RPGはおそろしい
右手には国に代々伝わる聖剣、左手には女神の加護が施された盾を持ち、魔王の部屋へと続く階段を登って行く。
国民的RPGの世界に飛ばされてから約半年。
ついにゲームクリアが見えてきた。
「ようやく、元の世界に戻れるんだな……」
そう思うと更にやる気が溢れてくる。
この世界に来てからの毎日は俺にとって誇張抜きで地獄だった。
ネットの世界で仲間と語り合うことも、アニメで「萌え」を摂取することも、大好きなゲームで日々のストレスを発散することさえもできなかった。
息抜きも娯楽も何もない世界で俺が今まで頑張れたのは、魔王を倒せば帰れるというルールがあったからだ。
階段を登りきり、謎に光る青い物体を無視して趣味の悪い扉を勢いよく開けるとこの世の何よりも禍々しく、邪悪な者がそこにいた。
「初めまして、勇者スズキ。ここまでの長旅ご苦労だっt——」
言い終わる前に俺は聖剣で奴の腕を切りつけた。
「おい待て勇者よ。まずは踏むべき手順という物が……」
「手順? んなもん知ったことかボケェ! こちとらお前らのせいで地獄見てんじゃゴルァ! 俺がさっさと帰れるようにくたばりやがれ!」
「お前……本当に勇者か……?」
プライドなんてない。ただ帰れればそれでいいのだ。
俺は聖剣を構え、魔王の隙をつく体制をとった。
「ふむ、そっちがその気ならこちらも全力で行かせてもらおう!」
魔王が右手を上げ、紫色に光る魔力の球を作り始める。
「喰らえ、カースド・ライトニ——」
「エクスバインドッ!」
バチッ! という音と共に魔王の動きが止まる。
「う、動けん……!」
「エクスバインド! エクスフリーズ! アクトディレイ! ウィークスラッシュ! エクスポイズンッ!! ×4」
持っているMPのほぼ全てを消費して厳選された状態異常スキルをありったけ魔王に撃ちこんだ。俺がこれから行うのは正攻法など完全に無視したハメ技のようなものである。
「貴様、卑怯だぞッ! プライドというものは無いのかッ!?」
「ハッ! 俺にプライドなんて立派な物はねぇ! 俺にあるのは元の世界に帰る、その気持ちだけだ!」
俺は高らかに笑いながら四重にかけられた拘束魔法によって動けない魔王に聖剣を向けた。
「おっと、その前に」
肝心なアレを忘れていた。
背負ったリュックの中から取り出したのはビンに入った赤い錠剤。
お察しの通り攻撃力のバフアイテムだ。
俺はそれを全て体に流し込み、ビンはポイ捨てした。
錠剤が全て腹に入った瞬間、体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
そしてすぐに魔王に聖剣を振り下ろした。
「グワァァーーッ!!」
魔王の絶叫が部屋中に響き渡る。
「魔王の初期体力と今の斬撃で入ったダメージ、そしてエクスポイズンでの削りを考えてあと俺が斬ればいいのは——」
魔王にニコッと笑顔を向けて言い放つ。
「ざっと174回だな!」
それを聞いた魔王の顔から血の気がサーッと引く音が聞こえたような気がした。
しかし可哀想だなんてこれっぽっちも思わない。だってこいつのせいで俺は帰れないんだから。
再び魔王を切りつけ始める。
側から見ればもはやどちらが魔王かわからない絵面になっているだろうがそんなことは気にしない。
「17! 18! 19! そしてぇー20!!」
うーん、すごい爽快。この世界に来てから初めて楽しいって思ってるかもしれない。
「54! 55! 56! 57ァーーッ!!」
日々のストレスがどんどん弾けていく。もうやめられないとまらない状態だよ。
「128! 129! 130ゥーーッ!」
とうとう50を切ってしまった。元の世界に帰れるのは嬉しいが、この快感ともサヨナラしなければいけないのはちょっと悲しい。
「167! 168! 169ゥー……?」
何か視線を感じる。それも1人じゃない。
「まあ気にしなくてもいいか。ひゃくろくじゅう——」
ガキンッ
聖剣が弾かれた。何か見えない壁のようなもので。
おかしい。今の魔王に防御魔法を使えるほどの力は残ってないはずだ。ならば誰が…?
「人間如きに追い詰められるとは…さては日頃の鍛錬をサボっているな?」
「ご無事ですか!? 我が主!」
「待たせたな!」
「まったく、魔王たんは私たちがいないとダメなんだから♡」
「そ、その声は!」
声のする方に視線を向けると、男女4人の魔族がいた。
それもそこらのモブキャラとかじゃなくて、それぞれ容姿や服装に違いがある。まるで——
「四天王! 我々助けに来てくれたんだな!?」
そうそう、四天王……って、え……?
「「「「我ら魔王軍四天王! 命をかけて魔王様をお守りします!」」」」
……しまった。
魔王の所まで最短で行くために四天王との戦闘シーンを全てかっ飛ばしてきたのが仇となった。
「スペルブレイク」
スラッと背の高い男が魔王にかかった拘束魔法を解いた。
「この醜いハゲザルが……我が主に穢れた棒切れを向けたこと、後悔させてやるわ!」
背中に大きな翼を持った女が、その見た目に合わない罵詈雑言を飛ばしてくる。
「ガハハ! 中々見込みがある人間だ! 殺すには勿体無いくらいだな!」
金髪でハンサムな顔をした男は謎に称賛してくる。
「ねぇねぇ、勇者くん。どうやって死にたーい? 斬首、絞首、釜茹で、etc…… もう全部やっちゃいたーい♡」
人間で言うと可愛い系よりの女の子が恐ろしいことを言ってくる。
はっきり言って絶望的状況だ。5対1でまともに戦って勝てるはずがない。
しかしまだ、錠剤によるバフは切れていない。つまりあと数回斬撃を入れれば魔王は倒せる!
「勝ち誇ったみたいなムードのとこ悪いが、まだ俺が有利なことは変わらないぜ? 魔王は俺の斬撃をあと何回か受ければ、死ぬ」
魔王が死ぬという言葉を聞いて、四天王が身構える。
「どれだけ構えたって無駄だね! 喰らえ、エクス——」
「シール・ザ・スペル」
魔王の拘束を解いた男が俺より早く魔法を使った。
撃たれたのはスキル封じの魔法。
完全に詰みである。
「勇者よ、我を追い詰めたことは褒めてやろう。しかし、お前は近道をしすぎた。結果を得るためには真っ直ぐと道を進み、時には遠回りすることも大事だ」
クソッ、なんで死に際に俺は説教を受けているんだ!
しかも反論できないのが余計に悔しい。
「せめてもの情けだ。我らの究極奥義で苦しまずに死なせてやろう」
そう言って魔王と四天王は濃い紫色のオーラを放ち、浮き上がった。
「暗黒より生まれし闇夜の力」
「純白より生まれし聖なる力」
「大地が育む偉大なる力」
「あとその他諸々の力ー!」
「今こそ魔王の名の下に集え!」
うわぁ…なんかすごい詠唱みたいなの始めてるよ…
「「「「「喰らえ! ジエンド・オブ・ザ・ヒストリーッ!!」」」」」
「ハッ!」
気がつくと俺は、ベッドの上にいた。
まさか夢オチ……?
いや、そんなことはない。周りを見ればここが元の世界ではないことはすぐにわかる。
……そうだ、俺はあの必殺技的なので殺されたんだ。
しかしここはRPGの世界。
何回死んだって俺は復活できる。
ならば再び魔王に挑み、四天王が到着するより先に魔王を倒してやればいいんだ! ここがどこだか知らないが、今すぐぶっ倒しにいってやる。待ってろ魔王!!
そう思ってベッドから跳ね起き、急いで建物から出た。
外に出た瞬間目に入ってきたのは謎に光る青い物体。
それを見た瞬間、村やダンジョンの入り口、宿屋や飛行船の中、そして魔王の部屋に繋がる階段でも同じ物を見ていたことを思い出した。
同時にそれを全て無視して進んで行ったことも。
「セ、セ、」
俺は大変なことに気づいてしまった…
「セーブし忘れたァァァーーッ!!」