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バスの恋人  作者: 夜月暁
第二章
3/25

2-前編

 改札を出ると、家を出た頃には見られなかった青い空が、雲間からのぞいていた。夏の気配も薄れ、澄んだ空気は本当に気持ちが良い。そんな秋の心地いい朝の日差しを浴びながら歩道を歩き、バス停に向かう途中のコンビニに立ち寄るのがいつものパターンだった。

「ゆい、おはよ!」

 ドリンクコーナーでペットボトルのお茶を選んでいると、背後から声をかけてきたのは、真美だった。

「あ、真美。おはよう」

 私は掴んだペットボトルを手にレジに向う。そして代金を払い、入り口のそばで真美の買い物を終わるのを待っていると、真美は手を振りながら私の横に並んだ。私達は揃ってコンビニを後にした。


「早速だけど、今日さ、土曜の埋め合わせさせてもらってもいい?」

 真美がバス停へ続く階段を下りながら切り出した。

「え? あ、うん。どうしたの?」

「実はね、カレからエアロのクーポンもらったの。ゆい、行ってみたいって言ってたじゃない?」

 エアロとは、最近話題のケーキの食べ放題の店のことだ。使われているクリームが空気みたいに軽く、いくらでも食べられる、と評判だった。真美のカレの働いているファミレスと同じ系列だから、きっとカレがくれたのだろう。

「行く行く~! 楽しみ~!」

 秋空の下で真美のお誘いに私は喜んでいた。




(今日はケーキ♪ ケーキ♪)

 次の選択科目の授業のため、私はひとりで美術室へ向かっているところだった。真美は書道なので、他の教室だ。

 ひとりルンルン気分で廊下を歩いていると、相変わらず加藤の周りには人だかりができていた。この女子高で唯一の若く、またかっこいいと評判の彼の周りには、いつも親衛隊が取り巻いている。私は目立たないようにと自然と前傾姿勢になりながら、その集団の前を通り過ぎようとした。見てたつもりはなかったのだが、加藤の横を通り過ぎようとした時、一瞬だけ目が合ってしまった。私は慌ててそれを無視してその場を駆け足で通り過ぎた。

『二十歳だよ、母さん…』

 彼の母親に、今と同じような嘘っぽい笑顔で説明する加藤の顔が頭に浮かぶ。

(二十歳じゃないし…)

 平気で嘘をつくその口を、その目を、その腕を、一度触れただけなのに私の体は覚えている。

 あんな簡単な嘘で、あの母親は本当に幸せなのかな…? 上品で繊細であのピンクのバラのような笑顔を浮かべるあの人に…


 確かにあんな素敵な母親ならば、すべてが終わるその瞬間まで喜ばせたいとか思うのかもしれない。しかし、嘘で喜ばすなんて、相当な理由がなければそんなことをしようとは思わないはずだ。一体何を企んでる?

 通り過ぎた後、私は不意に立ち止まり、そっと振り返った。

 私はあの親衛隊とは別でチヤホヤしないその他大勢の部類に入り、クラス担任でもなく、授業以外で接点を持ったことがない。もちろん今までだって大した話なんかしたことがないのに、なんでそんな目で私を見るの…?

 一瞬だった。私を見たのはほんの一瞬…。憂いた目を私に向けたように見えたのだ。




 あまり集中できないまま、一日が過ぎてしまったような感じだった。これからケーキを食べに行くというのに、加藤の姿を見たときから、心がそわそわしているのだ。

下駄箱で靴に履き替え、真美と並んで外に出る。日が落ちるのが早い季節の今、空はもう赤く焼け始めていた。

「あ、バス来てる」

 真美が私の制服の袖を引っ張り、バス停を指差した。

「うん、乗ろう」

 私たちは小走りになり、バス停まで急ぐ。最後に私たちふたりが乗り込んだところでバスのドアが閉まり、走り出した。

「ギリギリセーフ♪」

 息を切らしながら空いている二人用の座席に呼吸を整える。しかし、胸のドキドキが走って息が切れているだけじゃないと気付いたのだ。

(なんで…?)

 頭の中は、さっき見た加藤のこちらを見る目がずっとフラッシュバックしており、思わず私は胸に手を当てていた。

「ゆい、どうしたの?」

 眉間にシワを寄せて立ち尽くしている私を見て、不審気に尋ねてくるが、私はとっさに作り笑いを見せて首を横に振った。


 バスに乗り込んでから他愛のない話をして、駅までの15分間を過ごすのは、いつのものことだ。

「あ、そう言えば」

 乗ってからしばらく経った時、真美が思い出したように膝に抱えていた鞄に手を突っ込んだのだ。そして私に何かを差し出してきた。彼女の手には、手のひらに収まるほどの小さなファスナー付きのポーチが乗っていた。綿糸で編まれた虹色のグラデーションのそのポーチはとても可愛らしく、リップクリームを入れたらちょうどよさそうなものだった。

「加藤先生が、ゆいの忘れ物だって。渡しておいてって頼まれてたんだ」

 真美がそう言って差し出したポーチだったが、こんなもの持っていないし、落とした覚えもない。

「ゆい、こんなポーチ持ってたっけ?」

 怪訝そうな顔をした真美が私とポーチを交互に見つめていた。

「忘れ物? 私が?」

「そう言われて渡されたけど?」

 私は真美からそれを受け取り、何気なくファスナーを開けて中身を見た。


(鍵?!)

 使った形跡のない、まるでできたてホヤホヤな銀色の鍵とメモが中からのぞいていた。私は慌ててファスナーを閉めると、コートのポケットに突っこんだ。

(あの人は、馬鹿なの?)

 なんで鍵? これをどうしろというの?

 メモに何か書いてあるかもしれない。でも、今は見ることはできない。

 なんなの?

 なんなの?

 鍵の意味がわからず、私はかなりの挙動不審だったに違いない。

「ねぇ、ゆい?」

「へ?!」

 隣にいる真美が気付かないわけない。心配そうな顔をして彼女は私の顔を覗き込んでいたのだ。


「具合悪い? なら、エアロは別の日でも大丈夫だよ? これ、まだ期限切れるの先だから…」

「え?! そう?!」

「なんか、あったの?」

 真美のその言葉に、私は我に返った。

「…ううん、なんでもないの。ごめん…、お腹が…」

 鍵のせいで動揺しきった私は、こんな理由のせいで今日のケーキを諦めなければ行けないと思うと、本当に泣きそうだった。そんなやり取りをしていると、バスが駅のバス停に滑り込む。

「真美、ごめん!! 私トイレ行きたいから先行くね!!」

 バスを降りてすぐ、私は真美を置いて駅ビルの中へと走り出したのだ。




 真美のことは親友だと思っている。だけど、こんな突拍子のないことなど言えるはずがなかった。何故か、誰かにしゃべってはいけないような気がしてならないのだ。

 私は勝手を知っている駅ビルのトイレに駆け込んだ。そしてポケットからさっきのポーチを取り出し、ファスナーを引く。中に入っていたメモを取り出して、それを広げた。

『忘れ物を預かっているから、中に入って待ってて』

 その一言と、家の住所が書かれていたのだ。

(忘れ物?!)

 この間の土曜日に会ったとき、何か置き忘れた?

 そんなことにも気付いていなかった私は、あの日の記憶を必死に辿った。しかし、思い当たらない…。

 気になる…

 何なの…

 これは、行くしかないの…?




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