー。ソノ名ノ通リ、王様ノヨウナ角ガ特徴的。普段ハ温厚ダガ、縄張リヲ荒ラスナドキレサセタラヤバイ』
ヤバイって……もっといい表現なかったのかよ、随分知能が低そうな言い方だ。
つまりこいつは、今僕がここで実を食ってるのが気に食わないのか。
そうであれば、その気にならないうちに撤退するまでよ。
果実をさっと、懐に隠し。
キングディアーから目を離さないように、背後歩きをしてその場から離れようとした。
その時!
『補足デキングディアーは鼻ガキキマス』
それ先に言えよー!
鹿はしっかり、懐の実に気がついたようで。
鼻息を荒くした。そしてこちらに猛ダッシュで……!
そうして一瞬追いつかれそうになったので、やむ得ず実を投げた。
投げた実は、鹿の鼻にクリーンヒット!
鹿は暴れ出した。
僕はその隙を見計らって森の中へ逃げた。
木々が連なる森ではスピードは出せまい。
冷静さを取り戻した鹿は森の中へ、僕へ駆けてくる。
しかしスピードは落とさない。
何故なら行く先の木々を薙ぎ倒しながら進んできているからだ。
流石に異世界ヤバすぎるだろ……。
遂に僕の所まで辿りついてしまった。
そして鹿は角を振り上げた。
角は腿に突き刺さり、高く、そして遠くに飛ばされた。
木が背中にぶつかり、勢いが止まった。
背中に痛みが走った。また腿からもダラダラと血が。
木を支えとして、なんとか立ち上がった。
しかしその時にはもう鹿が……。
執念……。
「はぁー、はぁー」
息が切れ、重苦しい呼吸をした。
肺が押し潰されているかのように、肺から痛みを感じる。
足の筋肉もぱんぱんになり、足が上がらない。
右脚の腿からは角で刺されて、血がどろどろと脚を伝って爪先へ流れ出る。
その痛みに耐えようと、唇を強く噛んだ。
傷の周辺を掴みながら、脚を引き、横に移動する。
なんて不運なんだ、こんなところで、こんなに強いやつに出会うなんて。
やつから目を逸らさないように、慎重に……。
やばい、僕、
“死ぬかも”
眉間にシワを寄せ、目前の死に対する恐怖を必死に耐えようとする。
いやだ、いやだ、いやだ。
まだ死にたくない。まだ死ぬのには早い。
生きろ、生きろ、生きろ。
右手に力を入れて、胸を強く叩いた。
今の僕は相当カッコ悪いのだろう。
泥まみれで、汗まみれ。
少年のようじゃないか。
でもまだ僕は大人じゃない、少年に毛が生えた程度の人間。
カッコ悪くていいじゃないか。
さて、切り抜ける?
「ゲコっゲコっ」
こんな時にもバカなカエルは呑気に鳴いている。
集中させてくれよ。
……まてよ、カエルだって? まさかこの先に沼地があるのでは?
一か八かで走り出した。
どこに沼地があるのかなんて確証はない。あるかすらわからない。
でも、それにかけるしかない。
すぐ行った先には、案の定沼地があった。
僕は沼を避けるように通った。
そしてそこに座り、鹿を誘き寄せる。
鹿は変わらず前も見ずに猛ダッシュで向かってきた。
しかし、鹿はそれが仇となり沼にハマった。
今がチャンス、今倒さなければならない。
狙いは頭。
今まで貯めてきた全ての魔力を吐き出す。
「ふぅー」
一度ため息を吐く。
そして手をキングディアーに向けた。
これで仕留める。
「『空槍』ッッッッ!!!!」
その詠唱はバカデカく、声が枯れていた。
そして鹿の頭には空洞が空き、血飛沫をあげた。
倒した、のか?
『チロリン♪
レベルガ13カラ34マデ上ガリマシタ」
この音が聞こえたということは倒せたのだろう。
そう確認すると、地面に倒れ込んだ。
体中がジンジンと悲鳴を上げている。
もう動けない。動きたくない。
今日の晩飯はなしか。
そう思い、適当に雑草を口に放り込んだ。
痛い。もしかしたら、このまま痛みで死ぬかもしれない。
はたまた多量出血で死ぬのかもしれない。
でもなんだろう、後悔はない。
初めてだ、
「達成感は」
それだけで、胸がいっぱいになった。
満腹だ。
足捻って、スラダンの海南戦の赤木みたいになった。




