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バスの恋人  作者: 夜月暁
第四章
7/25

4-前編

 その3日後、メールで例の質問の答えが返ってきた。私は結果を学校の休み時間に確認していたのだ。

(25歳…)

 彼の生年月日を見て、ひとり興奮する。誰かに言いたいけどこんなこと話題にできない。そんな欲求を抑えながらスマホをスリープさせた。


「あ、ゆい~」

 教室に戻ってきた真美が私に駆け寄ってきた。

「さっき職員室に行ったら、加藤先生の年齢の話になって聞いちゃったんだけど、25歳なんだって!」

 真美がどや顔でそう言い放つと、それを聞いていた周りの女子がわーっとその話題に食いついていたのだ。


(それ、私が言いたかったやつ…)

 なんて思いながらも、「うそ~ 案外アリじゃない?!」だの「若い~」だの話している彼女らの反応を見てるうちにさっきの欲求はすーっと消えてしまった。同じ話題で盛り上がれないことに気付いたのだ。

「へぇ、そうなんだー」

 なんて当たり障りない返事をして、作り笑いを浮かべる。そんなふうにさも興味なさそうに答えると、クラスの女子たちは、彼の別の話題で盛り上がり始めたのだった。

「あれ、ゆいは興味なかった?」

 真美が私の前の席に後ろ向きで腰掛けると、私は「大丈夫…」と手を振りながら苦笑いした。私の表情で何かを悟ったのか、彼女はぺろっと赤い舌を出しておどけながら頭を下げた。




「もしかして知ってた?」

 昼休み、お弁当を食べながら真美は急に話を振ってきたのだった。

「え? 何が?」

「先生の年齢」

「あぁ、まぁね」

 私は申し訳なさそうにうなずいた。

「一応ね…」

 そう付け加えると、真美はパックのジュースを飲みながら「ま、当たり前か」と納得していた様子だった。

「その様子だと、うまくやってるみたいだね」

「うまくって言ってもまだ始まったばかりだし…」

 最後のから揚げをぱくっと口に入れて、私は箸を置いた。


「とにかく、学校ではあまり話せないけど…、なんてゆーか、大事にしてくれているというか、粗末には扱われてはいないから…」

 もしかしたら、誰にでも優しいのかもしれない。これはフリだから、自分が特別扱いされているわけではないから…。なんてことをつい口にすると、真美は大きく笑った。

「何言ってるの。十分特別扱いでしょ」

 真美がそう言うと、私は目を丸くした。

「楽しいんだけど、やっぱりなぜ自分なのか理由が分からないんだよ」

「そうかもしれないけど…」

 何か裏があるかもしれない、という仮説を立てたのは真美だ。本当に私を利用しているだけかもしれない説。しかし、それが本当ならあの人は相当ひどい人ということになる。真美はそれを否定したいのかもしれない。


「それでも、ただ言うことを訊かせるだけのために都合が良かっただけ…、なんて悲しすぎるじゃない」

 確かにそうだ。ただ、あの人が本気で私を好きとか、考えられないのも事実だ。これまでの学校での付き合いで、好意を抱かれる覚えはない。あの人が私を好きになるきっかけがあったとは思えないだけに、やはり確証なんて持てないのだ。

(それなのにキスしたり抱き締めたりできるんだよな…)

「契約成立だな」と言われたあの日の夜、抱きしめられた背中の体温と胸の鼓動を思い出すだけで、眩暈が起こりそうだった。それだけ、私の中で大事件だったわけで…


 もし、あの人の私に向けられているすべてのことが嘘だったら、私は引き返せるのだろうか。本当の彼女のように扱われた後、約束の期間が終わったらやっぱり私はあっさり振られてしまうのだろうか。彼が私の「優しさ」を利用しているということもちゃんと解っている。だから、対価は必要だ。その対価が「彼女扱い」だと言うことをちゃんと理解しているからこそ、たとえその後私が傷つこうと、彼には関係ないのだ。だってそれは私が求めたことだ。…私はちゃんと弁えている。



  

 土曜日。

 久しぶりにすっきりとしたその青空は、雲ひとつない快晴だった。朝から張り切って服に着替え、洗面所で念入りにブローしていると、母が入り口からひょいと顔を出したのだ。

「あら。お出かけ? そんなおしゃれして」

 鏡越しになぜか嬉しそうな口調でそう言うものだから、私の両目はつい泳いでしまった。

「う、うん。夕方には帰ってくる」

「そ。いってらっしゃい」

 深くは聞かず、あっさりと引き下がっていった母に少しだけほっとしながら、スタイリングを続けた。なりゆきで付き合うことになった私たちの最初の仕事が、今日だった。待ち合わせの場所は病院の受付辺りにしたが、乗り込んだバスの車内を見渡すと、やや後ろの二人がけの座席に座っているあの人が見えた。


(やっぱり・・・)

 同じ時間に同じ場所へ行くのに、違うバスに乗るほうが難しい。私が乗ってきたことに気付いた彼は、ニコっと笑いながら小さく手招きした。

「おはよ」

 隣に座りながら私は小さな声で挨拶をすると、彼はその大きな手で私の肩を抱いた。

(!!)

 目を大きくしてびっくりしてしまった私を見て、彼の目はいたずらな笑みで溢れていた。

「ん、おはよ。…何?」

 わざとそんなふうに聞いてくる彼に、私は赤くなった顔を隠すように目線を逸らしながら首を振った。ただでさえ狭い座席で体が密着しているというのに、肩を抱かれてさらに密着させられて、気がおかしくなりそうだった。男の人の体ががっちりしているのが、アウターの上からでもよくわかる。


 電話ではなんてことなく話せるのに、実際に触れられると、免疫のない私には刺激が強すぎるというか…。変な汗をかきながら、病院のバス停までの15分を過ごす羽目になってしまったのだった。

 病院前のバスを降りたのは、私たち二人だけだった。彼は横に並んだ私の手をぎゅっと握り、つないできた。思わず私は彼の顔を見た。

(あ… また…)

 してやったり、とした意地悪な目。その目を見るたびに、私の心はどんどんとこの人に引き込まれてしまっている…

 止まらない…

 このドキドキが聞こえてしまう…

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 その言葉に、私はつい彼の顔を見上げた。

(え…)

 今さっきとは違い、ほんわかとした優しい表情でこちらを見ていたのだ。


「あ、うん…」

 こくっとうなずくと、それに答えるように彼が握る私の手をぎゅっとする。こんな時だけ頼り甲斐のあるような振る舞いをするの? いや違う。緊張を解こうとしてくれているだけだ。好意ではなく、演技だ。

(なんでこの人はこんなに、コロコロと違う表情を…)

 はぁーと思わずため息をついてしまった。そんな私を連れて、彼は面会の受付を済ませていた。そのままエレベータホールへと向かい、ちょうど来たエレベータに乗り込んだ。そして彼は5階のボタンを押し、扉を閉める。一度来たことがあるとはいえ、あの時は訳もわからず突然だったから、準備もなにもなかったわけだけど、今度は逆にわかってここにいるから、逆に緊張してしまうというか…


 緊張を解こうとしてくれているにも関わらず、彼とつなぐ手が汗まみれで恥ずかしくなっていた。しかし私が何気なく手を離そうとしても、彼はそれを許さない。

(気持ち悪くないの…?)

 ちらりと彼の顔を見るが、何も気にしていない様子に見える。

(えー?)

 眉間にしわを寄せていると、「何? どうかした?」と彼が口を開いた。

「汗…」

 私はつながってる手を閉じたり開いたりして動かしてみた。

「気持ち悪くない…?」

 小声で恐る恐る口にしてみたが、彼の表情は変わらない。

「え、全然?」

「えー?!」

 今度は声を出して驚いて見せたが、それでもこの人の表情は変わらなかったのだ。

「そんなことで嫌いになったりしないよ」

 笑いながらそんな言葉を口にするこの人は、やっぱりオトナなんだな…。なんて考えながら病室のすぐそばまできたところで、彼は足を止めたのだ。


 眉間にしわを寄せて様子を伺っている。確かに明らかに空気が違うのは、私自身も感じ取ることができた。

 目の前をバタバタと騒々しく動く看護師たち。私たちは、病室まで駆け寄った。そしてその先の空間の様子をそっとのぞくと、この間とは一変していたのだ。

 さわやかな午前中とはほど遠く、そこは殺伐とした雰囲気だった。彼女のベッドはたくさんのナースに囲まれ、ベッドに寝ている彼女の顔には酸素マスクがつけられていた。その表情は、とても苦しげで、体を痙攣させていた。

「例の発作ですか?!」

 彼は病室に飛び込み、対応に当たっている看護師に尋ねていた。


「加藤さん! 今、連絡しようとしたところでした」

 看護師は彼女の背中をさすりながらそう言ったのだ。

「母さん、しっかり!」

 彼はすぐさまそばに駆け寄り彼女の手を握った。しかし私は青白くなっていく彼女の苦痛の顔に、その場を動くことができず、呆然と立ち尽くしていた。

「昇圧剤、急げっ」

「はいっ!」

 何人もの看護師が、医師の指示に従い動く様を入り口で見ていた私の鼓動が、これでもかというくらいに激しく打ち付けていた。立っているのもやっとなくらいの緊迫した状況に、気後れしてしまうほどだった。

「ゆい、外で待ってて」

 そんな私に彼が叫ぶ。私はフラフラしながら踵を返し、病室ではなく、病院の外に出たのだった。




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