#10 歴代最強魔術師アイノンさん
「さてさて、お前の顔はどんなのだ〜?」
魔導師の顔を隠すフードに手を伸ばそうとすると。
「《ハイサウンド》ぉ!」
魔導師は声を振り絞り、先程のような広範囲にせず、一点俺に集中させて撃ったつもりだろう。
相手が悪かったな。
「な! 貴様何者なんだ? 本当に獣人か?」
そして勢いよく魔導師の衣を剥ぎ取った。
「何者かって? そうだな、コスプレって知ってるか?」
「こ、コスプレ? ななんだそれは?」
俺は拳を振り上げた。
「日本の誇る、大きなカルチャーだよ!!」
魔導師の顔面目掛けて猫パァーンチ!
全世界のコスプレイヤーの意思を身に纏った俺の渾身の一撃を、喰らった魔導師はピクリとも動かなくなった。
一発K.O。全く魔導師だからって運動しなくていいって訳じゃないからな、だからモヤシみたいな顔なんだよ。
全く最近の魔導師は俺の時代はもっと強かったぞ。
※彼は異世界に来てまだ2ヶ月です。
周りを見ると全員、拘束されたようだった。
「さて、どう落とし前つけてくれる?」
着けている猫耳を外し、屈強な獣人に押さえつけられた商人デブス。
しかし彼は余裕の表情でニヤついた。
「くっくっく。まだ終わりだと思うな」
「どういうことだ?」
「やれっ! アイノン!」
商人は馬車に向かって言い放った。
すると馬車からバシャっという音がし、中から金属で出来た首輪をぶら下げた、巨大なムキムキ男が出てきた。
「ふふっ、お前ら終わったな、アイノンは私の所有するエルフの奴隷でな……」
「はっ? エルフ、あれが?」
エルフとは似つかない筋肉の塊みたいな男。エルフと言ったら美男美女が揃っていて魔法の手練れのような存在だが……。
コイツがエルフ? キャラ崩壊もいいとこだ。
強いて、強いてだ強いてエルフだと言うならあのとんがった耳。しかし、はたから見るとボディビルダーのおっさんがコスプレしてるようにしか見えない。
「流石にバレバレな嘘つかれてもねぇ。コイツがエルフなわけ」
「はぁ? アイノン、エルフだしぃ。みろあの立派な耳を!」
「いやいや、よくみろ。耳以外をよく見てみろ、なにがエルフだ。ボディビルダーじゃないか」
「アイノンボディビルダーじゃないしっ! エルフだし」
「流石に見苦しいよ。素人にもわかるよ」
「ぐぬぅ……もういい! やれ! アイノン!」
と言って振り向いて指示を出す商人。
しかし肝心なアイノンさんはしょんぼりしていた。
「アイノンさん、なんか泣いてますよ」
「アイノン〜! さっき言われた話、ジョークだからね、鵜呑みにしないでね」
コンプレックスを指摘されたからなのかしょんぼり涙を流すアイノンを、商人は励ます。
「筋肉はあるけど、自信はないんだな」
「…………」
アイノンは無言で立ち上がり筋肉が膨張していく。
筋肉が膨張すると、アイノンの身体から蒸気のようなものが……。
ヤベッ。絶対やらかした。アイノンさん絶対キレてる、逆鱗に触れちゃたよー。
「オマエ、ゼッタイ、コロス」
ヤバいヤバい、なんか聞こえてきたんだけど、死ぬかもしれない。
「マジでお前終わったな、こうなったアイノンはもう誰にも止められない」
商人は呆れたように顔を抑えた。
獣人たちは次々とアイノン目掛けて襲いかかるが、全てアイノンはなぎらった。
「はっはっは、何人束になろうがアイノンには敵うまい……ってアイノン? なんでこっちに来る? 敵はあっちだぞ! おい、わああああ」
暴走したアイノンに追いかけ回される商人。そして俺はそれを嘲笑う。
「自分の奴隷に追いかけられてやんの、クスクス…………って、おい! こっちくんな!」
商人はゲス顔を浮かべながら、此方に向かって来るのだ。
「どうせ、倒されるなら道連れじゃぁぁ!」
「お前人の心とかないんか?」
「お前もだろうが!」
猛スピードで逃げ回るいい年した二人。
「強者の香りがする!」
「ミミィ!」
進行方向にミミィが、待ち構えている。まさかアイノンとやり合うつもりか⁈
ミミィなら、あの天才馬鹿なミミィならきっとなんとかしてくれる。
「いくぞ、ミミィパァー……」
「「やれぇー!」」
商人と俺の声は揃い共にミミィを応援した。
「うわぁぁ!!」
ミミィパンチとやらを繰り出す前にアイノンに激突、遠くに飛ばされてしまった。
「ミミィ〜!」
気づけばそこは広場、勇者アサキ像の近くまで接近していた。
進行方向には村長が堂々とアサキ像の前に立っていた。
待てよ、じぃさん、お前じゃ話にならないだろうが。
「止まれ! アイノン」
村長は渋い声でアイノンに言った。
アイノンは村長に当たるか当たらないかぐらいの距離で急ブレーキをかけた。息を荒げながら村長を睨んでいる。
「忘れたのか? アサキ様に仕えていたこと、かつて歴代最強の魔術師だったこと」
魔術師? アイノンが杖を持っている姿が想像できない。杖を掴んだらすぐポキッと行っちゃいそうだ。
「ゔぅぅぅ」
アイノンの呻き声が聞こえる。
「たとえアサキ様が死んだとしても、お前にはまだ心の中にいる筈だ!」
アイノンは自我を失った瞳からポロポロと涙が溢れ落ち、膝から崩れ落ちた。
「ふぅー」
戦いは終わったんだ。
そう確信できた。
それにしてもアイノンと勇者アサキはなにか関係があるのか?
◆◆◆◆
あれから商人たちに他の誘拐した者たちを返してもう2度と来るなと言い放ち。それを聞いた商人らは慌てて都市の方に帰って行った。
そしてアイノンは村で引き取ることになったらしい。
もうすることがなくなった、俺たちはこの村を去ることにした。
色々あったが悪くない村だった。
門の外に出ようとするとたくさんの人に感謝の意を述べられた。もっとも俺はただアイノンに追いかけられていただけだが……。
村人にはそれが勇敢に見えたらしい。
「それじゃあ、みなさん、達者でな」
「達者でな!」
テンポよくミミィが繰り返す。
「ちょっと、待ってください!」
村長だ。
村長の隣にはアイノンが。
「このままでは貴方様に感謝が伝えられません。なにか一つできることならば、お申し下さい」
「そうだな、アサキ像あるだろ? それを再建してやってくれ」
「そんなことで良いのですか?」
「ああ」
「それと、ジンさん」
アイノンの声だ。コイツまともに話せるんだな。正直イケボで腹立つ。
「先日はすみませんでした」
幻想だろうか? 一瞬イケメンが見えた。
「いやいや、仕方ないよ操られていたのだろう?」
「そうなんですが……。」
アイノンは奴隷印がかけられており自我を失っていたらしい。今はその印も消えたが。
「それでは改めて、お世話になりました」
「なりました」
そして背中を向けて、深い深い森に潜って行った。
たくさんの視線を感じたがそれは感謝や尊敬の暖かい視線だった。
異世界に行ったらすぐにお腹壊して死にそう。




